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交流 7

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    陽も陰り、夕闇が空を染める時刻となった。
 間も無く夕飯なのだが、それまでの時間潰しに、サヤと手合わせをすることにした。
 レイは部屋に篭ったままだし、サヤはそれを気にしている……。何かやらせていないと、サヤの間が持たないと思ったのだ。
 場所は裏庭の端、普段俺が素振りをしている場所だ。
 ハインはやって来なかった。
 自室で書類仕事をこなしつつ、レイの様子を伺っておくらしい。
 俺は全力を出すべく、運動しやすい服装に着替え、髪まで括り、準備万端で挑んだのだが……。

「くっそぅ……なんでだ。全然歯がたたねぇ……」

 何度やっても地面に転がるのが俺だ!
 今回など、木刀をやめて木槍で挑んだというのに、剣よりむしろ、さっさとやられてしまった……。

「槍の方が、間合いに入られてしまうとどうしようもなくなるんですよ。
 槍は剣より重いですし、私はギルさんより軽量ですから、間合いの中に入る戦法になります。
 懐に入ってしまえば、こちらの方が有利ですよ。
 たぶん、短剣とかで相手される方が、私はやりにくい筈です」
「その間合いに、踏み込んで来られないように、しようと思ってたんだけどな!」

 思ってたんだがサヤが身軽すぎる!「穂先しか刃が無いので避けやすいです」とか言いやがった!   しかも一度なんか、俺が振るった木槍を足場にして後方に跳躍し、移動しやがった。人間離れしすぎだろ⁉︎

「あああくそ!   休憩だ!   息が整ったらもう一回だからな⁉︎」

 木槍を投げ捨てて、俺は地面に転がる。
 あたりはもう暗がりなのだが、ここには常に灯を置いている。
 俺は転がりながら、次はサヤの言う通り、短刀を用意すべきか……いやしかし、なんか言われたままなのも癪に触る……などと考えていた。
 それにしても、実力が違いすぎる……なんなんだこいつは。
 普段あんなにおっとりふんわりしてるくせに、いざとなったら気迫も凄い。中身が入れ替わってるのかと思うほどに、普段のサヤとは違うのだ。
 俺も結構自分の腕に自信を持っていただけに、ヘコむ……。女に太刀打ちできないなんて日が、来るとは思っていなかった……。

「先程は、私もどうしようかと思いました。
 槍を足場にして逃げたのは、まぐれですよ。あれは破れかぶれだったんですけど、たまたま上手くいったんです」
「巫山戯んな。破れかぶれであんな動きされてたまるか!」
「ほんとですよ?   私も、私の世界では、こんなに身軽じゃなかったんですから。
 ここの世界の私は、なんだかズルしてるみたいですよね。自分でも、ちょっと戸惑います」

 そう言うサヤは、柔軟体操とやらをはじめていて、顔は地面を向いている。足を思い切り開脚し、体を倒す。これを丹念にしておかないと、動ける範囲が違ってくるそうだ。凄く柔らかいみたいだな……。それにしても、顔が見えないから、今、サヤがどんな表情をしているのかが見えない。俺は、今のサヤの言葉が、少し胸に引っかかった。

「お前がこっちに来て超人になったのだとしても、判断力や反射神経がよくなってるわけじゃねぇんだろ?   じゃあやっぱりサヤの実力じゃねぇか……。お前の世界は、女でも身を守る術をここまで磨く必要があるほど、治安が悪いのか?   なんで武器の鍛錬をしてないんだ。刃物持ってる方が格段に有利だろ、本来は」

 なんで素手なんだよほんと……意味分かんねぇ……そう思ったのだが。

「私の国は、銃刀法違反というのがあって、護身のためにだとしても、刃物を持ち歩く人なんていないんです」

 という、意味のわからない返事が返って来た。
 ええ?衛兵すら武装しないってことなのか?

「この世界の衛兵にあたる人たちは、私の世界では警察官といいますけど、その職の方も刃物で武装したりしません。
 銃という飛び道具を所持してますけど、それもまず使いません。身の危険が迫っても、使えない場合が多いみたいです。
 通常は、警棒という……棍棒の一種が武器の代わりでしょうか」
「……刃物を振り回すような悪人はいないってことか?」
「います。それでたくさんの人が傷ついたりもします。
 でも……基本的に、平和な国だと、言われています。一億二千万人の人口で、無差別に人が殺傷されるような事件が起こるのは年に数回程度。細かい物は数えきれませんが、それでも、世界で有数の、治安の良い国として知られています。
 人が善人であることが前提といいますか……夜中に女性が一人歩きしているのも普通です。ここの世界よりは、きっと安全な国だと思います」

 サヤの話に、俺は口を噤んだ。
 サヤは、無体を働かれかけた経験があり、男が怖いのだと、レイに聞いている。
 そんなに安全な世界なら、無体を働かれそうになたというのは……かなり特殊な事例なのではないだろうか……?
 皆が平和で安全だと思っている世界で、安全ではなかったサヤは、結構心細い思いをしていたのではないか……。ふと、そう思った。
 言うなれば、ありえないとされることに、遭遇してしまったということなのだ。
 当然周りにとっては平和な世界。サヤだけが、そこで孤立していたことになる……。

 だからサヤは、自分の身を守る術を、身につける必要に駆られた……そういうことなのか?

「大きな戦争の後、武術をすることに制約が掛かった時期もあったそうですし、その辺も影響しているのかもしれません。そんなわけで、武器を持って武装という自衛手段を取れない社会なので、素手の格闘技というのが多数あるんです。少林寺拳法、空手、柔道、合気道……他にもありますよ。
 勿論、剣道や薙刀……槍の一種ですね。弓道など、武器を扱う武術もありますけれど、護身術というよりは、自己鍛錬、精神修養の意味合いが強いと思います」

 サヤは、気にした風でもなく、自分の世界の話を続けている。
 話に区切りがついたところで、俺はこの話を打ち切ることにした。

「成る程……武器の扱いを習わなかった理由は分かった。
 持てないんじゃ、どうしようもねぇよな」

 この話は、させるべきじゃないなと、思ったのだ。
 サヤの辛い記憶に直結することなのだ。下手をしたら、体調を崩すかもしれない。
 レイが引きこもってるのに、サヤまで体調を崩すなんてことになっては言い訳もできない。

「さて、息も整ったし、もうひと勝負するか。
 あー……サヤは、短剣で攻撃してもらった方が、修練になるのか?
 剣や槍じゃ、あまりお前の修練になってないように思うんだよ。実力差がありすぎて。
 お前は、こうして欲しいみたいなのはないか?」

 正直認めたくないが、俺は確実にサヤに数段実力が劣る。
 これじゃ、俺が鍛えてもらってるようなもんだ。
 だが、サヤはそんなことはないと首を振る。

「修練になっていないってことは、無いですよ?
 私の世界では、基本が素手対素手での攻防だったので、武器を相手にすること自体が良い練習です。
 でも……できるなら、本物の刃物を相手にしたいです」

 ……………………なん、で⁉︎
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