異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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バート商会 2

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 勢いづいたルーシーに押し切られる感じで馬車を出発させることとなった。
 苦虫を数匹噛み潰した様な顔のハインだが、騒ぎが大きくなるよりはと思ったのか、ルーシーを御者台に座らせ、自分もその横で手綱を持つ。

「私、運転を代わります!」
「結構です。これは私の役目なので」
「そうですか?    では、お願いします!」

 そんな会話が壁越しに聞こえる。俺は必死で笑いを噛み殺した。なんか面白いな……ハインが若干、やりにくそうだ。横のサヤは気落ちした風だったけど、俺は小声で話し掛ける。

「サヤ、ありがとう。ルーシーは領民だ。領民を守るのは、領主一族の義務。だから、サヤは正しく行動したよ。
 俺がマズかったんだ。本当は、馬車で待ってなきゃいけなかった……。サヤは悪くない」
「いえ……。もっとちゃんと説明しておけば……レイシール様が、私を追いかけたり、しなくて済んだんです……」
「そんな時間無かったろう?のんびりとやりとりしてたら、ルーシーが怪我をしていたかもしれない。だから、今回はこれで良かったんだ」

 サヤの顔を覗き込み、視線を合わせてからもう一度ありがとうと伝えると、サヤが何故か赤面した。そして、俯きながらもごもごと「お、お役に立てて……良かったです……」と応えた。手が、髪をひと束くるくると弄んでいる……照れてるのか?反応が可愛いなぁ。

「バート商会はすぐそこだよ。あの子が言ってた主人っていうのは、多分ギルバートのことだ。
 ほんと、助けられて良かったよ……。ギルは俺の親友だから、その身内なら、俺の身内と一緒だ。ギルとは十年以上付き合いがあるんだ」
「そうなのですか?幼馴染……なのでしょうか」
「学舎に入った時からの付き合い。一つ上の学年だったけどね。
 ギルは、王都の大店の息子なんだ。もう卒業していたし……本当なら、とっくに縁が切れてるんだけど……。
    あの一家は、本当に俺によくしてくれて……二年前、俺が退学した時に、俺との縁を終わりにしたくないって、この街に支店を作ってしまったんだ」
「ええっ⁉︎」
「はは、びっくりだろ?俺もびっくりした。田舎の男爵家……跡取りでもない俺との縁なんて、たかが知れてるのに……。
 王都の店は兄が継いでるから、どうせ暖簾分けしなきゃいけないんだって、言ってたけど……有り難かったよ」

 本当に、有り難かった。
 正直、ここに帰る時、俺はもう、何もかも無くしたのだと、思っていたのだ。
 もう少しで得られるはずだった卒業資格も取れず、母を亡くし……なら俺に何があるのかと考えると、何も無かった……。ハインも置いて行くつもりだった。こんな田舎で、俺の使用人をしていたのでは勿体無い。俺はどうせ、領地管理を手伝うだけで人生を終えるだろう。ハインはとても優秀だから、王都でいくらだって、雇ってもらえる。必要としてもらえる……。そう思った。なのに……。

 俺以外に仕える気は無い。要らぬと言うなら短剣で首を貫いてくれれば良い。本来なら、もう人生を終えておりますので。と……平然とそう言ったのだ。
    もしお手を煩わせるのでしたら、自分で処理致しますからと、腰の剣を引き抜くものだから、慌てて止めた。 そこまでされなかったら、きっと黙って、置いて行っていた……。

 そしてセイバーンに帰り、ハインと二人で奮闘していたら、急にギルが訪ねてきた。
 メバックに支店を出すことにしたからと、アギー公爵家の推薦付き書類を提出してきたのだ。そんな大貴族の推薦付き書類を押し返すなんてできない……。それですんなり、支店はできてしまった。
 俺が学舎を辞めてたった一月程度、電撃的な速さだ。一体どんな手段を使ったのか見当もつかない。だが、ギル一人の突っ走りではなく、家族ぐるみなのだと思う。大店のコネを最大限利用するほどの価値が、セイバーンにあるわけもなく、当然俺にも無いのに……。

「レイシール様は……とても、好かれてるんですね」

 サヤの言葉で、過去に飛んでいた意識が戻ってきた。
 はは……と、笑って誤魔化して「こんな田舎に来なくても良いのにな」と茶化しておく。するとサヤは首を振って「きっと、レイシール様の側じゃなきゃ意味がないんですよ」と言った。

