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5.ガーデンパーティー オムツ改良計画編
しおりを挟む部屋に入った天使はつないだ手をほどくと、とことこと部屋の隅に行ってうずくまってしまった。
「リチャード様?」
声を掛けても返事がない。
「隣、いっていいですか?」
天使の隣に座り、天使と同じように膝を抱えた。丸みを帯びた膝と、丸くなった背中が可愛い。会議の場での大物ぶりとはまるで別人だ。
「…マヌ…。ぼくが、世界で一番、嫌いな物、わかる?」
一番嫌いな物?なんだろう?食べ物の好き嫌いはないし…。
天使がすくっと立ち上がり、とてとて歩いてベッド脇のサイドボードの引き出しを開ける。このサイドボードは子供サイズなんだ。
「これでちゅ!」
ぺしゃっと天使が投げ捨てたもの…。それはオムツだった!
「こんにゃもの、こんにゃもの、だいきらいでしゅ!!」
そういって天使が丸っこい足で、えいえいとオムツを踏んづける。
1カ月一緒にいて気づいたことがあった。この天使は悪魔のような頭脳の持ち主だけど、頭に体がついていけないんだ。早く話たくても、溢れる言葉をすらすら話せるほど、舌の筋力がないんだろうな。だから、感情的になると余計に口がもつれてかわいい。
俺がニヤニヤしているのが分かったのか、天使は半眼になって「にゃに、笑ってるでしゅか!」と、今にも泣きそうな顔になる。
たまらず俺は天使を抱き込んだ。天使は俺の腹に顔を押し付けて泣いた。
「くやちー、くやちー、なんで僕は三しゃいなの!僕の体がもっと大きければ!ちゃんと自分で自分をまもれぇるのに!」
ガブリエル様から、まだ守ってもらう立場だと言われたことが悔しかったんだ。
「ぼくの頭は大人でしゅ。にゃのに、体が子供でしゅ。それがいやー!」
ギャン泣きだ。
俺は好きなだけ泣かせることにした。
「ぼくは、ひっく、トイレトレーニングして、ひっく、ふだんはオムチュいらにゃい!でも、パーチ―とか、そういうときは、長いから、ひっく、やっぱりオムチュがひつよう!こんな体、やー!オムチュはじんけんしんがいでしゅ!わぁーん!このまるっこいのが、いやー!」
俺がよしよししながら、「丸っこくなくて、オムツしてるってバレなければいいですか?」というと、ピタっと泣き声が止まる。
そうっとぐちゃぐちゃの顔を上げた天使は鼻水を垂らしながら、「そんなオムチュ、ある?」と聞いた。
「ありますよ!というか、俺が作ります!」
「マヌ!マヌ!マヌ!作れんの?」
「作れます!」
俺の母国カルカリの唯一といっていい名産は遊牧民が作るガーシュという織物だ。この布は砂漠に生えてるドンガという植物から糸を作って織るんだけど、このドンガの性質として出来上がった布は吸収性がよく、丈夫なのに柔らかくてきめ細やかな布に仕上がるんだ。
つまりこのガーシュでオムツを作ったら、がさばらないのに性能のいいオムツが出来るはずだ。まずは試しに1つ作って、天使に使ってもらおう。それから改良していけばいい。
それを天使に話すと、目がキラキラして「そんなしゅっごい布のオムチュなら、今から、ちゅかいたい!」と言った。
「でも、普段、リチャード様は、もうオムツを使われてないですよね?侍従が『昼も夜も、リチャード様はオムツが取れた』と言ってましたよ」
天使は、ちょっと俯いて恥ずかしそうにする。かわいい!丸っこい頭、めっちゃかわいい。
「…昼間はね…。でも…夜はまだ、不安だから、オムチュ、する…」
「え?でも、誰に着けてもらっているんですか?…もしかして、ご自分で?」
貴族の令息は、幼少時から一人で寝るよう躾けられている。天使もそうだ。
天使は俺の腹に頭を押し付け、「ちょう。誰かにやってもらうのヤダ。前は乳母か母上だった。でも、もうヤダ。だから自分でしゅる。やりにくいでしゅ」と、答えた。
なんてこった!まさか天使が自分でオムツを着けていたとは!
