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新たな戦い 1
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胡桃さんがやって来たのは夜半過ぎ。どういうわけか、バート商会三階の俺の部屋へ直接だった。
「はぁい、おひさしぶりねぇ。
色々あったみたいだけど、無事でなによりだわぁ」
サヤに教えられていたから、さして驚かずにすんだが、やはり彼女も兇手なのだなと思う。
今日のバート商会は、祝賀会も無事終えたという建前のもと、ある程度の使用人に休暇を出しており、警護も手薄ではあるものの、皆無というわけではない。
にも関わらず、こうして誰にも見咎められず、俺の部屋へ直接やって来た。
前、別館にいらっしゃった時は、分かりやすいよう手加減してくれてたんだなぁ。
今回は本当に直前まで、サヤも気付かなかったのだ。
「ようこそ。良かった……貴女もお元気そうで」
「ふふ……一応ねぇ」
そう言った彼女だったが、部屋には入ろうとしない。移動するのを分かっているのだと思う。待たせるのも悪いし、それではと俺も、サヤを促す。
「では、二階の応接室に向かいましょうか。
今日はちょっと、結構込み入った話になると思うので。……あ、草も同行してますか?」
「外にいるわよぅ」
「なら彼も呼んで良いですか? 多分、気になっていると思うんですよね、彼」
この前、胡桃さんへの取り次ぎをお願いした際、中途半端に話を伝えている。
彼個人へのお願いもあることだし、呼んでも良いかと胡桃さんに聞くと、好きにしたら良いとのこと。
応接室には、俺とサヤ以外の面々……ギル、ハイン、マルがおり、扉脇にワドも立っていたが、これはギルの希望だった。
俺が動くと決めたなら、バート商会も手駒になるという、あの言葉故だ。
「あらぁ? 商人さん、大丈夫なのぅ?」
「本店はまだ関わらせねぇよ。だが、俺は関わる」
つまり、ルーシーには伏せてある。
けれど、支店の主要な使用人にはもう、知らせてあった。ワドもその一人だ。
俺はそのまま窓辺に移動し、窓を開け、犬笛を吹く。
暫くすると、その窓から草がひょこりと姿を現した。
「をぃ……なンで俺まで呼ンでンだよ……」
二階とかほんと関係ないんだな……。
「草もおいで。これは、君にも聞いておいてもらいたいから」
そう言うと、そのまま窓から入ってきた。
胡桃さんが義足を投げ出すようにして長椅子に座り、草はそのまま窓辺の壁に寄りかかる。俺は胡桃さんの左隣りとなる一人掛けの椅子へ。サヤとハインは俺の後ろへ。ギルは俺の向かいに座り、マルは胡桃さんの向かいだ。……彼はまだ本調子ではないので、長椅子に寝かされているため、この配置となった。
マルの様子に、胡桃さんは若干眉をひそめたけれど「また馬鹿やったのねぇ……」と、呆れ七割といった様子。
それに対しマルは、ガリガリの痩けた頬でありながら、柔らかくふんわりと笑った。
「ええ、やってしまいましたねぇ。
けど、もう無茶はしないようにします」
彼はだいたい、いつも明るいのだけど……今の彼は、穏やかだ。
今までと少し違う雰囲気に、胡桃さんは訝しげにマルを見る。けれど、特に何も言いはしなかった。
ワドがそれぞれの前にお茶を用意してくれ、ハインが作っておいてくれたお菓子も添えられ、場が整ったところで、俺は口を開く。
「胡桃さん、来て下さって感謝します。
ざっくりとは、草に聞いたと思うのだけど……今日は俺の考えと、これからのことも踏まえて、まず説明させてもらいます。
その上で、話に乗るかどうか、考えてほしい」
そう切り出すと、胡桃さんの手がすっと上がった。
「まずはその前に、確認させてもらいたいんだけどぉ……。
貴方、あたしらを囲うつもりなのぉ? 人質を取れば、好きに操れると思ってるぅ?
