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糠袋
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「あっ、お風呂なんですけど、ちょっと、試してみたいことがあるんです」
ぱっと、笑顔になったサヤが、俺にそう言う。
気分転換になることでも思いついたのかな?何?と、聞くと、
「麦の糠でも同じかどうか分からないんですけど、糠袋を作ってみませんか」
「糠袋?」
「思い出したんです。昔、私の国では米糠を袋に入れて、身体や食器を洗うのに使っていたんです。糠、今の時期は沢山ありますよね?」
「うん……家畜の餌に売ったり、肥料に使っちゃうけど……少々なら」
「じゃあ、ちょっと袋を作りますねっ」
ニコニコと笑顔のサヤが、手頃な手拭いを切って良いですか?とハインに聞き、使用しているもので良いのですか?などと、会話を始めた。
裁縫道具を取りに行き、食堂に戻ってきたと思ったら、手拭いを鋏で切り、その場でチクチクと袋状のものを縫い始めてしまう。
その様子を見ていたギルが「お前、針の使い方も堂に入ってんな……。それもクラブカツドウで培ってんのか?」と、問うが「いえ……」と、サヤはかぶりを振った。
「私の国では、ミシンという機械を使って縫うのが一般的なんですよね。
手縫いは、祖母の指導で覚えました。
私、10歳の頃から毎年……自分の浴衣を……自分で縫っていたんですよ。祖母と一緒に」
チクチクと縫い進めながら、そんな風に話す。
サヤが、自分の生活のことについて語るのは珍しい。
一瞬、言葉が詰まった様に見えたけれど、気の所為かな……?
聴き逃すまいと、耳をそばだてていると、またギルが口を開く。彼は、サヤが特別なことを口にしているとは、思っていない様子だ。
「ユカタ…前も言ってたな。民族衣装だったか?」
「はい。夜着や、夏場に着る、単衣の着物です」
「へえ、じゃあサヤは、生地があれば、ユカタを仕立てられるのか?
見たいな、お前の国の民族衣装を、お前が着てるところ」
ギルの呟きに、サヤは少し、困った顔をする。
「うーん……難しいですね……。反物一反が、幅三十六~三十九糎。長さ十二米程なんですけれど、その様な幅の布って、ありますか?」
「でかい布を切ったんじゃ駄目なのか?」
「駄目じゃないですけど…端の始末が結構大変で。
それに、和裁は寸法を事細かに計算したりしなきゃいけないので、ざっくりとは覚えているのですけど、全てちゃんと覚えているか、自信が無いんです。
糎や米とは違う、尺や寸といった単位を使って長さを計算するのですけれど、浴衣作りは、鯨尺という、それとまたちょっと違う単位を利用するので……うーん……一寸が三糎八粍でしたっけ……」
「ややこしそうだなぁ」
「そうですね……ちょっと、難しいかもです」
チクチクと針を進めつつ、そう呟く。
そこで急に、会話が途切れて静かになってしまい、俺は少々狼狽えた。
サヤ、何か、悲しんでいるのじゃ、ないだろうか。
祖母のことを思い出して、辛くなってしまったかもしれない。
あちらの生活を、恋しく思っているのかもしれない。
それとも……カナくんを、思い出してる?
手元を見下ろすサヤの表情が伺えなくて、何を思っているのかが分からない。
ど、どうしよう……何か別の話を振った方が良いだろうか……?
