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予兆 3
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「雨量も計算したんですよ? でも必ずしも、雨量と水位上昇が一致してないんですよ。
ズレてる年もちらほらあって、それよりはまだ火災の方が、高い比率で合致するんですよ。
とはいえ……虫食いもいいとこですからねぇ。長雨の時期に雨が多かったなんて情報、当たり前過ぎて残してくれませんから、正直全然、当てになりませんけどねぇ」
虚空を見つめる瞳が、さっきまでとはまるで別人のようになっている。マルが頭の中の世界に足を突っ込んでいる時の顔だ。彼の表現によると、脳内の図書館で資料を吟味しているのだという。その時はこちらの自分が疎かになるそうだ。それで、まるで蝋人形のような無表情で、抑揚の乏しい喋り方で、話をする。
「アギー領で木材の値段が上がると水位が上がる。今の所、雨量よりそっちの方が合致する確率が高い。となると、今年はヤバイんです。火災がありました。
気の所為だと思って今まで通りにしておいても良いんですけど、何かする方が良いんじゃないかなって思うんですよ。
そしてアギーの鉱脈はまだまだ全く枯れる様子がありません。
そうすると、まだどんどん、水量は上がるんじゃないかなと。
これからもずっと情報を集め続けていけば、三十年くらいである程度確証が持てるんじゃないですかね。でも、それまで待っててもらえないでしょう?だから、中途半端な情報ですけど提供してるんですよ。レイ様の為ですし」
虚空を見つめ、抑揚のない喋り方のまま、マルがそう言う。
分析が絡む内容に関して、誤情報を提供するのは彼の流儀に反するのだ。それでも、今の情報を俺は必要としていると、流儀を曲げてくれたらしい。
「長雨が降っても、火災が無かった時は一割弱。
長雨があって、火災があった時は、三割で発生してますよ。
長雨が無く、火災が無かった時はほぼ水害は起こっていない。
長雨が無く、火災があった年は、微量ですが水害が発生している。
とはいえ、基本長雨があります。雨季ですからねぇ。雨が降らなかった年の数値も、やはり当てになりません。検証できるほど無いので。
火災にしても、規模に差があるし発生件数だって違ってくる。
長雨も、毎年降る量には誤差があるでしょうし。正直検証しただけ凄いと思って欲しいですよねぇ。こんなに揃わない数値でこんなことやりたくないんですよ。どうせ間違ってるし」
そこまで喋ってから、くあぁと大きな欠伸をした。時間切れだ。
マルが次の瞬間寝始めた。がっくりと項垂れて、いびきすらかかない。
「…………し、死んだ⁈」
「寝ただけだ」
一瞬で動かなくなったらビックリするよな……。ルーシーが死んだと思うのも無理はないか。
マル曰く、考えるのはとても体力を使うのだそうだ。頭の中の図書館は、膨大な資料で埋め尽くされている。その中をあちこち動き回って大量の情報を見比べたり計算したり、凄く忙しいのだという。毎日のように情報は更新されていくから、その都度必要なものには微調整を加えるらしい。だからマルは、分析途中の事柄は紙に書きだしたりしない。区切りがつくまでに何度も何度も、気が遠くなるほど計算をし直すのに、書き出してたらもっと手間が掛かるから。そして、そうしてる間にも状況は変化する。修正を加えてると、書き出す速度が追い付かないのだと言っていた。
なんかもう、説明されてもさっぱりだが、とにかく大変なんだとだけ、俺は理解している。