今まで貴方、そういった様子はなかったから、結構なんでも話を聞いてあげたけどねぇ……そういう魂胆であるなら、あたしらの牙が向くのは、外じゃなくて、内になるわよぅ」
剣呑な言葉に、殺気混じりの気配。
義足であっても、胡桃さんの動きは素早かった。すぐ隣に座る今の状態なら、俺を仕留めるのは容易いだろう。
けれど、こうして言葉にして伝えてくれているということは、本気でそれを危惧しているのではなく、念を押すためなのだと思う。
「無論、そんなつもりはありませんよ。
だけど、ただ善意でそうしたいと思っている……だなんて言ったって、信用できないのも分かっています。
意味がなく、こんな行動は取りませんよ。俺にだって目的がある。
今日は、それについても話をしようと思ってます。
だから、今すぐ結論は、求めません。聞いてからにして下さい」
やんわりとそう伝えると、すっと手を下ろし、小机の菓子をひとつ、口に含んだ。
「ふぅん。今日も美味。良いわよぅ。じゃあ、話してちょうだい」
彼女の鼻は、獣人の中でも特に敏感であるという。
だから、人と獣の違いも嗅ぎ分ける。菓子の中に何かを仕込んだとしても、やはり匂いでバレてしまうらしい。
俺が菓子に手をつける前に、それを口にしてくれたのは、俺に対する信頼の形を表すためでもあったのだろう。
頭目だものな。仲間を守る立場だ。ただ信頼だけで行動はできないし、責任もある。それに、俺たちはそれほど長い縁でもない。
これが彼女の示せる最大の譲歩なのだと思う。
「では、お話しさせて頂きます。
川の氾濫抑止に成功したら、そこを河川敷に作り変え、上を人や荷物が通ることで踏み固め、強化していける堤にするという案は、もうご存知だと思います。
それがもう一つ進みまして、この道を、長く伸ばす計画が立ちました。
まずは、セイバーンからアギーまでです。
この道ですが、表面を石で固め、高低差を極力つくらない、交易路として整備する予定で、そのための物資を集める拠点村を、設置します。
そこを……貴方たちの長期滞在が可能な場として、提供しようと考えてました。
例えば、病気の者、幼い者、老いた者……長期の移動に耐えられなかったり、疲れて休みたかったり、そういった者が、休憩できる場として提供したいんですよ。
ただ、急に家を与えられても困るでしょう? だから、一つの案を、提案したいのですが。
あそこに、行商団の利用できる宿を、一つ設けようかと思っています。
一棟貸しをする宿ですね。それを三棟程。そのうち一つを、貴方たち専用とすれば良いかなと。
貴方たちが長期滞在しやすいように、我々とも取引を行ってもらう。
他国や他領の品や、情報などですね。
また、その宿の運営を、貴方がたが担ってくれたらと考えてます。
残る人員を、宿の運営に回して頂きたいんですよ。
そうすれば、収入にもなるでしょうし、長期滞在している理由にもなる。
拠点村ですから、近い将来たたむ可能性もあります。建前上は。
ですから、定住を考えている者には声をかけづらい……。そこで、貴方がたが、ならばと手を挙げてくれた。という前提でいきます」
拠点村は、目的が達成されれば片付けられることが多々ある。
だから、元から定住者を入れにくい性質なのだ。
その場合、簡易的な建物で場を凌ぐ、本当に仮の村であることが多いのだが、俺は当然、そのつもりはない。がっつりと村にしていく予定だ。
だが、まだ村が構想である今は、こちらの「つもり」は伏せておける。
「次に、サヤの仮姿を用意する話ですが。
彼女には今、カメリアという服飾品の意匠師という仮姿があります。
だが、彼女は鬼才の持ち主で、服飾品に限らず、ちょっとそこいらでは思いつかないようなものを、色々提案してくれる。
しかし、それをこの娘一人が提案していたのでは、色々問題があるんです。
彼女自身が狙われかねないし、ここから色々不思議なものが連続して提案されるのも妙な話だ。
