異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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悪夢 1

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 この時期は夜が苦痛だ。眠ることが難しくなってしまう。
 ほら、今日もだ。またあの悪夢。連日のように再現される。

 歩く。
 歩く。
 ひたすら歩く。
 手を引かれて。
 母は何を話し掛けても、上の空。
 強く握られた手が悲鳴を上げていても、頓着しない……。
 嫌だ……ここから先は、もうあまり無い。
 それ以上は進みたくない……だから、足掻け。これは夢なのだから。

 嫌だ、進みたくない。もうやめよう。

 死ななかったことは、分かっている。
 俺は十八になり、母もこの時より十年以上は、年を取った。
 それでも怖い。
    あの、闇に覆われる視界が……引きずり込まれる水の中が。
 俺の意思なんて関係なしに、ただ迫ってきた死が。そして俺を殺そうとする母が。

 やめて、俺は……ぼくは、いらないってことなの?

「レイシール様!」

 揺すられて、意識が一気に浮上した。
 暗い視界に、まだ夢の中かと混乱をきたしかけるが、額に触れる柔らかい手の感触と、揺れる瞳に気付いて、これは夢の中じゃないと自分に言い聞かせた。
 詰めていた息を、ゆっくり吐いて……。

「サヤ……どうしたの……?」

 声が震えないよう、腹に力を込めて、そう聞いた。
 何故かサヤがいる。ここは、俺の部屋だよな……?    こんな夜中に、どうしたんだ?
 頭がはっきりしてくると、夜着姿のサヤが、羽織すら纏っていない事に気付き、また息が詰まりそうになった。
 やばいって……夜中にその格好は……ダメだろ。しかも男の部屋なんだから……。

「気になって、来てしまいました。
 その……勝手に入ってしまって、申し訳ありません…」
「いや……ごめん、煩かったよね……。
 もう大丈夫だから、帰って良いよ。サヤは明日も、忙しいだろう?」

 サヤの方を見ないようにして退室を促すが、サヤは動こうとしない。
 しばらく待っていたのだが……帰る気無いのか……。俺は溜息をついて、上掛けの上にある羽織を手に取って、サヤに差し出す。サヤは自分が羽織を纏っていない事に今更気付いたようで、慌てて礼を言い、それを手に取った。
 自分の格好に気付けば帰るかと思ったのだけど、それも的を外した。やっぱり帰ろうとしないので、仕方なしに問い掛ける。

「何か、不安なことでもあった?    こんな時間でなくても、聞くよ?」

 むしろこんな時間に来ないで欲しかった……。起こしてくれたのは感謝するけれど、一番見られたくない状態だったのも事実だ。

「……この時間でなければ、レイシール様はシラを切ると思いました。
 どうされたんですか……酷い、うなされ方でしたよ。ハインさんは、ご存知ないんですか?」

 案の定、聞かれるだろうなと思っていたことが聞かれた。
 まあ、そうだよね……。これからも魘されることはあるだろうから、サヤには当たり障りない話でもしておく方が無難かな……。
 そう思ったので、夢見が悪かったのだと、具体的なことは省いて説明する。

「ちょっと怖い夢を見ただけ。
 十八にもなって寝言なんて、恥ずかしいよね。
 これからも、あると思うけど気にしなくていい。そういうたちなんだよ」

 雨季が来ると、夢を見ることが増えるんだ……。水が絡むからかな……。

「寝ながら喋るって友人にも笑われたことがある。
 ハインも知ってるから、問題無いよ。
 だから、わざわざ知らせなくていい。いつものことだから」

 呼吸は一度止まったらしいけど、ちゃんとこうして、息を吹き返した。
 だから、今の俺は大丈夫。ちゃんと、生きている。必要とされるなら、ちゃんと生きていくから……。

「だからサヤ、もうおやすみ。俺も寝直すよ」

 ちゃんと、違和感のない言い訳ができたと思った。
 眠たそうに見えるよう、演技までしたのに、サヤを見ると、何故か怒った顔。
 そして……。

「建前の理由は、分かりました」

 と、全く納得していませんという返答を返して来たのだ。

「レイシール様は、今からの時間ずっと、起きているでしょう?
 先日も……そうでした」

 そう返されて唖然とする。
 先日……?もしかして、気付いたのは、今日だけじゃない?
 その事については考えていなかった。

「わざわざ嘘を仰るからには、ハインさんのことも信用できません。
 本当に、ハインさんはご存知なんですか?    確認しても、良いですよね?」

 立ち上がったサヤの手を、咄嗟に掴んで止めて、そして、この夜中に、サヤがハインの部屋に行くだろうか……と、考えつき、カマをかけられたのだと悟る。
 こんな手に簡単に引っかかる俺も、相当焼きがまわってる……。

「言わなくていい……。言ったところで、どうなるものでもないから……。
 無駄に心配かけるだけだし……」

 ハインにだって、夢の中のことをどうこうできはしない。
 ただでさえ手の掛かる主人にてんてこ舞いなのに、これ以上手を煩わせたくない。

「レイシール様は、周りに気を使い過ぎます。
 ハインさんは……うなされている貴方に気付かないまま眠る方が、嫌だと思いますよ」
「だからって、一緒に起きていられてもな……。
 あいつはただでさえ自分の生活犠牲にし過ぎてるんだ。これ以上は嫌だよ」
「なら、内緒にしますから、私には、おっしゃってください。
 それ以上は、譲りません」

 寝台に身を起こした俺の横に、しゃがみこむように座ったサヤが、また上目遣いで見つめてくるものだから、俺は自分の顔を手で覆った。その顔は反則だ……ほんと、やばいから、やめてください……。変な気起こしてしまったらどうするんだ……。
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