(仮)暗殺者とリチャード

春山ひろ

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7.ガーデンパーティー 決戦前夜編

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「ほら、できた。なんてかわいらしい!」

 ジョシュア様が着付け終わった俺を鏡の前に立たせた。
 鏡に映っているのは、少し癖のあるブラウンの髪にやや浅黒い肌、顔には少しそばかすがあって、大きな二重に黒目という俺の顔。これのどこに可愛いという要素があるのか分からない。

 ここにきてから美味しくて栄養満点の食事によって、少しはふっくらした頬と体。同年のエリオット様より、ちょっと小さい身長。
 そんな貧弱な俺は、濃い藍色に金糸の縁取りのあるシルクのジャケットを羽織って、トープという色のズボンをはかせてもらった。シャンパンの色より少し暗い色なんだという。

 ジョシュア様は満足そうに俺の髪にブラシを入れながら、「藍色はマヌーシュの色だよ。絶対に似合うと思ったんだ」と、そんなことをおっしゃる。
 ガーデンパーティーでは家令以下、全ての従業員にお仕着せとは思えない豪華な、それでいて動きやすい衣装が支給される。だから俺もそれを着るんだとばかり思っていたのに、ジョシュア様が「そんなわけないだろ」といって、俺に衣装を着つけてくれたんだ。

 明日はいよいよパーティー本番。その前夜に俺は、これまで縁がなかった豪華な衣装に身を包み、なんとジョシュア様のお部屋にいた。

 後ろに控えている侍女たちは、なぜか目をウルウルさせながら「とてもお似合いです。こんなに可愛らしいマヌーシュ様を拝見して、もう胸がいっぱい」とか言ってくれた。俺は照れちゃって、顔が赤くなった。

 ジョシュア様自らが俺に着付けて下さると分かった時、俺はかなり抵抗した。「とんでもございません」とか「申し訳ありません」とか言ったけど、ほんとは袖にナイフを隠しているのがバレるのが怖かったんだ。
 でもジョシュア様はおかまいなく、俺が着ていたジャケットを脱がせた。袖に触れたら小さいナイフの感触が分かったんじゃないかと思ったけど、ジョシュア様は気づかなかったようだった。脱がせたジャケットを椅子の背にかけたジョシュア様。ほんとに気づかないのかな。なんでも顔に出る俺の不安を読んだのか、ジョシュア様は「大丈夫だよ、絶対に似合うから」といって、いつものように俺を抱きしめてくれた。

 温かくて安心する。ジョシュア様がほんとのお母さんだったら、どんなにいいだろう。
 
 そんな途方もないことを思っていると、「母上、もういーでしょ!」と、不満たらたらの声が聞こえた。そうだった!天使は、部屋の外で俺の着替えを待っていてくれたんだ!
 ジョシュア様が苦笑いしながら「もういいよ」と声をかけると、「やったー!」という声と共に天使が部屋に飛び込んできた。

「母上ばっかりじゅるい!!!次はぜーったいに僕がマヌに着つけるでしゅ!」
 なんかとんでもないことを言った天使に、ジョシュア様は跪いてデコピンした後、「いっちゃ!」という声を無視して、若干、呆れ声で「かわいいマヌーシュを見てごらん」といった。

「マヌ!かわいい!かわいい!」
 そういって俺の周りをぴょんぴょん飛びながら喜ぶ天使は、どうみても普通の三歳児。まあ、あり得ないほど整った顔だから、普通じゃないけど。

 この3カ月間、天使と過ごした俺は知っている。この天使は大公爵家のピラミッドの頂点に君臨しているのはジョシュア様だと見抜き、そのジョシュア様の前だと巨大な猫をかぶっていることを。

「母上、ありがと!ありがと!マヌをこんなに可愛くしてくれちぇ、ほんとにありがと!」
 話し方まで普通の三歳児を装う天使は、ジョシュア様の足に抱き着きながら、「バルコニーでマヌとお話しするでしゅ!いいでしょ!」と甘え、「あまり遅くまではだめだよ」とジョシュア様から許可がおりるやいなや、「マヌ!ブランケットを持っていくでしゅ。夜はまだ冷えるもん!ねー、母上!」と、体をよじって三歳児アピールを念入りに行い、俺にブランケットを持たせて、さっさと手をつないで部屋から出た。



「ふうー、やっとマヌと二人きりになれたでしゅ!母上はずるいから、すぐマヌを独占するでしゅ。全く困ったもんでしゅ」
 二階のバルコニーに椅子を並べて座ると、そんなことを天使がいう。



 初夏の庭園は、はるか彼方まで続くようなランプの道が出来ていた。日が沈むには少し間がある時間。2階のバルコニーから見る庭の美しさといったら!