だから、彼女が狙われないよう、新しいものが生まれやすい環境を作る。
更に、彼女に影を用意したいのです。
その影となれる職人を、貸していただけたら有難いです。ようは、ガウリィのように、役割をこなせる者ですね。
木工細工、大工、装飾品、石工……正直、職種はいくらあっても構いませんし、性別も問いません。
その影となる皆には、拠点村へ住んで頂くことになります。
で、ここからが、話の本筋なのですけど……」
一度言葉を区切り、大きく息を吐く。
これが、俺の打つ布石の一つ目だ。
ハインが幸せになるための、獣人が人となるための一歩。
「あの拠点村を、獣人の住む村にしていくつもりです。
胡桃さんほどに特徴があると、すぐには難しいとは思うのですが、ハインやガウリィくらいの者なら、問題無い。村に入れる者に、どれだけ獣人を含めてもらっても構いません。
というか、極力多い方が良いのですけどね。
あそこを獣人と人の混在する村にする。そして、獣人が人である証明のため、実績を積み重ねます。ご協力頂けませんか」
俺の言葉に、唖然としたのは約三名。ハインと、胡桃さん、そして草だ。
ギルとサヤにも、この話は既にしてあった。
ワドももしかしたら、ギルから聞いているのかもしれないが……、驚いている様子は全く無い。まあ、彼はいつも泰然としている。サヤが異界人だと聞いても、そうだったしな。
「え……ど、どういう意味だ……?」
「意味は聞いた通りだよ。獣人は人だ。俺たちはその結論に達したから、領民として彼らを受け入れられる礎を作りたい。
けれど、獣人歓迎! なんて大々的に出すわけにもいかない。神殿に目をつけられてしまうからね。
だから、まずは拠点村で生活し、そこで極力、長く過ごしてもらう。人との共存ができることを証明していくんだ。
そしてそれをもとに、獣人が人と認められる社会情勢を作っていく」
「そうじゃねぇよ! 獣人が、人って、どういう地味だって聞いてンだよ!」
混乱した様子の草が、そんな風に言葉を遮ってくる。
まあ、ただそう言われても、意味が分からないよな。けれど、他に表現のしようもない。
「言葉の通りだって。
獣人は人だ。言葉の綾じゃない。正確には、我々は皆が、獣人と人の混血だ。
世で獣人だと言われている者は、獣人の特徴が顕著に出ただけに過ぎない。俺たちは、その結論に達したんだよ。
だが……それを証明するには、まだ時間が掛かる。実績も必要だ。ここにいる俺たちの中ではその結論が出ているけれど、世間でそれが受け入れられるのは、きっとまだまだ、先になるだろう。
だから、世の中にそれを知らしめるために、ひとつずつ、手を打ち、積み重ねて前に進む。
あの拠点村を、その出発点にしたいんだ」
「マルクスぅ……あんたこれ……どういうことなのぉ?」
怒気を含んだ胡桃さんの声が、震えながらマルに問う。次の瞬間、彼女は小机を飛び越えて、マルの首に手を回していた。
「あんた、まだそんな戯言、ほざいてたのぅ?
あんたの主人まで巻き込んで……そんなことしたら、この坊やがどうなると思って……」
「違うよ胡桃さん、俺が決めたので、マルは関係ないんです。
そもそも、草に話した段階では、マルにはまだ、知らせてすらいなかった。
俺が勝手に、進めようとしていたことなんですよ」
やんわりとそう言うと、マルの折れそうな首に手を回したままの胡桃さんが、信じられないといった目を、俺に向ける。
たぶん、俺の左後ろに立つハインも、似た目をして俺を見下ろしているのだと思う。
俺は、左側を振り返り、ハインの手を取って、前に引いた。
俺の横に来るように。
「俺がしようと思っていたのは、獣人の暮らせる場所を、作ることだったんだ。
お前が、お前らしくいても、咎められない場所をつくりたかった。
だけど、それだけじゃあ、なんの解決にもならないんだって、はっきりしたから、マルと手を結ぶことにしたんだよ。
ハイン、よく聞くんだ。
お前は人だ。俺たちと一緒。俺たちは皆、獣人と人の混血だ。
