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望む未来 10

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 険悪な雰囲気のまま、俺たち三人と、各一名ずつの配下、そしてルオード様が、俺の部屋にて長椅子に座り、睨み合っている。ああ、いや……ルオード様は睨み合ってない。扉のすぐ横にて待機中だ。
 まあ、話し合おうと言ったって、先程までのやり取りを綺麗さっぱり水に流してしまえる筈がない。
 姫様はリカルド様と口をきく気にもならないらしく、だんまりの状態だ。
 そして俺はというと……、

「貴族であるのに、剣も帯びておらぬとは……さすが片田舎の小倅、貴族としての自覚が無い者は視界に入れるだけで不愉快極まりない」

 いびられていた。
 まあ、この手の嫌味は異母様に遠く及んでいない。だからそよ風も同然だ。

「申し訳ありません。
 右手に少々障害を負いまして、剣を握ることもままならないのです。
 役に立たぬものを腰に下げておくよりは、実用重視と割り切っておりまして」

 そう言って腰の後ろにある短剣を示すと、口が閉ざされた。
 更に不愉快そうな顔になる。まあ、想像してた。剣を捨てて短剣なんて、貴族の選択じゃないって思われているのだろう。学舎でもよく言われてたしな。

 剣は、打撃力無視で、二、三度振るのが限界。短剣でも、数回攻撃をいなすのが精一杯。
 それなのに身が重くなる長剣を腰に下げるのは、正式な場だけで良いと考えている。
 今以上に無防備になると、周りに迷惑を掛けてしまうからだ。
 セイバーンに引きこもっていれば、剣を所持していないことをとやかく言われることもないので、すっかり失念していたが、貴族のあるべき姿としては宜しくない。つまり、リカルド様が正しい。

「お見苦しい姿を晒し。申し訳ございません」

 謝って済むならさっさと謝る。
 矜持もへったくれもないが、リカルド様は一応、理解して下さった様だ。「もう良いわ」と、小さな声で、返事があった。幻滅しきっただけかもしれないが。

「先程の小僧が居れば、身を守るには足りようしな」
「騎士団の将たるリカルド様を投げ飛ばすのですから、大したものですわ。
 サヤと言いましたか。あの子、博識なだけではないのですね」

 リーカ様が嫌味なのかなんなのか、リカルド様をチクチクと攻撃する様な口ぶりだ。

「レイシール様は、あの様な稀有な天才に、貴方だけに仕えると言わせるのですから、人たらしと言われるだけことはありますわ。その手管を是非知りたいものです」

 ほほほと笑って言う。やめて下さい、俺別に人たらしじゃないですから。
 引き合いに出されたリカルド様は、恥辱を思い出したのか、更に人相が悪くなる。俺の背中に冷や汗が伝った。
 リカルド様……将なのか……そんな人を投げ飛ばしてしまうとは……サヤの実力が恐ろしい。

「あ、あれは意表を突かれただけだ!
 見たこともない武術に対応出来なかったに過ぎぬ、次は、ああはならん!」
「ふぅん、戦であれば、次など無く天に召されておろうにな」

 揚げ足を取った姫様にカチンときたのか、リカルド様がゆらりと怒気を揺らめかせる。彼の背後に立つ、配下の方も怒り顔だ。怖い……。
 また言い合いになったらたまらない。俺は二人の雰囲気を断ち切るためにも、率先して口を開くことにした。

「サヤは、律儀なのですよ。たまたまはじめにサヤを保護したのが私であっただけです。
 あの子は、恩以上のものを俺に与えてくれているのです」

 そう言ったところで、当のサヤがやってきた様子だ。コンコンと扉が叩かれる。
 許可を出すと、茶を乗せた盆を持ったサヤが入室してきて、俺たちの前にそれぞれ茶を用意し、一礼して去って行く。後は、外で待機だ。

「……あの様な細腕をして、少女の様に麗しいお顔をしておりますのに……」

 サヤが去った後を目で追い、ほぅ……と、感嘆の溜息を零すリーカ様。
 実は少女なのですよと言ったらどうなるのだろうな……。まあ、性別を疑われてもいない様子でなによりだ。
 さあ、それでは。
 状況把握といこう。まずは、姫様とリカルド様、双方の言い分を聞かないとな。

