8 / 12
8.ガーデンパーティー 当日、嵐の前の静けさ編
しおりを挟む雲一つない青い空がどこまでも続く。
ああ、あの空の彼方へ行ってしまいたい。
思わずここから逃げたくなるのは、恥ずかしさからだったりする。
だってさ、俺は昨日の夜、オリバー様の前で号泣しつつ、いつの間にか爆睡。
思い出すだけで恥ずかしい!
すごく恥ずかしかったのに、心はこの空のように晴れてる。
不思議だなぁ…。
なんて思っている俺は今、庭園が一望できるバルコニーに立っていた。腕の中には天使。脳みそが詰まっているからか、最近、とくに重くなった天使を抱っこするのは、長い時間は無理になった。
でも「マヌ~」といって両手を上げてばんさいされると、思わず頬をすりすりして抱き上げてしまう俺だ。
「きゃー、マヌ~、くすぐったい!きゃはは」とか言ってピンクのほっぺで、ケタケタ笑う様子は、定例会議や勉強の時に見せる大物ぶりとは別人だ。はぁ~、かわいい!
まずい、ほんとに現実から逃げてしまった。
今日はガーデンパーティー当日。
バルコニーから下を見れば、4つの列がはるか後方まで並んでいた。王族以外、当家のボディチェックは子供も大人も関係なく受けなければならない。
このボディチェックを始めた当初、身分の上の貴族から順番に受けさせろという要望が出たそうだ。特に二つの公爵家からは強いリクエストがきたという。
そこで、検査は並んだ順番に行うので、早く受けたいのであれば、早くお並びくださいと返答したところ、二つの公爵家が遺憾の意を表明。
これを聞いた、当時まだ幼女だったアナベル様は激怒して「当家の方針に従えないのであれば招待しないと返答ちて!」と泣き叫び、オリバー様は子の望みだからと、そのまま言葉を飾ることなく全貴族へ手紙を書いたら、謝罪の嵐が吹き荒れたそうだ。それ以来、二つの公爵家も大人しく列に並ぶようになったという。
「そんなこともあったのよ。うふふふ」
バルコニーからその嵐を巻き起こしたご本人、アナベル様が天使とそっくりな笑い方で教えてくれた。
「でもね。並んだ順番と告知したら、それはそれで問題が発生したの」
「どんなですか?」
「御者だけ乗った馬車を前々日から大門前に並ばせる貴族家が出たのよ!つまり、場所取りよ」
「場所取り?それも前々日から??」
「そ!ガーデンパーティーは初夏に開くのが当家の習慣でしょ。前々日から並んだら、熱中症で倒れる御者が出るわ、当家の敷地を取り囲んで並ぶから食材の搬入に支障をきたすわで、大騒ぎになってしまってね。慌てて、前々日と前夜から並ぶのは禁止にしたわけよ」
「そ、それは難儀でしたね」
「まったく、欲に取りつかれた貴族家は始末に困るわ!まあ、そんな彼らのおかげで、うちに一番近いホテルはかなり恩恵を被ったから、多少は良かったけど。前々日と前夜から並ぶのを禁止にしてから、貴族家たちは前夜にそのホテルに泊まるようになって、ホテルは大儲け。兄上がホテルにガーデンパーティーのシーズンをハイシーズンに設定して、料金を倍にすべしと入れ知恵してからは、さらに売り上げが倍増したそうよ。おかげで毎年、パーティー前にはホテルから母上に珍しい植物が送られてくるわ。貴族家の唯一の社会貢献ともいえるわね」
はあ。そんなところにまで影響が。もはやこれは社会現象というヤツか?
