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大店会議 1

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「よし、準備は問題無いな。サヤ、腕は……」
「朝、レイシール様が包帯を変えて下さったので、大丈夫です。
 ちゃんと癒合したようですよ」

 ギルの確認に、サヤがそう答える。紫紺の髪をおろし、横髪だけを少し結わえて髪留めを飾っている。化粧を施したサヤは、年齢より更に年上に見え、なんだか随分大人っぽい。
 女性って凄いな……化粧一つでこんなに変わるんだから……。同じ化粧でも男装と全然違うのが、また凄い。
 服装は、肘までの袖がある桃色の短衣に、少し広がりのある紺色の袴だ。足元は短靴ではなく、紺色の布靴。白い前掛けをしているのがなんだか新鮮だ。
 因みにルーシーも同じ意匠なのだが、こちらは色が違う。象牙色の短衣に瑠璃色の袴と布靴だ。前掛けだけが、サヤとお揃いの白。そして髪はサヤと同じく、横髪だけを少し結わえている。サヤが片側だけなのに対し、ルーシーは両側を結わえ、それを後ろに回して髪飾りを飾っていた。きっとサヤがしたんだな。とても似合っている。

「一応な。一応。くっついたってだけなんだから、とにかく今日も、出来る限り重いものは持つなよ。
 それで……レイはなんか、気合入ってるな……」
「俺に入ってたんじゃないよ。サヤとルーシーに入ってたんだ」

 鬱々とそう答える。
 俺の今日の髪は、凄いことになっていた。
 なんと表現すれば良いんだこれは……右側の横側が細く数本に分けて編み込まれ、それが後頭部から別の編み込みに加えられ、左肩から編まれた髪が垂れている。サヤ曰く、右上から左下にかけて編み込んだらしい。いつもより細かく、繊細な感じに結わえられているのだ。

「いや、良いと思うぞ。いつもより女顔じゃない」
「何だよそれは!    俺が普段女顔ってことか⁉︎」
「何不機嫌になってんだよ…。似合うって言ってんだろ?」

 ニヤニヤと笑うギルがなんか、腹立たしい……。
 今日の俺は礼服姿なのだが、サヤとルーシーに気合を入れて飾られたのだ。
 そう、何故かルーシーも加わった。サヤの支度をしに来ていたルーシーが、そのまま俺の支度に雪崩れ込んだのだ。そしてただ礼服を着るだけの予定だった俺に、あれやこれや付け加えた。長衣を入れ替えられ、腰帯を取り替えられ、眉まで整えられた。
 で、その俺の出で立ちは、淡い水色の長衣に薄緑色の上着と細袴、で腰帯は紺色。髪を括る飾り紐は紺と黄金色の二色だ。何故ここで黄金色が出てくるのか…。今回は別段上着の裏地が黄金色でもないのに……。やはりよく分からない。

「いや、でも真面目に似合ってるって。
 いつもより大人っぽくなってる。良かったじゃねぇか」
「そうですよ。しっかりして見えますから良かったんじゃないですか?」

 それ、普段しっかりしてないって言ってるよな⁉︎
 横を通り過ぎながらぐさりと刺してくるハインに、俺はふて寝したい気分になった。
 そんな俺の不機嫌をどう思ったのか、ルーシーと話をしていたサヤがやって来る。

「レイシール様、本当に、とても素敵だと思います。
 あの、もしかして、頭のどこかが引きつりますか?    痛いなら、直します」
「違うよ、別に痛くない。ただなんというか……なんともいえない気分なだけで……」

 なんともいえない……うん。そうとしか表現できない。
 社交界でもこんなに気合が入った格好したことない……。
 それがなんか、面映ゆいというか、居心地悪いというか……。大店会議にそんな気合入れなくって良いと思うんだけど……と、そんな感じなのだ。
 だいたい、今まで何度も顔合わせしてる店主や組合長がなんて思うか……。こいつどうしたんだって思われたらどうしよう……ああああぁぁ、考えたら恥ずかしくなってきた……!
 顔を歪めて羞恥に耐える俺をどう思ったのか、サヤがちょいちょいと手招きしてくる。
 なに。どこか崩してる所でもあった?そう思いつつ少し身をかがめて耳を貸すと。

