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11.ガーデンパーティー 子供たちの反乱編
しおりを挟むガーデンパーティーが始まると、俺はオリバー様に「息子よ」と言われて抱きしめられ、ジョシュア様には「やっと呼べるね」と言ってオリバー様と一緒に抱きしめられ、ガブリエル様とウェスティン様から「あ、兄上って呼んでごらん」と興奮気味に迫られ、冷静なアナベル様が「姉上よ、これからは姉上と呼ばれない限り、返事しないから!」となぜか啖呵を切られ、エリオット様に「分かっていると思うけど、僕はエリー兄上だからね」と諭された。
俺はずっと泣き笑いだ。
天使はずっと俺と手をつなぎ、誰かに俺が抱きしめられるたびに、威嚇し脅迫し、しまいには癇癪を起した。こんなに目まぐるしく表情の変わる天使を初めて見る俺。
ジョシュア様は小声で「これが年相応のリチャードなんだよ」と教えてくれた。いくら天才でも、その年に見合った感情があるんだな。
大公爵家からの祝福が終わると、次は貴族の皆様への御挨拶だ。貴族年鑑で覚えたとはいえ、頭がついていかない。貴族家は公爵家から声をかけていく。最初にオリバー様が声をかけ、次にジョシュア様、そして子供たちという順番だ。
ここから腕の立つ護衛及び武芸を得意とする侍従侍女が大公爵家を囲んだ。彼らは笑顔だが、目が笑ってない。マジでプロ。死霊集団ジェードにだってここまで目の奥が冷えた人はいなかった!絶対に敵に回しちゃいけない人たちだ。
現国王の御実家、アルベルト公爵家のターゲットはエリオット様で、エリオット様と同年のアルファの令息ガナッシュ様との婚約を目論んでいる。アルベルト公爵夫妻は温厚そうで、ガナッシュ様はとても華やかな美少年。しっかり前を向いた大貴族家の令息という雰囲気。
「デービット、マーガレット、よく来てくれた」
オリバー様の様子からアルベルト公爵夫妻とは仲が良いというのが分かった。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ごきげんよう、ガナッシュ」
「閣下、ごきげん麗しく恐悦至極でございます」
とても7歳とは思えない答え方。
対してエリオット様は「ごきげんよう、ガナッシュ様」といたって普通。ガナッシュ様は「エリオット様もごきげん麗しく」と、そつなく返答。
「エリオット様はジョシュア様と同様、ガーデニングがお好きとか。ガナッシュもそうなのですよ。お二人で話が合いそうですね」
ここで公爵夫人マーガレット様がガナッシュ様を推す。
「そうなのですか?僕はガーデニングの中のキッチンガーデンが特に好きです」
「偶然ですね、僕もです」
ガナッシュ様ご自身も猛アピール。
「…ではウリキの苗はいつ頃に植えるのがベストだとお考えですか?」
「は?」
「ですからウリキの苗の植える時期は、いつがベストでしょうか?」
「あ、いえ、あの…」
ここでガナッシュ様はあえなく撃沈。エリオット様はにっこりして「僕は、本当にキッチンガーデンが好きなのです。では失礼」と、ガナッシュ様との会話を終えた。
「国王陛下の身内、そしてあの美貌、それだけで僕と婚約できるとの思い込みの激しさ。きちんとリサーチをしない杜撰な性格。そういうの、大嫌い」
エリオット様の呟きは意外に辛辣。エリオット様はジョシュア様そっくりの可愛らしい顔立ちだけど、実は中身もジョシュア様だった!