お前には、獣人の血がほんの少し、色濃く出ただけ。
この前、王家の白化の病の話をしたろう? 仕組みはあれとおんなじだ。
獣人の血は劣性遺伝子。だから、条件が揃わなければ表面に出てこない。
つまり、獣人の要素を持った両親のもとで、ただ偶然に、それが強く現れるんだ。
前世なんて、関係ない。悪行故でもない。穢れて堕ちたわけでもないんだ。
俺たちは、それを今から、証明していく」
「はぁい、おひさしぶりねぇ。
色々あったみたいだけど、無事でなによりだわぁ」
サヤに教えられていたから、さして驚かずにすんだが、やはり彼女も兇手なのだなと思う。
今日のバート商会は、祝賀会も無事終えたという建前のもと、ある程度の使用人に休暇を出しており、警護も手薄ではあるものの、皆無というわけではない。
にも関わらず、こうして誰にも見咎められず、俺の部屋へ直接やって来た。
前、別館にいらっしゃった時は、分かりやすいよう手加減してくれてたんだなぁ。
今回は本当に直前まで、サヤも気付かなかったのだ。
「ようこそ。良かった……貴女もお元気そうで」
「ふふ……一応ねぇ」
そう言った彼女だったが、部屋には入ろうとしない。移動するのを分かっているのだと思う。待たせるのも悪いし、それではと俺も、サヤを促す。
「では、二階の応接室に向かいましょうか。
今日はちょっと、結構込み入った話になると思うので。……あ、草も同行してますか?」
「外にいるわよぅ」
「なら彼も呼んで良いですか? 多分、気になっていると思うんですよね、彼」
この前、胡桃さんへの取り次ぎをお願いした際、中途半端に話を伝えている。
彼個人へのお願いもあることだし、呼んでも良いかと胡桃さんに聞くと、好きにしたら良いとのこと。
応接室には、俺とサヤ以外の面々……ギル、ハイン、マルがおり、扉脇にワドも立っていたが、これはギルの希望だった。
俺が動くと決めたなら、バート商会も手駒になるという、あの言葉故だ。
「あらぁ? 商人さん、大丈夫なのぅ?」
「本店はまだ関わらせねぇよ。だが、俺は関わる」
つまり、ルーシーには伏せてある。
けれど、支店の主要な使用人にはもう、知らせてあった。ワドもその一人だ。
俺はそのまま窓辺に移動し、窓を開け、犬笛を吹く。
暫くすると、その窓から草がひょこりと姿を現した。
「をぃ……なンで俺まで呼ンでンだよ……」
二階とかほんと関係ないんだな……。
「草もおいで。これは、君にも聞いておいてもらいたいから」
そう言うと、そのまま窓から入ってきた。
胡桃さんが義足を投げ出すようにして長椅子に座り、草はそのまま窓辺の壁に寄りかかる。俺は胡桃さんの左隣りとなる一人掛けの椅子へ。サヤとハインは俺の後ろへ。ギルは俺の向かいに座り、マルは胡桃さんの向かいだ。……彼はまだ本調子ではないので、長椅子に寝かされているため、この配置となった。
マルの様子に、胡桃さんは若干眉をひそめたけれど「また馬鹿やったのねぇ……」と、呆れ七割といった様子。
それに対しマルは、ガリガリの痩けた頬でありながら、柔らかくふんわりと笑った。
「ええ、やってしまいましたねぇ。
けど、もう無茶はしないようにします」
彼はだいたい、いつも明るいのだけど……今の彼は、穏やかだ。
今までと少し違う雰囲気に、胡桃さんは訝しげにマルを見る。けれど、特に何も言いはしなかった。
ワドがそれぞれの前にお茶を用意してくれ、ハインが作っておいてくれたお菓子も添えられ、場が整ったところで、俺は口を開く。
「胡桃さん、来て下さって感謝します。
ざっくりとは、草に聞いたと思うのだけど……今日は俺の考えと、これからのことも踏まえて、まず説明させてもらいます。
その上で、話に乗るかどうか、考えてほしい」
そう切り出すと、胡桃さんの手がすっと上がった。
「まずはその前に、確認させてもらいたいんだけどぉ……。
貴方、あたしらを囲うつもりなのぉ? 人質を取れば、好きに操れると思ってるぅ?
