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夜市 2
しおりを挟む「よいち?」
「あ、今日からか」
サヤがこてんと首を傾げ、俺はそういえばそんなものがあったなと思い出す。
「あの、よいちって、なんですか?」
「商業広場でな、雨季の前に、ちょっとした祭りみたいなことをしてるんだよ。
今日から三日間だけ、夜の市が開かれてる。出してる店も普段と違うのが多い。まあ……夜なんでな、酒やら飲んでる連中も多いし……気がすすまねぇなら行くこともないが……。サヤは今日ならその鬘もあるし、陽除け外套無しで出歩けるぞ。どうする」
ギルの言葉に、サヤがピコンと跳ねた。
その動作が、なにやら幼く感じる。行きたい! と、身体で答えた様に思えたのだ。
なんだかムッとしてしまう。ギルに、幼い反応を返す姿が、甘えている様で、随分と近しくなった様で…………なんか、嫌だ。
「レイシール様、行っても良いですか?」
こちらを振り返ったサヤは、なにやらとても嬉しそうに見えた。
ギルと一緒なのが嬉しいってことだよな……。そっか……そんなに嬉しいのか。
「……いいよ。行ってきたら?」
「えっ……レイシール様は、行かないんですか?」
キョトンとした顔で返されて、自分が勘繰り過ぎていたと気付く。
だけど、イライラしモヤモヤてる俺は、じゃあ俺も一緒に行くと言える気分じゃなかった。
「こういうのは、あんまりね。
髪が長いから、貴族だってすぐ分かってしまうし。
それに、貴族がいたんじゃ、みんな気兼ねなく楽しめないから」
少し不機嫌そうに聞こえてしまっただろうか……。でも嘘は言ってない。事実、俺なんかが参加しても、周りは何も嬉しくないはずだ。
俺の返事に、サヤは何故か、シュンとした。
えっ……?行ってきたら良いって、言ったのになんで?
「行っておいでよ。ギルが案内してくれるから、大丈夫だよ」
「あー……。悪いんだけどな、俺は無理。今急ぎの仕事があるんだよ。
ハインも書類仕事の目処が立たねえって言うし、レイにお願いしようと思って来たんだけどな……。
ほら、サヤは夜市はじめてだし、男装したって子供だし、一人で行かせるわけにはいかねぇよ。そもそも祭りの時に、時間が空くことも、なかなか無いだろ?
サヤは特に、あまり自由がきかねぇんだしさ……連れて行ってやってくれよ、髪は帽子で隠せばなんとかなるだろ? サヤと一緒なら、お前の護衛もいらねぇし」
ギルが、子供を諭すみたいに言うので、なんだか大人気ない態度を見透かされているような心地になってきた。
俺がサヤを好きだってことは、知らないのだし、これも俺の勘繰り過ぎなんだと思うけど……。
「……髪を解いてしまったから……結わえ直すのが、手間じゃないかな……」
「手間じゃないです!」
「……って、サヤも言ってることだし。な、レイ」
「………………分かった」
結局折れた。
するとギルは、よしっ! とばかりに、サヤに応接室に行ってくるようにと告げる。
「夜市に行くなら、給料を取りに来いってハインが言ってたから、サヤは行ってこい」
「給料……? なんのですか?」
「……今日まで、従者見習いしてきた分の給料だろ」
「えっ⁉︎ 見習い期間にもお給料があるんですか⁉︎」
サヤの反応に、ギルがじっとりした視線を俺に向けてくる……。そういえば、給料については全く説明していなかったような気が、する……。しまった……。
「部屋も家具も用意して頂いて、食事だって賄いが出てる状態で、お給料まであるんですか……なんだか好待遇すぎる気がします」
「しない! 普通だから。貴族の従者をするってそんなものなんだよ。
じゃあサヤ、受け取っておいで。俺もその間に着替えておくから」
礼服のままじゃ、帽子で髪を隠したって貴族だと分かってしまう。
サヤは、はい! と、元気に返事をして部屋を出て行った。サヤを見送ったギルが部屋に入ってきて、上着を脱ぐ俺の横をすり抜け、長椅子に座る。
「サヤには着替え、手伝って貰ってねぇんだな」
「当然だろ。男が苦手なんだから……服着てない男でぶっ倒れたらどうするんだよ」
「ははっ、そりゃそうか。ってことは、湯浴みもだよなぁ」
