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最後の詰め 6

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 その後、俺を探しに来たハインにこっぴどく叱られ、マルがまた部屋に篭ったと聞かされた。
 見当たらないなと思ってたら、作戦を練り上げた後、さっさと戻っていたらしい……。うん……まぁ、問題無くことは済んだのだから、良いのだけど……。
 姫様の件は一応、無事に解決するに至ったわけだから、今更篭る必要は無い様に思うのだが、もしかしたら全然別件で篭ってたんだろうか?趣味的な方で?
 そう思ったものの、没頭したい何かがあったのに、一旦終了して出て来てくれたのだから、それはマルにとって最大の譲歩であったのだと思うことにした。

「また三日後、様子を見よう。
 姫様の問題も一応解決したのだし、系譜が届くまでは好きにさせてあげたら良いよ」

 そんな風に話していたら、サヤが戻った。
 姫様との話し合いは終わり、日常業務に戻る様言われたそうだ。
 姫様と何を話したのかが気になり問い質したのだけど、近衛の方々には今まで通り、少年だとしておく。と、言われたらしい。

「私の性別を把握したのは、姫様、ルオード様、女中のお二方のみであるそうです。
 近衛の方々や、リカルド様には知られていないので、そのまま少年を押し通せとのことでした。
 ただ、男性だと言えるのはあと数年であるだろうと……。それまでに、覚悟は固めておく様、助言を頂きました」

 サヤは十四歳ということになっている。
 男性なら、そろそろ成長期が訪れる、そこでぐんと身長も、骨格も、成長する。声変わりだってする筈だ。
 俺の場合はそれが遅く、十六歳を迎えてからとなったわけだけれど、それは特例だろう。
 姫様は、病の為に大きくなれなかったという設定であったけれど、サヤの場合は健康そのものであるし、そういった誤魔化しも通用しないだろう。
 ……ていうか、俺、よく姫様の性別を疑いもせず、信じ込んでたよな……。今更ながらびっくりだ。

「そうだね……多分、あと二年が限界だろう。それまでに……」

 サヤを、サヤの世界に、帰してやることが出来れば良いのだけれど……。

 俺の沈黙を、サヤは正しく理解したと思う。
 ハインは何を考えているか分からない無表情……もしかしたら何も考えてないだけかもしれない。
 ルオード様は「そうだな。だがその頃になれば、レイシールも成人する。君を保護できる立場になるから、安心しなさい」と、サヤに助言していた。

「それはそうとハイン、近衛の方々は?」
「今、順番に湯屋を利用して頂いております。
 そのまま食事処へ行かれるでしょうから、あとは通常通り、一日の作業を行って頂きます」
「そうか。土嚢壁の経過観察に残って下さっていた方も、交代を忘れない様にね。
 あ、長老一派を護送していかれた方々は、何日程で戻られますか?」
「ああ、一人報告の為、早馬で走らせているから、そちらは雨期を過ぎるだろう。
 引き渡しの方は、一番近場の街で引き継いでもらう予定だから、三日程で戻る」

 長老一派は、アギー領であちらの騎士に引き渡し、王都まで護送してもらうそうだ。
 皮肉にも、姫を捕える為に用意していた格子付きの馬車で、自身が運ばれる結果となった。
 アギー公爵家は姫様の母上……王妃様の実家であるから、融通がきく様子だ。
 早馬の方は、一足先に行き、引き渡しの準備を済ませた後、そのままアギー公爵様への報告の為に、首都のプローホルへ向かうとのことだった。

「リカルド様の配下であった方は、どうされるのでしょう?」
「それは今、リカルド様が対処されていらっしゃるだろうから、あちらに任せておけば良いよ」

 そう良い置いてから、ルオード様は姫様の元へと戻られた。
 ハインとサヤも、近衛の方々のお世話と、朝食準備の為に一階に戻るという。
 俺は、ちょっと用事があるからと、部屋に残ることにした。
 ハインは不満げな顔をしたが、処理する問題があるのだから仕方がない。

「草を呼ぶから、護衛は大丈夫だよ。
 ちょっと、胡桃さんに相談したいことがあるんだ。詳しくは、後で話す」

 犬笛を吹けばどうせハインに聞こえるのだし、そう伝えると、渋々ながら納得した様子。
 二人が部屋を出てから、俺は露台に移動し、犬笛を吹いた。相変わらず音はしないから、ちゃんと聞こえているか不安になる。とりあえず全力で息を吹き込み、少しでも遠くまで届けと念じておいた。

 そのまま部屋に戻り、暫くぼーっとしながら待機する。
 なんだか、ことが終結したという実感が湧かない……。俺はここに留守番していただけだしなぁ。
 だが、姫様やルオード様には、感謝の言葉まで頂いた。だから、夢オチなんてことは、ないだろう……。
 そんなことを考えていたら、つい、うたた寝をしてしまっていた様子だ。
 揺り起こされて目を開けると、草が居た。

「うあっ、すまない。つい……」
「徹夜してンだから眠いっつーの」

 あ……そう、か。そうだった。皆一晩、眠っていないのだ。
 草は大丈夫なのかと聞くと、交代で仮眠を取っているとのこと。彼らは、不規則な生活が日常茶飯事である様子で、ずいぶん慣れた対応だった。