「では、まずはお二人の状況と問題点から、教えて頂きたく思います。
 部外者だから黙秘。は、無しですよ?もう、巻き込まれたと思いますから」

 まずそう言うと、双方の顔が不満げに歪む。
 リカルド様は俺という存在そのものが癪にさわるであろうし、仕方ないとして、姫様にその顔をされても困る。俺を巻き込もうとしている張本人なのだから。

「いきなり王にすると言われても、私にはこのセイバーンを管理すると言う職務もございますし、何故そんなことを言われるのかも見当がつきません。
 それに、私に王などという大役は務まりません」
「務まる、務まらぬではない、務めてみせよと言うておるのだ。其方の自己評価など聞いておらぬ」

 姫様には取りつく島もなく言い捨てられてしまう。
 王をやれ……そう言われていることに、凄まじい重圧を感じるが、今は耐えろと自分に言い聞かせた。焦っても仕方がないことだ。まずは、情報収集。それをしなければ始まらない。

「姫様はお忘れの様ですが、私は成人しておりません。仮に姫様の夫となると承知したとしても、婚儀は二年後ですよ。王様のご容態は、それに耐えうるのですか?」
「成人しておらずとも、婚儀を執り行うに等しき契約は出来る」

 その言葉に、一瞬身が緊張した。
 誓約か……。将来の結婚を誓い、一生を添い遂げると家同士の誓いを立てる。
 だが俺はこれが出来ない。俺の誓約は既に誓われている。だがそれを口外も出来ない。
 ……今は、流すしかない……。

「其方を王に推すことは、学舎に居た頃から考えておった。
 其方があと数日学舎に残っていたならば、まずは近衛に。そこから色々強みを伸ばしていき、いずれは……そんな風に、考えておった。
 つまりこれは、その場の思いつきではない。其方ならば良い王になると言ったのは、私の本心だ」

 良い傀儡……の、間違いでしょう?
 とっさにそう出かかった言葉をぐっと飲み込む。
 焦っても、怒っても駄目だ。姫様がより頑なになるだけだ。

「私には、気が狂ったとしか思えぬ。
 何故この小倅に固執する。学舎で其方が目をかけていた者はこれだけではなかったはずだ。
 何故この様な土壇場になって……」

 苦虫を噛み潰した様な顔で、リカルド様が言う。
 土壇場……。王様の容態的なことか?   それほど良くないのだろうか……。
 俺がそんなことを考えている間も、姫様とリカルド様のにらみ合いは続く。そして、姫様がリカルド様の懸念に対する、答えを口にした。

「ああそうだな。皆それなりに優秀だった。
 だが、私の予想を超えたのは、レイシールただ一人だ。この時期に、行動を起こした!   これが神の思し召し出ないならば、何だと言う⁉︎」

 そう言った姫様が、懐から少々痛み、よれた紙束を取り出し、小机に投げる。
 見てみると、それは土嚢をどう使うかと言う調査書である様子だ。
 マルの用意したものではなさそうだな……字が違う。
 首を傾げる俺に、姫様は一つ息を吐き、言葉を続けた。

「河川敷への支持、支援の嘆願が来た時、まさか其方からその様なものが送られて来ようとはと、驚いた。其方は優しく、気が小さかった故な。自ら名を出し行動することなど、想像出来なかった。あの様な、強引な手段でな。
 見てみればどうだ……まるで其方らしからぬ内容だ。人違いかとまで思うた。だが、マルクスの名もあり、セイバーンからだというのに、人違いとは思えぬ。そして、嘆願の内容が相当妙だった。
 土を入れた袋を利用して、川の氾濫を防ぐ。更にそれを改良し、氾濫の起きない川に作り変える。虚言、虚構かとも思うたわ。袋一つで何が変わるのかと。だから戯れに、試してみた。
 同量の土を、一つは盛り固め、一つは袋に詰めた。そこに短剣を刺してみたのだ。
 盛った土はあっさりと刃を通した。だが袋入りの方は……同じような力加減では、刃を貫き通せなかった……」

 あの時の心情は言い表せぬ……。と、姫様は言った。
 そう言いながら、姫様の手にグッと力がこもったのが分かる。

「ただ袋一枚通すと、ここまで違う。あの嘆願は絵空事ではなく、本気で成そうとしているのだと感じた。
 衝撃だった。居ても立っても居られない衝動に駆られたわ。
 つられて、其方を失った折に捨てたはずの思いが、願いが、再燃してきてしまった」

 そう言い、どこか虚を見つめるような目をしたのだ。

「私は、王にはなれぬと、十五を迎えた祝いの席にて、父上に言われた……」
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