上 下
295 / 1,121

信頼 4

しおりを挟む
 貴族社会というのは、形にこだわる。
 つまり、襟飾であったり、正装では必ず左腰に長剣を下げていなければならなかったりする。
 左利きであってもだ。
 式典等の正式な場では、必ず皆が、足並みを揃えることを要求される。
 襟飾は、お互い合意の上で主従関係を持っている。横槍は無用と宣言するためのものだ。それを形で表している。
 では正装はというと、これは国への忠誠を示すためのものだ。
 全ての形には、意味がある。

 ここで、恋人という存在を、どういった手段でもって知らしめるか。という問題を考えよう。どうやって形で表すかだ。

 家同士の関係……つまり政略結婚であれば、色々話は早い。さっさと同衾させて、女は片方の耳に穴を開ける。
 そして片耳だけ、耳飾りを付けるのだ。婚約者から、送られたものを。
 家同士の繋がりを、簡単に、かつ的確に、その飾り一つで表す。既成事実も、全てだ。
 この場合、成人前であっても関係ない。家同士の合意があるからだ。
 途中で決まっていたことを覆されても困る。だから、外堀を埋める。そのための儀式でもあった。

 で、政略結婚ではない場合。
 成人していれば、何の問題も無い……お互い合意があり、家督を継ぐ等の責任問題が発生しないのであれば、あとは当人同士の問題だ。よっぽど家系同士にいざこざがあったり、身分差がありすぎたりしなければ、片耳に印を得る関係になれば良いし、その先……両耳に飾りを揃えるまで、進むことだってできる。
 お互いの家にそれとなく挨拶や根回しは必要だが、それだけだ。

 では、成人前の場合……。
 途端に、立場が弱くなる……。
 親の庇護下にいる者である以上、親の意思に従わなければならない。
 当人らで勝手に関係を持ったところで、飾りを得ることはできない。
 そのうち、親の決める結婚……政略結婚が、用意されるかもしれない。
 そうならないためには、さっさと親を説得して、飾りを得られる関係作りをするか、成人まで余計な横槍を入れられないよう、配慮してもらう。
 そうできない場合は…………。

 そして、更にややこしいことに、俺は成人前……カメリアは、成人している設定なのだ。
 しかも実際には、サヤも成人前……。ややこしすぎる!

「分かったろうが。悠長に、今まで通りじゃ駄目なんだよ。
 お前は領主様の庇護下だ。領主様を語って、あの魔女がなんかしやがる可能性もある。
 襟飾をでっち上げるわけにもいかねぇ……お前らの関係は、ここだけの秘密。けど、お互いその意思はあるって見せなきゃならん」
「……父上は、療養中だ……」
「そう。それを利用すんだよ。
 お前は妾腹だから、父親との接点が少ない。特に今は療養中で、お前には役職もある。だから、機会を待ってる。
 父親も二人の関係は知ってる。だから、今まで婚約者も決められていない。配慮されてる状態なんだって、見せるんだ。
 馬鹿に余計な横槍を入れさせないためにも、仲睦まじく見せとく必要があるんだよ。
 ……このややこしい貴族のごちゃごちゃ、サヤに説明……」
「……!」

 必死で首を横に振った。
 サヤには言いたくない。不安にさせるだけだろうし、下手をしたら酷い重圧にしかならない。

「……まあそうだよな。
 正直、お前の兄貴が妻を娶るまでは、お前にこの手の話は無いと俺は思ってるが……あの魔女だからな……下手な隙は作りたくない。
 だからな、祝賀会の間だけは、極力恋人らしく、振舞わなきゃならん。
 サヤにもそれを理解させなきゃならん。
 気長に、サヤの気持ちが整うのを待つのはお前の自由だし、それが必要だというのも分かってるが……ここだけは、きっちりやらなきゃ、やばいんだよ」
「……ああ、分かった。
 真剣に準備する。だけどサヤの負担には……」
「そこはお前の演技次第だろ。気合い入れて演じろ」
「勿論だ」
「……あー……まあ、ここだけ乗りきりゃ、あとはそう、問題にならないと思う。
 戴冠式は、一応女物の礼服も用意させているが、姫様方は理解して下さってるんだろう?    なら、従者で通せるはずだ」

 その言葉に、胸の重圧が若干、緩和された。
 ほっと息を吐く。
 祝賀会を、サヤ抜きでやり過ごすことも一瞬考えたが、その場合、異母様の方に根回しが行くと厄介だ。全ての嘘がバレる可能性すらある。
 兄上の婚約……相手が決まるまで、俺にその手の話は来ないと、俺も考えてはいるが……。

「……すまない。色々、俺の考えが足りないせいで……」
「しょうがねぇだろ。親が頼れねぇ上に、情報源が無いんじゃな……。
 特にお前は、貴族社会とはほとんど関わりないような生活を、余儀なくされてんだ。
 だからそこは、俺が担う。頼れ。遠慮なんかすんなよ」

 そう言われた。
 なんて頼もしい親友か。
 先日ルーシーに言われた言葉もあり、とっさに出そうになった謝罪を、無理やり言い換える。

「あ、ありがとう……助かる」
「……お、おぅ」

 若干面食らった顔をされてしまった。
 けれど、悪い気はしないらしい。少し恥ずかしげに、頭を掻いていたが。

「……なあ、サヤを大切にしたいって、本気で思ってんなら……領主様のこと、そろそろどうにか、考えるべきじゃないのか?」
「……そうかもしれない」

 今までは、俺だけの問題だった。
 俺さえ成人まで乗り切れば良いのだと……俺と接点を持とうとしない父上にも、何かしら事情があるのだろうと……。病が酷い状態であるなら、仕方がないことだと、そう、思っていたのだけれど……。
 サヤを守らなければならないのだ、俺は。
 この世界にたった一人の、彼女を。
 彼女に俺の生涯も捧げた。つまり俺の身は、もうサヤのものだ。サヤ以外に、好き勝手させるつもりはないし、させてはいけない。

「……マルが見つかったら、早急に、知らせてほしい……。
 覚悟を決める」
「……そうだな。そうしろ」

 俺を見下ろしつつギルが、一つ、大きく息を吐く。

「……俺にもちゃんと相談しろ。バート商会も、お前の手駒にしとけ。
 兄貴もそれは、同意してる。ここに来ると決めた時からだ。
 お前が覚悟すんなら、言っとく」

 急な言葉にびっくりしてギルの顔を見上げると、真剣な顔のギルが、俺を見下ろしていた。
 けれどすぐに視線を逸らし、ぐしゃりと俺の頭を乱暴にかき回す。

「ま、何かあると決まったわけじゃねぇ。
 今は知っときゃいい。
 さ、戻るぞ。余計なことは顔に出すな。今は祝賀会だけ、考えて乗り切れ」
「……ああ、分かった」

 胸の中に感謝の言葉だけ。呟いたけれど……口にはしなかった。
 今はきっと、それは求められていないのだと、思ったから。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

処理中です...