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新たな戦い 20
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別館に戻ったその日の空模様は曇り空。灰色の雲が重い。今にも落ちてきそうな、そんな様子。
馬車から降りた俺とサヤは、少ない荷物を玄関前に降ろす。するとハインは、馬車を厩に帰すため、もう一度馬車を出発させた。
「よりにもよってこんな天気になるとはなぁ……」
「ですね。朝方は見事な晴天だったのに」
降り出すまで時間が無いかもしれない。とはいえ、硝子瓶が沢山積まれた荷馬車の到着は、まだ先のことになるだろう。
サヤが玄関扉を大きく押し開くと、俺は中に足を踏み入れた。締め切られていた別館内の空気が、なんとなくほこりっぽく感じる。
「荷物の到着まであと一時間ほどはあるかな……。焦っても仕方ないし、少し休憩しようか」
「そうですね。じゃあまずは水瓶の水汲みをしてきます。それで、お茶を入れますね」
「その前に、まず重要書類だけは片付けましょう。サヤは調理場のかまどの火起こしもお願いします」
俺たちの会話に、急ぎ足で戻ってきたハインがそんな風に口を挟み、玄関前に置かれた書類鞄を手に取った。
メバックで交わした契約書類や資材の手配書類。重要なものがたくさんある。だからまずは、執務室へ足を向けたのだが。
「……ものの配置が変わっています」
執務室の扉を開けた瞬間、腕を広げて俺を庇ったハインが、小声でそう告げ警戒を強めたから、俺は二歩下がって執務室から距離を取った。
調理場に向かっていたサヤがすぐに引き返してきて、俺のを守るため、横に並ぶ。
意識を耳に集中するように視線を伏せ沈黙したから、俺もハインも動きを止めて、呼吸も殺し、自ら発する音を極力止める。
「……音は特に、ありません……」
「ならば、探られた後……ということでしょうね」
そのまま中に入り、あちこちを確認して歩くハイン。
程なくして戻り「部屋も確認しましょう」と言った。
二階へ赴き、俺の部屋、ハインの部屋と確認していく。
パッと見たところ、特に変化はみられないように思うのだが、ハインはそう感じないらしい。
「サヤの部屋に行きましょう」
そうして彼女の部屋へ。
「サヤの部屋の配置は分かり兼ねますので、ご自身で確認してください」
そう言われて、サヤは自身の部屋内を確認していった。
程なくして「……大きな変化は伺えません。でも……何かちょっと、違和感があります」という返事。
表情を曇らせて、不安そうに言う。
「あの、誰かに探られたということは……この部屋にある女物の衣服とか、見て、ますよね……」
「そうですね。貴女が女性であると、知られた相手がいるということでしょう。
けれど、今それは後回しです」
最後に調理場へ向かった。
「ここにある食材、調味料は全て捨てましょう。万が一何か仕込まれていたらことです。
私の鼻では、全ての食材の安全を確認できる自信がありません」
厳しい表情でそう言ったハインが、片っ端から残してあった食材や調味料を処分していく。
それと同時に、食事処へサヤが向かった。
事情を説明して、当面の食事を確保するためだ。
そして、サヤが去るのに充分な時間を空けてから、ハインは口を開いた。
「異母様方でしょうか。
何もないとは思っていませんでしたが、とうとう直接手を出すことにしたのかもしれません」
その言葉に胸が苦しくなる。
国の事業に口出しはされないだろうと思っていた。王家に反逆する気は無いだろうと。
だから、事業ではなく、俺たちを直接……ということなのか?
「目的は……なんだろう」
「さあ。ただの嫌がらせの一環であるかもしれませんし、何か意図があるのかもしれませんが、私にはあの方の異様な思考は図りかねます。
とにかく、早くここを離れるべきだということですね」
「……サヤの性別を知られたなら……何か、言ってくるかな……」
「どちらでも構いませんよ。
万が一それをどうこう言われたとて、そのままを認め、伝えるまでです。
女性の身でここに暮らすのが危険であったからだと。身寄りのない女性を保護するのに必要であったからだと。ただそれだけです」
淡々と述べるハインには、それが彼女の立場を傷つけるという意識がないのかもしれない。
男二人と、ともに暮らしていたなんて……。それでは、母が言われていた言葉が、サヤに向かうことになるのだ。
そうなれば彼女は苦しむ……きっと嫌な記憶を刺激してしまう。傷つけ、怖がらせてしまうことに…………。
「……サヤも受け入れたことでしょうに。今更そこを気にして何になります」
バッサリと切り捨てられ、言葉に詰まった。
「この世界の常識が無かったサヤは、一人にはできませんでした。そうである以上、他の選択肢は無かったではないですか。
彼女にとって最善だと思うことを選んできた結果です。口にできない部分は、貴方が飲み込んで受け止めるしかない。
やましいことなどないのですから、堂々としていれば良いのです」
淡々とそう告げられた。
「貴方の立場は、分かるものには分かっています。それで充分でしょう?」
外野など気にする必要はない。言わせたい奴には言わせておけ。
力強くそういうハインに、そうだな……と、言葉を返す。
俺が今更どう思い悩んだって、もう知られてしまったことなのだ。
ならば俺にできることは、どんな風に言われようと、堂々としておくことだけだ。全て決めたのは俺なのだから。サヤへの言葉は、全て俺が受け止める。
「とにかく、極力ここを無人にすることは避けよう。
裏口や窓の施錠は徹底する。少し不便かもしれないが……」