「で、今度は何だよ?」
「ああ、胡桃さんと話がしたいんだけど、近くお会いできないかな。
 君たちを、上手くすれば全員雇用できると思うんだよ。
 ついでだから、その相談をしようかと思って……」

 そう言うと、顎の関節が外れた様な顔をされた……。
 草がこうも間抜けな表情をしたのは見たことがない。そんな顔をすると、かなり幼く見えるなぁと内心で感心する。
 そんな面白い顔を堪能しながら、とりあえず返事を待っていたのだが。

「お前……ほんっと、馬鹿だよな⁉︎」

 我に帰った草が、俺をそんな風に怒鳴りつける。
 心外だ……。凄く良いと思ったのに、そんな反応をされるとは。

「てめぇ、寝不足祟って頭いかれちまってンじゃねぇのか⁉︎」
「寝不足は確かだけどね、頭の方はすこぶる良く働いているよ。
 別に戯言を言ってるつもりはない。そう感じて怒っているなら、俺の言い方が悪かったのだと思う。申し訳な……」
「違うだろ⁉︎
 そうじゃねぇンだよ!あんたほんっとに、世間知らずも大概にしろ⁉︎」

 草は、怒りと、苛立ちと、俺への危惧がないまぜになった様な表情で、頭をかきむしろうとし……頭巾に手を阻まれた。
 気持ちのままに頭巾をむしり取って、乱暴に懐に突っ込んでから、ダン!   と、執務机に拳を振り下ろす。

「あんたな……俺らは名前変えたところで、兇手なンだよ。
 いままで、そうやってやってきてンだ。今更、綺麗に堅気のフリなンざ、無理なんだよ!
 それにな、俺らが両手で数えられる様な人数で、この仕事してると思ってンのかよ⁉︎」
「そうは思ってない。
 人を殺める職種など、いくらでもある。我々貴族だって同じだ。
 そもそもな、君らに仕事を依頼する人間の殆どは、上流階級だろう?   汚れ仕事を依頼しているのは我々だよな」

 俺の指摘に、草は一瞬、言葉に詰まる。
 俺はその機会に、言うべきことを言おうと、一気に言葉を吐き出す。

「君らに殺しを依頼するには相当な金が必要だな?   そんなもの、一般庶民には支払えない。だから、君らの雇用主は大半が豪商か、貴族。
 そしてその法外と見える料金は、案外ギリギリの金額だ。君らの生活は結構な綱渡りであると推測する。
 まず、殺しの依頼自体、不定期であろうし、数が圧倒的に少ない。
 だからエレノラの様に、街に潜伏して稼ぐ者が必要なんだな?
 マルはこれを利用し、任意の場所に潜伏してもらい、得たい情報を得ているのだろう。
 それによって君らは、潜入先と、マルから定期的な副収入を得ている。
 でだ。
 潜伏要員には、結構な社交術と、技能が求められる。誰でも出来る役ではないわけだ。
 よそ者がその地に溶け込むというのは、並大抵の努力で出来ることではない。
 需要がある場所に、その能力を供給する。更に地域に馴染める様、細心の注意を払う必要がある。
 だから、それなりの社会経験があり、技能を持つ者が対応する。
 けれど……それだけじゃないよな?
 当然、そうはいかない者たちが居る筈だ。
 そこを養うのに、結構な金が必要なのだな?」
「な、なンで……そンなことっ」

 冷や汗をかき、後ずさりながら草が、喘ぐ様に問う。
 なんでもなにもない。これが俺にとっては本来の、仕事の様なものだ。

「試算した。
 そうすると、君らは二百人より多いかもしれない集団であるという計算になった。
 依頼をした時に、すぐ動ける人間が案外いるのは、君ら兇手の手は、比較的空いて居る期間が長いということだろう?
 胡桃さんは慎重な人みたいだったし、特別きな臭い仕事や危険な仕事は受けないのだと思うから、それの所為もあるのだろうな。
 生活費が嵩むのは、大抵の者が流浪生活だからだと推測出来る。
 行商人に扮していた長老らの違和感にあっさり気付いたのも、その辺の経験則からくるのかなと考えた。
 森に潜伏してるのを運良く発見したんじゃないんだろう?移動している段階から、気付いて見張っていたんだよな」

 支払っている金額や、一般的に兇手を雇った時にかかる金額、依頼に対し応えてくれた速度や人数、この村にきた五人の技能や社交術。そして、どこかの街に長期間の潜伏が出来ないであろう兇手らの生活をいろいろ考え、導き出した答え。それが、兇手の豺狼組は数組の行商団や旅団に扮して旅をする集団である。というものだった。