そうこうしてる間に、ギルがマルを小脇に抱えた。客間の寝台に放り込んでくるのだろう。
「また食えば動くと思うけど……胃が弱ってるからな……さして食えねぇと思うぞ」
「……休ませてあげて。充分だから」
これ以上は必要無いと思う。
マルが何かした方がいいと言うなら、そうなのだ。
もうずっと……。それこそ俺が生まれる前からの問題だった水害。今までずっと原因らしい原因も分からぬままだった。それを、たかだか二年で……可能性だけでも上げてみせたマルは凄いと思う。
そもそも、誰が考えるんだ?木材の値段と、水害の関係性なんて。
きっと、ありとあらゆる数値を比べ尽くして、見つけ出したものなのだ。
趣味の一環とか言うけれど、きっと俺の為に無理してくれた部分も沢山あるのだ。
「ありがとうマル……」
ギルに荷物よろしく運ばれていくマルに小さくお礼を言って、今度は俺が思考に没頭する時間となる。
水害があると仮定するなら、まずすることは収穫だ。極力早く、済ませてしまった方がいい。
次に、川の補強だが……。これは正直、付け焼き刃だ。川岸に沿って板を打ち付けたり、土を盛ったりしたことは数知れず。記録にも残っている。けれど、功を奏したことは殆んど無い。
それよりも、農民の生活と命を優先する方が良いだろう。
だが……どうする。
「レイシール様……。収穫を早める指示を、手紙で出しますか」
「それよりも、明日朝一で帰る方が早いんじゃないかな。
ハイン、水害のあったときの、農民たちの避難場所って、裏山手前の広場になってたよね」
「そうですが………」
「じゃあ帰ったら、あそこの整備だ。水害があると仮定するしかない。
収穫を早めて、仮小屋を建てるか……ああ……手っ取り早く、別館が使えたら良いのに……」
小屋なんて建てる時間があるなら、川の補強がしたい……。農民たちの生活は、畑が無ければ成り立たないのだ。命だけ守っても駄目なんだよ……!
「あ……あの?」
急に緊迫した雰囲気となった俺たちに、サヤは戸惑っている様子だ。
だが今は構っている余裕が無い。
えっとギルは……まだマルを連れて行ったままか……。
「ワド、一つ、お願いをしておいて良いだろうか」
「はい、何なりと」
壁際に彫像よろしく直立していたワドルが、この雰囲気でもやはり、微笑みをたたえて返答を返す。
「近く、大店会議を開く可能性が高いと思う……。
申し訳無いのだけれど、根回しをしておいてもらえるだろうか……。
あと、水害が起これば、メバックにも……貴方達にも迷惑を掛けることになる。すまない……」
「何を仰います。メバックもセイバーンですし、我々も領民です。
助け合うのが当然ではございませんか」
「……ありがとう。極力、被害が少なくなるよう努力する」
「ええ。農家のみなさんの為に。我々も、微力ながらお力になります故」
そんなやりとりをしている間に、ギルが帰ってきた。
手には何かの書類を持っている。それをハインに押し付けて、ルーシーにも指示を出す。あるものだけでも荷造りしろと、そんな内容だ。
「朝一で帰るんだろ?買い出ししてる時間はねぇんだろうから、必要なもんは書き出しとけ。後で届ける。
あと、サヤの準備も、こっちで適当に進めるぞ。
戻ったら、できる限り状況報告を送れ。準備があるからな。
それで、その辺の準備が終わったら、今日だけはここでのんびり過ごせ。帰ったら休む間もねぇんだから。……半日くらい自分を甘やかしたってバチあたらねぇよ」
「……うん、ありがとう、ギル。
サヤ、ハイン。一旦部屋に戻るよ」
応接室を出て、部屋に戻ると荷造りだ。
とはいえ、持ち込んだものは殆んど無い。荷物の準備はハインに任せて、俺はサヤに事情説明をする必要があった。