「履きやすくてかっこいいオムツ、すぐに作ります!けど、それまで一人ではオムツ、着けにくいでしょ?私が手伝いますよ」
え?という顔で天使が顔を上げ、ガン見した。すると、みるみる耳まで真っ赤になった。かわいい!白い肌に真っ赤なほっぺ!かわいい!
「あ、あの恥ずかしいなら、私は目をつぶってますから!目をつぶってオムツを着けます!」
「ち、ちがうでしゅ!マヌがつけてくれるって言ってくれたことが、うれちくて。もう僕のきもちは、とっくに固まってたけど、決めてたけど、マヌもしょうかって。なんかうれちくって」
最後の方はゴニョゴニョして、顔を俺の腹に押し付けてきたので、よく聞こえなかった。
「あの、目をつぶんなくていいんですか?」
天使は速攻で顔をあげ、「つぶんなくていいでしゅ!むしろマヌなら、ガン見してくだしゃい。僕のは、…母上に『父上の親指よりちっちゃい』とかいわれて、まだ親指以下だけど、ぜーったい、大きくなるから、むしろ親指以下の僕のも、みてほちいっていうか…」
またもや最後の方は腹に抱き着かれたので、よく聞き取れなかった。何が親指以下なんだ?
俺は天使の後頭部を撫でながら「じゃ、俺がオムツを着けて差し上げますね」というと、「あい、うれちい」と天使がいった。かわいいな~。
「だから、ガーデンパーティーではかっこいいリチャード様を見せてくださいね」
天使は顔を上げ、鼻水を垂らしながら「まかしぇなちゃい!」と笑った。
こうして俺は、カラカリ特産の布・ガーシュを使ってオムツ作りに励んだ。
最初は一人でやろうとしたけど、途中から針を刺してボロボロになった指を見たベテラン侍女のユリアさんが手伝ってくれるようになった。
デザインは一人で履きやすいパンツタイプ一択だ。
一番の問題は、腿の付け根をゴムにすると、どうしてもまるっこくてガボチャみたいにもっこりしてしまうということだ。
ガーシュは砂漠の遊牧民が使う布だ。汗をすばやく吸水し乾かしてくれるけど、付け根にゴムを使わないと、ストンと落ちてしまう。そうなったら、おしっこの氾濫というとんでもない事態が発生しちまう。
どうすりゃいいんだ。俺は頭を抱えた。
するとユリアさんが「クリーニングメイドたちに聞いてみましょう!」と思いついた。
そうだ、いつも洗濯している彼女らは、ある意味、布のプロだ!
「足の付け根部分にゴムを使わないオムツでございますか?」
当家に仕えて40年、超ベテランのクリーニングメイドのアチャリアさんは、しばし考えたあと、「乗馬服に使うヤンゲはどうでしょう!」といった。
「ヤンゲは伸縮性に優れています!真ん中はガーシュを使用し、両脇の布をヤンゲにすれば、よく伸びるのにフィットし、尚且つ吸水性と速乾性に優れた最高のオムツになると思います!」
俺とユリアさんは「よっし!」といってガッツポーズだ!
さっそくヤンゲとガーシュを使ってオムツを作った。
こうして出来上がった試作品1号は、体にフィットしてサイドはすっきりしたデザイン。履くときにちょっとオムツを引っ張ることになるが、なんなく伸びたので、大丈夫だと思う。
いよいよ試作品1号を天使に試着してもらう日。
俺とユリアさんは客間で待つ間、もうドキドキが止まらない!そこへ部屋で試着した天使が、ニコニコで出てきた。
「しゅっごい、このオムツ!見て見て!」
ジャケットの裾をあげ、かわいいお尻をプリっと出して、俺に見せる。
「まあ、オムツをしておられるように見えませんわ!」
ユリアさんが拍手する。
第1号で、こんなにうまくいくとは!
