上 下
110 / 1,121

閑話 木枠

しおりを挟む
 昼食後の時間は、家具の大移動を行い、各部屋を整えた。
 客間を使っていたマルも、ようやっと自分の部屋を利用出来るようになり、サヤの部屋にも寝台が入った為、お役御免となった寝台が、元の客間に戻された。
 よって、ギルは本日、その客間に泊まることとなる。
 ギルは、今日一日中とくにやる事も無いようで、家具の移動や掃除などを、暇つぶしがてら手伝ってくれた。此処ぞとばかりにハインがこき使い、ギルが途中で怒り出すという、まあ、起こるべくして起こった事件なども挟みつつ、概ね平和に時間を過ごした。

 部屋の整理が終わってから、一旦現場から戻ったマルと共に、明日の準備に取り掛かることとなった。サヤにお願いしていた、土嚢に詰める土を測る為の器が、持ち出された訳だが……。

「……木枠……?」
「木枠ですね……」

 まさか、器の状態でないものが大量に用意されているとは思わず、唖然とした。
 底が無かったのだ。器ですらなかった。形状はただの木枠。
 明日から必要なのに⁉︎    と、錯乱状態に陥った俺とマルだったのだが、サヤは俺たちの慌てぶりなどどこ吹く風で、きょとんとしている。特に問題を感じていない顔なのだ。

「さ、サヤ……これ、土が入れられない……」
「え?   入れられますよ?」

 入れられないよ⁉︎
 底が無かったら、土が全部落ちちゃうだろ⁉︎
 なんで伝わらないんだ。一体どんな認識の齟齬が発生しているんだ⁉︎
 頭を抱えた俺に、サヤは眉毛の下がった困り顔だ。そして、やはり「入れられますよ」と言い、麻袋を手に取った。

「実演しますね」

 おもむろに、麻袋を裏返す。
 土嚢を作る手順は、麻袋を裏返し、土を八分目まで入れ、袋の口を縛り、袋の余り部分をもう一度織り込んで縛る。というものだ。
 この、土を八分目まで入れるという部分を、器に土を入れ、それを袋に移す。という風に変更する予定だったわけなのだが。
 サヤは、麻袋を半ばまで折り返した。
 問題の木枠を袋の中に差し入れ、その状態で床に置いた。

「これで、土を入れて、袋を伸ばして、木枠を引き抜けば良いんです。
 箱をひっくり返して土を袋に移すよりも簡単ですし、失敗しにくいと思って」

 ………………ああ!

 齟齬があったわけじゃなかったと分かり、一気に脱力した。
 びっくりした……。どうしようかと思った……。それにしても、さすが効率化の民族。箱の底を用意しないだなんて、想像してなかった……。
 そうか、袋の底を箱の底として利用するのか。その手があったかと感心するしかない。

「箱の状態で作らなかったので、費用が六割に削減できました。
 あと、重ねて収納できる形にしてもらったので、送料も半額で済みました。
 報告書に詳細は纏めてありますので、確認をお願いします」

 そう言われて、木枠の形がやや台形になっていることにもやっと気付いた。
 おおぉぉ。そんな細かな部分まで効率化……。

「サヤくんは天才ですねぇ」

 そんな風には思い付きもしませんでしたと、マルも感心しきりだ。
 しかしサヤは、私の国では、割と普通なんですよと苦笑い。なんでも、椅子やら小道具やらは重ねて収納できる形にするのが定番であるそうだ。
 小さな島国の効率化民族は、土地の有効活用として、そんな細かいことまで気を使うのか……。それはまあ、チリも積もれば山となるわけで、こつこつと、まめに実績を積み重ねる姿勢は尊敬するが……。
 本当にこれ、普通なのか……?サヤが気が利いているということではないのか?

「いやぁ、これは良い。地面に置ける。つまり、一人で作業ができますね」
「そうですね。
 私の世界では確か……一人が袋を持ち、もう一人が土を入れるという二人一組の作業で、一日百袋の土嚢が作れると計算されていましたから、それよりは早く、多く用意できると思います」

 ていうか、サヤの世界では二人一組で作業するのが一般的なのか?
 なら、一人作業ができる様にしたこれって……サヤの考案……?それってやっぱりサヤの気が利いてるってことなのでは⁉︎
 サヤは、凄い……効率化の鬼だ……。二人一組の作業すら、一人で出来るようにしてしまうとか……。
 今後、作業効率を上げたい時は、サヤに相談しよう。
 俺とマルの中でその様に決まった。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

処理中です...