そんな風に焦っていたら、今度はマルが口を開く。
「麦糠……その袋に入れるのですよね?どうやって使うんです?」
「お湯に浸して、しっかり水を含ませてから、その袋で肌を撫でるだけです。汚れが吸着して、角質も取れ、肌がすべすべのツヤツヤになるそうです」
「サヤくんは使ったことないんだ?」
「はい。でも、古い方法なのに、未だ多く愛用者がいて、石鹸が多く出回っている私の国でも、使われているんです。
お肌に良いのだって、クラスで女子が話しているのを聞いたこともありますし。京都では有名な化粧品店が糠袋を扱ってたりしますし。
えっと……鶯の糞の粉末? を混ぜるとかも、聞くんですけど……鶯限定って、なんだか不思議ですし、もしかしたら覚え間違いかもしれませんから、とりあえず糠だけで」
チクチクと縫い進め、一枚の手拭いから二枚の袋を縫い上げた。
二重に縫ってあるのは、糠が溢れにくい様にということなのだと思う。
その縫い上げた袋を、ひっくり返すサヤ。
「ふふ、きっと、土嚢と一緒ですよね。ひっくり返した方が、溢れにくい」
そこではたと気付いた様だ。慌てて立ち上がり「糠を貰ってきます。水車小屋に行けば頂けますよね?」と、外に向かおうとする。
「こんな時間、もう人は居ないよ。閉まってるだろうし……」
「行く必要はありません。厩から貰ってきましたから」
調理場で洗い物でもしているのだとばかり思っていたハインが、そう言って戻って来た。手桶に、布で包んだ糠が入れられている様子だ。礼を言って駆け寄るサヤに、渋面で告げる。
「物凄く飛び散りますよ……」
「あ、じゃあ外で作業して来ます」
「手伝います」
二人で調理場に戻っていった。裏口から外に向かうのだと思う。
さして時間をかけず、二人は戻った。しかし、先程サヤが作った袋は、更に手拭いで包まれている様子だ。
驚きの表情で「本当に、凄く飛び散りました。物凄く細かいんですよ!」と、言う。麦糠を見たのは初めてであったらしい。そういえば、製粉するまでの工程には立ち会ったことがないんだな、サヤは。
「細かいので、布の隙間からも少し、出て来てしまう様です。
なので、袋に入れた状態で、更に手拭いを巻くことにしました」
これで一応、糠袋の完成ということだ。
「使い方を説明しますね。
これをこのまま湯につけて、水分を行き渡らせて下さい。少し揉むと湯が白濁します。この白濁が、すべすべの元です。
白濁した湯で髪を流したり、洗顔したり、袋の方で洗いたい場所の表面を、優しく撫でても良いです。擦らなくても汚れは落ちますし、やりすぎると糠が溢れますから、気を付けて下さい。使用後は、しっかりと身体を洗い流します。糠が残ると肌に良くないので。
そういえば、糠袋、湯が濁ってしまうので……どうしましょう?」
「濁ったって問題無いんだろう?」
「無いですけれど、お風呂の湯が全て濁ってしまうと、後で洗い流しにくいでしょう?」
「じゃあ盥を用意しましょう。糠袋は、外で身体を洗う際に、盥でのみ利用。ということで。
使用後は、湯で必ず身体を流してから、風呂に入る。で、良いのでは?」
「湯屋の規則って、そうやって出来たんですね、きっと」
「ちょっと待って、サヤくん、ユヤって何?風呂関連なの?僕初耳の単語なんだけど⁉︎」
「……後で、説明しますから……」
なんだかワイワイと楽しく盛り上がる。
こんな雰囲気久しぶりだ。順番に風呂を利用して、糠袋すげぇっ!と、大騒ぎした。今回、一人で入れないことは目を瞑る。この感動を共有できたからいい!
これ凄いぞ! どういった仕組みか知らないが、確かに肌がしっとりするというか……!