「サヤ、帰ったら、君にも沢山、働いてもらう必要が出てきた。慣れるまでゆっくりなんて、言ってられない状態になりそうだ。ごめん」
「構いません。それより、何のお話だったのか、教えてください」
「うん……そうだね……。まずは、セイバーン村の説明をしようか」
セイバーン。正確には、フェルドナレン王国セイバーン領。俺たちが住むセイバーン村は、領地と名を同じくするのでややこしい。
国の中心部よりやや南にある、ほどほど大きな領地。とはいえ、農耕が主な産業の、田舎だ。
首都の食料庫の一つ。水に恵まれた肥沃な土地で、小麦の生産を主に行っている。
この周辺が最も小麦の生産に適した土地で、なおかつ管理が大変な地域なのだ。
その為、あえて村なのに領主の館が移されたのだと思う。
元々は、もう少し東北にあるバンスに領主の館があった。今は……父上が療養している別邸だ。
ここ近年のセイバーン領の問題点は主に二つ。ここセイバーン村の、水害。
そして、南にあるイスコ湖の水位の減少。
どちらも水が絡むのだが、より問題が大きいのはセイバーン村の水害だ。
雨季になると、この川が度々 氾濫するのだ。
この川は北のアギー領から続く川で、村の北にある裏山を迂回する形で蛇行し、東に流れて行くのだが、その蛇行部分が問題で、南側……つまり畑や、農民の住む区画側にしょっちゅう決壊する。
大抵は麦の収穫の後なので、収穫量自体に問題は無いのだが、畑が泥や岩に埋まり、整備に膨大な時間と費用を費やすことになってしまう。当然、農民たちの住居も被害に合う。言葉通り、死活問題なのだ。
ずっと対策を練っているが、今のところ画期的な解決法は見出されていない。
俺が領主代行になってからは、まだ氾濫が起きていなかったのだが……。
「さっきのマルの話で、今年は警戒が必要だとなった。
もし氾濫が起こってしまえば、農民達の生活が大変なことになる。
……とはいえ、氾濫自体をどうこうすることは無理そうなんだよ……。
だから、帰ったらまず、麦の収穫を急ぐ。そして、農民達の雨季の仮住居を建てることになると思う。更に、氾濫後の畑の整備や農民達の生活支援……やることが山積みになると思って」
サヤに説明しつつも、農民達にどう話すか……それを考えると、気が滅入った。
皆、大変なことになると思う……。特にカミルのところは…………どうしようもないかもしれない……。とにかく、収穫だけは終わらせて、収入を失くすようなことは無いようにしないと……。
あとは、川と畑の整備で給金を出すようにして……食料の手配もしなきゃいけないよな……。ああもう、ほんと、農民達を別館に避難させることができるなら、家財も早く移動できるし、生活だって仮住居よりよっぽどマシなのに……。
「ハイン……やっぱり、別館に農民達を避難させないか。
仮住居を建ててる時間が惜しいよ。広場は家畜の避難小屋だけにして、川の補強を……」
「それは、労力に見合う成果をあげた試しがありませんよ。
あと、異母様達が農民を受け入れると思いますか?場合によりますが、数ヶ月以上をそこで過ごすことになるんです。仮住居を用意する方が、農民達が異母様の怒りに触れる機会も減るんですよ。あと、兄上様の魔手からも……」
「だけど!川の補強で氾濫が抑えられたら、それが一番じゃないか!」
「そうでしょうが、勝率が低いと言ってるんです!」
途中から、サヤへの説明すら後回しになってしまい、俺たちの言い争いがしばらく続いた。
だがどうにも収拾がつかない。つくわけがない。
農民達の生活を守るという目的は同じなのだが、優先すべきと考えていることが違うのだ。
「あの……今はとにかく、帰って収穫をするのですよね?