今まで貴方、そういった様子はなかったから、結構なんでも話を聞いてあげたけどねぇ……そういう魂胆であるなら、あたしらの牙が向くのは、外じゃなくて、内になるわよぅ」
剣呑な言葉に、殺気混じりの気配。
義足であっても、胡桃さんの動きは素早かった。すぐ隣に座る今の状態なら、俺を仕留めるのは容易いだろう。
けれど、こうして言葉にして伝えてくれているということは、本気でそれを危惧しているのではなく、念を押すためなのだと思う。
「無論、そんなつもりはありませんよ。
だけど、ただ善意でそうしたいと思っている……だなんて言ったって、信用できないのも分かっています。
意味がなく、こんな行動は取りませんよ。俺にだって目的がある。
今日は、それについても話をしようと思ってます。
だから、今すぐ結論は、求めません。聞いてからにして下さい」
やんわりとそう伝えると、すっと手を下ろし、小机の菓子をひとつ、口に含んだ。
「ふぅん。今日も美味。良いわよぅ。じゃあ、話してちょうだい」
彼女の鼻は、獣人の中でも特に敏感であるという。
だから、人と獣の違いも嗅ぎ分ける。菓子の中に何かを仕込んだとしても、やはり匂いでバレてしまうらしい。
俺が菓子に手をつける前に、それを口にしてくれたのは、俺に対する信頼の形を表すためでもあったのだろう。
頭目だものな。仲間を守る立場だ。ただ信頼だけで行動はできないし、責任もある。それに、俺たちはそれほど長い縁でもない。
これが彼女の示せる最大の譲歩なのだと思う。
「では、お話しさせて頂きます。
川の氾濫抑止に成功したら、そこを河川敷に作り変え、上を人や荷物が通ることで踏み固め、強化していける堤にするという案は、もうご存知だと思います。
それがもう一つ進みまして、この道を、長く伸ばす計画が立ちました。
まずは、セイバーンからアギーまでです。
この道ですが、表面を石で固め、高低差を極力つくらない、交易路として整備する予定で、そのための物資を集める拠点村を、設置します。
そこを……貴方たちの長期滞在が可能な場として、提供しようと考えてました。
例えば、病気の者、幼い者、老いた者……長期の移動に耐えられなかったり、疲れて休みたかったり、そういった者が、休憩できる場として提供したいんですよ。
ただ、急に家を与えられても困るでしょう? だから、一つの案を、提案したいのですが。
あそこに、行商団の利用できる宿を、一つ設けようかと思っています。
一棟貸しをする宿ですね。それを三棟程。そのうち一つを、貴方たち専用とすれば良いかなと。
貴方たちが長期滞在しやすいように、我々とも取引を行ってもらう。
他国や他領の品や、情報などですね。
また、その宿の運営を、貴方がたが担ってくれたらと考えてます。
残る人員を、宿の運営に回して頂きたいんですよ。
そうすれば、収入にもなるでしょうし、長期滞在している理由にもなる。
拠点村ですから、近い将来たたむ可能性もあります。建前上は。
ですから、定住を考えている者には声をかけづらい……。そこで、貴方がたが、ならばと手を挙げてくれた。という前提でいきます」
拠点村は、目的が達成されれば片付けられることが多々ある。
だから、元から定住者を入れにくい性質なのだ。
その場合、簡易的な建物で場を凌ぐ、本当に仮の村であることが多いのだが、俺は当然、そのつもりはない。がっつりと村にしていく予定だ。
だが、まだ村が構想である今は、こちらの「つもり」は伏せておける。
「次に、サヤの仮姿を用意する話ですが。
彼女には今、カメリアという服飾品の意匠師という仮姿があります。
だが、彼女は鬼才の持ち主で、服飾品に限らず、ちょっとそこいらでは思いつかないようなものを、色々提案してくれる。
しかし、それをこの娘一人が提案していたのでは、色々問題があるんです。
彼女自身が狙われかねないし、ここから色々不思議なものが連続して提案されるのも妙な話だ。
だから、彼女が狙われないよう、新しいものが生まれやすい環境を作る。
更に、彼女に影を用意したいのです。
その影となれる職人を、貸していただけたら有難いです。ようは、ガウリィのように、役割をこなせる者ですね。
木工細工、大工、装飾品、石工……正直、職種はいくらあっても構いませんし、性別も問いません。