「あの、自分はボディチェックとか手伝わなくていいんでしょうか?」
今日は家令のレイモンドさん以下、みんな凄まじい忙しさだ。普段は冷静な彼らが、絶対に邸内を走らない彼らが、サラブレット並みの脚力で右に左に大忙し。それなのに招待客の前だと完璧な振る舞いに徹するのだから、ほんとにプロだ。それを見てると、俺だけ何もしないのがちょっと辛い。
「なにをいうの!マヌーシュにはリチャードの手綱を引くという、最重要任務があるじゃない。いいこと。最終兵器というのは使ったらおしまいなの。兵器はあるぞ、あるぞと匂わせてこそ、最大限の効果をもたらすのよ。リチャードが本領発揮して、小賢しいお子ちゃまたちを蹴散らしたら、思いっきり甘えさせてあげて頂戴。それがマヌーシュの重要任務です」
「はあ…」
アナベル様のいうことは、ときどき分からないけど、今回はなんとなく分かったような気がする。
2階のバルコニーから見ると、列の中にはかなりの数の子供がいた。この中で4歳以下の子は150人。それが「小賢しいお子ちゃま」なんだろう。
「マヌーシュ」
列を見ていた俺にアナベル様が声をかける。
「今日のマヌーシュは、とてもいい顔をしているわ」
そして声を潜め、小さい俺に合わせてアナベル様はかがんで「昨夜の父上からの手紙の効果かしら」というものだから、俺は真っ赤になってしまった。
「むぐっ」
それはあっという間に起きた。俺の腕の中の天使がアナベル様の顔面を真正面からちっこい手で押さえたのだ。アナベル様は完璧な淑女らしからぬ不思議な声を出した。
「姉上、近すぎ!マヌは僕のでしゅ!」
「あら、ここに掴みやすいボールがあったわ」
いうやいなやアナベル様は天使の丸っこい頭を鷲掴み。
「いっちゃ」
「なら手をどけなさいよ」
「いやでしゅ!」
美少女と天使の攻防。この二人は…。
「おまえたちは何をやっているんだ…」
呆れ声はガブリエル様だ。
今日のガブリエル様は天使とお揃いのスカイブルーのジャケットに金糸の花の刺繍が入った衣装だ。ちなみにアナベル様も同色のドレス。この青は大公爵家の色だという。三人ともオリバー様によく似た人間離れした美形なので、並ぶと壮観だ。
「失礼します!伝令です!」
緊迫した声で侍従がバルコニーにきた。そこに伝令役の侍従も入り最敬礼。
「伝令!大門の捕食者選別担当のルーク様より。偽招待状の持参あり。被疑者はコリアナ子爵。透かしは本物、封蝋が偽!被疑者はルーク様に対し『執事ごときが無礼な!』との暴言を吐いたとのよし!既に被疑者は王立騎士団に連行!以上です!」
ガブリエル様が「ごくろう!」と労う。
ガブリエル様とアナベル様、それに天使が顔を見合わせた。
「となると工房に侵入して当家のデザイン手帳を盗んだのはコリアナ子爵ね」
「そうだな。子爵自身が強盗に入らずとも手の者を使ったか。この場合は強盗強要及び当家への不法侵入」
「それに詐欺罪と上位貴族への不敬でしゅ」
「ああ、そうね。ルークは伯爵家の三男。その彼に暴言を吐いたんですもの」
そっくりな超絶美形三人組が悪人面で声を揃えて「うふふふふ」と笑う様は、はっきりいってホラー。
「取り潰しだけでは済まないわね」
「当然だ」
「連座責任で一族にも罰が必要でしゅ!」
なんとなくこの場から去りたくなったのは俺が小心者だからなのか。
再び伝令が来たことを侍従が伝えた。今度は別の伝令役の侍従が「伝令!ルーク様より。捕食者選別終了!ルーク様は本邸に戻り、ボディチェック担当に入るとのことです!」
そこに家令のレイモンドさんがきた。
「王家より先触れが参りました。王族方は全員、あと1時間ほどでご到着になります」
「ありがとう、レイモンド。では我々も迎賓館へ移動する」
「はっ!」
王族方は本邸に併設している迎賓館で出迎えるのが慣例なんだって。わざわざ王族のためだけに迎賓館を建てるんだから、ほんとにびっくりだ。
そうか、これから王族に会うんだ。俺なんかが会っちゃっていいのか?
