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心の傷 4

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 ハインにディート殿のことをお願いしてから、サヤを伴いサヤの私室へ赴いた。
 もうそろそろ準備も終えている頃だろう。
 一応サヤの部屋であるから、本人抜きで中を伺うのは憚られた為、彼女を伴って来たのだけれど、サヤは終始浮かない顔だ。と、いうか……どんどん思いつめていっている様に見受けられる……。
 かといって、俺からこれ以上何か言っても、逆効果だろうし……な。

「ギル、支度出来た?」
「おぅ、もう済んでる」

 部屋では二人が服装も整え、荷物入りの木箱も準備し終えていた。
 女中らしく簡素な服装だったルーシーも、着飾った煌びやかなルーシーに戻っている。
 今日は目の覚める様な金糸雀色をした短衣に白い袴、そして紺碧色の帯だ。サヤに貰った帯飾りも身につけ、色合わせに髪をまとめる飾り紐を、同色に揃えてあった。

「レイ様、短い間でしたが、ありがとうございました」
「こちらこそ、凄く助かった。ゴタゴタしている所為でごめんね、希望に添えなくて」

 ルーシーと別れの挨拶を交わす。
 機嫌を直したルーシーは、元気に「また機会がありましたら、お声掛けくださいな!」と、次を示唆してきて、その元気さには感服した。

「ああ、また……お願いするよ」

 俺の返事に満足したのか、ニッコリと美しく微笑んでから、視線をサヤに移す。

「……サヤさん?」

 ルーシーの声音が変わった。
 俺の後ろに控えているサヤに駆け寄る。
 俺は視線を足元に落とし、咄嗟に振り返りそうになった自分を律した。
 ギルも、動きそうになった自分を押さえ込む様に、拳を握ったのが、視界の端に写っている。

「……ごめんなさい、ルーシーさん。……ちょっと気持ちの整理が、出来てなくて……」

 サヤの声音は穏やかだった。
 だが、小さくて、元気が無い。その様子を見たルーシーは、

「……叔父様、私ちょっとサヤさんとお話があります。部屋、出て行って下さる?」

 なにやらドスの利いた声でそう言った。怖いが、顔は笑顔だ。
 そして俺共々、ギルまで部屋を追い出してしまった。
 パタンと扉が閉まる。すると今度は、ギルだ。

「おい……お前の部屋に行くぞ。話がある」
「……そうだね」

 いや、こうなるという予感はしていた。
 そして俺がきちんと対処出来てないからこうなっているわけで、お怒りはごもっともですと、指示に従う。

「お前……昨日あれからどうした。サヤにいきなり手ぇ出したとかじゃねぇだろうな」
「それしてたら、サヤはもうここに居ないと思うけど」

 そもそもが、ギルのお節介の所為だと思うから、ちょっと言葉に棘が入ってしまった。
 これではいけないと、気持ちを切り替える。
 ギルが、悪いわけじゃない……。俺が機嫌を損ねてたのが、そもそもの原因だ。

「けど、何もしてねぇってわけじゃねぇよな、あれは」
「まあ……気持ちは伝えたよ。無かったことにしてもらったけど」

 そう言いつつ、ギルを引っ張って部屋の隅に移動する。

「ここだってサヤに聞こえるかもしれないんだ。声は抑えてくれ」
「こら、ちょっと待て。何つった今、言った⁉︎   無かったことにしてもらった⁉︎   どういうことだ!」
「だから声落とせって言ってるだろ⁉︎」

 ここじゃ駄目だ、この調子じゃ、絶対聞こえる。
 ギルを引っ張って、部屋を出た。もっと奥の、使われていない区画へ行く。適当な扉を開けて、中に入ると、埃っぽい湿気った空気が充満していた。
 それでも、サヤに聞こえないなら良い。ギルに向き直る。

「言ったよ。俺の気持ちは伝えた。
 だけど、思ってた以上にサヤは、そういったことを受け入れられない様だったから……聞かなかったことにして良い。今まで通りでって、伝えたんだ」
「そんな説明じゃ何も分からん!」
「だから……状況の勢いで、サヤの事情を、聞いたんだよ。
 人に好意を伝えられること自体が、苦痛らしい。自らが好意を寄せている相手からであっても、そうだった……。好きな相手に好きって言われて、それがサヤには、苦痛でしかなかったんだ。
 じゃあ、俺に何が出来るかって、サヤの嫌がることをしないってことだけだろ?
 幸いにも、俺への嫌悪感は、薄いみたいだから、告白自体を無かったことにしようって、お願いした。
 この世界で、サヤの居場所を、失わせることにはならずに済んで良かった。
 サヤとは、もう、黙って出て行こうとしたりはしないって、約束した。
 だから、あの娘が急に姿をくらます心配は、しなくてよくなったよ」

 俺の説明に、ギルはとても納得が出来ないといった表情だ。
 だけどグッと奥歯を噛み締めてから、深く息を吐く。
 怒りたくても怒れない……、そんな顔。そうやって言いたかったことを飲み込んでから、俺に問うた。

「それは……お前は、それで本当に、良いのかよ……」

 良いに決まってる。

「望外の結果だと思うよ。
 暫くは落ち着かないかもしれないけど……そのうち、当たり前になる。
 俺がサヤに出来ることがあって、良かったよ」
「だけどそれじゃ……」
「良いんだ。サヤは故郷に帰るんだよ。ここに、しがらみは必要ない。
 俺の気持ち一つでどうにかなることなら、良かったじゃないか」

 その言葉がギルの逆鱗に触れたらしい。理性をかなぐり捨てて、俺の襟首をつかんで引き寄せる。

「良くねぇだろ⁉︎   そうやってお前は、また我慢か!   たまにくらい、我を通すことを覚えろよ⁉︎」
「通したよ。俺の勝手な気持ちを口にした」
「無いことにしたんじゃ、意味ねぇだろ⁉︎」
「カナくんは、受け入れてもらえなかった。
 お互い好き合ってたのに、サヤから離れた。サヤを嫌うしかなかったんだ。
 俺はまだ、サヤに触れられる。時間を共に過ごせる。それ以外何が必要だ?」

 真顔で問うと、眉間にしわを寄せて、握った拳を壁に叩きつけた。
 俺を殴りたかったのだと思うが、なんとか自制した様だ。

「なんでお前は……そうなんだよ……」
「さあ、性分じゃない?」
「そっちじゃねぇよ」

 アミに言ってんだよ……と、ギルが零し、俺から手を離す。

「サヤの世界にも、アミは関わってんのかな……あいつも大概、報われてねぇよ。
 なんで、こんななんだ……クソッ」

 アミ神が、世界とどう関わっているのかなんて、分からない。お会いしたこともないし、俺はそもそも、願うことも、望むことも出来ないと思っていたから、神に縋る気持ちは無かった。
 だけど、俺にそれが許されるというなら、サヤに報いをと、望まずにはいられない。
 大切な人や家族から離れ、縁もゆかりもない別世界へ、一人放り出される様な、そんな運命を与えられるべき娘じゃない。幸せになるべき、優しい娘だ。

「ハインに、同意したくなった……。邪神かよ。俺も無神の民になるかなぁ……」
「貴族相手の仕事してて、何言ってる。使用人らを路頭に迷わす気か」
「言ってみただけだ。愚痴ぐらい言わせろ」

 ギルはそう言って、不機嫌そうに顔を歪める。
 俺やサヤの為に腹を立ててくれる彼に、心の中でありがとうと礼を伝えつつ、俺は言った。

「さぁ、戻ろうか」
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