異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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後遺症 6

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 ハインが温め直した鍋を持って食堂に戻って来たので、朝食にしましょうと、声を掛けた。
 ルオード様は、美味しそうだねと、よそわれた朝食を受け取り、麺麭を手に取った。

「ああ、業務事が終わるのは何時頃だろうか。後で、君の部屋に行って良いかな?
 今回の派遣の細かい部分について話し合いたい。今後のこともあるから。
 それと、クリスタ様と、ユーズから、君宛に預かり物があるのだよ」

 柔和な笑みを浮かべたルオード様がそう言い、卵を口にする。その目が見開かれた。

「これ……なんだか不思議な味がする。見慣れてるものなのに、食べたことのない味だ。昨日も思ったのだけど、凄く美味だね」
「見た目は炒り卵ですけど、サヤの国の調味料を使っているので」
「へぇ、とても珍しい髪色をしていると思っていたのだけど、異国の者なのだね。顔立ちも、ここらでは見ない雰囲気だものな。美々しい少年だね。昨日も、とてもしっかりとしていてびっくりしたよ。幾つかな?」
「じゅう……十四歳、です」

 サヤが居心地悪そうに身を縮こめて言う。年齢詐称を気にしている様子だ。二つくらい若く言ってるだけなのに……。女の子は不思議な部分を気にする。

「その年で従者か。しかも結構な鍛錬を積んでいる様子だね。騎士を目指しているのかい?」
「い、いえ……旅の途中家族とはぐれ、彷徨うところを、レイシール様に保護して頂きました。
 家族を探す手立ても無いので、こちらでお世話になっております。
 私はその……レイシール様に、お仕えしたくて、ここにおります」
「そうか。もし、騎士を目指すという気持ちになったら、口利きできるから言いなさい。正直、喉から手が出そうな程なのだけれど、レイシールが凄い顔をしているからね、自重するよ」

 苦笑しつつそう言われ、自分の顔に手をやると、眉間にシワが寄っていた。
 慌てる俺に「冗談だよ。印のある者に手は出せない。知っているだろう?」と、襟を指差す。
 サヤの襟には、メバックを離れる時に渡した、ギルの用意してくれた小粒の襟飾りがきちんと収まっていた。
 それにしても……見る人が見れば、サヤの強さは一目瞭然か……。それとも、俺が寝ているうちに何か、あったのだろうか……。
 とりあえず、サヤの話から離れたくて、俺はルオード様の質問に答える形で、話の道筋を正した。

「業務事は、午前中に終わらせます。午後からなら、いつでも大丈夫ですが……」
「そうか、では私も、午前中のうちに、部隊の駐屯する借家を確認させてもらおう。
 それにしても、賄いというのもこれだとは……もっと質素なものを想像していたのだけど」
「肉体労働なのに、質素な食事じゃ仕事になりませんよ」
「それは常々思っていた。だが料理人を雇うとなると出費も馬鹿にならない。
 百食単位で作るとなると、雇う人数も必要だ。店を一軒貸し切っているのかい?」
「あはは、そこは企業秘密ってやつにしましょう。
 料理を気に入られて、料理人を取られちゃったら困りますもんねぇ」

 マルがサヤをチラリと見ながら、おどけてそんなことを言う。

「そんなことはしないよ。けれど、並みの腕じゃないだろう?   これは……」

 サヤの国の調味料を使っていると言ったのに、サヤが作っているとは思わなかったらしい。
 まあ、従者は普通、料理しないよな……うちは例外として。
 人手不足と、信用のおける食べ物を得る目的で、うちではハインがずっと調理も担当していたのだけれど、普通は料理人を雇うなり、通ってもらうなりするのだ。
 それにしても……。
 サヤが料理を担当している。と、言えば済むのに、マルははぐらかした。
 どうせ、警護の任に就くと、自ずと分かってしまうことだと思うのだが……。何を考えているのやら。
 あえて伏せたのだと思ったので、俺も合わせて、ルオード様には笑顔を振りまき誤魔化しておいた。
 マルはすまし顔。そして襟飾は身に付けていない。メバックの商業会館使用人という立場でいる様子だ。
 またとんでもないことを考えてないだろうな……。お願いだから、王族とか絡んでくるようなことは、金輪際秘密にしないでほしい。いや、正直そんな可能性、小指の先程もあると思ってなかったのだけど……。
 王族が氾濫対策に絡んで来たという、その現実を再確認したら、冷や汗が出て来た。いまだに現実感が……ううぅ。胃が痛くなりそうだ。腹の辺りをさすっていたら、一足早く食事を終えたギルが、食器を重ねながら話しかけて来た。

「レイ、昨日言いそびれたが、俺は今日、一旦メバックに戻る」

 急に言われたことに、びっくりして匙を落とす。慌てて無作法を詫びたが、正直、動揺していた。ギルが、戻る……。いや、彼は俺の従者じゃないのだし、当然か。一応、兇手の問題は解決したのだしな……。
 そう思うのだけれど、気持ちはついていかない。何故、そんな急に?