「なんとなく分かります……。側にいたいなって、思ったんですね……きっと」

 そう言うサヤの顔が、何かとてもその……美しくて、つい視線を逸らしてしまった。
 何、今の顔……そんな柔らかい表情、初めて見た。まるでアミ神の立像みたいだ。
 過去に引っ張られて、若干苦しくなっていた胸の痛みが、さっと引いてしまった気すらする。
 その代わりに心臓が早鐘を打っていたけど……。

「あ、到着したみたいですね?」

 思いもよらない攻撃に胸を押さえていたら、サヤがそう言って、窓の外を覗き込んだ。
 よかった……。このままサヤとこの空間にいるのは正直どうしようかと思ってたんだ。
 俺側の扉が開いて、ハインが顔を覗かせたので、俺は外に出た。
 三ヶ月ほど前にも来た、支店の裏手……。裏庭に馬車は停まっていた。
 視線を巡らせると、何やら騒がしい……。連絡なしで来たから慌ててるのか?  いや、ルーシーが原因だな。何やら怒られているし……。

「うわぁ……大きなお屋敷……」

 俺の後から降りてきたサヤが、感嘆の声をあげる。だから「服飾の店だよ。貴族とか相手にするから、作りも立派なんだ」と補足しておいた。
 ほんと、田舎にこんな立派な店、どうやってやっていくんだと思ってたのに…問題なく繁盛してる。ギルは優秀だ。

 そんな風なやり取りを小声でしていたら、見知った初老の男がこちらにやって来る。長年ギルの執事をしている男だ。ああ、ギルも来た……あ!

「サヤ、ギルだけど、ちょっと暑苦しい奴だから、俺かハインの後ろにいるんだよ。あああもう来た、後で紹介するから。
 ギル、急に来てすまない。さっきそこで……ぐああぁ!」

 抱き竦められた。

 俺より頭一つ分近く背が高いギルは、当然体格も大きい。そして力も強い。
 ハインと同じ二十一歳で、若干波打つ金髪に、青玉のような瞳の持ち主だ。白磁の肌に甘い顔。どこの王子様かと言いたくなるような美形。そして暑苦しい。
 ぎゅうぎゅう締め上げて来る腕をバンバン叩いて抗議すると、ハインが助けに入ってくれた。力任せにギルを引っぺがす。

「抱きつかないでください」
「お前はー!    毎回毎回、俺とレイの再会に水を差すな!」
「レイシール様を呼び捨てにしないでください」
「俺は親友だぞ!    レイが良いと言っているのにお前が差出口を挟むな!」
「男に抱きすくめられる主人の心労を取り除くのも私の仕事の一環です。
 それよりも使用人の躾はどうなっているのですか。不本意にも妙なものを拾ってしまいましたよ」
「妙なものとはなんだ!    ルーシーは若干問題を有するが俺の姪だぞ!」
「最悪です。……やかましいのが増えてしまった……」

 やっとギルの抱擁から解放されたと思ったら、ハインとギルの口論が勃発した……あああ、これも説明し忘れていた……。
 ギャンギャン言い争う二人の間に挟まれる形で溜息をつく。
 一緒に来ていた執事は満面の笑顔で微笑ましく見守っているが、サヤは真っ青だ。まさか急に喧嘩が始まるとは思ってもいなかったよな……。
 いつもなら疲れるまでやらせておくのだが、今日はサヤがいる。すでに泣きそうだからこれは辞めさせた方がいい。そう思ったので、口を挟むことにする。

「あ~……ギル?ちょっと、待ってくれないか。
 先ほど、私の護衛が君の店の子を助けたんだ。広場の路地で手荷物を奪われかけていたみたいなんだが……あれは君の指示だったのか?」
「そんなわけあるか!
 こんな時間に女一人で外に出すわけないだろうが!」
「そうだろうね。だけど、もうちょっと遅かったら怪我をしていたかもしれない。
 だからハインは怒ってるんだ。言い方悪かったけど……」
「なに……じゃあやはりこいつが助けたのか……」
「いや、助けたのはハインじゃないよ。サヤだ。
 サヤは、新しく雇っ………ちょっと待て!」

 ガシッと腰に手を回して引き止めた。全力だ。
 そしてハインもサヤの前で臨戦態勢を取った。ギルがサヤを抱きすくめかねない感じだったのだ。

「話を最後まで聞け!    サヤはお前の暑苦しい挨拶禁止だ!」
「何故だ!    あの美しいご婦人はレイの恋人ではないのだろう?    なら俺が礼を尽くしてなにが悪い!」
「全部悪いよ!    サヤは男に触れられるのが嫌なんだ!    説明するからまず聞け!
 ハイン、サヤを避難させろ!    サヤも逃げれるなら逃げていいよ!」
「は、はい!」