その後のことは、今保留にしませんか。ここで言い争っているよりも、村に戻って、状況を確認したり、情報を整理してからの方が良いと思います」
サヤの言葉に、項垂れる俺。その通りなのだが、気持ちばかりが焦ってしまうのだ。
「レイシール様……村のことを教えてください。この地域の今までのことを。
私はまだ、あの裏山と別館の中しか知りません。
明日からは、私も一緒に頑張りますから。お役に立てるよう、頑張りますから……」
サヤが俺の手を取り、握り締める。
俺を一生懸命励まそうとしてくれてるのだと思う。その気持ちが嬉しかった。
「ごめんハイン……お前の言うことも、正しいと分かってるんだ……」
「いちいち謝らなくて結構です。……こちらも言い過ぎましたので……」
普段なら、言い争ったままおしまいになって、しばらく口を利かないのだが、さすがにそれは大人気なくてサヤに見せられない……。ハインに謝ると、ハインも居心地悪げにそう言った。ちょっと笑ってしまう……うん。すこし、落ち着けた。
「そうだね……。帰ったら、サヤを村のみんなにも紹介する。
良い人たちだよ。気さくで、無骨で、優しい人たちだ」
みんなを悲しませないように……頑張らなきゃな……。
ズレてる年もちらほらあって、それよりはまだ火災の方が、高い比率で合致するんですよ。
とはいえ……虫食いもいいとこですからねぇ。長雨の時期に雨が多かったなんて情報、当たり前過ぎて残してくれませんから、正直全然、当てになりませんけどねぇ」
虚空を見つめる瞳が、さっきまでとはまるで別人のようになっている。マルが頭の中の世界に足を突っ込んでいる時の顔だ。彼の表現によると、脳内の図書館で資料を吟味しているのだという。その時はこちらの自分が疎かになるそうだ。それで、まるで蝋人形のような無表情で、抑揚の乏しい喋り方で、話をする。
「アギー領で木材の値段が上がると水位が上がる。今の所、雨量よりそっちの方が合致する確率が高い。となると、今年はヤバイんです。火災がありました。
気の所為だと思って今まで通りにしておいても良いんですけど、何かする方が良いんじゃないかなって思うんですよ。
そしてアギーの鉱脈はまだまだ全く枯れる様子がありません。
そうすると、まだどんどん、水量は上がるんじゃないかなと。
これからもずっと情報を集め続けていけば、三十年くらいである程度確証が持てるんじゃないですかね。でも、それまで待っててもらえないでしょう?だから、中途半端な情報ですけど提供してるんですよ。レイ様の為ですし」
虚空を見つめ、抑揚のない喋り方のまま、マルがそう言う。
分析が絡む内容に関して、誤情報を提供するのは彼の流儀に反するのだ。それでも、今の情報を俺は必要としていると、流儀を曲げてくれたらしい。
「長雨が降っても、火災が無かった時は一割弱。
長雨があって、火災があった時は、三割で発生してますよ。
長雨が無く、火災が無かった時はほぼ水害は起こっていない。
長雨が無く、火災があった年は、微量ですが水害が発生している。
とはいえ、基本長雨があります。雨季ですからねぇ。雨が降らなかった年の数値も、やはり当てになりません。検証できるほど無いので。
火災にしても、規模に差があるし発生件数だって違ってくる。
長雨も、毎年降る量には誤差があるでしょうし。正直検証しただけ凄いと思って欲しいですよねぇ。こんなに揃わない数値でこんなことやりたくないんですよ。どうせ間違ってるし」
そこまで喋ってから、くあぁと大きな欠伸をした。時間切れだ。
マルが次の瞬間寝始めた。がっくりと項垂れて、いびきすらかかない。
「…………し、死んだ⁈」
「寝ただけだ」
一瞬で動かなくなったらビックリするよな……。ルーシーが死んだと思うのも無理はないか。
マル曰く、考えるのはとても体力を使うのだそうだ。頭の中の図書館は、膨大な資料で埋め尽くされている。その中をあちこち動き回って大量の情報を見比べたり計算したり、凄く忙しいのだという。毎日のように情報は更新されていくから、その都度必要なものには微調整を加えるらしい。だからマルは、分析途中の事柄は紙に書きだしたりしない。区切りがつくまでに何度も何度も、気が遠くなるほど計算をし直すのに、書き出してたらもっと手間が掛かるから。そして、そうしてる間にも状況は変化する。修正を加えてると、書き出す速度が追い付かないのだと言っていた。
