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雨季 9

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 まあ、少々不自然ではあるよな。男なら、気にせずその場で服を脱いで、絞るくらいのことはするか。
 それに、ウーヴェの反応も、きっと気付かれてしまっている。何かあると勘ぐられてしまったら、良くないな。

「そうです。
 サヤは、幼い頃、無体を働かれたと、前に話したでしょう?
 当然、無傷では済まなかったのです……。ですから……」
「ああ、あの美々しい顔立ちだものな。醜い傷は、晒したくないか……」

 適当に濁しておくと、無難に解釈してくれた。
 よし、その路線でいくか。

「差し支え無ければ聞きたいのだが……無体とは?」
「誘拐されたのだそうです。思い出すのも、辛いことの様で、俺も詳しくは、知りません。
 この話をしたり、思い出したりする時、サヤは、震えるのですよ……あんなに強くなるまで身を鍛えたのに、未だ恐怖を拭い去ることが出来ないのです」
「…………あれだけの知識を有する者だ、それなりの家の出なのだろうとは思っていたが……よく無事で戻ったものだな。命を拾えただけ運が良かったと思うべきなのか……幼いうちにか。酷い仕打ちを受けたものだ」

 貴族社会には、そう珍しくもない事件ではあるが、酷い仕打ちであることは確かだ。
 時には身内で、時には国の問題に絡んで、子供が被害を被ることは、多々発生する。慎重にディート殿を観察するが、どうやらこの話をそれなりに信憑性があるものと捉えてくれた様子だ。
 ……嘘は殆ど言っていない。
 実際サヤは無体を働かれ、心に傷を負った。未だにそのことで恐怖を感じ、体調を崩すのだから。
 見た目に分かる傷だけが、傷ではない。

「ディート殿……この話には、触れないでやってほしい。
 俺は何度も、サヤが苦しむところを目にしている。あの子には、極力、辛い思いをさせたくない」
「心得た。俺もそういった話を混ぜかえすのは性分に合わん。
 納得も出来た。あの強さは……それだけ自身を追い込んだ結果なのだな」

 実際、女性の身であそこまでというのは、身体能力の上昇があるのだとしても、凄まじい努力をしたことは確かだろう。
 強さが伴わなければ、あの気迫は生まれない。
 自身の強さに無自覚なのは、あくまで実戦経験の不足によるものだと思う。経験を積めば、サヤはきっと、更に強くなる。身につけた技術を、自身の血肉として昇華させることが出来たなら、今以上にだ。
 とはいえ、サヤの世界でそれが必要かと問われると、正直分からない。
 強さを身に付けるなら、あくまでサヤ自身の為であるべきだ。彼女が求めていないことを強いるつもりは毛頭無かった。ましてや、俺の為だなんて……絶対に、嫌だ。

 暫く、そんな風に時間を潰していると、サヤの身支度が整ったと、ルーシーが俺たちに知らせて来たので、皆揃って食堂に向かう。
 ルーシーをサヤの支度に残していたので、きちんとに整えられている筈だと思っていたけれど、その通り、サヤは微塵も乱れていなかった。完璧な男装を取り戻している。
 従者服は別のものに着替え、風呂も利用したとあって、さっぱりしていた。急いで湯を沸かしたのだと思うが、もう何度も繰り返した作業なので手馴れたものだ。

「昼食が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
「良い。美味である様守ってくれた者に文句は言わん。
 さあ、早く食そう。今日も楽しみにしていたのでな」

 護衛ついでにここで昼食を取るディート殿は、いそいそと席に着く。
 実際、食事処での賄いも、美味だと評判は上々の様だ。
 料理も氾濫対策の一環だとルオード様に伝えてあるので、料理人を引き抜こうとする様子も、今のところ無いらしい。

「それにしても、雨季にはほんと参ってしまいますね。小雨が続くだけなら良いのですけれど……急に土砂降りになったりしますもの」
「洗濯物を乾かすのが大変ですよねぇ。ここ、空き部屋多いから良いんですけど」
「ええ本当に。近衛の方々は大丈夫なのでしょうか?」
「まあ、こうなるのを見越して来ているのでな。
 雨季用の荷物量だぞ。一日二日、乾くのにかかったとしても、なんとかなる。
 が、時間が掛かってかなわんな。生乾きの匂いも好かん」

 近衛部隊の方々は、遠征の時は各自で自己管理を行うそうだ。
 元々は従者を連れて遠征していたそうなのだが、どうしても移動速度は落ちるし荷物も増える。その為、姫様直属の近衛部隊は、自身で一通りが出来ることを特訓させられるらしい。姫様は合理的な考えの方の様だ……。ディート殿にそう聞いた時は少々びっくりしてしまった。
 まあ、学舎出身者は、大抵一人でその辺のことが出来る様になっている筈だから、大丈夫であるらしいが。
 そんな脱線したことを考えていたら、サヤが妙なことを言い出した。

「煮込めば綺麗になりますし、匂いも気にならなくなるので、煮洗いがお勧めですよ」
「こちらの洗濯はその様になっておりますね」

 ハインもしらっと同意する。
 ……ええっ?   服を、煮るのか?