 俺が声をかけるとサヤは一瞬でその場から消えた。
 呆気にとられる速さだった。なに?どこに行った?
 流石にギルも停止した。目標を見失ったのだから動きようもない。

「あれ?ほんとどこに行った?」
「レイ、説明しろ、先ほどのご婦人は誰だ⁈    どこにやった⁈
 絹糸のような黒髪……美しい……あんな色合いの方を初めて見た……女神のような美しさだ……是非お近づきになりたいのだが⁉︎」
「だから~……サヤはそれがダメなんだ!
 男性に触れられたくないんだ。触らないって約束しないと帰って来いとは言わないよ!」
「なっ、なんだと!」
「触らない、手の甲に口付けもダメだ。間合いに入らないこと!約束は⁉︎」
「………………くっ……解った」

 よし。

「サヤ、もう良いみたいだから……出ておいで?」

 とりあえず言質は取ったので、小声で呼びかけてみた。
 サヤなら充分聞こえるはずだ。と、思ったら、思いの外、側にいた。なんと乗って来た馬車の上だ。物音一つ立てずにそんな場所に登ってたのか……。
 俺の横にさっと降りて来て、後ろに隠れた。服の上着がツンと引っ張られる。
 あれ……俺の背中を触ってる……震えてるけど……大丈夫なのか?

「つ、鶴来野小夜と、申します……。レイシール様の、護衛になりました……よ、よろしく、お願い…しま……ッ」
「……レイシール様……ギルの視線が凶器の様ですよ」

 つっかえつっかえで必死に自己紹介をするサヤに、ハインが横から助け舟を出す。
 あああぁぁ……視線を止めてなかったな……。
 顔に手をやって溜息をつく。そして、ギルを手招きして、小声で伝えた。

「ギル……サヤは、男に無体をされかけた事がある。
 だから、触れられたり、女を見る目で見られるのが苦痛だ。恋愛対象として見ないでやってくれ。難しいと思うけど……」

 とりあえず真剣にお願いしてみた。
 サヤは美しいと思う。俺でもそう思うのだから。
 けど、それができないなら、もうサヤは連れてこれない。彼女には文字通り凶器だ。

「仕事の目をしておいて下さい」

 横からハインも口を挟んだ。こちらも真剣な顔だ。それで、俺たちがおふざけで言っているのではないと解ってもらえた様だ。ギルが眉間を指で揉み解すようなそぶりをして「解った」と言った。

「うちのルーシーを、助けていただいて感謝する。
 しかし……サヤ殿はご婦人だろう……助けたとは、どういうことだ?」
「サヤは勇者だよ。こう見えて武術の達人。馬車で通った時、悲鳴を聞いたんだ。
 俺やハインは気付けなかった。サヤじゃなかったら……助けられなかった」
「武術⁈女性なのにか?」
「そうだよ。今の動きだって見たろ?ハインも瞬殺するくらい達人だよ。ちょっとわけあって、雇うことになった。
 それで、ギルにお願いがあって来たんだ」

 そう説明する俺の背中に、サヤの温もりが触れている。震えが、少しずつ治っている……。ギルの視線が怖くなくなったってことかな……?よくよく考えたら、サヤは視線の意味すら察知してるってことだよな。

「ルーシーの恩人ならバート商会の恩人だ。俺のできることならなんなりと。
 では、恩人と客人を我が家に招待したいのだが……良いだろうか?」
「ああ、ありがとう。サヤ……大丈夫か?」
「は、はい……」

 返事はあったが、背中の手は離れない。うーん……背中……以外でも良いのかな?
 試しに、左手をサヤの方に差し出すと、ぎゅっと握られた。まだ若干震えてるな……。
 振り返って顔を覗き込む。少し強張っている……本当に大丈夫?と、視線で問うてみると、 口角を上げた。そして俺の手をそっと離す。耐えられるってことかな?    まだよく分からない……。でも、サヤが頑張ろうとしているなら、過保護すぎるのもよくないよな……。

「ハイン、調子悪そうだったら、教えてくれ」
「畏まりました」

 先を歩くギルについて行かなければならないので、ハインにそう声を掛けてから、俺はギルに続いた。俺が動かなければ、誰も動けない。
 そして、屋敷に入ろうとした時、「嘘⁉︎    女の人⁉︎」という、ルーシーの声が聞こえた。
 振り返ってみると、驚愕した顔のルーシーが仁王立ちでサヤを見ている……。あー……薄闇の中で男物の服着てたら、勘違いするのもまあ……頷けるかな。

「女性が騙せるなら、サヤの男装は上手くいきそうですね」

 ハインのそんな言葉に、俺は苦笑するしかなかった。
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