なんかもう、説明されてもさっぱりだが、とにかく大変なんだとだけ、俺は理解している。
そうこうしてる間に、ギルがマルを小脇に抱えた。客間の寝台に放り込んでくるのだろう。
「また食えば動くと思うけど……胃が弱ってるからな……さして食えねぇと思うぞ」
「……休ませてあげて。充分だから」
これ以上は必要無いと思う。
マルが何かした方がいいと言うなら、そうなのだ。
もうずっと……。それこそ俺が生まれる前からの問題だった水害。今までずっと原因らしい原因も分からぬままだった。それを、たかだか二年で……可能性だけでも上げてみせたマルは凄いと思う。
そもそも、誰が考えるんだ?木材の値段と、水害の関係性なんて。
きっと、ありとあらゆる数値を比べ尽くして、見つけ出したものなのだ。
趣味の一環とか言うけれど、きっと俺の為に無理してくれた部分も沢山あるのだ。
「ありがとうマル……」
ギルに荷物よろしく運ばれていくマルに小さくお礼を言って、今度は俺が思考に没頭する時間となる。
水害があると仮定するなら、まずすることは収穫だ。極力早く、済ませてしまった方がいい。
次に、川の補強だが……。これは正直、付け焼き刃だ。川岸に沿って板を打ち付けたり、土を盛ったりしたことは数知れず。記録にも残っている。けれど、功を奏したことは殆んど無い。
それよりも、農民の生活と命を優先する方が良いだろう。
だが……どうする。
「レイシール様……。収穫を早める指示を、手紙で出しますか」
「それよりも、明日朝一で帰る方が早いんじゃないかな。
ハイン、水害のあったときの、農民たちの避難場所って、裏山手前の広場になってたよね」
「そうですが………」
「じゃあ帰ったら、あそこの整備だ。水害があると仮定するしかない。
収穫を早めて、仮小屋を建てるか……ああ……手っ取り早く、別館が使えたら良いのに……」
小屋なんて建てる時間があるなら、川の補強がしたい……。農民たちの生活は、畑が無ければ成り立たないのだ。命だけ守っても駄目なんだよ……!
「あ……あの?」
急に緊迫した雰囲気となった俺たちに、サヤは戸惑っている様子だ。
だが今は構っている余裕が無い。
えっとギルは……まだマルを連れて行ったままか……。
「ワド、一つ、お願いをしておいて良いだろうか」
「はい、何なりと」
壁際に彫像よろしく直立していたワドルが、この雰囲気でもやはり、微笑みをたたえて返答を返す。
「近く、大店会議を開く可能性が高いと思う……。
申し訳無いのだけれど、根回しをしておいてもらえるだろうか……。
あと、水害が起これば、メバックにも……貴方達にも迷惑を掛けることになる。すまない……」
「何を仰います。メバックもセイバーンですし、我々も領民です。
助け合うのが当然ではございませんか」
「……ありがとう。極力、被害が少なくなるよう努力する」
「ええ。農家のみなさんの為に。我々も、微力ながらお力になります故」
そんなやりとりをしている間に、ギルが帰ってきた。
手には何かの書類を持っている。それをハインに押し付けて、ルーシーにも指示を出す。あるものだけでも荷造りしろと、そんな内容だ。
「朝一で帰るんだろ?買い出ししてる時間はねぇんだろうから、必要なもんは書き出しとけ。後で届ける。
あと、サヤの準備も、こっちで適当に進めるぞ。
戻ったら、できる限り状況報告を送れ。準備があるからな。
それで、その辺の準備が終わったら、今日だけはここでのんびり過ごせ。帰ったら休む間もねぇんだから。……半日くらい自分を甘やかしたってバチあたらねぇよ」
「……うん、ありがとう、ギル。
サヤ、ハイン。一旦部屋に戻るよ」
応接室を出て、部屋に戻ると荷造りだ。
とはいえ、持ち込んだものは殆んど無い。荷物の準備はハインに任せて、俺はサヤに事情説明をする必要があった。
「サヤ、帰ったら、君にも沢山、働いてもらう必要が出てきた。慣れるまでゆっくりなんて、言ってられない状態になりそうだ。ごめん」
「構いません。それより、何のお話だったのか、教えてください」
「うん……そうだね……。まずは、セイバーン村の説明をしようか」
セイバーン。正確には、フェルドナレン王国セイバーン領。俺たちが住むセイバーン村は、領地と名を同じくするのでややこしい。
国の中心部よりやや南にある、ほどほど大きな領地。とはいえ、農耕が主な産業の、田舎だ。