「あら、メバックの一般家庭ではよくやりますよ?   雨季の間は特に、洗濯って大変なんです。
 普段の洗濯だと、生乾きの臭いが酷いのですもの。
 私、王都からこちらに来たのですけど、この方法を聞いて眼から鱗が落ちたのですよ!
 雨季以外でも、油や汗の汚れには、この方法をよく使うそうなのです。
 バート商会では、今は本店も洗濯を煮洗いで行なっておりますわ。
 まあ、糠を使うというのはここで初めて見たのですけど……」

 ルーシーまで当たり前の様に口にした。
 糠はともかく、洗い物は、煮るものらしい。雨季の間って、そんな風にしていたのか。知らなかったな。

「簡単ですよ。湯を沸かし、服を入れて、暫く弱火で攪拌しつつ煮込むだけです。半時間ほどでしょうか?それで大体の汚れは湯に流れ出ますから。
 もっと綺麗にしようと思ったら、麦糠を袋に入れて、水の中でもんだ、白濁した水を使います。白濁しているのは細かい糠の粒なのですけれど、それに汚れがくっつくので、より綺麗になります。煮終わったら、ぬるま湯でしっかり濯いで、絞って干す。以上です」
「成る程、雨季に長雨が続く、この地方特有の方法なのだな。
 隊長に進言してみよう。良い話を聞いた」

 上機嫌となったディート殿。洗濯って、そんなに大変なのか……と、思った。
 まあ、雨の最中、連日の業務だ。雨除けの外套を纏っているにせよ、どうしたって雨はある程度染み込むし濡れる。
 訓練の一環だということで、皆不平を言わず耐えてらっしゃるのだろうが、それは少し、申し訳ないな。そう考えていたら、サヤが口を開く。

「他にお困りのことは、ございませんか?」
「む。まぁ、毎日濡れて身体を冷やすのでな。温まる方法が欲しいといえば欲しい。
 先程自作の風呂があると言っていたが、作れるのならば欲しいくらいだ」
「風呂ですか……」
「うちの風呂、形状というか、状況が洗濯同様、鍋で煮られる感じなので、貴族の方々は嫌でしょうねぇ。あはは」

 マルがそんな風に笑う。
 風呂か。
 確かに、あの形状の風呂を、貴族の方々に使ってもらうのはちょっとあれだよな……。
 一度に一人しか入れないから、二十五人もの近衛の方々に、順番に入ってもらうというのも、ちょっと現実味が乏しい。
 サヤの国の、湯屋の様なものがあれば良いのだけれど……ん?
 湯屋……。
 いつか作ることが出来ればと思っていたが……近衛の方々が必要と言うのならば、簡易的なものを作って、実験してみる価値があるのでは?
 ハインをちらりと見る。……なんとなく目がギラついてませんか……。
 マルに視線をやると、何か企んでいるのか、ムフムフと目が笑っている。きっと似た様なことを考えているな、この顔は。

「レイシール様、後でちょっと、ご相談があります」
「分かった。午後からならだいたい大丈夫だよ」
「では、昼食後、一時間ほどサヤくん借りますね。
 レイ様の所へ報告に行くのは二時頃で。ふふふふ、近日中に風呂の構想を固めます。いくつか検討はしてあるので、実現可能だと思いますよぅ」

 急に風呂を作ります宣言を始めてしまったので、慌てて止めた。

「こ、こら。滅多なことは言わないでくれ。実現出来なかったらどうするんだ」
「出来無さげだったら口にしませんからご安心下さい。久々にしょうもないことに頭使えますねぇ!   楽しそうです」

 しょうもないって言うな!
 だけどまぁ……策略とか、陰謀とか、そういったものを得意とするマルではあるけれど、得意だからって好きではないことを俺は知っている。ここのところ、ずっとそういったことに頭を使わせていた上、怪我までさせてしまったのだ。ちょっと息抜きがてら、その手のこと以外に頭を使いたいと考えるのは、仕方がないことだなと思った。

「な、なんかこう言ってますので……あまり期待しない方向で、待っていてもらえますか……」
「心得た。期待しないで待っておく」

 そう言いつつ、ルオード様の表情は期待で輝き、満面の笑顔だった。
 ううぅぅ……だ、大丈夫なのか……?
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