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3、不安
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その時から、僕のエリーを見る目は変わった。
僕は嘘をつくのがうまいし、隠し事も上手なんだ。拍車をかけて感情が表に出なくなったきっかけは、今の仕事のせいだと思う。
子供に暴力を振るう狂った親を相手に戦うことがある。
傷つけられ虐げられてきた弱者の子供でも、思いのほか強かでずる賢い者もいる。彼らと対面する時ははったりをかけたり、時には「嘘も方便」を利用する。こうして僕は鍛えられてきた。
だから、僕はエリーに変化を悟られなかったと思う。エリーが何者なのか。どういうつもりで恋人のふりをしているのか。それは皆目、検討がつかない。だから、それを確かめるためにも、僕がエリーを疑っているなんて、これっぽっちも漂わせてはだめだと思った。
その日、エリーは「ここに泊まるのか」と聞いてきた。僕も最初は泊まろうかと思ったけど、やめたんだ。エリーの目的が分からなかったから不安だった。不自然ではない程度に、「ここにいるのは辛いから」といってホテルに泊まった。
さりげなく弟の寝室にあったノートパソコンはホテルに持ってきたよ。パスワードが設定されていたが、姉のおかげでなんなく解除できた。
パソコンの中は、仕事の書面だった。小難しい法律用語で書かれたそれは、見ているだけで頭が痛くなる代物だ。
それでも、一つひとつ見て、もう一度見た時に、僕はあることに気付いた。書面の日付は、最新の日付で10月だった。弟が亡くなったのは12月24日。でも、パソコン内の書面の日付は、最新で10月12日。
弟は2ヶ月以上、仕事をしていなかったのか?
もしくは…10月12日以降の書面データが抜き取られているとか。
僕は、椅子にすわったまま背伸びした。ずっと書類を読んでいて肩が凝る。ライティングデスクの前の大きな鏡をみる。
そこに映っているのは、当然、僕自身。
僕は、僕に話しかける。
パソコンの中も、部屋と同様に掃除されていたのか?
そう、まさに掃除だ。弟の部屋はきちんと片付けられていた。それをエリーは、自分で片づけたといった。であるならば、パソコン内も彼が片付けたのだろうか。10月12日以降の書面がないということは、弟は仕事関係でトラブルに巻き込まれていたのか?
ちょっと待って。僕は、さらに気づいてしまった。
そうしたら、「弟の死」だって、ある意味、片づけられたということ?
僕は、いつの間にか立ち上がっていた。そして、完全に冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
翌日は、弟が勤めていた弁護士事務所にいった。そこでも皆、弟の死を悲しんでくれた。
僕は、さりげなく弟の同僚に、弟の関わっていた案件を聞いた。
弟が最後に抱えていたのは、アメリカで一番大きなAという製薬会社の工場建設に伴う案件だった。守秘義務があるということで詳しくは話してくれなかったが、工場建設をめぐって、その製薬会社と周辺住民との間でトラブルが起きていたらしい。
日本でも空港を建設する時、反対運動が起きたことがあったそうだ。それと同じだと思った。
A社は、巨大企業だ。弟は住民側の弁護を引き受け、そのA社側の誰かに殺されたとか?エリーもA社側の人間で、弟の命を狙って、あるいは弟の情報を入手し、裁判で有利に持ち込むために送り込まれたのか?
飛躍しすぎかな。でも、あながち妄想だと思えなかった。
さらに次の日は、オーナーに挨拶し、部屋から荷物を引き上げることを告げた。オーナーは、弟の顧客でもあったらしい。60代後半のとても落ち着いた女性だった。
このアパートに空き巣が入ったことがあり、その事件で弟には世話になったといっていた。
そして、その時の写真を見せてくれた。1階から5階までの各部屋で、それぞれドアをピッキングされて被害が出たという。
写真には、空けたままのクローゼットの扉や、乱雑に荒らされたリビング、タンスの引き出しは、上から順に引っ張り出されたようで、上段が重そうにしなっており、下にいくほど引き出されてはいない状態が写っていた。
その中に、弟の部屋の写真もあった。
僕は、それは見る。そして、被害にあった別の人の部屋の写真を、もう一度みる。さらにもう一度。
また、気づいてしまった。
弟の部屋のタンスの引出しは、下から引っ張り出してあった。上からではなく。その証拠に一番上の引出しは、そのままだった。
しかし、他の人の部屋のタンスはどうだ。明らかに上から順に開けられてた。
僕は、昨年、空き巣常習犯だった少年を担当したことがあった。彼は、空き巣に入ったら、どうすれば効率よく盗めるか、などということを、僕に喜々として語った。
―タンスは下から引き出すんだ。これは空き巣の常識だよ。上から開けたら、その開けたタンスを閉めないと下段のタンスの中身は確認できないだろ。つまり引出して、閉じてを繰り返すことになる。そんなの面倒だろう。だけど下から引き出したら、戻す必要はない。
こっちのが効率的だ。早く盗める―。
弟の部屋のタンスは、下から引き出していたが、他の人の部屋のタンスは、上から引き出してあった。
つまり、弟の部屋に入った犯罪者はプロで、他の部屋に入った犯罪者は素人ということ?それとも、他の部屋の空き巣は、単なるカモフラージュなのか?