「マヌ!ランプの列が合計8本あるでしゅ。あれがボディチェックの列なんでしゅ。この列はうちの大門から続いているでしゅ。左が1番ゲート。では最終定例会議のおさらい!1番ゲートに並ぶのは?」
 突然始まったおさらいに、俺は最後の会議で決まったことを言った。
「えっと、一番疑わしい招待客」
「あったり!大門でルークが招待客をブラック(限りなく怪しい)、レッド(要注意)、グリーン(ほぼシロ)、ブルー(悪意は微塵もなし)に分けて、ブラックは1番ゲート、レッドは2番、グリーンは3番、ブルーは4番ゲートへ誘導するでしゅ」
「だから、超ベテランの検査員を1番へ張り付かせるんだよね」
「あったり!うちの検査員はみんな優秀だけど、特に1番ゲートに配属された者は、目線だけで促進剤(ブツ)を見つけるでしゅ」
「今年は探知犬もいるからね」
「ここで問題。犬はどこに配置されましゅか?」
「えっと、確かゲートの一番最初のところだよね?」
「うーん、ちょっと外れ。並んだ列の中盤くらいでしゅ。最初はみんなうまく隠そうとするから、ちょっと列が進んだあたりに犬を置くでしゅ」
「あー、そうだった」
「マヌもずっといれば、すぐに覚えるでしゅよ」


 ずっといれば…。ここにずっとなんていられるはずがない。だって、俺は…。

「マヌ、どうしたでしゅか?」
 天使のふくふくした手が俺にのびてきた。でもバルコニーの椅子の肘かけがあって届かない。
 天使はぴょんと椅子から降りると、座る俺の前に両手をあげ、「はい!マヌ!」と、抱っこを要求。
 俺は膝に天使を乗せた。天使と向き合う俺。
「マヌ、温かいでしゅ」
 天使が俺に抱き着く。あったかいのは俺の方だ。

「『乞食となるとも、誇りを捨てるなかれ』」
 一瞬、何を言ったのか分からず、俺は「え?」と聞き返した。
「『乞食となるとも、誇りを捨てるなかれ』。初代グランフォルド公爵の言葉でしゅ。僕の一番、好きな言葉」

 何が言いたいのか分からず、俺は天使の目を見る。
「ゆーめいな哲学者の格言はいっぱいあるでしゅ。たとえば哲学者ジラーの『愛の光なき人生は味のない食事のようなものだ』。でも、哲学者って嫌い。だって言葉だけでこーどーが伴わないでしゅ。ジラーは不倫を繰り返し、結局、妻に殺されたんでしゅよ。あっちでもこっちでも愛を語って最後は横死。ちゃいあく!
 その点、我が初代は成り上がって公爵になったでしゅ。王家から王女が降嫁されて侯爵から公爵になったけど、侯爵になるまでは一代で成り上がりでしゅ。こーどーとげんどーが一致しているから、言葉が重いでしゅ。
 乞食になったら『誇り』なんかじゃ、腹が膨れないと思うけど、『誇り』を捨てたら、もう人じゃないでしゅ。
 マヌもそうでしゅ。マヌはたった一人で知らない国にきて、そこでいろんなことを覚えちぇ、知らない人の中で、ちゃんとやってるでしゅ。マヌ、誇っていいでしゅ。僕が命じましゅ」

 早口になったから、いつもよりも舌が回らない天使が、自信満々に俺にいう。俺がどうしてここに来たのか、本当の任務があることは言えない。俺の口は黙ったままだ。
だけど、目は黙ってなかった。俺は泣いていた。