エリオット様の後に天使がガナッシュ様に声をかけたが、もはや真っ白になっていた。
次はイエナガン公爵夫妻、そして御嫡男夫妻に公爵の孫のアルジャーノン様。このアルジャーノン様は10歳でまだ婚約者がおらず、エリオット様狙いのアルファだ。イエナガン公爵は、なんかこう脂ぎっていて、俺はジュンガル国の小さな村の祭りで見かけた金貸しを思い出してしまった。
「ごきげんよう、イエナガン公爵、御夫人」
オリバー様は名前で呼ばなかった。つまり社交辞令しか対応したことがないんだ。
「閣下、ごきげん麗しく。本日はお招きありがとうございます。こちらは孫のアルジャーノンです」
公爵は嫡男夫妻をすっとばして、いきなり孫を紹介。すごい食いつきだ。
「アルジャーノンは10歳ですが、勉学に励み、剣術にも優れております。エリオット様の隣に立つに相応しい貴公子です」
自分の孫を自分で貴公子とかいっちゃうか?エリオット様は笑顔で「貴公子ならうちでたくさん見ておりますので十分です。勉学や剣術以外で、得意なものはありますか?」と、絶品貴公子の兄上たちを頭に置いた上でアルジャーノン様に質問した。
「あ、え、そうですね」
「アルジャーノン様ご本人から伺いたいです」
エリオット様のツッコミにタジタジのイエナガン公爵。アルジャーノン様は「え、あ、ぼ、いえ私は、ど、読書と…」
「読書と?」
見かねたイエナガン公爵が「これ、しっかりしろ!」と叱ると、エリオット様は眉間に皺を寄せ「いま、彼が話そうとしています」といい、ジョシュア様は「ゆっくりでいいよ」とアルジャーノン様に優しく話しかけた。
しかしアルジャーノン様は俯いてしまった。
「これは大変失礼を!アルジャーノン!」
イエナガン公爵の声にビクっと体を震わせたアルジャーノン様。あ、彼の気持ちが分かってしまう。怖いよね…。
「イエナガン公爵。それでは彼が余計に話せなくなってしまう」
オリバー様も助け船を出した。
「…アルジャーノン様、あとで話しましょう」
そうエリオット様が声を掛けると、小さく頷くアルジャーノン様。それを見てイエナガン公爵は舌打ちをした。
アルジャーノン様のご両親である御嫡男夫妻が大人しそうなので、公爵は家では王様なんだろう。彼が気の毒になった。
次は侯爵家だ。
天使の婚約者候補に最後まで残ったアイダ様のご両親、モンゴメリー侯爵夫妻は清々しい表情をされていた。
「よく来てくれたね、ハーバート、エリザベート!」
「閣下、本日はお招きいただいてありがとうございます。もっともうちのアイダは既に意気消しているが…」
侯爵が苦笑い。
ジョシュア様がすかさずアイダ様に「リチャードの婚約を祝ってくれるかな。こればかりは本人の希望が強くてね」とフォローした。
「ジョシュア様、お気になさらずに」と侯爵夫人エリザベート様も苦笑いする傍ら、アイダ様が驚いたような顔でジョシュア様に「大公爵家では政略結婚をされておられますよね?でも、もし本人が嫌だといえば結婚しなくて済むのですか?」と、すごい質問をした。
これにはオリバー様とジョシュア様は、一瞬は固まったもののジョシュア様が「貴族家に生を受け、政略結婚を受け入れないという選択肢は、おそらくほとんどないだろう。だがうちでは本人の意向を十分考慮するよ」と答えた。
この返答にアイダ様は驚愕の表情。アイダ様のお隣にいたアルジャーノン様まで目を見開いている。
「そうなのですね…」と答えたアイダ様は、意を決したように続けて「リチャード様、私とはご婚約の縁がありませんでしたが、学院ではお会いできると思いますので、楽しみにしております」と、やや顔を赤くしていった。
きっとアイダ様の天使に対する好意は本物なんだろう。ジョシュア様の「本人の意向」という言葉に励まされ、思い切って言われたのだと思った。
そのアイダ様の様子を見て、俺は不思議と心がザワザワしなかった。真正面からの年相応の告白に、ちょっとホワンとしたのだ。
「僕は学院には行きましぇん!うちの優秀な家庭教師から学ぶだけ学び、早く一人前のクレイトン公爵になりたいからでしゅ!」
天使は空気を読まずに断言。アイダ様は固まって、オリバー様とジョシュア様は笑顔だ。
「本人は今はこういっているけど、もし気持ちが変わって学院に通ったら、その時は宜しくね」とジョシュア様。
さすがです!天使とアイダ様、両方の気持ちを汲んだ発言。
「…ははうえ、僕はいかない、ムグっ」
天使の口を途中で塞ぐジョシュア様。「はい、はい」と言って次のテスターニャ侯爵へ。
いよいよテスターニャ侯爵だ。エリオット様と天使の婚約者とすべく外に愛人を作り、その子たちを「ハニートラップ要員」と呼んだ毒親貴族。
ここまで大人しくしていたアナベル様は既に扇を広げ臨戦態勢。そのアナベル様の様子から周りの警護たちも戦闘態勢!
