異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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足枷 5

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 肩が震えた。
 びくりと身を竦ませた俺に、サヤは眉の下がった笑顔を向けてくる。

「……もの凄ぅ、優しいなぁ……。
 ああ言えば、レイは、承知するしかない。ハインさんに脅されて仕方なくって、言い訳できる様に……仕向けてはるんやね」

 そう言われ、余計涙腺が緩んだ。
 ああ、そうだよ。分かってた。ハインがわざと、あんな言い方したんだって。
 そして、あいつは本気なんだ。俺が止めろと言えば、ギルやマルに逆らってでも、止めさせる。どれだけ二人に恨まれようが、俺のためにって、そうするんだ。
 絶対に納得出来ていないのに、自分の気持ちは捻じ曲げて、ちゃんと俺に逃げ場を用意するんだ。
 俺の為ならと、自分の気持ちも、身体も、いくらでも削っていくんだ。
 もう、耐えられませんって言ったのも嘘。あいつは、いつまでだって耐える。血反吐を吐いたって耐える。だけど、俺が縋れるように、自分がしんどいんだって、嘘をつくんだ。

 滂沱の涙を垂れ流すしかない俺に、サヤは黙って身を寄せてくれた。
 手の中のお茶が冷めきってしまうまで、ずっとそうしておいてくれた。
 触れ合う肩が、ずっと、じんわりと温かい。
 ただそうしておいてくれる、細やかな優しさが、腹の底に沈んだ重たい記憶にゆっくりと染み渡っていく。
 俺はどうしたいんだろう……。
 三人に、あんな風に言われた俺は、どうすればいいんだ?
 分かってるんだ。三人とも、俺の為にって、考えてくれたことを。動いてくれていることを。
 下手を打てば命に関わる。冗談抜きで危険なのに……当たり前のことみたいに、俺なんかの為に、手を差し伸べてくれるんだ……。
 なのに……俺はそれに、触れられない……。

 初めは小鳥だった。
 父上に送られた、小さな黄色い小鳥。あてがわれた部屋の窓辺で、鳥籠に入れて声を愛でていたのに、羽根を撒き散らして消えた。
 庭の隅で子を産んでいた猫、跳ね回っていた愛くるしい子猫たちも。
 持ってはいけないことを躾けるために処分された。
 最後の子猫、あの子だけはと庇ったら、恐ろしいほどの力で殴り飛ばされ、蹴られ、結局子猫は腕の中でぐにゃぐにゃになってしまった。
 まだ分からないのかと、何度言えば理解するのかと、朦朧とする意識の中で、そう繰り返され、俺が初めから持たなければ、みんな普通にしていられたのだと、認めるしかなかった。
 俺が見てしまったから、みんな儚くなった。愛おしいと思ってしまったから、命を奪われた。
 俺は持ってはいけない。望んではいけない。執着を知られてしまったら、また奪われる。
 もうなにも望まないと決め、感情を表に出さない術を必死で学んだ。
 微動だにしてはいけない。気持ちひとつ動かしてはいけない。言われることだけを淡々と。それが唯一の正解。たまに癇癪や八つ当たりで手酷くやられてしまうけれど、あれは仕方がない。天気と一緒。耐えれば通り過ぎる嵐。

 あやつられるまで、うごかない。それが、ぼくがだれもきずつけない、たったひとつのせいかい。
 ちゃんとやります。だから、どうか、もうまきこまないで。

「っ‼︎」

 頭の隅を、灰色の外套の、皮肉気な笑顔が過ぎり、悲鳴を押し殺した。
 恐怖と罪悪感に目頭がまた熱くなる。ごめんなさい、ごめんなさい、甘えてしまったばっかりに。
 一番思い出したくない記憶。あの人が、あの後どうなったのかを考えたくない。
 事情を知らず、俺に構ったばっかりに、儚くなってしまったかもしれない人。
 皆をあんな風にしたくない。だから、手を取るべきじゃない。

 俺はこれからもずっと、ひと……。

「誘拐未遂の後……。
 私な、なんもかんもが怖ぁて、部屋に閉じこもってたんや……」

 ぽつりと、ずっと黙っていたサヤが、前を向いたまま、急に語り出したので、俺の思考は止まってしまった。

「全部信じられへんかった。
 ニコニコ笑てる大人も、無関心に、すれ違うだけの人も、大丈夫?って、心配してくれる素振りの人すらな、疑い出したらキリが無うて……。
 外に行かへん私を、おばあちゃん、心配してくれてな。独りが嫌やったら、一緒に行こかて、ちょっとずつ練習すれば、怖ぁなくなるて、根気強くそう、話し掛けてくれてんけどな……それすら煩わしかった……。
 おばあちゃんには、私の怖さ、分からへんやろて、思うてた。誰も分かってくれへん……。でも分かられたくもないんやわ。あんな恥ずかしい、いやらしい……こと、理解されたない……知られたないって……思うてた。
 それでおばあちゃんのことも無視してな、部屋に篭ってたんや」

 小刻みな震えが、肩から伝わってくる。
 思い出すのが辛い記憶の筈だ。なのに今サヤは、それを口にする。

「したら、ある日な。カナくんがうちに来て、あかんって言うてるのに、部屋の扉無理矢理開けてな、来いって手を、引っ張られたんや。
 私、怖ぁて、凄い泣いたのに……引っ掻いたり叩いたりして、凄ぅ暴れて抵抗したのにな……全然、止めてくれへんかった。
 それどころか、来んやったら、また虐めるて脅されて、引きずるみたいに引っ張っていかれたんがな、道場やったんや」

 そっと、サヤを伺うと、まっすぐ前を見て、虚空を見据えていた。
 凛々しい時のサヤだ。凛と背筋を伸ばし、姿勢を正して座っている。

「凄かった。ひょろひょろのおじいちゃんが、大きな男の人をポンって簡単に投げるし、殴ったり蹴ったりしてるのに、みんな笑うとるし……。まるでほんま、異世界やった」

 そう言ってから、すっと、視線が動いて、俺を見た。俺を安心させるかの様に、微笑みを浮かべる。

「そしたらカナくんが……逃げるから怖いんやって……戦うてみたら、なんぼのもんでもない。強うなれば、怖あなくなるって、そう言うたんや」

 少し紅潮した頬で、懐かしそうに目を細めて。

「あの時……無理矢理にでも引っ張っていかれへんかったら……多分私は、今ここに居いひん。
 もしかしたら、まだ部屋に篭って、ずっとじっとしたまま、ただ震えとったかもしれへんなって思う」

 湯呑を持ったままだった左手に、サヤの右手が重ねられた。
 まだ微かに震える手が、少し力を入れて、俺の手を握る。

「なぁ、レイ。一緒やったら、ちょっと頑張れる様な気ぃ、しいひん?
 怖ぁて、足が止まる時もな、多分ある思う……。せやけど、そん時は私がレイを守る。手え引っぱって、前に進む。
 私が怖い時は、レイが庇ってくらはるやろ?せやし私も、そうしたい」

 間近にあるサヤの顔が、美しくて凛々しい。
 微笑むサヤは女神の様なのに、とても力強く見えた。

「私、レイの罰と戦うて、言うたやろ?    レイは一人で闘わんでもええんやて、言うたやろ?
 レイが私にしてくれたぶんを、私も返すんやで。レイが先にくれたんやで。
 せやからな、頼って、レイ。一人で勝手に、決めんといて。さっきはほんま、腹が立ったし、悲しかった……。一言も相談してくれへんって、ないわ。
 教えて。レイは何が怖いて、思うてるん?
 私に望んで。ギルさんやハインさんや、マルさんを守ってって、レイの口で言うて。
 私、強いんやで?    ちょっとやそっとのことでは負けへん。大丈夫や」

 そう言ってから、両手を広げた。
 そうして、俺の頭を、肩に引き寄せて……背中をポンポンと、優しく叩く。

 ありえない……女性に頼るって、男としてちょっと……あまりにも……。
 そう思いつつも、サヤにされるがまま、俺はサヤの肩に、額を押し付けた。
 胸が熱い。顔が熱い。さっきまで重くて苦しくて、どうしようもない気分だったのに。
 カナくんと言ったサヤに、胸が掻き毟られたのに、俺の為に蓋を開けて、苦しい過去を引っ張り出してくれたサヤに、魅了された。
 ああ、サヤだ。これがサヤだ。出会った時からこうだった。
 いつも慈しみを忘れない。どんな境遇でも、相手のことを思いやれる、気高い心の持ち主。
 こんな風になれたら……。俺も、こうあれたら……。そう思わずにはいられない。
 そして…………ギル。
 ギルの顔が浮かんだ。サヤを引っ張り出したのがカナくんなら、俺はギルだった。
 人形の殻に押し込められた俺を、叩き割って連れ出してくれた。そして今も、手を引いてくれている……。一緒になって笑って、怒って、苦しんでくれている……。

 人形に、戻りたいかと言われれば、否だ。
 ギルとの時間を無かったことにしたくない。なら俺は、進まなければならないのか。
 ここまでは手を引いてもらっていた。でもここからは、俺が踏み出さなくては、いけないんじゃないのか。
 いつまでも、ギルの背中に縋ってていいのか。
 ギルを親友だって、そう思うなら俺は……ギルの後ろではなく、隣に並ばなければ、ならない筈だ。

「サヤ……俺は多分、すぐに後悔すると思う。思い出す度に足が竦んでしまうと思う。
 そうしたら、叱ってくれるかな……自分で決めたことを、思い出させてほしい。
 俺は弱いし……。でも……自分で立ちたい……ような、気がする」

 つい逃げ腰な言葉になってしまい、早速後悔した。
 かっこ悪すぎる……気がするって……。しかもこの体勢で何言ってるんだ。
 不甲斐なさと、サヤの肩に縋ってる状態で戯言を述べている羞恥心で、よりいっそう顔が上げられなくなった。
 しかしサヤは、笑わなかった。こくりと頷く。

「うん」

 そう言ってから、背中をポンポンと、叩いたのだ。
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