「当たり前! 男装させてるからって、そこまで配慮無くないよ、俺だってそれくらい考えるから‼︎」
変なことを言ってくるギルに、俺はつい八つ当たり気味に声を荒げてしまう。
そもそも始め、夜の部屋に呼ばれただけでサヤは体調を崩しかけたのだ。
それなのに、着替えや湯浴みを見せるわけないだろ⁉︎
そりゃ、今はもう怖がらなくなったし、髪は洗って貰ったりしてるけど、夜着を着てからだし、ちゃんと配慮してる筈だ。
……俺の裸じゃ、サヤはびっくりしないかもしれないけど。なにせ、男だと意識されてないみたいだし……。
衣装棚を漁って、できるだけ目立たない色合いの衣装を探す。
紺地の上下に白い長衣を見つけて、これで良いかと着替えを始めた。
「上着はやめとけ。金持ってるって言ってるようなもんだぞ。
短衣と中衣辺りにしとけ。あるだろ?」
ギルに言われ、そういえばそうかと気付く。
最近、中衣はあまり着ないから、ついいつもの普段着感覚で選んでしまってた。
なんか俺も、貴族の普段着が普通に馴染んじゃったんだな……。
学舎にいた頃は、ギルと一緒に遊びに言ったりすることも多かったし、上着なんて着ないで、中衣で過ごすことが多かったのに……。そんな風に考えていたら、ギルが口を開いた。
「……サヤとなんか、喧嘩したって訳でもなさそうだな。
何イラついてんだよ。お前がそんな風だと、また気を使わせるぞ」
「……っ。分かってるよ!」
くっ……やっぱり気付かれてた……。
どうせ俺はギルと違って大人の対応できない未熟者だよ。そして、こんな風にギルに八つ当たりしてる時点で更に未熟だよ。だけど……。ギルはサヤに男だって意識されてる。サヤはギルを、男前だって褒めてた。更に、先ほどのあの態度……。それを思うとなんか、嫉妬してしまうのだ。
サヤはギルの見た目について、褒めてるんじゃないって分かってるし……。それで余計、焦ってしまうのだ。
焦るの自体がおかしい。サヤはカナくんが好きで、ギルが男前だからってきっと関係ない。でも……。
俺がイライラしている理由を、ギルはそれ以上突っ込んで聞いてはこなかった。その代わりのように、夜市の注意点を俺に話し出す。
「お前、サヤの怪我、忘れんなよ。人が多いと思うから、できるだけ気をつけてやれ。
あとな……顔出しで歩くんだから、男に気を付けてやれよ。一人にすんな、絶対絡まれるぞ」
それも分かってるよ!
内心思いつつ礼服を脱ぎ捨て、細袴を手に取る。返事をしない俺に「をぃ……」と、若干低い声で言うから、渋々「分かってるよ……」と、言い直す。
しかしギルは納得してない様子だ。
「分かってねぇと思うから、言ってんだぞ。
酔っ払いが多いんだ。箍が外れて、サヤに遠慮ない視線を寄越す奴や、卑猥な言葉を掛けてくる奴が多いぞって、言ってんだよ。
サヤの体調に気を付けてやれ。気分が悪そうだと思ったら、すぐに連れ帰るんだぞ」
「……ギルは……サヤのこと、随分良く分かってるんだな……」
「はぁ?……妬いてんのか?」
「知らないよ!」
なんかムカついたのだ。
ギルは女性に甘い。それはよく知っている。誰に対しても気遣いのできる奴だけれど、こと、女性に関しては本当に、羽毛を扱うかの様に丁寧だ。
ギルは女性に優しくて、見目が良くて、男前だ。
そのギルがサヤを気に入っているということも、分かってしまう……。
サヤへの気配りから、ギルがサヤを、好意的に見ているのが見えてしまうのだ。
サヤが変に気を使わないように……。居心地悪い思いをしないように……。不安になったりしないように……。ありとあらゆることに気を使っているのが、ずっと、見えているのだ。
サヤが、ギルを男前だって言ったのは、そんな部分なのだ……。
ギルが、本気でサヤを好きだと思ってしまたら、どうしようと……そんな風に考えてしまうのは、当然のことだと思う。
何もない俺じゃ、ギルになんて太刀打ちできない。
カナくんがいるのだから、関係ないって、分かってるのに……ギルに勝てない自分にイライラする。サヤに男として見てもらえないイライラを、ギルに八つ当たりしてるだけだと分かっていてもイライラするのだ。
そんな態度の俺に、ギルは何を思ったのか、急に、意地の悪い顔をした。
「お前さぁ、サヤに触れられる唯一の男って自覚してるのか?
