異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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異母様 6

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「なんなんですか……朝から陰気な……」

 やって来たハインがそう言うほど、俺は淀んだ雰囲気らしい……。
 手で顔を叩いて、頬を引っ張って、なんとか笑みの形を作って……サヤがやって来る前に顔の立て直しを図る。

「ちょっと、夢見が悪かったんだよ……」

 そうとしか言えない俺……。まさかサヤが幸せそうな夢見て落ち込んでるなんて口にできない。
 夜着を脱いで、着替える。しっかり眠れているのに身体が重い。
 なんかもう……ほんと俺って、間が悪いというか……。好きになってもこうなることくらい分かってたのに……。
 良い夢だったじゃないか。サヤは故郷に帰って、カナくんらしき人と手を繋いで、嬉しそうに微笑んでる。一番良い結末だよ。あるべきところにおさまったんだ。

「あるべき……」

 留め金を掛けていた手が止まる。
 異界の人間であるサヤのいる場所はここじゃないのだ。
 万が一……まあ万が一は無い。無いけどそうなった場合、サヤは、故郷を失くす……。
 家族も、幼馴染も、生きてきた十六年を全て。
 微笑んでいても……それは、笑っていられるか?本心からの笑顔でいられるのか……?
 そう思った瞬間、視界がぐらついた。

「レイシール様⁉︎」

 すぐ側でサヤの声がして、びっくりして視線をやると、いつの間にかサヤが横にいて、俺の腕を掴んでいる。あれ?いつの間に……?

「サヤ、おはよう……いつ来たの?」
「さっき、おはようございますって、言いました。
 どうされたんですか?今何か……」
「ごめん、まだ寝ぼけてたみたい……。ちょっとグラついただけだよ」
「でも……顔色が悪いですよ?体調が悪いのでは……」
「夢見が悪かったそうですよ」

 夜着を片付けながら、ハインがそんな横槍を入れる。
 若干申し訳なくて視線をそらす俺……。サヤが幸せそうな夢だったのに……後ろめたい……。
 ハインの言葉と俺の反応に、サヤは一瞬目を見張って……。

「また……見たんですか?」

 こっそりと、小声で心配そうに問うてきた。
 ううぅ……心配してくれてるのにごめん……。

「違う夢だよ。大丈夫、ありがとう」

 こちらもこっそりと返す。けれど気分は落ち込んだ。サヤは、いつか帰る……そして帰れなかった時は…………もう、幸せではないのだと、気付いたのだ。
 ここに……俺のそばにいる限り、サヤは不幸なんだと思うと……何かとても、気分が塞ぐのだ。

「なんなんですか。そんな酷い夢だったんですか」
「ほっといてくれ……落ち込んでるんだから」
「何かとんでもない失敗でもする夢なんですか?予知夢にしないでくださいよ」

 ハインは容赦無い……。
 これ以上の小言を聞きたく無いので、俺はさっさと着替えを終了させる。そして、サヤに髪をまとめて貰うため、長椅子に座った。
 ハインは朝食の準備をしてきますと、俺の部屋を出て行く。

 ツゲグシで俺の髪をゆっくりと櫛付けるサヤ。襟足部分を搔き上げるようにする手の動き。暫くすると、今度はツンツンと、髪を部分的に引っ張られる感覚に変わる。
 腰ほどまである俺の髪を、丁寧に結わえていく。
 予知夢にしなきゃならないのだ……。
 ここにいる限りサヤが不幸なら、帰さねばならないのだ。
 サヤが笑顔でいれることが一番じゃないか。サヤがいなくなると考えると、心臓が潰れそうな気すらするけど……また悪夢に魘され続ける日々が来るのかと思うと、死ぬほど怖いけど……でもそれは些細な……俺だけの問題だ。あんな風に、笑顔で手を振って、別れる時が、来る方が良いんだ……。

「レイシール様?やっぱり、体調が優れないんじゃないですか?
 熱とか……あったりしませんか?」

 相変わらず暗い顔の俺を覗き込んだサヤが、心配げに手を伸ばす。
 首筋にひんやりとした手が触れて、俺の体温を測る。
 細い腕だ……。最近陽に焼けたかな……白かったサヤの肌が、ほんのりと……色づいたような気がする。
 その手に触れて、そっと首筋から外した。触れていたい……けれど、それを当たり前にしてはいけないんだ。後が辛くなるだけだから……。

「大丈夫だよ。心配しなくていい。
 ……雨季が終わったら…………今度は、サヤが帰るための方法を、探そう。
 ごめんね……。こっちの手伝いばかりさせて、サヤのこと、してあげられなくて……」

 櫛を片付けようとしていたサヤの手が止まる。
 びっくりしたような顔をこちらに向けて、それから優しく微笑んだ。

「もしかして、それを気にして落ち込んでらっしゃったんですか?
 大丈夫です。直ぐにどうこうできる問題では無いと、分かってますから。
 それに、今は畑の事が心配です。ここで帰されても、気になってしまいますよ」