「マヌ!マヌはグランフォルド家でいっちばんの悪ガキ、このリチャードしゃまを手名付けたんでしゅよ!僕は、マヌの手の上で、いいように転がされてるでしゅ。これはしゅっごいことでしゅ!愛は大事だけど、誇りはもっと大事!こじきになっても誇りを捨てず、人であり続ければ、人を愛せるでしょ?口だけでえらちょうなことをいっちぇ、結局、殺されたジラーに聞きたいでしゅ。『その生き方を誇れましゅか』って。マヌが何かを思うより、マヌがここで行動してきたことが大事でしゅ!」

 俺は天使をぎゅっと抱きしめた。涙が止まらない。俺は天使のいうようなきれいな気持ちだけで過ごしてきたわけじゃない。嫌われたくないというのが第一にあっただけだった。
「…リチャード様は、いろんなことを、ひっく、よく知ってますね」

 俺なんかに抱きしめられているのに、天使は嬉しそうにいう。
「うふふふ。睡眠学習でしゅ。ルークに寝る前にいろんな本を読んでもらうんでしゅ。それで覚えたでしゅ。そうだ!マヌもやってみたらいいでしゅ!今夜からやってみよう!ね?」



 その夜―。
 天使のキラキラした目を見たら、断れなくなった。きっと執事の誰かが本を読んでくれるのだとばかり思っていたのに、どうしてこうなった!
 
 俺は、ベッドに寝ていていいのかと思う。ベッドサイドには椅子に座ったオリバー様。なんで大公爵様が!

「やっとこの時を迎えられて、私はとても嬉しいよ」
 オリバー様は分厚い本を手に取っている。オリバー様の脇には同じように厚い本が7冊置かれたカートがあった。レイモンドさんが運んでくれたんだ。

「この日のために私が書き留めた手紙だよ」
 オリバー様は穏やかな笑みだ。

 そうですか、手紙ですか。
 はえ?て、手紙?
「て、手紙?それは手紙ですか?」
 思わず起き上がった俺は、オリバー様が手に持つ本を見ながら言った。
「そうだよ。私からマヌーシュへの手紙。…うふふふふ」
 その笑い方は天使にそっくりだった。

 しかし、手に持つそれはどう見ても本だった。
「我が家へ来てくれたマヌーシュへ手紙を書いていたら、どんどん筆が進んで、気づけば、とんでもない量になってしまって。これなら装丁した方がいいということになり、こうなったんだ」
「も、もしかして、そっちの本も」
「そうだよ。全7冊。ただね、ジョシュアは10冊あるんだ。それを知ったら、もう少し書きたいと思って、今は7冊だけど、これで終わりにしたくなくてね。続刊が出る予定だから、期待してて」

 続刊も何も、まだ読んでいないから、「はい」としか言えない俺。そんな俺に構わず、オリバー様は続ける。
「私たちの後は、ガヴィ以下、子供たちが続くから。彼らも大作でね。まあ、一番、力を入れているのはリチャードだけどね。そうはいってもガヴィは10冊目に入ったと聞いたし、アナベルにウェスティンと殿下が9冊、エリオットは11冊でリチャードはなんと20冊だ。ははは。永遠に終わらない手紙だね、彼の場合」

 永遠に終わらない手紙…。なんで。なんでそんな。俺なんかに。
 オリバー様は俺の涙を拭いて、横になるように促すと「さあ、読むよ」と言って、静かに手紙を読み始めた。

「親愛なるマヌーシュへ。君が我が家に来てくれた日は、昨日のことのように覚えている。愛しい愛しい我が最愛に手を引かれ、朝食室に入ってきたね。よくもこんなに小さな体で、海を渡ってきたものか。そう思ったよ。その日、私は新しい息子を手に入れた。これほどの喜びがあろうか。図らずもジョシュアがガヴィを生んでくれた日を思い出した」

 俺は枕に顔を埋めた。とめどなく涙があふれた。天使の嘘つき。これは睡眠学習じゃない。眠れないじゃないか!

 その夜は、オリバー様の朗読に、ときどき手で俺の髪をすく仕草が心地よく、いつの間にか俺は眠っていた。


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