「レイシール様は、一階に一人でいることも避けて下さい。
あとは……早く許可が下りることを待つばかりです」
空が鳴った。
どこかで雷が落ちたのだろう。
まるで俺たちの心境そのままに、空には暗雲がたちこめていた。
馬車から降りた俺とサヤは、少ない荷物を玄関前に降ろす。するとハインは、馬車を厩に帰すため、もう一度馬車を出発させた。
「よりにもよってこんな天気になるとはなぁ……」
「ですね。朝方は見事な晴天だったのに」
降り出すまで時間が無いかもしれない。とはいえ、硝子瓶が沢山積まれた荷馬車の到着は、まだ先のことになるだろう。
サヤが玄関扉を大きく押し開くと、俺は中に足を踏み入れた。締め切られていた別館内の空気が、なんとなくほこりっぽく感じる。
「荷物の到着まであと一時間ほどはあるかな……。焦っても仕方ないし、少し休憩しようか」
「そうですね。じゃあまずは水瓶の水汲みをしてきます。それで、お茶を入れますね」
「その前に、まず重要書類だけは片付けましょう。サヤは調理場のかまどの火起こしもお願いします」
俺たちの会話に、急ぎ足で戻ってきたハインがそんな風に口を挟み、玄関前に置かれた書類鞄を手に取った。
メバックで交わした契約書類や資材の手配書類。重要なものがたくさんある。だからまずは、執務室へ足を向けたのだが。
「……ものの配置が変わっています」
執務室の扉を開けた瞬間、腕を広げて俺を庇ったハインが、小声でそう告げ警戒を強めたから、俺は二歩下がって執務室から距離を取った。
調理場に向かっていたサヤがすぐに引き返してきて、俺のを守るため、横に並ぶ。
意識を耳に集中するように視線を伏せ沈黙したから、俺もハインも動きを止めて、呼吸も殺し、自ら発する音を極力止める。
「……音は特に、ありません……」
「ならば、探られた後……ということでしょうね」
そのまま中に入り、あちこちを確認して歩くハイン。
程なくして戻り「部屋も確認しましょう」と言った。
二階へ赴き、俺の部屋、ハインの部屋と確認していく。
パッと見たところ、特に変化はみられないように思うのだが、ハインはそう感じないらしい。
「サヤの部屋に行きましょう」
そうして彼女の部屋へ。
「サヤの部屋の配置は分かり兼ねますので、ご自身で確認してください」
そう言われて、サヤは自身の部屋内を確認していった。
程なくして「……大きな変化は伺えません。でも……何かちょっと、違和感があります」という返事。
表情を曇らせて、不安そうに言う。
「あの、誰かに探られたということは……この部屋にある女物の衣服とか、見て、ますよね……」
「そうですね。貴女が女性であると、知られた相手がいるということでしょう。
けれど、今それは後回しです」
最後に調理場へ向かった。
「ここにある食材、調味料は全て捨てましょう。万が一何か仕込まれていたらことです。
私の鼻では、全ての食材の安全を確認できる自信がありません」
厳しい表情でそう言ったハインが、片っ端から残してあった食材や調味料を処分していく。
それと同時に、食事処へサヤが向かった。
事情を説明して、当面の食事を確保するためだ。
そして、サヤが去るのに充分な時間を空けてから、ハインは口を開いた。
「異母様方でしょうか。
何もないとは思っていませんでしたが、とうとう直接手を出すことにしたのかもしれません」
その言葉に胸が苦しくなる。
国の事業に口出しはされないだろうと思っていた。王家に反逆する気は無いだろうと。
だから、事業ではなく、俺たちを直接……ということなのか?
「目的は……なんだろう」
「さあ。ただの嫌がらせの一環であるかもしれませんし、何か意図があるのかもしれませんが、私にはあの方の異様な思考は図りかねます。
とにかく、早くここを離れるべきだということですね」
「……サヤの性別を知られたなら……何か、言ってくるかな……」
「どちらでも構いませんよ。
万が一それをどうこう言われたとて、そのままを認め、伝えるまでです。
女性の身でここに暮らすのが危険であったからだと。身寄りのない女性を保護するのに必要であったからだと。ただそれだけです」
淡々と述べるハインには、それが彼女の立場を傷つけるという意識がないのかもしれない。
男二人と、ともに暮らしていたなんて……。それでは、母が言われていた言葉が、サヤに向かうことになるのだ。
そうなれば彼女は苦しむ……きっと嫌な記憶を刺激してしまう。傷つけ、怖がらせてしまうことに…………。
「……サヤも受け入れたことでしょうに。今更そこを気にして何になります」
バッサリと切り捨てられ、言葉に詰まった。
「この世界の常識が無かったサヤは、一人にはできませんでした。そうである以上、他の選択肢は無かったではないですか。
彼女にとって最善だと思うことを選んできた結果です。口にできない部分は、貴方が飲み込んで受け止めるしかない。
やましいことなどないのですから、堂々としていれば良いのです」
淡々とそう告げられた。
「貴方の立場は、分かるものには分かっています。それで充分でしょう?」
外野など気にする必要はない。言わせたい奴には言わせておけ。
力強くそういうハインに、そうだな……と、言葉を返す。
俺が今更どう思い悩んだって、もう知られてしまったことなのだ。
ならば俺にできることは、どんな風に言われようと、堂々としておくことだけだ。全て決めたのは俺なのだから。サヤへの言葉は、全て俺が受け止める。
「とにかく、極力ここを無人にすることは避けよう。
裏口や窓の施錠は徹底する。少し不便かもしれないが……」
「レイシール様は、一階に一人でいることも避けて下さい。
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