 優しいサヤは、そんな風に答える。
 けれど、サヤがここに来て、もう何日経つ?両手では数えられない時間が過ぎた。日々不安は募っているはずだ。それに……今微笑んでいる、その顔は、サヤの本当の顔なのか、自信が持てない……。悲しいのや苦しいのを、押し殺して微笑んでいるなら、それは……。

「レイシール様……本当に、どうされたんですか?
 もしかして、私絡みの夢だったんですか?」

 あまりにもウジウジしていたからか、サヤがそんな風に、鋭いことを聞いてきたので慌てて否定した。
 夢の内容を聞かれたくない。流石に軽蔑される。サヤが故郷に帰る夢を、俺は悪夢と思ったのだ。

「大丈夫だよ。なんでもないから。そろそろ下りよう。今日もやる事がたくさんあるし」

 重たい身体を持ち上げて、サヤを外に促す。
 俺の後ろを軽やかな足取りでついて来る。
 ここにきた日の悲壮感は、今のサヤには無い。それが嬉しくもあったけれど、申し訳なくもあった。慣れるはずのない異世界に、サヤは馴染もうと必死なのだと、そう思ったから……。

 駄目だ……。悪夢の後の、後ろ向きな思考が、止まらなくなってる…………。

「今日は、脱穀作業の手伝いと、川の補強範囲を決めるんでしたっけ。
 私は脱穀作業の手伝いでしょうか?   力仕事なら任せてください!」
 サヤの元気な声を背中に聞きながら階段を降りる。
 すると、ありえないものが目に入った。さっと手を広げて、サヤを隠す。
 サヤがびっくりしたように、足を止めた。

「おはようございます」

 この別館にはいないはずの者がいた。本館の使用人だ。
 少し、緊張した面持ちで、丁寧に頭を下げる。
 ハインは……気付いてないのだろうな……きっと調理場だ。油断していた。今まで無かったことだからと……。

「おはよう。このような早朝から、どうした?珍しいな」

 声に警戒が滲まないようにするのに苦労した。
 昨日の、厩番に渡した手紙の件か?それともサヤだろうか……。まさか氾濫対策についてだとは思えないしな。
 俺の警戒を見て、前に立とうと動いたサヤを、咄嗟に手を掴んで止めた。
 ただの使用人だ。武力でどうこうしてくることは無い。

「その……奥方様より、申しつかりました。
 レイシール様の……御髪の艶が、今までと違うようだと……。
 どうされたのかと、それをお聞きしに……」
「……髪?」

 あまりに見当違いの件で、声が裏返りそうになった。
 俺の髪の艶?……ああ、二日に一度は湯で流しているし、たまにサヤが手入れしてくれるからな……って……そんなことを確認しに来たのか?

「レイシール様、朝から……おや、来客でしたか」

 俺の声が聞こえたのか、タイミングを計っていたのか、ハインが食堂の扉を開けて出て来た。
 ビクリと、使用人が警戒する。怖がられてますよ、ハインさん……その凄い眼力で睨みつけるのやめてあげてください。

「なんの御用でしょう。
 レイシール様はまだ朝食も済まされておりませんので、出直して頂きたいのですが」
「も、申し訳ございませんっ。です、ですが……っ、奥方様が……」
「異母様の都合などこちらには関係ありませんよ。
 只今我々は収穫と氾濫対策で目の回る忙しさなんです。領地管理に拘らない要件なら、雨季が終わってからにして下さい」
「ハイン……そんな風に言うと、彼が可哀想だよ……」

 このまま帰したのでは、きっと叱責される。
 たかだか髪の艶についてなら、ここで伝えれば済む話だし。

「髪は、畑の作業でよく汚れるから、ここ最近頻繁に洗っているだけだよ。
 サヤが、櫛で髪を梳いてから、湯で流す方が汚れが落ちると教えてくれたから、そうしてるだけ。異母様には、その様にお伝えしたら良い」
「は、はいっ。有難うございます。で、では、失礼致します」
「朝早くからご苦労様」

 使用人があたふたと玄関から出ていく。
 それを見送ってからサヤが小さく「外にもう一人いました……。一緒に帰ったみたいです」と呟く。

「申し訳ございません。警戒してませんでした……。下での物音は、ハインさんだとばかり……」
「いえ、それは私も一緒です。それにしても、何故こんな時間に髪の艶……。迷惑な」
「まあまあ、髪の艶程度で済んで良かっただろ?来客か……出かける予定でもあるのかもしれない。社交の時期には早いしね」

 異母様は、独身時代社交界の華と謳われた美貌の持ち主だ。
 今も四十路とは思えない若さを保ってらっしゃる。気怠げな兄上と並んでいると、異母様の方が若く見える程なのだ。だからか、見た目の美しさというものをとても重要視されている。別邸に赴く時はいつも身綺麗にされているしな。

「出掛けて頂けるなら願ってもないですね。
 では、早く朝食を済ませてしまいましょう。冷めてしまいます」

 もう済んだとばかりに、ハインがそう言って俺たちを急き立てる。
 俺も、この件はこれで済んだと思った。なのではいはいと軽く返事をして食堂に足を向ける。
 けれど……そう簡単では無かったのだ。
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