「レイ、ほんまよう、似合うとるから、大丈夫やで?    その……か、かっこええと、思う」

 髪を直すふりをしながら、サヤが耳元でそう言った。
 おかげで一気に顔が熱くなった。
 逆効果だよ……。余計に恥ずかしくなったんだけど……。でもなんか、まあ、サヤにそう思ってもらえるならまだマシかな……うん、そう思って耐えよう。

「あ、ありがとう。
 ……サヤもとても綺麗だよ。今日は、お互い頑張ろう」

 お礼ついでに、まだ言ってなかったことを伝えると、サヤがびっくりしたような顔になり、サッと頬を染める。その表情に胸を貫かれた。
 なんか、自滅してしまった気がする……。可愛い。ダメだ俺……なんかもう、疲れた。

「ギルぅ、なんでこんな格好しなきゃいけないの?なんか凄く服に着られてる感じがするよ」

 あちらはあちらでのほほんとした会話がされていた。マルがきっちり上着まで着せられて不満を述べているのだ。こんな格好と言うが、従者服とほぼ変わらない。上着の下は短衣に細袴だし、普段と違うのは上着くらいだ。

「お前、貴族相手に普段着でいいと思ってんのか……レイは気にしないが建前は気にしろ。
 あと、会議の時レイ様って呼ぶなよ。マジで怒るからな」
「それくらいの分別僕にだってあるよ。信用無いなぁ」
「分別ある奴は上着くらいで不満言わねぇんだよ」

 ギルも、きっちり上着を着込んでいる。
 ギルはいつも以上に王子様だ。前髪を後ろに撫で付けている。上着は飾り気ないのに、顔が豪華だからそれでも相当キラキラだ。
 ハインも、今日は前髪を分けていた。……⁉︎    ハインも⁉︎    ど……どうしたんだ?

「マルさん!    髪を整えますから……なに逃げてるんですか!」
「僕はいいって!    やめてよ似合わないからさぁ」

 分かった。ルーシーにやられたのか。
 俺だけが被害者じゃなくて良かった。マルも甘んじて受けてくれ。

「失礼致します。
 会議の参加者様方が到着し始めたようですので、旦那様、サヤ様、ルーシーは移動をお願い致します。ああ、サヤ様。会議の間、万が一の場合は敬称を省きますが……」
「はい。承知してます。今日は宜しくお願い致しますね、ワドさん」
「はい、宜しくお願い致します」

 サヤとギル。そしてルーシーは、一足先に来客を出迎えに行くらしい。
 応接室にはワドが残り、今回マルは、俺と一緒に会議室に向かう。あ、そういえば……商業会館の組合長に、話を通さなきゃならない。マルを長期間借り受けることになるのだし……。とはいえ、商業会館の仕事もあるだろうしな……。どのへんまでマルを借りてられるか、そこも交渉か。
 ハインとワドが何かやりとりをしているので、俺は暇なうちに、マルにお願いをしておくことにする。

「マル、組合長に、後で話があるって、席で伝えておいてもらえる?」
「はい?    うちの組合長ですか?    もしかしなくても、僕絡みです?」
「勿論そうだよ。マルを長期間借り受けたいって話を、しなきゃいけないだろ?」
「はぁ……。それなら、呼ばれたんで行ってきますって、僕が報告すれば済むと思うんですけどねぇ」

 済むわけない。
 従業員を……しかも情報管理の部からいきなり引き抜くだなんて、言語道断だぞ?

「済みますよ。僕の場合。商業会館に入った時、そういう条件で契約したんで」
「は?」
「いえいえ、こっちの話ですから。
 まあ、僕から言っておきますよ。それで、何か組合長から文句でもあった場合は、レイ様に繋ぎます。なかったらそれで充分ってことで……」
「文句が出る前に繋げろよ!    とにかく、一度きちんと伝えたいから、俺の口から伝えるから、話を通してくれ」
「えぇ~。まあ、いいですけど。じゃあ伝えますね」