俺が一緒に行ったところでな、サヤとは手も繋げねぇの。一歩の距離を保ったままなの。
サヤが体調を崩してもな、俺じゃ抱き上げもできねぇんだよ。
お前は、触れられるし、手も繋げる。肩も抱けるし……口付けだってできるよな?」
ん、な……っ⁉︎
「ふざけんなよ⁉︎ 茶化すのもいい加減にしろ‼︎」
思いもしていなかったことを言われて、俺のイライラは怒りに変わった。
サヤがそれを望まないなんて、百も承知だろ⁉︎ 男に見られるのも、触れられるのも嫌なサヤに、そんなことをしたらどれほど傷つくと思っているのか。サヤの苦痛を分かってない言い方に、本気で腹が立った。
お前だって見た筈だ。俺たちの視線に背中や肩を晒され、気絶するほど恐怖に震えたサヤを。
サヤがあの時、どんな風だったか、間近で見た筈だ!
ただ見られるだけでもああなのに、サヤの嫌な記憶を土足で踏みにじるのか。
話すだけで、思い出すだけで震えてしまうほど、まだサヤは過去の記憶にがんじがらめなのに。
その上に更に、恐怖を上塗りするようなことを、冗談のように言うのか!
ふざけてそんなことを口にするな! サヤの恐怖を茶化すな‼︎
俺が本気で怒ってるのに、ギルはどこか、気の抜けた顔をした。
「そんな風に怒ってくれるから、サヤはお前を、怖がらなくて良いんだと思うぞ。
お前、男の欲を優先しねぇからなぁ」
急に話の方向が変わって、意味が理解できない。
眉間にしわを寄せる俺に、ギルがやれやれといった顔をする。
「ふざけた物言いをしたのは悪かった。
けどな、自覚しろ。サヤを守れんのは、お前だけだ。
俺もハインも、サヤは落ち着けねぇよ。
触れられたくないって思ってる奴が一緒に歩いてて、本心から楽しめるわけねぇだろ?
サヤが気を許してんのはお前だけなんだよ。だからお前に行けって言ってる。
何にイラついてんだか知らねぇけどな……サヤを置き去りにするような、突き放すようなイラつき方してんじゃねぇよ。
お前が引きこもってた間、サヤがどんだけ心細かったか、どんだけ張り詰めてたか、お前は見てねぇだろ? 簡単に、サヤを遠ざける様な物言いしてんじゃねぇ」
ギルの言葉に、俺は言い返す言葉をなに一つ、持たなかった。
ギルに随分慣れてて、親しげに口をきいてて、そればかりが目について……。
俺なんか居なくても、サヤはやっていけると思った。全然、平気なんだと、思ったのに……。
「そんな訳なんでな。お前が引きこもってる間、あいつかなり無理してたぞ。
そのあとあの騒動で、怪我までして、更に交渉やら、会議やら、働き詰めだ。
弱音も何も吐かねぇでも、お前の見てない所で無理してるって気付け。
んで、その分を労ってやれ……。
お前も、貴族とか氾濫対策とか、そんなんは一旦、全部忘れろ。一緒に楽しんでこい。
お前が楽しまないんじゃ、多分サヤも、楽しめねぇよ」
敵うわけないギルに、更に距離を空けられた心地だった。
俺がちっぽけなことにうじうじしてるのに、ギルはこんな風に、気を回すのだ。
「……ごめん。……あ、ありがとう」
男と思われてるかどうかなんて、些細なことだった。
大切なのは、サヤが心穏やかに、恙無く過ごせるかどうかだよな……。
「うん。気をつけるよ……。それで、サヤが楽しめるように、俺も楽しむよ。
ごめん、ちょっと、イライラしてた。もう、大丈夫だ」
「ふん。まあいいけどな。自分の中だけでモヤモヤして、うわべだけヘラヘラ笑ってるよか、八つ当たりされる方がよっぽどマシ。
けどな、マシってだけだからな。モヤモヤすんなら、一人で考えてないで相談しろっつーの」
相変わらず兄のような顔で、ギルはそう言う。
ああもう、ほんと敵わない……。
「うん……ありがとう」
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