首都の食料庫の一つ。水に恵まれた肥沃な土地で、小麦の生産を主に行っている。
この周辺が最も小麦の生産に適した土地で、なおかつ管理が大変な地域なのだ。
その為、あえて村なのに領主の館が移されたのだと思う。
元々は、もう少し東北にあるバンスに領主の館があった。今は……父上が療養している別邸だ。
ここ近年のセイバーン領の問題点は主に二つ。ここセイバーン村の、水害。
そして、南にあるイスコ湖の水位の減少。
どちらも水が絡むのだが、より問題が大きいのはセイバーン村の水害だ。
雨季になると、この川が度々 氾濫するのだ。
この川は北のアギー領から続く川で、村の北にある裏山を迂回する形で蛇行し、東に流れて行くのだが、その蛇行部分が問題で、南側……つまり畑や、農民の住む区画側にしょっちゅう決壊する。
大抵は麦の収穫の後なので、収穫量自体に問題は無いのだが、畑が泥や岩に埋まり、整備に膨大な時間と費用を費やすことになってしまう。当然、農民たちの住居も被害に合う。言葉通り、死活問題なのだ。
ずっと対策を練っているが、今のところ画期的な解決法は見出されていない。
俺が領主代行になってからは、まだ氾濫が起きていなかったのだが……。
「さっきのマルの話で、今年は警戒が必要だとなった。
もし氾濫が起こってしまえば、農民達の生活が大変なことになる。
……とはいえ、氾濫自体をどうこうすることは無理そうなんだよ……。
だから、帰ったらまず、麦の収穫を急ぐ。そして、農民達の雨季の仮住居を建てることになると思う。更に、氾濫後の畑の整備や農民達の生活支援……やることが山積みになると思って」
サヤに説明しつつも、農民達にどう話すか……それを考えると、気が滅入った。
皆、大変なことになると思う……。特にカミルのところは…………どうしようもないかもしれない……。とにかく、収穫だけは終わらせて、収入を失くすようなことは無いようにしないと……。
あとは、川と畑の整備で給金を出すようにして……食料の手配もしなきゃいけないよな……。ああもう、ほんと、農民達を別館に避難させることができるなら、家財も早く移動できるし、生活だって仮住居よりよっぽどマシなのに……。
「ハイン……やっぱり、別館に農民達を避難させないか。
仮住居を建ててる時間が惜しいよ。広場は家畜の避難小屋だけにして、川の補強を……」
「それは、労力に見合う成果をあげた試しがありませんよ。
あと、異母様達が農民を受け入れると思いますか?場合によりますが、数ヶ月以上をそこで過ごすことになるんです。仮住居を用意する方が、農民達が異母様の怒りに触れる機会も減るんですよ。あと、兄上様の魔手からも……」
「だけど!川の補強で氾濫が抑えられたら、それが一番じゃないか!」
「そうでしょうが、勝率が低いと言ってるんです!」
途中から、サヤへの説明すら後回しになってしまい、俺たちの言い争いがしばらく続いた。
だがどうにも収拾がつかない。つくわけがない。
農民達の生活を守るという目的は同じなのだが、優先すべきと考えていることが違うのだ。
「あの……今はとにかく、帰って収穫をするのですよね?
その後のことは、今保留にしませんか。ここで言い争っているよりも、村に戻って、状況を確認したり、情報を整理してからの方が良いと思います」
サヤの言葉に、項垂れる俺。その通りなのだが、気持ちばかりが焦ってしまうのだ。
「レイシール様……村のことを教えてください。この地域の今までのことを。
私はまだ、あの裏山と別館の中しか知りません。
明日からは、私も一緒に頑張りますから。お役に立てるよう、頑張りますから……」
サヤが俺の手を取り、握り締める。
俺を一生懸命励まそうとしてくれてるのだと思う。その気持ちが嬉しかった。
「ごめんハイン……お前の言うことも、正しいと分かってるんだ……」
「いちいち謝らなくて結構です。……こちらも言い過ぎましたので……」
普段なら、言い争ったままおしまいになって、しばらく口を利かないのだが、さすがにそれは大人気なくてサヤに見せられない……。ハインに謝ると、ハインも居心地悪げにそう言った。ちょっと笑ってしまう……うん。すこし、落ち着けた。
「そうだね……。帰ったら、サヤを村のみんなにも紹介する。
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