異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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異話 錘 3

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「よぅ、久しぶり」

 あの人が居た。
 ざんばらでボサボサな砂色の髪が、今日も目を隠していた。
 四日ぶりで、何だか妙に胸が詰まって、僕は返事が出来なかった。
 胸がぎゅっとする感じ。父上に会う時に、似ている感じ。

「やっぱお前かぁ。
 薪集めしててくれたんだろ?    ここに置いてあったから、多分そうだよなって。
 礼を言わなきゃと思って、待ってた。ありがとうな」
「……いえ……暇潰しだし……。勝手にやってることだし……。
 傷の具合は、どうですか」
「ん?    そんなもんまで心配してくれてたりした?」
「い、いえ……なんとなく……」

 近寄りがたくて、一歩引いたら、その人は黙った。
 そして、もう一度「ありがとうな」と、口にした。

「痛みは随分引いた。お前のおかげ。ここ何日かきちんと休めたから。
 もうそろそろ、一日歩けるくらいになるかなぁ。
 ちょっと鈍っちまったから、あと数日は薪集めがてら、歩いて身体を慣らすけどな」

 そう言われて、違う意味で胸がぎゅっとなった。
 そうか……あと少しだけか……この人が、ここに居るのは。

「良かった……。
 あ……でも……なんで、この時間に……ここに……?」

 夕方手前の、中途半端な時間帯。
 軽食の時間の後、集めて、隠しておいた薪を、ここに運んできたのだ。

「そりゃあ、貴族の生活なんて、どこも似たり寄ったりだろ。
 朝食とって、勉強して、昼食とって、剣の鍛錬して、軽食とって、自由時間。そんな感じだろ?    お前まだガキだし、剣の鍛錬は無いか」
「…………なんで……」
「そりゃ、傭兵だし。貴族に雇われたりもする」

 ニヒヒと笑って、そう言った。そして、懐から木通を取り出す。
 一つを僕に、差し出してくれた。
 近寄れずにいると、立ち上がって、こっちにきて、僕の左手を握って、引っ張った。
 ズキリとしたけれど、奥歯を食いしばって耐える。
 きっと、右手を選ばなかったのだと思ったから。僕が痛いだろうと思って、気にしてくれたんだと思うから。
 パッと手が離された。そして、そっと……背中に手が添えられる。

「見られねぇ方が良いんだよな。じゃあ、少し奥に行こう」
「?……??」

 何故か強引に、僕の意見を聞かずにぐいぐいと背中を押された。
 そのまま少し進んで、街道からは見えない、茂みの影に移動する。
 すると、肩をつかんで、向きを変えられた。痛みに、つい息を飲む。

「……悪いな。
 聞かないって言ったのにな……けど……我慢ならねぇわ。
 どうした。お前、腕だけじゃないよな……肩もか……さっき足も、引きずってたよな……」

 そう言われて、でも……何も、答えられなかった……。
 どうもしなかったことになっているから。
 四日前に父上に会ったから……次はもっと先。だから、それまでにはもう少し、おかしくない風に、なると思う。

「なんでもない……階段から、落ちてしまっただけだから……」
「顔や手だけ綺麗に怪我しないなんて、器用な落ち方だな……って。
 そんなわけねぇだろ⁉︎
 こっちは命のやり取り仕事にしてんだよ。どんな傷がどんな時につくかくらい、お見通し。
 お前、誰にやられてる……使用人か。親の部下か。……違うんだな。じゃあ、腹違いの兄貴か」

 泣きそうになってしまった。慌てて顔を伏せる。

「……兄貴だけじゃないな……お前がそんな風なのを、誰も何も言わねぇんなら……正妻も絡んでんだな。親父や、お前のお袋は知らねぇんだろ?    ずっと、一人で黙ってんだよな」

 違うと、首を振る。そうじゃない。僕がいけないことをするから、躾をされているだけだ。
 僕は、貴族じゃなかったから。貴族らしいことが、できないから。間違ったことをするからそうされているだけだ。

「お前、自分は危ないって言ったよな……それ、こうしてたら、俺も巻き込まれるって、そういう意味だよな?」

 声の調子が、どんどん怖くなっていく……低く、重たい声音に、僕は怯えた。
 この人、なんで知ってるの?    僕が妾腹だって……兄上がいるって……なんで知ってるの?
 どうしてこんなこと聞いてくるの?    僕は、どうすれば………っ。

 混乱して、逃げようとした。
 けれど逃げられなかった。押し退けようとしたけれど、びくともしなかった。
 そのまま羽交い締めにされて、胸に押し付けられて、動けなくなって……!