エリーは、この事件にも絶対に関わっていると思った。
僕は嘘をつくのがうまいし、隠し事も上手なんだ。拍車をかけて感情が表に出なくなったきっかけは、今の仕事のせいだと思う。
子供に暴力を振るう狂った親を相手に戦うことがある。
傷つけられ虐げられてきた弱者の子供でも、思いのほか強かでずる賢い者もいる。彼らと対面する時ははったりをかけたり、時には「嘘も方便」を利用する。こうして僕は鍛えられてきた。
だから、僕はエリーに変化を悟られなかったと思う。エリーが何者なのか。どういうつもりで恋人のふりをしているのか。それは皆目、検討がつかない。だから、それを確かめるためにも、僕がエリーを疑っているなんて、これっぽっちも漂わせてはだめだと思った。
その日、エリーは「ここに泊まるのか」と聞いてきた。僕も最初は泊まろうかと思ったけど、やめたんだ。エリーの目的が分からなかったから不安だった。不自然ではない程度に、「ここにいるのは辛いから」といってホテルに泊まった。
さりげなく弟の寝室にあったノートパソコンはホテルに持ってきたよ。パスワードが設定されていたが、姉のおかげでなんなく解除できた。
パソコンの中は、仕事の書面だった。小難しい法律用語で書かれたそれは、見ているだけで頭が痛くなる代物だ。
それでも、一つひとつ見て、もう一度見た時に、僕はあることに気付いた。書面の日付は、最新の日付で10月だった。弟が亡くなったのは12月24日。でも、パソコン内の書面の日付は、最新で10月12日。
弟は2ヶ月以上、仕事をしていなかったのか?
もしくは…10月12日以降の書面データが抜き取られているとか。
僕は、椅子にすわったまま背伸びした。ずっと書類を読んでいて肩が凝る。ライティングデスクの前の大きな鏡をみる。
そこに映っているのは、当然、僕自身。
僕は、僕に話しかける。
パソコンの中も、部屋と同様に掃除されていたのか?
そう、まさに掃除だ。弟の部屋はきちんと片付けられていた。それをエリーは、自分で片づけたといった。であるならば、パソコン内も彼が片付けたのだろうか。10月12日以降の書面がないということは、弟は仕事関係でトラブルに巻き込まれていたのか?
ちょっと待って。僕は、さらに気づいてしまった。
そうしたら、「弟の死」だって、ある意味、片づけられたということ?
僕は、いつの間にか立ち上がっていた。そして、完全に冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
翌日は、弟が勤めていた弁護士事務所にいった。そこでも皆、弟の死を悲しんでくれた。
僕は、さりげなく弟の同僚に、弟の関わっていた案件を聞いた。
弟が最後に抱えていたのは、アメリカで一番大きなAという製薬会社の工場建設に伴う案件だった。守秘義務があるということで詳しくは話してくれなかったが、工場建設をめぐって、その製薬会社と周辺住民との間でトラブルが起きていたらしい。
日本でも空港を建設する時、反対運動が起きたことがあったそうだ。それと同じだと思った。
A社は、巨大企業だ。弟は住民側の弁護を引き受け、そのA社側の誰かに殺されたとか?エリーもA社側の人間で、弟の命を狙って、あるいは弟の情報を入手し、裁判で有利に持ち込むために送り込まれたのか?
飛躍しすぎかな。でも、あながち妄想だと思えなかった。
さらに次の日は、オーナーに挨拶し、部屋から荷物を引き上げることを告げた。オーナーは、弟の顧客でもあったらしい。60代後半のとても落ち着いた女性だった。
このアパートに空き巣が入ったことがあり、その事件で弟には世話になったといっていた。
そして、その時の写真を見せてくれた。1階から5階までの各部屋で、それぞれドアをピッキングされて被害が出たという。
写真には、空けたままのクローゼットの扉や、乱雑に荒らされたリビング、タンスの引き出しは、上から順に引っ張り出されたようで、上段が重そうにしなっており、下にいくほど引き出されてはいない状態が写っていた。
その中に、弟の部屋の写真もあった。
僕は、それは見る。そして、被害にあった別の人の部屋の写真を、もう一度みる。さらにもう一度。
また、気づいてしまった。
弟の部屋のタンスの引出しは、下から引っ張り出してあった。上からではなく。その証拠に一番上の引出しは、そのままだった。
しかし、他の人の部屋のタンスはどうだ。明らかに上から順に開けられてた。
僕は、昨年、空き巣常習犯だった少年を担当したことがあった。彼は、空き巣に入ったら、どうすれば効率よく盗めるか、などということを、僕に喜々として語った。
―タンスは下から引き出すんだ。これは空き巣の常識だよ。上から開けたら、その開けたタンスを閉めないと下段のタンスの中身は確認できないだろ。つまり引出して、閉じてを繰り返すことになる。そんなの面倒だろう。だけど下から引き出したら、戻す必要はない。
こっちのが効率的だ。早く盗める―。
弟の部屋のタンスは、下から引き出していたが、他の人の部屋のタンスは、上から引き出してあった。
つまり、弟の部屋に入った犯罪者はプロで、他の部屋に入った犯罪者は素人ということ?それとも、他の部屋の空き巣は、単なるカモフラージュなのか?
エリーは、この事件にも絶対に関わっていると思った。
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