 なんか渋々了解した。
 いや、普通通すべきだろ?    そちらの使用人を一年以上借りますって話をしないで良い筈ないだろ?    そりゃ、普段は貴族から、一方通行の報告だけで、済まされてた事かもしれないけど、俺はそんな風にしたくない。
 ちゃんと組合長と話をして、借り受けてる間の給料の問題とか、月のうちの何日を借りられるかとか、契約内容をつめなきゃいけないと思うぞ?
 と、そこで扉が叩かれた。

「八割方揃われたので、そろそろとのことです」

 やって来たのはサヤだった。
 ワドがサヤと交代し、応接室を退室する。
 俺が入室するときは、サヤがつくのだろう。ギルが、気を回したんだろうな……。そう思いつつ、サヤに労いの言葉をかけにいく。

「サヤ、おかえり。どうだった?」
「はい、えっと……思ったより、若い人が多くてびっくりしました」
「……若いかな?」
「……いえ……普通ではないですか?」

 ハインと二人で首をかしげることとなった。
 会議の面々を思い浮かべるが、別段……特別若い感じはしないんだけどな。上は五十代、下は二十代か……。普通だよな、やっぱり。
 俺たちの反応に、サヤは苦笑している。そして、サヤが若いと感じた理由を教えてくれた。

「私の国では、組織の代表者って、ご高齢の方が多いんです。四十代が若者に分類されるくらいなのに、ここでは、五十代で高齢だったので、びっくりしたんです」
「え?それだと困るだろう?    何か問題が起こった時に動けないんじゃないか?」

 四十代が若者分類って……。六十代や七十代が代表してて、事件や問題が起こったらどうするんだ?    体力面が心配でならない…。問題が無くても気付けばご臨終じゃあ、更に話にならないぞ?
 びっくりする俺に、サヤは「私の国は、長寿ですし」と、言葉を濁す。

「長寿なんだ。じゃあ七十歳くらいの人も結構いるの?」
「平均寿命がそれくらいだったかと。確か男女ともに八十歳辺りでしたね」
「っ⁉︎……それは、大抵の男性がそれくらい生きるという意味ですか」
「大抵……。そうですね。百歳以上の人も結構いますし」
「ひ、ひゃくさい⁉︎」
「干物なんじゃないの?    ちゃんと息してるのかな……」

 マルまで呆気にとられ、そんなことを呟く。
 俺たちの周りでは、七十歳まで生きれば結構な長寿だというのに、更にに三十年生きるだなんて……。

「うちのご近所にも、毎朝ジョギング……走ってらっしゃるおじいちゃんがいましたよ?確か、九十四歳だったかと」
「走れるの⁉︎」

 よろけてしまった。サヤの国って、なんか色々がとんでもない……。
 でも、おかげで緊張がほぐれた気がする。

「ま、まあ、とりあえず移動しよう。会議室の前まで」
「あ、はい」

 慌てて応接室を後にする。
 ちょっと脱線話で時間を取ってしまった。
 八割方と言っていたから、もう全員揃っているかな。

「……そういえば、エゴン親子はもう来た?」
「いえ、私が会議室を離れる時には、まだでした」
「そうか……」

 ウーヴェという男が気になった。
 改めて詫びると、そう言ったらしいから、早めに来るのかと思ったのだが……。
 まあ、会議の後にと考えているのかもしれないしな。そう思いつつ足を進める。

 会議室に近づくと、サヤが中の音に耳をすます。そして、「もう揃ってるようです。入りましょう」と、足を早めた。聞こえるって便利だ。

 サヤが扉に手を掛けるので、俺はそれに手を添える。大きな扉だし、サヤの傷に響く気がしたのだ。少し手伝うくらい、中から見えなければ問題ない。

 扉を開けて、サヤが一礼して中に入り、扉の横に立つ。
 それから一呼吸間をあけて、俺は会議室に入室した。
 視界の端に、頭を下げている一同が見える。
 サヤの入室を合図に、頭を下げているのだ。俺が席に着き、声を掛けるまでこの体勢で待たなくてはならない。
 だから俺は、少し早足で歩く。
 俺が自身の席に到着すると、サヤがその後ろに立った。それを待って椅子に座り、一同を見渡す。
 ウーヴェは、すぐに分かった。全身黒尽くめ……確かに。エゴンの右隣で頭を下げている。

「待たせてすまなかった。頭を上げて、席に着いてくれ」
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