「旅の生活を一変させるべきと言ってるんじゃないんだ。
 君らが縛られるのを良しとしていないのも知ってるから、強制なんてしない。
 河川敷を完成させることが出来たとしたら、今まで水害が多く、開拓していなかった地域……西側に少し大きな空白地帯が出来上がるんだよ。
 そこに、村を作ろうと思ってる。
 どうせ事業の物流拠点となる場所が必要だ。この村では手狭だし、この村事態の生活もあるから、このまま規模を拡大していくのはいささか困る。
 だから、ごく近場に、事業を取りまとめる為の村を作ろうと思ったんだ。
 ついでだから、君らにとっても拠点となる村にすれば良いと思った。
 長期滞在が可能な場所は、あった方が良いだろう?
 これから、沢山の職人や人足を、雇わなければならない。
 人の流動が多いこの時期なら、君らを紛れ込ませるのは容易だよ。
 そこならついでに、使用人としてもっと雇うことも出来る。
 俺がここで人を雇うと角が立つが、国の関わる事業なら問題無い。異母様方の手出しもないだろうから、安心してくれ。
 人数がいないと話にならないからね。大口の君らに声をかけるのは自然なことだろう?
 あともう一つ、サヤの仮姿を複数用意する必要が出てきた。
 人数を考えると、その仮の人物を演じてくれる者が欲しい。
 なので、それについても君らを雇いたいと考えてる」

 考えなしに、適当な理想論を述べてるんじゃないんだよ。
 と、分かってもらう為に、予定を全部盛り込んだ。
 多分、マルも似たことを考えていると思う。
 当初はともかく、今は交易路を大々的に展開していく算段で挑んでいる。その為に色々な布石も打ってあることだろう。
 姫様に大きく恩を売ることとなった今回、彼の計画には上乗せが追加される筈だ。
 姫様に願いを聞く約束を一つ取り付けているし、王家をこの事業に噛ませるつもりだと推測している。
 彼の計画には、獣人も大きく組み込まれている筈だ。多分マルの目的に、彼らは重要な役割を果たすのだと思う。

 ……まあ、色々思うことはあったが、それで俺が何か困っているわけでもなく、助けられているわけで。
 なら、俺の目指すものに、マルの目指すものも一緒に組み込めば、お互い良い関係でいられるのではと、思っていた。
 だから、吠狼の皆を、手の届く場所に置けるようにすることは、マルにも利点と捉えられる筈だ。

「そんな計画だから、勝手に決めると君らだって困るだろう?
 それで、胡桃さんに相談したいんだよ。
 まあ、全員って言ったのは、求められるなら、それも可能だってこと。多分そうはしないだろうって分かってるから、安心してくれ。
 けど、エレノラみたいに戦闘能力は磨いていない、そもそも獣人じゃない者だって多いと思う。
 そういった人を、極力雇えればと思っている。ここにいる間に、何がしかの技術を身に付ければ、将来潜伏要員だって目指せる。
 定住する上での能力は、旅では磨きにくいだろう?」
「あ……あんた、気が狂れてンのか?
 もし、俺らが兇手だってバレたら、てめぇの首が締まるって、理解出来てンの?」

 喘ぐように草が言う。
 理解していない筈がない。
 だがその覚悟は、もうとっくの昔……ハインの正体を知り、君らと関わると決めた時に、していることだ。

「俺はハインが大切なんだよ。
 あいつを失いたくない。でも、あいつの幸せの形ってまだよく分からないから、外堀から埋めていく。その為でもあるんだ。
 だから心配しなくても、覚悟はしてる。
 どっちにしろ、ハインを手放さない以上、獣人を側に置く危険性は同じだ。元から一蓮托生だから、心配しなくて良い」

 姫様の病のことを知り、俺の中で、獣人というものが何かが、はっきりしたというのもある。
 彼らを虐げる理由も、退ける理由も、俺には無い。だから、俺の出来ることを、やっていく。時間をかけて、布石を打っていく。それだけのことだ。

「…………あんた、マジで胆力お化けなンだな……」

 脱力した様子で草が言う。
 別に特別なことを言っているつもりはないので、胆力お化けなんて言われる理由が分からないが、そう思うならそう思っておいてもらって構わない。

「で、胡桃さんには会わせてもらえるのかな?」
「……連絡、取る。いつとは言えねぇ。ちょっと待ってろ」
「分かった。予定が立ったら、教えてくれ」


 ◆


 そこからは毎日が、平穏に続いた。
 長老一派を護送していった班の方々も戻り、マルは五日間引き篭もったものの、ちゃんと差し入れのクッキーや補水液を摂取していた様子で、体調は大きく崩していなかった。
 何をしていたかは教えてもらえなかったが、姫様に面会を求めていたし、姫様の用事であったのかもしれない。
 雨期が明ける直前に、王家の系譜が無事届いた。
 毎日届く書類の中に当たり前の顔をして紛れていたから、何気に手に取ってしまった時は、取り落としてしまった……。いや、どうやって渡してくるのかなと思ってたよ?   だけど草が持ってくるとかさ、その辺を想定してたのに……びっくりした。
 その日から、系譜の検証が始まった。
 残念ながら、系譜に白い方の記載は無かったが、とにかく、近年から遡る様にして、各時代の王が在位した期間と、ご子息の数。十五歳までに没した人数を延々数えて行く作業を、二日間掛けて行った。

 その結果の恐ろしさに、俺たちは、息を呑むこととなったのだ。
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