髪の汚れも落とす様で、風呂で流し、最近艶のある俺の髪が、より光沢を増した様に思えた。長いから自分の目でも確認しやすい。これはアレだな。まるで……。
「わぁ……椿油くらい、効果がありそう。
今度からこれを使えば、少し油を節約できるかも」
俺の髪を見て、ポツリと零したサヤの呟きに、俺は一も二もなく飛びついた。
「俺もそう思う! サヤ、あの油は、当面、櫛の手入れにだけ、使う様にしよう。
ずっと気になってたんだ……油が尽きてしまうと、サヤは櫛も失くしてしまうことになるだろう? 糠なら製粉の時いくらでも出る。安いのだから、買い取ったって良いし」
祖母から祝いに貰ったというサヤの柘植櫛は、定期的に椿油を使って手入れをしなければいけないらしい。
こちらの世界に来る時に、たまたまいつも持ち歩いていた櫛と、小さな小瓶に入った油だけが持ち込まれた。
この世界ではツバキアブラというものを聞かないし、ツバキという植物もまだ見かけていないという。だから、油が無くなってしまうと、サヤは櫛の手入れが出来なくなる。サヤの世界から持ち込まれた数少ないものが、サヤの大切なものが、失われてしまうのだ。
サヤは、俺の言葉に嬉しそうに、微笑んだ。
サヤが、心から安堵しているのが伝わって来る。
油が無くなってしまった時は、仕方がない。使うべき時に使うのだと、サヤは言っていたけれど、祖母との思い出の品を、大切にしたくないはずがない。
だから、本当は、苦しんでいたと思う。
いずれ無くなるにしても、これで少しは先延ばしにできる。そして、その間にツバキを見つけられるかもしれない。代わりの油に出会えるかもしれない。それは、そんな安堵の表情だった。
「はい…………ありがとう、ございます。
あ、でも、使うべきと思った時は、使います。それは、譲りません」
「分かってる。でも、サヤの大切なものは、俺も大切にしたいんだ。そこは、俺も譲れないから」
お互いそう言い、ふっと笑う。
うん。なんだかここ最近、気持ちの塞ぐことが多かったけれど、ちょっと、元気が出た。
少なくとも、問題のひとつは解決した。明日からまた、氾濫対策に身を入れられる。
不確定要素の兇手は気になるけれど、狙われていると決まったわけでもないしな。
「とりあえずみんな、ひと段落だと思おう。
ありがとう。沢山迷惑をかけたし、これからもかけると思うが……頑張っていこうな」
なんとなく、そんな風に声をかけたら、皆の視線が俺を向いた。
あ、改まって言ったから、なんか変だったか……? は、恥ずかしいんだけど……。
オドオドしていると、ギルの手が俺の頭をワシワシとかき回し、ハインが大きなため息を吐いた。マルがニマニマと笑い、サヤが言葉を返す。
「はいっ。みんなで、頑張りましょう!」
陽だまりのような、温かい笑顔で、そう笑った。
ぱっと、笑顔になったサヤが、俺にそう言う。
気分転換になることでも思いついたのかな?何?と、聞くと、
「麦の糠でも同じかどうか分からないんですけど、糠袋を作ってみませんか」
「糠袋?」
「思い出したんです。昔、私の国では米糠を袋に入れて、身体や食器を洗うのに使っていたんです。糠、今の時期は沢山ありますよね?」
「うん……家畜の餌に売ったり、肥料に使っちゃうけど……少々なら」
「じゃあ、ちょっと袋を作りますねっ」
ニコニコと笑顔のサヤが、手頃な手拭いを切って良いですか?とハインに聞き、使用しているもので良いのですか?などと、会話を始めた。
裁縫道具を取りに行き、食堂に戻ってきたと思ったら、手拭いを鋏で切り、その場でチクチクと袋状のものを縫い始めてしまう。
その様子を見ていたギルが「お前、針の使い方も堂に入ってんな……。それもクラブカツドウで培ってんのか?」と、問うが「いえ……」と、サヤはかぶりを振った。
「私の国では、ミシンという機械を使って縫うのが一般的なんですよね。
手縫いは、祖母の指導で覚えました。
私、10歳の頃から毎年……自分の浴衣を……自分で縫っていたんですよ。祖母と一緒に」
チクチクと縫い進めながら、そんな風に話す。
サヤが、自分の生活のことについて語るのは珍しい。
一瞬、言葉が詰まった様に見えたけれど、気の所為かな……?
聴き逃すまいと、耳をそばだてていると、またギルが口を開く。彼は、サヤが特別なことを口にしているとは、思っていない様子だ。
「ユカタ…前も言ってたな。民族衣装だったか?」
「はい。夜着や、夏場に着る、単衣の着物です」
「へえ、じゃあサヤは、生地があれば、ユカタを仕立てられるのか?
