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兇手 4

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 その男は、不思議なくらい印象に無かった。
 見回りの時、各班、目をやっていたはずなのに……。遊戯で上位になった時、視界に入っていなかったはずがないのに……。
 心の中で首を傾げていると、男がうっすらと笑う。

「一回声掛けたのによぉ、覚えてねぇの?」

 そう言ってから、ニィ……と、口角を釣り上げる。

 あっ……!

 草色の髪に、幼く見えるその笑顔を重ねてやっと、分かった。
 菓子の礼に来た子供の一人!
 だが笑みを引っ込めたその子供は、全く子供には見えなかった。目が、違う。紅い瞳には幼さなど皆無で……と、そう思った次の瞬間には、俺の首が絞まっていた。
 ガタンと座っていた椅子が倒れ、視界がブレる。したたかに足や背中を何かにぶつけた。
     
 ゲホッと、むせた俺の前にギルが身体を割り込ませていたが、抜刀する前に柄を足で押さえられ、止められていた。
 机の上に移動した子供は、そこに立ち、片足でギルの小剣を押さえながら、ギルより高い視線から、俺たちを見下ろしていて、サヤには小さな刃物が向けられていた…。

「全然だぜ、あんたら。警戒が薄過ぎる」

 吐き捨てる様に言う。

「富豪殿もよぉ、人斬ったことねぇだろ?   覚悟が足りねぇ。
 こンな時は主人引き倒す前に俺を斬って捨てるべきだろ。
 後ろのネェちゃんも、戸惑ってる間に死人が出ちまう。
 外観が子供だからか?   そんな悠長で何守ろうってンだよ?
 今、俺が本気だったら、あんたとあんた、もう死んでンよ。
 そんで、ネェちゃんが呆然としてる間に俺はズラかる。それくらい余裕でこなせンな」

 そう言ってから、机の上に胡座をかいて座った。
 持っていたはずの刃物は畳まれて小さくなり、腰帯に挟まれる。
 そして、もう一度俺を見たその子供じゃない誰かは、邪気のない子供そのもののあどけなさで、にまりと笑った。

「……びっくりした。表情だけでそこまで印象が変わるんだな」

 俺のつい零した感想に、笑顔があっという間に引っ込む。剣呑な顔だ。

「…………あんた、俺の言ったこと聞いてたか?」
「聞いてたよ。けど、殺気が無かったから、挨拶なんだろう?
 ご丁寧に忠告をありがとう。確かに、君の言う通り、少々無防備だったと実感した」

 よいしょと身を起こして、椅子を立てた。そして座り直す。
 机の上に行儀悪く座った子供を、もう一度じっくりと眺めた。
 サヤをネェちゃんと呼んだ……こいつにはもう、こちらのことが結構知られてしまってる……。

「十五歳前後……って、思ってたのに……それも違いそうだ。身長が低いから、ついそっちの印象が強くなるのか?   普段の仕事は何をしているんだ?   間違っても人足じゃないことは分かる」
「…………あんた、案外図太いな。今、死にかけた自覚あンのか?」
「いや、びっくりしたよ。本当に。けど、殺す気が無いって分かった相手を、無駄に警戒する必要は無いだろう」
「……へぇ……」
「わざわざ正体を分かり易く俺に示した真意は何か、聞いて良いのかな?」

 俺はそう問いつつ、ギルの背中をポンと叩いた。大丈夫。こいつは本当に、俺を殺す気は無いと思う。血の気の下がった顔のサヤにも、大丈夫だよと視線で伝えた。
 一体全体、何でこんな手練れが人足に混じってるんだ……意味が分からない。
 居住まいを正し、返事を待つ俺を、子供の様な人は、値踏みする様に見た。

「口先だけ、だとは思わねぇの?」
「口先だけでこんなことを言う意味が無いから、思わないな」
「ははっ、お貴族様の小倅よ、俺はてめぇらが嫌いなンだ。今だって相当イラついてる。
 マルの旦那が居ないって時に出歩きやがって……振り回される部下の身になれってンだよ」
「そう。マルの配下なのか」
「ちげぇよ!   旦那は取引相手だ‼︎」

 物凄く怖い顔で言われた。
 その顔で向かってこられたら殺されると思ったかもしれない。

「つまりマルが、貴方を潜ませていたってことだね」

 だが自然と、怖くなかった。彼のこれは擬態だ。それが俺には見えていた。
 仮面なのが分かる。怒って見える様に振舞っているのもそうだ。彼は怒ってないし、冷静だ。こちらがどう対応するか、反応を試している。
 しばらく睨み合っていると、ふっと、それまでの表情をかき消した。