その影となる皆には、拠点村へ住んで頂くことになります。
で、ここからが、話の本筋なのですけど……」
一度言葉を区切り、大きく息を吐く。
これが、俺の打つ布石の一つ目だ。
ハインが幸せになるための、獣人が人となるための一歩。
「あの拠点村を、獣人の住む村にしていくつもりです。
胡桃さんほどに特徴があると、すぐには難しいとは思うのですが、ハインやガウリィくらいの者なら、問題無い。村に入れる者に、どれだけ獣人を含めてもらっても構いません。
というか、極力多い方が良いのですけどね。
あそこを獣人と人の混在する村にする。そして、獣人が人である証明のため、実績を積み重ねます。ご協力頂けませんか」
俺の言葉に、唖然としたのは約三名。ハインと、胡桃さん、そして草だ。
ギルとサヤにも、この話は既にしてあった。
ワドももしかしたら、ギルから聞いているのかもしれないが……、驚いている様子は全く無い。まあ、彼はいつも泰然としている。サヤが異界人だと聞いても、そうだったしな。
「え……ど、どういう意味だ……?」
「意味は聞いた通りだよ。獣人は人だ。俺たちはその結論に達したから、領民として彼らを受け入れられる礎を作りたい。
けれど、獣人歓迎! なんて大々的に出すわけにもいかない。神殿に目をつけられてしまうからね。
だから、まずは拠点村で生活し、そこで極力、長く過ごしてもらう。人との共存ができることを証明していくんだ。
そしてそれをもとに、獣人が人と認められる社会情勢を作っていく」
「そうじゃねぇよ! 獣人が、人って、どういう地味だって聞いてンだよ!」
混乱した様子の草が、そんな風に言葉を遮ってくる。
まあ、ただそう言われても、意味が分からないよな。けれど、他に表現のしようもない。
「言葉の通りだって。
獣人は人だ。言葉の綾じゃない。正確には、我々は皆が、獣人と人の混血だ。
世で獣人だと言われている者は、獣人の特徴が顕著に出ただけに過ぎない。俺たちは、その結論に達したんだよ。
だが……それを証明するには、まだ時間が掛かる。実績も必要だ。ここにいる俺たちの中ではその結論が出ているけれど、世間でそれが受け入れられるのは、きっとまだまだ、先になるだろう。
だから、世の中にそれを知らしめるために、ひとつずつ、手を打ち、積み重ねて前に進む。
あの拠点村を、その出発点にしたいんだ」
「マルクスぅ……あんたこれ……どういうことなのぉ?」
怒気を含んだ胡桃さんの声が、震えながらマルに問う。次の瞬間、彼女は小机を飛び越えて、マルの首に手を回していた。
「あんた、まだそんな戯言、ほざいてたのぅ?
あんたの主人まで巻き込んで……そんなことしたら、この坊やがどうなると思って……」
「違うよ胡桃さん、俺が決めたので、マルは関係ないんです。
そもそも、草に話した段階では、マルにはまだ、知らせてすらいなかった。
俺が勝手に、進めようとしていたことなんですよ」
やんわりとそう言うと、マルの折れそうな首に手を回したままの胡桃さんが、信じられないといった目を、俺に向ける。
たぶん、俺の左後ろに立つハインも、似た目をして俺を見下ろしているのだと思う。
俺は、左側を振り返り、ハインの手を取って、前に引いた。
俺の横に来るように。
「俺がしようと思っていたのは、獣人の暮らせる場所を、作ることだったんだ。
お前が、お前らしくいても、咎められない場所をつくりたかった。
だけど、それだけじゃあ、なんの解決にもならないんだって、はっきりしたから、マルと手を結ぶことにしたんだよ。
ハイン、よく聞くんだ。
お前は人だ。俺たちと一緒。俺たちは皆、獣人と人の混血だ。
お前には、獣人の血がほんの少し、色濃く出ただけ。
この前、王家の白化の病の話をしたろう? 仕組みはあれとおんなじだ。
獣人の血は劣性遺伝子。だから、条件が揃わなければ表面に出てこない。
つまり、獣人の要素を持った両親のもとで、ただ偶然に、それが強く現れるんだ。
前世なんて、関係ない。悪行故でもない。穢れて堕ちたわけでもないんだ。
俺たちは、それを今から、証明していく」
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