見たいな、お前の国の民族衣装を、お前が着てるところ」
ギルの呟きに、サヤは少し、困った顔をする。
「うーん……難しいですね……。反物一反が、幅三十六~三十九糎。長さ十二米程なんですけれど、その様な幅の布って、ありますか?」
「でかい布を切ったんじゃ駄目なのか?」
「駄目じゃないですけど…端の始末が結構大変で。
それに、和裁は寸法を事細かに計算したりしなきゃいけないので、ざっくりとは覚えているのですけど、全てちゃんと覚えているか、自信が無いんです。
糎や米とは違う、尺や寸といった単位を使って長さを計算するのですけれど、浴衣作りは、鯨尺という、それとまたちょっと違う単位を利用するので……うーん……一寸が三糎八粍でしたっけ……」
「ややこしそうだなぁ」
「そうですね……ちょっと、難しいかもです」
チクチクと針を進めつつ、そう呟く。
そこで急に、会話が途切れて静かになってしまい、俺は少々狼狽えた。
サヤ、何か、悲しんでいるのじゃ、ないだろうか。
祖母のことを思い出して、辛くなってしまったかもしれない。
あちらの生活を、恋しく思っているのかもしれない。
それとも……カナくんを、思い出してる?
手元を見下ろすサヤの表情が伺えなくて、何を思っているのかが分からない。
ど、どうしよう……何か別の話を振った方が良いだろうか……?
そんな風に焦っていたら、今度はマルが口を開く。
「麦糠……その袋に入れるのですよね?どうやって使うんです?」
「お湯に浸して、しっかり水を含ませてから、その袋で肌を撫でるだけです。汚れが吸着して、角質も取れ、肌がすべすべのツヤツヤになるそうです」
「サヤくんは使ったことないんだ?」
「はい。でも、古い方法なのに、未だ多く愛用者がいて、石鹸が多く出回っている私の国でも、使われているんです。
お肌に良いのだって、クラスで女子が話しているのを聞いたこともありますし。京都では有名な化粧品店が糠袋を扱ってたりしますし。
えっと……鶯の糞の粉末? を混ぜるとかも、聞くんですけど……鶯限定って、なんだか不思議ですし、もしかしたら覚え間違いかもしれませんから、とりあえず糠だけで」
チクチクと縫い進め、一枚の手拭いから二枚の袋を縫い上げた。
二重に縫ってあるのは、糠が溢れにくい様にということなのだと思う。
その縫い上げた袋を、ひっくり返すサヤ。
「ふふ、きっと、土嚢と一緒ですよね。ひっくり返した方が、溢れにくい」
そこではたと気付いた様だ。慌てて立ち上がり「糠を貰ってきます。水車小屋に行けば頂けますよね?」と、外に向かおうとする。
「こんな時間、もう人は居ないよ。閉まってるだろうし……」
「行く必要はありません。厩から貰ってきましたから」
調理場で洗い物でもしているのだとばかり思っていたハインが、そう言って戻って来た。手桶に、布で包んだ糠が入れられている様子だ。礼を言って駆け寄るサヤに、渋面で告げる。
「物凄く飛び散りますよ……」
「あ、じゃあ外で作業して来ます」
「手伝います」
二人で調理場に戻っていった。裏口から外に向かうのだと思う。
さして時間をかけず、二人は戻った。しかし、先程サヤが作った袋は、更に手拭いで包まれている様子だ。
驚きの表情で「本当に、凄く飛び散りました。物凄く細かいんですよ!」と、言う。麦糠を見たのは初めてであったらしい。そういえば、製粉するまでの工程には立ち会ったことがないんだな、サヤは。
「細かいので、布の隙間からも少し、出て来てしまう様です。
なので、袋に入れた状態で、更に手拭いを巻くことにしました」
これで一応、糠袋の完成ということだ。
「使い方を説明しますね。
これをこのまま湯につけて、水分を行き渡らせて下さい。少し揉むと湯が白濁します。この白濁が、すべすべの元です。
白濁した湯で髪を流したり、洗顔したり、袋の方で洗いたい場所の表面を、優しく撫でても良いです。擦らなくても汚れは落ちますし、やりすぎると糠が溢れますから、気を付けて下さい。使用後は、しっかりと身体を洗い流します。糠が残ると肌に良くないので。
そういえば、糠袋、湯が濁ってしまうので……どうしましょう?」
「濁ったって問題無いんだろう?」
「無いですけれど、お風呂の湯が全て濁ってしまうと、後で洗い流しにくいでしょう?」
「じゃあ盥を用意しましょう。糠袋は、外で身体を洗う際に、盥でのみ利用。ということで。
使用後は、湯で必ず身体を流してから、風呂に入る。で、良いのでは?」
「湯屋の規則って、そうやって出来たんですね、きっと」
「ちょっと待って、サヤくん、ユヤって何?風呂関連なの?僕初耳の単語なんだけど⁉︎」
「……後で、説明しますから……」
なんだかワイワイと楽しく盛り上がる。
こんな雰囲気久しぶりだ。順番に風呂を利用して、糠袋すげぇっ!と、大騒ぎした。今回、一人で入れないことは目を瞑る。この感動を共有できたからいい!