「本当に胆力あンなぁ……マルの旦那が言う通りだ。
 普通もうちょっとよ、目が泳ぐとか、ブルってちびるとか、面白ぇ反応があンだけどなぁ」

 そう言ってから、机を降り、椅子に座りなおす。元の無邪気な子供に戻り、言葉を続けた。

「俺は『きょ』だよ。マルの旦那とは長く付き合いがあってさ。
 あいつは欲しい情報がある所に俺らを潜ませる。そんで、得た情報により対価を払ってくれる。
 本来の俺らはそんな使い方されねぇんだけど、マルの旦那は特別なんだよ。何せ金になるし、無茶な要求はして来ない。働きに対して正当な金を払ってくれる。そんで、あいつは俺らに、その情報操作の腕も売ってくれる。キナ臭い商売してんでね、それが有ると無しじゃ、大違いなもんでよ。お互い持ちつ持たれつでやってんのさ」

 にこにこと笑って話す姿は、どう見ても子供だ……。
 だが『虚』というのが何を指すか考えて、俺は鳥肌が立っていた。こいつは……兇手きょうしゅだ……。

「因みに、あんたを襲ったのは俺の身内じゃねぇよ。
 俺らを雇ったなら、あんたはもう死んでる。けど、マルの旦那との約定でよ、俺らの組はあんたへの手出しは金積まれてもしねぇって決まってんの。だから、他を当たったんだろうなぁ。
 良かったなぁあんた、いい部下持って。なんであの旦那があんたなんかに下ってんのか、いまいち分かんねぇが……あんたにとっては得だ」

 どこまで本当のことを言っているのかまでは、読みきれない。けれど、マルが彼らと取引をしているというのは、事実なのだろう……。彼の情報収集能力、意味不明のあの、情報量の裏に、兇手の一団が働いていたのだ。有り得ない……。
 しかし、それよりも聞き捨てならないことを、こいつは今言った。

「俺があんたにこんな挨拶をしようと思ったのは。俺の手を煩わせんなってことを言いたかったんだ。
 あんた、兇手を舐めてるみたいだけどな、真昼間でも俺らは動ける。一瞬の隙がありゃ、あんたなんざ簡単に殺れるんだよ……。のこのこ顔出してんじゃねぇよ。屋敷に引っ込んでろ。マルの旦那が戻る前に天に召されてぇのかよ?」
「……俺を殺る依頼は受けない。その対価にマルが支払っているものはなんだ?」

 そんな約束事をこの連中と交わしたなら、相当な対価を支払っている筈だ。金では済まない。
 マルが酷い世界に片足を突っ込んでいる……いや、もしかしたら鎖で繋がれているのかもしれない。
 マルの身が心配だった。前から情報の為なら躊躇しない奴だとは思っていたけれど、まさかそこまで逸脱しているとは思っていなかったのだ。俺のことなんかいい、マルの犠牲の上で、一つの兇手集団から狙われなくなったからって、なんだというのか。マルの身は、そんな安売りできるものじゃない。
 つい身を乗り出し、言葉を無視する形で詰め寄った俺に、彼は目を眇めた。気に障ったらしい。だが、俺だって引く気は無い。

「何が対価だ⁉︎   それは、マルの身に危害が及ぶ様なものか。それなら……」
「黙れ。俺らはあんたとは取引してねぇ。俺らと旦那との約定にてめぇが口挟む権利は無ぇ」
「支払先が俺になってるなら、俺がそれを拒否する権利はある!」
「………何が不満だ。あんた損してねぇだろ」
「マルの危険と引き換えにする様な得は願い下げだって言ってる!」

 俺がそう怒鳴ると、彼は一瞬、鼻を摘まれた様な顔をした。
 そして、俺から視線を逸らし、後ろに立つギルを見る。兇手の顔に戻っていた。

「テメェの腕で俺がどうこうできると思ってンのか?   あまちゃん富豪様よ」
「知るか。けど、ダチを売るのは俺の流儀じゃねぇんだ」
「……で、ネェちゃんもか……何がやりてぇンだ……」
「レイシール様が仰ってることは間違っていません。なら当然、レイシール様の望みを叶える方に動きます」

 俺の言葉に反応したのは、彼だけでは無かった。
 サヤも、俺の視界の後ろにいるギルもであるらしい。
 そんな俺たちに、彼はしばらく呆然と沈黙した後、急に肩を震わせて腕を摩った。さむっ!   と、声を上げる。

「気持ち悪ぃ!   意味が分かンねぇっ。なんなンだよ。金も絡まねぇのに命賭けるとか馬鹿なンじゃねぇの?   お前ら俺を舐めてンなら、痛い目見るじゃ済まさねぇぞ?」

 可愛い反応だが目は笑っていない。だから視線は外さない。
 そして俺はふざけてもいなければ、舐めてもいない。

「マルは、俺たちにとっても大切なんだよ。
 その友が危険なことに足突っ込んでるなら、止めるのが筋だ。それだけのことだろ。
 舐めてなんかいない。馬鹿でもないしふざけてもない。大切なことだ」

 彼は暫く、胡散臭いものを見る様な目で俺たちを見ていた。
 そして、しょうもないとでも言う様に、はぁ……と、溜息を吐く。

「別段、旦那は危険でも不利でもねぇよ……あいつの方の対価は、俺らを殺しに使わねぇってもンだしよ……」
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