俺も「すっごくスマートです!」と言えば、天使は「履き心地はしゃいこう!あとは、これでしゅ」といって、腿の付け根あたりを指さした。
俺とユリアさんが目を凝らす。それは薄っすらとした線。そうパンツラインだ。
「このラインが出なければ最高でしゅ」
「でも、そこはジャケットの裾で隠れて見ませんよ」
「見えなくても、僕は嫌なんでしゅ」
天使の拘りか。
俺と天使のやり取りを聞いていたユリアさんが、「うーん。これはオムツというより、ズボンを変えた方がいいと思います。ズボンの布を変えるんです。レイモンド様に相談してみましょう」と、アドバイスしてくれた。
さっそくレイモンドさんに相談すると、「当家の皆様方の洋服は全てオーダーで、王都のシャルメーヌ商会に任せております。ガーデンパーティー用の御衣裳は、もう既に出来上がっており、今から新しい御衣裳といって、間に合うかどうか…」と言われてしまった。
俺とユリアさんはしょんぼり。
「ですが、リチャード様の御意向ですので、さっそく来て頂きましょう」
「え、間に合いますか?」
「そこを間に合わせるのがプロでしょう。グランフォルド家の依頼を断る店など、この国にはおりませんよ」
翌日、シャルメーヌ商会からはデザイナー1名、布担当1名がやってきた。
デザイナーはヤッケさんといい、王都一番の売れっ子デザイナーだという。ベータの男性で年齢は32歳だと教えてくれた。
「今回の大公爵家の皆様の御衣裳はジャケット、ズボンともシルクを使っております。大公爵家ではジャケットは南方シルク、ズボンは東方シルクを使用します。南方シルクは光沢とハリがあり、東方シルクは柔らかくて動きやすいという特徴があるためです。
ですので、リチャード様のズボンも東方シルクを使用しないと、他の皆様との一貫性が崩れてしまいます」
このヤッケさんの意見で、東方シルクを使うことになったけど、このシルクを二枚重ねても、どうしてもパンツラインが出てしまった。
「このシルクの特徴である柔らかさが難点になってしまいましたね」
すると、ガーシュを興味津々で触っていた布担当のヌンバさんが興奮して言った。ヌンバさんはベータの若い女性だ。
「私、これまでガーシュのような布に出会ったことはありません。この布は砂漠の民が使っている布なんですよね?でしたら…シルクとガーシュの二枚重ねはどうでしょう!ガーシュは速乾性に優れているということなので、二枚重ねても暑くて不快にはならないと思います!」
「なるほど!その手があったか!」
ヤッケさんが身を乗り出してガーシュを触る。
「これならできると思う!」
二人がガーシュを持ち帰ってから3日後。なんとシャルメーヌ商会から仮縫いをしたいとの先触れが届いた。まだ3日しか経っていないのにすごい!
客間で待っているとヤッケさんとヌンバさんがやってきた。心なしか疲れているようだ。
ヌンバさんが「実は、この三日間、ろくに寝ていなくて」と乾いた声で言えば、「私もです」とヤッケさんも言った。
しかし二人とも「シルクとガーシュの二枚重ねという画期的なアイディアを盛り込んだズボンですから、なんとしても成功させたい!」と声を揃える。
俺とユリアさんは感動し、天使が満面の笑みで「ありがと!」というと、全員で身悶えたのだった。
こうして出来上がったズボンを手にしたのは、それから一週間後。たった一週間で仮縫いから仕上げてしまった。届けてくれた二人の顔には巨大なクマが陣取り、目だけギラギラしてた!どんだけ寝てないんだ!
そんな苦労さえ、「ねえ、見て!見て!」といって、出来上がったズボンを試着し、ジャケットをあげて、プリっとしたお尻を突き出し「完璧!」とポーズをとって大喜びした天使の笑顔で、全員が昇天したのだった。
※リチャードが夜だけオムツをしているのを知っているのは家令のレイモンドとリチャード付き執事のルークの二人だけ。ルークがリチャードのオムツを補充・廃棄してます(笑)。そして彼は口が堅いからご両親にも言ってません。
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