上 下
156 / 1,121

後遺症 2

しおりを挟む
 朝食の後、俺たちは一旦執務室に集合することにした。
 マルの発言に緊急招集が必要だと判断したのだ。
 執務机を挟み、マルと対峙する。俺の右後ろにはハイン。マルの後ろの長椅子には、ギルと、サヤが見守っている。
 朝の報告を、もうちょっと詳しく説明してくれと伝えると、マルは了承した。

「いえね、土嚢壁の方は至極順調に進んでます。強度なんですが、既に計算上は氾濫を余裕で防止できるまでに到達してるんですよ。ただ、それを言葉で説明しても伝わらないんですよねぇ。必要ならしますけど……計算式とか聞きます?」
「いや、多分、何を言ってるのかさっぱりわからないと思う……」

 まさか、もう氾濫を防止できる規模になっていると言われるとは……。
 え?じゃあ、もう工事は終了で良いんじゃ?   なんでまだ続けてるんだ?

「今の段階で、もう氾濫対策は万全だと言えます。ただ、守る範囲が狭いでしょう?    この際だから、万全を期して、残りの日数は長さと幅を拡張していこうと思ってるんですよ。で、来年以降もどんどん伸ばしていこうかなと」

 終わるどころか……拡張ときた。
 しかも来年以降もって…………来年で終了しないってこと⁉︎

「な、何を言ってるのマル……?   雨季を終えたら、来年までに河川敷を作る。だったよな?
 来年以降もって、どういうことだ?」
「どうって、新事業を立ち上げるんですよ。
 河川敷を川に沿って、メバックの傍まで繋げるんです。ゆくゆくは、アギーに繋がればと思いますが」

 いや待って、ほんと待って、マルの話がどこに飛躍しているのかが、いまだに分からない。氾濫対策をしているんだよな?   新事業を立ち上げるって、どこからそんな話が⁉︎
 俺が魚よろしく口をパクパクさせていると、マルが「エゴンの財産がね、浮くんですよ」と、言い出した。

「氾濫対策と、河川敷作りの資金はもう、確保の目処が立ってるんです。
 そこに、長年氾濫対策の為に集められていた寄付金が、横領されていたと判明しました。そして回収されるんです。対策の為の寄付ですから、当然、対策に使うべきです。
 でですね、道の構造に着目して下さい。道は、地面より高い位置にあります。見晴らしが良い道で、襲撃しにくく、守りやすい。更に人の手で作る道です。高低差を極力無くし、馬車に適した道にすることが出来る。幅がもう少しあれば、とても輸送に適した構造なんですよ。これを利用しない手は無いでしょう?
 長年の寄付はメバックの街人から為されたものですから、メバックに還元することを反対する者は居ないでしょう。更にメバックは、アギー領に近く、セイバーンの流通の要となる街の一つです。ここを発展させることは、セイバーン全体の利益に繋がります。
 川に沿って地形も確認しましたが、川沿いを河川敷にしていくことは可能です。
 しかも、メバックは異母様方に利用されておらず、ここに一番繋がりが強いのはレイ様、貴方です。この意味、お分り頂けます?    僕、言いましたよ?    貴方の、フェルドナレンでの立ち位置を確保すると。その一手に、この新事業を加えることにしたんですよ。
 ついでにね、フェルドナレンにも恩を売っておこうと思うので、工事は数年続けたいんです。まあそこは、今は関係無いので、また今度、時期が来たら再度ご説明しますけど……聞きたいですか?」
「…………いや、聞かなくて良い……既にもう分からないから……」

 頭が破裂しそうだ。
 フェルドナレンに恩を売るって……国にってことか?   まさか王家?……いや、流石にそれは無いよな?
 とりあえず、十数年に渡って横領されていた寄付金が戻るけれど、元が氾濫対策に当てる予定だった資金だから、領の財政に組み込むのも収まりが悪い。だからそのまま氾濫対策に使うという名目で、河川敷の拡張に当てるということだよな?
 ついでに、メバックの利益になる様、メバックに繋げる……異母様らが利用しておらず、俺が最も関わる街だから、俺にとっても良いと。

「ええと……メバックに繋げるのは分かった。で、輸送に適した構造なのも分かった。
 この際道幅と長さの拡張は良いとして……どこにウーヴェが絡んでるんだ?    なんで雇うってことになった?」
「この新事業は、レイ様、貴方の事業なのですよ。
 氾濫対策の一環として、行われるのです。総指揮は私ですが、資金管理と運用に手間が掛かります。
 数年に渡る事業になるでしょうし、私一人では大変なので、専門知識のある者を雇うべきかと。で、丁度良いのでウーヴェです。貴方に借りがあり、本人もやる気があります。家業もたたむし、問題無いでしょう?」
「もう打診済みってことか⁉︎    いやいやいや、工事の拡張とか俺が勝手にどうこう出来ることじゃないだろ⁉︎    俺は領主代行。代行だからな⁉︎    領地全体に関わる様なことは、俺では決断できないんだよ!    しかもエゴンの財産程度で出来ることじゃ無いし!」
「いえいえ、出来ますよ。ていうか、させます。異母様方にも口出しさせませんから。
 そこは、こっちに任せておいて下されば大丈夫ですって」
「何が大丈夫なのか全然見えないんだけど‼︎    根拠はどこに⁉︎」
「あー……今日到着すると思ってたんですけどね、明日か、明後日になりそうですって。根拠」
「………………っ、根拠が来るって、どういうこと⁉︎」

 今日来るのは楽しみにしておく何かじゃなかったの?    なんかもう、混乱が混乱を呼んでるよ⁉︎
 俺は状況把握を断念した。もう無理、頭がついていかない……。
 俺とマルの応酬に、周りも全くついて来れていない。
 机に突っ伏す俺に、マルは「レイ様は胆力だけ発揮してくだされば大丈夫ですから」と、ヘラヘラ笑い。

「じゃあ、僕は現場管理に行ってきます」

 と、逃げ出した。
 執務室に重い沈黙が続く……。

「……胆力だけ発揮しろって、どういうこと……」
「とりあえずマルの奇行に耐えてろってこったろ」

 俺の心からの疑問に、溜息を吐きつつ、答えたのはギルだった。

「あいつが意味不明なのは今更、いつものことだろ。
 まあ、何思いついたにしろ、やれるって言ってんだからやらしときゃ良いんじゃねぇの?」
「ウーヴェを雇うのは聞き捨てなりませんが、金貸しに不向きな性格は、高額資金の管理に向いているのでしょうしね。父親と違い、横領の心配がありません」

 ハインも言う。
 二人の反応に、自分が普段より過敏になっていることを悟る。
 通常なら、マルの奇行に二人が文句を言い、俺が宥める役なのだ。
 やばい……いつも通りにしていないと……。二人の手を煩わしておきながら、俺が拘ってるんじゃ、あべこべじゃないか……。

「そうだな……。どの道マルに任せるしかないし……な」

 無理矢理笑みを作って、そう流しておいた。
 俺をじっと見るサヤが、少し、眉を寄せていたので、慌てて表情に気合を入れて。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...