「何されても、悲鳴、上げないんだな……そういう風に、躾けられてるんだよな……」

 少しすえた、汗の匂いがした。
 声が頭の上の方からした。気がついたら、頬があの人の服に押し付けられていて、僕はどうやら、抱きしめられていた。
 膝立ちになったその人が、僕を全身で包み込んでいた。
 これは……どうすれば良いのか、分からない……。両腕が頭や背中に回されていて、逃げられる箇所が無かった。細い人なのに、胸は筋肉でゴツゴツしてて、温かい。苦しくなるくらい、優しさに満ちていた。

「ああ……そうだったよな……。
 あそこは、こんなことが日常だった……。
 なんだ……俺、やっぱ結構、忘れてるわ……。いい場所じゃなかった。今の方が、ずっと自由だ……少なくとも、俺は俺のこと、自分で決められる……」

 僕を抱きしめたまま、そんな風につぶやいた。
 そして、そっと胸から離す。

「……逃げたいか?」

 聞かれたことの意味が、分からなかった。

「方法はある。俺も、元々は……そっち側だったんだ。
 まあ、辞めたくて辞めたんじゃなかったけど……食うのに困ったりもしてるけど……でも、自由だ。ただ黙って殴られとく必要は無い。お前が苦しいだけなら、俺が連れてってやる」

 咄嗟に、首を振った。嫌だ。それはできない。
 そんなことをしたら、この人がどんな目に合うか、分からない。それに……!

「ち、父上が、悲しまれる……。僕が居なくなったらきっと……父上は、仮面を取れない」

 いつも忙しくて、ずっと張りつめた顔をしてて、疲れた様子の父上。
 僕が居なくなったら、ずっとあのままだ。それはきっと、とても疲れる。

「お前……。お前が辛いの、気付いてもくれないような、親だぞ」
「お忙しい。自分のことも出来ないくらいお忙しいんだから、仕方ない。
 僕は、大丈夫。まだ大丈夫」
「………………っ」

 もう一度、胸に押し付けられた。
 肩や腕が痛かったけれど、心地良かった。
 暫くそうされていたけれど、ギュッと、力を入れたあと、離された。

「そっか……。もうちょっと、頑張れるか……」

 その人は、そう言って笑ってくれた。
 だから、僕も笑う。
 大丈夫。痛いのはすぐに治る。
 僕の所為で誰かが壊されるのは嫌だけど、僕が痛いだけなら、大丈夫。

「じゃあさ……俺がここにいる間は、こうやって、息抜きしようぜ。
 自由時間くらい、自由にしていいだろ?    ちゃんと見付からねぇ様、気を付ける。
 こう見えて、もう七年傭兵やってるんだ。気配くらいは察知できるから、任せとけ」

 それから、放り投げてた木通を拾って、二人で食べた。
 その人は、傭兵仲間の面白い話をしてくれて、自分が貴族だった頃の出来事も話してくれた。

「もうちょっとしたら……八歳になったらさ、お前、学舎に行けよ。
 お前、頭良さそうだから、絶対に入れる。あそこは楽しい。沢山のことが学べる。貴族以外の友人だってできる。絶対に、気に入る。長い休みには、またここに戻ってこれる」
「……貴方も、行ってたんですか……?」
「途中辞めになったけどな。
 でも、今傭兵やってられんのは、あそこで学べたことが大きい。
 身の回りのこと、一通り出来るようになってたから、身一つでも、なんとかなった」

 そう言って、ニッと笑った。
 この人が、そう言うのだから、きっと良いところなのだと思う。
 だけど、ちょっと、想像できない。貴族以外の友人もできるなんて……どういうことだろう。

「お前はきっと、たくさん友人を作れる。出来ることも沢山増える。そうしたら、考えればいい。どうしたいか。
 卒業する頃には、お前は、お前の兄貴より強くなれてる」

 僕の頭に手を置いて、優しく撫でてくれた。
 首に指が当たってくすぐったくて、心地よくて、自然と笑えた。

 暗くなる前に、そろそろ帰りなと、その人は言ってくれた。

「じゃあな、また」
「はい……また」

 最後じゃない約束は、くすぐったかった。そして、酷くドキドキした。
 こんな約束をして大丈夫かな……この人を、危険な目に合わせないかな……そう思うと怖かったけれど、またと言ってくれたのが、とても嬉しくて、怖いのを飲み込んで我慢した。
 またなんて、言わなければよかったのに……。
 僕は、そんな約束をしてはいけなかったのに……。
 その時の僕は、ただふわふわしたこの心地を手放し難くて、我儘を通した。
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