「テスターニャ侯爵、侯爵夫人、よく来てくれた」
オリバー様の声も少し低いし、顔の表情筋の動きもにぶい。
「こちらこそ!本日はご招待いただき、恐悦至極でございます!」
侯爵の声は大き過ぎで、しかも手振りまで大きかった。
天使の婚約者候補だった2歳のガリオン様を見た。さっきは檀上からだったけど、こうして同じ立ち位置になると、まだ小さい。
その時、俺は気づいた。気づいてしまった…。ガリオン様の頬が片方だけ異様に赤い。あの赤、あれは叩かれたからだ。
胸がどきどきした。
叩かれる。痛い、痛い。やめて痛い!
俺はそこにうずくまりそうになる。天使が「マヌ?」と心配そう。エリオット様まで「マヌーシュ?」と声を掛けてくれた。
俺はエリオット様にガリオン様のことを耳打ち。エリオット様は驚き、その後、見たこともない怒りの表情へ。すかさずエリオット様からウェスティン様と殿下へ、そしてウェスティン様からアナベル様とガブリエル様へと、一糸乱れぬ伝達訓練!
ガブリエル様は後ろに控えたダリアとメリッサに耳打ち。彼女たちが競走馬のように足を少しあげ、いつでも飛び出せる構えを見える。ここまでが瞬時の出来事。
「ごきげんよう、ガリオン様」
アナベル様が膝を曲げ、ガリオン様へ挨拶。ガリオン様は緊張した様子だったが、アナベル様の笑顔にぎこちなく「ごきげんよう」と言った。
「私の弟、エリオットを紹介するわ」
エリオット様が「ごきげんよう、ガリオン様」といい、その手を握った。「とても美味しい食事があるよ。一緒に食べよう」といいながら、驚くガリオン様に構うことなく、その場を離れた。
ウェスティン様が「ごきげんよう」といって、ガリオン様と同じく愛人の子である6歳のアルファ、ディクソン様に挨拶すると「一緒に食事をしましょう」といい、「え?」と驚くディクソン様と一緒に殿下を連れて移動。
テスターニャ侯爵は「は?あ、まあ皆様に仲良くして頂いて」としどろもどろ。
「侯爵、ただ食事にいったわけではない。ガリオンの頬を冷やさなければならない」
オリバー様の声が怖い。
「あれほど赤くなるまで叩くとは」
ジョシュア様の表情が固い。
「え、いや、少し、アレが騒いだので、そう、躾けですよ、閣下。躾け!」
「嘘だ!」
俺は叫んでいた。
「ガリオン様はずっと大人しかった。むしろ大人し過ぎるくらいだった!2歳なのに、まだ2歳なのに、侍従もいないところでずっと大人しくされていた!」
「マヌーシュ!」
アナベル様が俺を抱きしめる。
「ハニートラップ要員、そう呼んでおられるそうね、御子息のこと!」
アナベル様の声が響き渡る。
静まる会場。
「子はご自分の奴隷だと考えておられるのかしら?」とアナベル様。
「少なくとも人としては見ていないようだ」とガブリエル様。
見れば会場の檀上に控えている王族方も目を顰めていた。
「そ、それは、当たり前だ!役に立つのは当たり前!私のいう通りに動くは当たり前だ!」
「ふざけるな!僕たちにだって心がある!」
驚いた!アルベルト公爵家のガナッシュ様だ。
「子供は奴隷じゃないぞ!」
イエナガン公爵家のアルジャーノン様だ。
「2歳で大人しい?そんな2歳はいないよ!」
モンゴメリー侯爵家のアイダ様。
「いつも家で叩いていたんだろう?」
バーデット伯爵家のミッチェル様。
「子供は奴隷じゃない!」
ああ、もう誰だか分からない。
「子供は奴隷じゃない!」の声がどんどん大きくなる。
異様な雰囲気の中で「子供は奴隷だ!」と叫んだテスターニャ侯爵は、その瞬間、ダリアに股間攻撃を受けてうずくまった。
唸る侯爵に「痛いだろうな。それが暴力というものだ」といったのは国王陛下だった。
「この、この仕打ち」
テスターニャ侯爵はよろよろと起き上がると、青ざめた侯爵夫人に近づき、その開いた胸元に手を入れた。
誰かが「キャー」と悲鳴を上げた。侯爵が手に持っていたのは白い粉の入った小瓶。それを侯爵は「ふざけるな!」と叫びながら空中にばら撒いた。
オリバー様がジョシュア様を抱き込みながら「ヒート促進剤だ!」と叫んだのと同時に、警護の者たちが侯爵に飛び掛かった。犬も飛び掛かった!
そして俺は思いっきり吸い込んでしまい、そのまま倒れた。
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