「そろそろ、店の方を一旦覗かねぇと。まぁ、何も言ってこなかったから、問題は無いと思うんだけどな」

 そう言われ、長い間こちらに無理して残ってくれていたことを、今更思い出した。
 そうだった……。本来なら、こんなに長居できるような立場じゃないのだ。彼は、店の責任者なのだから。
 俺の眉が下がっているのを見て、ギルが苦笑する。

「んな顔してんなよ。どうせまたすぐ顔を出す。報告に来なきゃならないこともあるし」

 そう言って、食器を持って立ち上がった。台車に食器を置き、サヤに何かを耳打ちする。
 サヤはそれにこくりと頷いた。

「んじゃ、見送りとかはいらねぇから。ルオード様も、また縁がありましたら」

 そう言って、さっさと食堂を後にした。

「気を遣わせてしまったかな。
 私が領主の館ではなく、ここに留まりたいと言ったから」

 ルオード様が、少し眉の下がった顔でそう言うが、それにはサヤがかぶりを振った。

「いえ、正直、かなり無理をして、留まっていて下さったんです。
 レイシール様には、私とハインさんしか仕える者がおりませんから、昼夜問わずお護りするとなると、少々難しく……」
「そうか……難儀だな」

 配下が二人しかしない理由も、領主の館ではなく、元使用人の宿舎を利用している理由も、ルオード様は詮索しなかった。
 学舎にいた頃からこの方は、こんな風に気を使う方だったよな。
 場の雰囲気を修正するかの様に、麵麭を食み、さすが小麦の生産地だねと賛辞を贈ってくれ、次は汁物をゆっくりと口に含む。

「こっ、これは…………⁉︎」

 驚愕の顔になった。
 ……この表情は珍しいな。急激な表情の変化には、乏しい方なのに。

「?どうされましたか」
「…………尋常じゃなく、美味なのだが……」

 ワナワナと震えつつ、ルオード様が言う。
 あ、そういえば、ルオード様は、汁物があまりお好きじゃなかったのだったか……。
 好き嫌いされず、きちんと食すのだけれど、好んではいないのだと、前にこっそり教えてもらったのを、今更思い出した。

「あー……これも、少し特殊な作り方を、しておりまして……」

 作り方を教えちゃ駄目なのか?と、マルに視線をやると、指でバツを作って止められた。
 兇手の面々には手軽に作り方を教えてたのに……。
 そんな俺たちのやりとりも、ルオード様は手元に注力していて気付かない。

「何故こんな……奥行きがあるのだろう……色も見事な黄金色で……ん?   肉⁉︎   何故汁物に肉が⁇」

 通常汁物に肉は入れないから、吃驚されてしまった。夕食にも、あまり入れないからな。

「それ僕が理由なんですよねぇ。
 朝から肉って重たいでしょう?   だから食べ易い様に、汁物に入れて下さってるんですよ。美味ですよねぇこれ」
「一品で。手早く確実に滋養がつくので、大人数の朝食にとても有効なのですよ。
 まあ、入れる部位や調理の仕方次第で不味くなる場合もあるらしいので、そこは料理人の腕ですか」

 今日の汁物には鶏肉が入っているのだが、パサつく胸肉やささみ肉を使い、小麦粉を纏わせて調理してある。
 手間はかかるが、喉越しが良くなり肉汁も閉じ込められて美味なのだ。鳥の骨でダシとやらも取ってあるらしいしな。

「……この様な料理が一日三食か?」
「はい。昼食には汁物は付きませんが」
「セイバーンには、相当名の知れた料理人が……まさか、テイクか⁉︎」

 懐かしい名前が出たな。

「いえ、彼は今何処に居るのだか、全く存じ上げません。
 名の知れた料理人になっているのですか?」
「いや……レイシールと交流のあった料理人をふと思い出したものだから……違うか」
「ええ。それに、特別名の知れた料理人など、この片田舎には居りませんよ」
「そんな……この味は、そこいらで埋もれて良い腕ではない筈だ!」

 結構強い口調で言われた。
    まあ、サヤが特殊なだけで、普通料理人の扱いはこんなものだ。
 美味なものには価値がある。当然料理人にも下手な宝石より価値がある。
 兇手の一人にも、そんな風なことを何度も言われたな……。
 けれど、サヤの料理を、サヤがどの様に扱うかは、彼女の自由で良いと思うのだ。

「その料理を作る者は……その腕で得る名声や報酬より、より多くの人に美味だと言ってもらえることの方が、価値が有ると考えるのです。
 それに……埋もれはしません。だって美味でしょう?」

 食べたらもう、忘れられないと思う。

「……寛大だな、君は。この料理人の腕を、独占しようと思わないなんて」

 そんな風に言われて、笑ってしまった。
 サヤの中では、料理は独占できる類のものじゃない。けれど、サヤの料理はサヤだけの作れる料理だ。
 その人の手が作れば、その人の料理。彼女はそう言った。
 誰にだって作り方を教えるし、真似されたって構わない。サヤの料理はサヤにしか作れないから。

「そんな生易しいものじゃないんですよ、その者の考え方では、独占なんて出来るわけがない。
 与えて、広めて、増やすんです。もう、想像を超えてしまって、笑うしかないんですよ」

 独占するなんて発想にならない。
 笑いながら俺がそう言うと、いつも穏やかな表情のルオード様は、珍しく複雑な表情をした。
 言ってることの意味が分からないといつた顔。

「まあ、警備をして頂くことになるなら、料理人とはすぐ顔を合わせることになるでしょう。
 楽しみにしていて下さい。きっと、もっと、びっくりさせてしまいますが」

 これくらいは言っておいても良いだろう。
 俺の言葉にルオード様は、複雑な表情で「レイシールがそう言うなら、楽しみにしておこう」
 と言って、汁物を口に運んだ。
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