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10.ガーデンパーティー 祝福の最中に沸き上がる何か編
しおりを挟む「我が人生で、これほどヤキモキしたことはございませんでした」
レイモンドさんだ。目が真っ赤にだ。「人生」とか、そこまで!?
「私もです。それもこれもマヌーシュ様の天然ぶりのお陰ですね。やはり色恋というのは、勘違いがいいスパイスになるという見本のようでございましたね」
料理長だ。なんで料理長まで?いま、厨房は戦地でしょ?
「僭越ながら、私めからマヌーシュ様に進言しようかと、そこまで思いつめたこともありました」
スタリ―先生!いや、今はスタリ―伯爵と呼んだ方がいいんだろう。伯爵、あなたは招待客でしょ?なぜ、ここに!?
「オムツ改良計画。あの時点から、私は今日のこの日を願いながら日々を過ごしておりました」
「私もです!」
シャルメーヌ商会のヤッケさんとヌンバさんまで!お願い泣かないで!
「すでに閣下と夫人には伝令を出しました。お二方の喜びようを想像すると、それだけで我々も幸せでございます」
ルークさんまで!くそ忙しいのに、ここにいていいんですか?
「というわけで、リチャード様、マヌーシュ様、ご婚約、おめでとうございます!」
レイモンドさんが改めていうと、その場の全員が「おめでとうございます!」と祝ってくれた。
俺は薔薇の花束を抱え、右手で天使と手をつなぎ、みんなから祝福を受ける。恥ずかしくて薔薇に埋もれたい。
「皆の者、ありがちょ」
天使はちゃっかりしっかり御礼をいう。
「あ、ありがとうございます」
俺もいった。
「ちょっと疲れたでしゅ!」
「そうしましたら、先王と王太后様のご到着を待ってからパーティーを開始する予定ですので、それまでお部屋でお休みください。そして!さあ我々も、各自の持ち場に戻りましょう。これほどの慶事があったのです!それを打ち消すようなトラブルがあってはなりません!」
レイモンドさんの号令に、全従業員が「はっ!」と最敬礼して持ち場に戻った。
「スタリ―伯爵、ヤッケ様、ヌンバ様には控室をご用意しております。ご案内いたしますので、どうぞ!」
「ありがとう、レイモンド。ではリチャード様、マヌーシュ様、またパーティー会場でお会いしましょう」
みんなと別れた俺たちは天使の私室へいき、ソファにぐったり!天使は俺の横に座って腹に抱き着いてる。
「それにしても、この口は使えないでしゅ!肝心な時に疲れて回らにゃいとは!」
「でも、気持ちは伝わったよ」
俺は天使の背中に手をあてた。
あったかくて大事な体。俺を思ってくれる大事な人…。え、俺、何を思ってるの?
急に恥ずかしくなる。
「うふふふ。マヌーシュのそういうところがいいでしゅ。自分の感情にアワアワするところ。僕は小賢しいから思いがけない感情とか、ほとんどないでしゅ」
「は、へ?」
「ほんとでしゅよ。0歳の頃からの記憶があるもんね。周囲で聞こえる声をずっと聞いてて、言葉を覚えていたでしゅ」
俺は驚きすぎて、何も言えなかった。
自分はどうだったんだろう。もっと小さい頃の記憶は…。
俺はヤルガント修道院で育ち、そこはジェードという死霊者と呼ばれる暗殺者の隠れ蓑だった。でも院長も副院長もいい人ではあった。
6歳の頃に副院長からナイフ使いを学んだ。
それより前は何をしていた?あ、5歳で文字を習い始めたんだっけ。そうだ、文字だ。文字を習った。誰に習ったんだっけ?院長、いや違う。副院長でもない。習わないと文字は覚えられないよな。
でもあそこで他に俺に教えてくれた人なんていたか?
「痛い…。いたたたた」
「マヌ!どうしたでしゅか?」
「いや、ちょっと昔のことを思いだそうとして…。そしたら、なんか急に頭が痛くなってきて…」
天使が椅子から降りて、「誰か!」と声を上げた。
「あ、だめ!大丈夫だから!お願い、大丈夫!」
天使の目が心配そうに俺を見る。
「ほんちょに?ほんちょに大丈夫?」
俺はソファの背にもたれ、ふーっと息を吐いた。天井を見る。この天井も豪華だな。天井に絵が描いてあるんだもんな。そんなことを思っていると、だんだん頭痛が収まってきた。
俺は天井から視線を天使へ。
「大丈夫。もう痛くないよ」
「ほんちょに?」
「ほんと!」
天使が俺を見る。ずっと見てる。
「ちっちゃい頃を思い出そうとして、頭が痛くなったでしゅか?」
「…うん、そう。どこまで思い出そうとしたんだっけ。あ、そう」
「もうやめて!」
俺の声に被せて天使が叫んだ。
「思い出さなくていいでしゅ!大事なのは過去じゃない!今でしゅ!今が大事なんでしゅ!マヌのちっちゃい頃のことは、僕はちらないけど、今のマヌがいればいいでしゅ!だからもう思い出さないで!」
そういうと本気でギャン泣きした天使。
これは本気だと俺は知ってる。
天使の嘘泣きは、右手だけじゃ済まないほど見てきたから分かるんだ!
「思い出さない!もう絶対に思い出さない!思い出さなくていい!ごめんね、心配かけて」
俺は天使を抱きしめた。
「ひっく、ほんちょに?」
「ほんと、絶対にほんと!」
「ひっく、やくちょくでしゅよ。…ちょっと疲れたから、ベッドで寝よ?」
二人でベッドに横になった。天使は俺の腹に抱き着いたまま、離れそうにない。俺は天使の頭を撫でながら、天蓋付きベッドの天井を見ていた。ここにも絵があった。すごいな。これなんの絵だろ。豪華な屋敷の中に二人の人がいて、その二人は微笑みあっている。幸せそうだな~。
え?ちょっと待て!この絵、この顔、もしかして俺?
「うふふふ、やっと気づいたでしゅか?」
天使は俺の腹の上で腹ばいになっていた。その笑みも知っている。黒天使の顔だ。
「これはねー、我が国の巨匠ジュリアン・テンダー作の『クレイトン公爵とその夫人』。母上に『おねがい、おねがい、おねがい』と、超ブリブリして頼んだんだ~。テンダーが傑作だと言ってたでしゅ。こうやって僕はイメージトレーニングをしたでしゅよ!僕らの未来!ねー、マヌ!」
驚き過ぎた俺は、本日二度目の泣き笑いだ。
過去はもう思い出さない。天使と約束したし。
もしかしてさっきのギャン泣きも嘘からもしれないな。
天使め、嘘泣きのテクニックを上げてないか?
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