これ凄いぞ! どういった仕組みか知らないが、確かに肌がしっとりするというか……!
髪の汚れも落とす様で、風呂で流し、最近艶のある俺の髪が、より光沢を増した様に思えた。長いから自分の目でも確認しやすい。これはアレだな。まるで……。
「わぁ……椿油くらい、効果がありそう。
今度からこれを使えば、少し油を節約できるかも」
俺の髪を見て、ポツリと零したサヤの呟きに、俺は一も二もなく飛びついた。
「俺もそう思う! サヤ、あの油は、当面、櫛の手入れにだけ、使う様にしよう。
ずっと気になってたんだ……油が尽きてしまうと、サヤは櫛も失くしてしまうことになるだろう? 糠なら製粉の時いくらでも出る。安いのだから、買い取ったって良いし」
祖母から祝いに貰ったというサヤの柘植櫛は、定期的に椿油を使って手入れをしなければいけないらしい。
こちらの世界に来る時に、たまたまいつも持ち歩いていた櫛と、小さな小瓶に入った油だけが持ち込まれた。
この世界ではツバキアブラというものを聞かないし、ツバキという植物もまだ見かけていないという。だから、油が無くなってしまうと、サヤは櫛の手入れが出来なくなる。サヤの世界から持ち込まれた数少ないものが、サヤの大切なものが、失われてしまうのだ。
サヤは、俺の言葉に嬉しそうに、微笑んだ。
サヤが、心から安堵しているのが伝わって来る。
油が無くなってしまった時は、仕方がない。使うべき時に使うのだと、サヤは言っていたけれど、祖母との思い出の品を、大切にしたくないはずがない。
だから、本当は、苦しんでいたと思う。
いずれ無くなるにしても、これで少しは先延ばしにできる。そして、その間にツバキを見つけられるかもしれない。代わりの油に出会えるかもしれない。それは、そんな安堵の表情だった。
「はい…………ありがとう、ございます。
あ、でも、使うべきと思った時は、使います。それは、譲りません」
「分かってる。でも、サヤの大切なものは、俺も大切にしたいんだ。そこは、俺も譲れないから」
お互いそう言い、ふっと笑う。
うん。なんだかここ最近、気持ちの塞ぐことが多かったけれど、ちょっと、元気が出た。
少なくとも、問題のひとつは解決した。明日からまた、氾濫対策に身を入れられる。
不確定要素の兇手は気になるけれど、狙われていると決まったわけでもないしな。
「とりあえずみんな、ひと段落だと思おう。
ありがとう。沢山迷惑をかけたし、これからもかけると思うが……頑張っていこうな」
なんとなく、そんな風に声をかけたら、皆の視線が俺を向いた。
あ、改まって言ったから、なんか変だったか……? は、恥ずかしいんだけど……。
オドオドしていると、ギルの手が俺の頭をワシワシとかき回し、ハインが大きなため息を吐いた。マルがニマニマと笑い、サヤが言葉を返す。
「はいっ。みんなで、頑張りましょう!」
陽だまりのような、温かい笑顔で、そう笑った。
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