「大丈夫でしゅよ、マヌ!みんな一緒でしゅから」
抱っこから手つなぎにし、バルコニーから2階の廊下に出てから、隣をとことこ歩いている天使がいう。
みんな一緒。そうだ、みんな一緒だ。
昨夜のオリバー様の手紙を思い出した。
息子…。
息子だって。
「ちぇっ」
なぜか隣の天使が不貞腐れた。え、なんで?
「狭量な男ね、リチャードは!マヌーシュ、リチャードはね、父上にヤキモチを焼いたのよ」
「え?」
「だってぇ、マヌが父上を思い出ちて、ニヤニヤするから!」
天使はその場に座り込み、体を丸めていじいじ。かわいいな。
「あのね、思い出したのはオリバー様じゃなくて、オリバー様からの手紙ですよ」
天使はチラッと俺を見て「…同じでしゅ」と再びいじいじ。まずい。火に油だったか?
俺は必死になった。
「あ、あのオリバー様からリチャード様の手紙は20冊あるって聞きました。すっごく楽しみ!」
「…それ、いつの情報?すでに30冊でしゅ」
えーー!?
「ちなみに私は15冊目に突入したわ!」
えーー!?
「え、アナベル、15冊目?僕も15冊になったところだよ」
そこにガブリエル様が参入。
「兄上、王配教育でお忙しいのに、ほんとにマメね。いつの間に?」
「アナベルこそ、王妃教育に時間を割いてるくせに、いつの間に?」
「あら、私は就寝前にマヌーシュ宛の手紙を書くのが習慣になっておりましてよ。あっという間に20頁は進みますわ」
「へえ、それは奇遇だね。僕もだよ」
なぜかガブリエル様とアナベル様が張り合い始めた。
「まあ、二人とも僕にはかないましぇんね。ぶっちぎりの30冊目突入!」
今度は天使が二人を煽る。
「リチャードは口述でしょ!ルークのペンだこ、見た?小さい豆が育って、今ではガトー豆くらいに育ってるわ」
「そうそう。ほらごらん、僕のペンだこもよく育ったよ!それもこれもマヌーシュへの手紙のおかげだ」
「あら、兄上。私は両手使いですのよ。だからどんなに書いてもペンだこができませんの!」
「口述だからって、差別は反対!エリー兄上だって口述だけど、まだ20冊を超えたところでしゅよ」
なぜか天使が胸を張る。
「それこそいつの情報だよ!エリオットはもうすぐ29冊目が終わるところだよ。『マヌーシュと緑のモンスターの追いかけっこをした下りだけで5冊はいったよ』と言っていた」
「え?エリー兄上が??ちぇ!僕には20冊って、言ったでしゅ!」
「不甲斐ないわね、リチャード!まんまとエリオットの策に溺れるとは!そうやって油断させたのよ!」
「ちくちょー!今夜だけで5冊分は進めるでしゅ!」
「ルークの手が死ぬわ!」
アナベル様が叫び、天使が地団太踏んでいた。
今日は大公爵家のガーデンパーティー当日だ。このパーティーは、この国一番の規模を誇るという。定例会議やら衣装やら。それにオムツ改良計画だって。そのすべてが俺には初めてで…。
空は雲一つない青空…。オリバー様からの手紙だけで俺は嬉しくて…。それなのにみんなして俺に手紙を書いてるという…。俺は孤児で暗殺者で他国の人間で…。それなのに。おっかしいな。
「マヌーシュ様」
レイモンドさんだ。
「これを」
ふわふわの綺麗なハンカチ。ハンカチなら俺も持ってる。ここにきていろんな人に涙を拭いてもらった。
「失礼いたします」
レイモンドさんが涙を拭いてくれた。
「あー!マヌがレイモンドと浮気してるでしゅ!」
この天使の叫びが可笑しくて、俺は泣きながら笑った。こんなに騒がしいのに、これが嵐の前の静けさだったんだ。
54
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。

成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く
小葉石
BL
今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。
10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。
妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…
アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。
※亡国の皇子は華と剣を愛でる、
のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。
際どいシーンは*をつけてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる