(仮)暗殺者とリチャード

春山ひろ

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3.真実は野獣腹黒天使でした

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 にんじんクッキーを食べた後――。

「ではリチャード様、次は4侯爵家です。どうぞ!」

「あ、ボス!コレ、手すった、モンゴメリー!」
「それは?」
「アボス家、コレイン家、テスターニャ家、モンゴメリー家!」
「正解!」
「ご褒美!」

 あっけに取られている俺をよそに、スタリ―先生は、今度は黄色のクッキーを取り出し「かぼちゃクッキーです」と言って皿に並べ、俺は何もしていないのに、またもや天使に勧められるままクッキーを食べた。

「さあ、いよいよ伯爵家でございますよ、リチャード様。こちらは16家、ございますからね。よろしいでしょうか?」
「はぁい、マシュター!」
 天使のかわいい声が響く。

「では伯爵家!」
BBビービーはブスがしゅきすきCGシージーもブスがしゅきすきGMジーエムは肉がしゅきすきRVアールブイは男がスキルニー!」

 はあ??天使がなんということを!

「それは?」
「バーデット家、ブキャナン家、ブーリン家、スタリ―家、コプリ家、ゴドリッチ家、ブリン家、スウェイン家、グレイ家、ミトフォード家、ミートン家、スコルニー家、ラボック家、ヴォーン家、メン家、スキルニー家!」
「大正解!」
「やったー!!ご褒美!」
「こちらのご褒美は、なんとマフィンでございます!ぜひ、マヌーシュ様もお召し上がりください。当家自慢のゴルゴンゾーラチーズを使ったマフィンです」
「うおおおおおおおお!」
 思わず体がびくった俺が隣の天使を見ると、野獣化していた!

 スタリ―先生がもう一つのバスケットから大量のマフィンを取り出す。
「マヌ!このマフィンはものしゅっごくおいちいでしゅ!!それこそ、目が飛びでるほどでしゅ!!うおおおおおおお!」
「ほほほ!たくさんお持ちしましたからね」
「ケイミス、アニス!みなも食べるでしゅ!」
 控えていた侍従たちが「よろしいのですか?」と言って近づくと、「うおおおおお」と唸って同じく野獣化した。このケイミスとアニスと呼ばれた侍従は、さきほど朝食の席にも控えていたが、いまとは全く違う様子だったはず。先生のご褒美お菓子は、野獣化する魔法がかかっているのか?

「マヌ、食べるでしゅ!そしたら意味がわかりましゅ!手で持ってガブっと食べるでしゅ!」
 マフィンを手掴みでガブっと??それは修道院でもやったことがない!一瞬躊躇した俺にお構いなく、こうするんだと言わんばかりに野獣天使は、マフィンを手掴みしてガブっと食べ、「うおおおおお」と唸った。
 俺もやるしかない!恐る恐るマフィンを一口頬張る。「うおおおおお」と、気が付けば雄叫びを上げていた。ほんと叫びたくなるうまさだ!

 野獣天使は両手にマフィンを持ち、右と左を順番に器用に食べてつつ、「マシュター!伯爵家でマフィンでちょ、もっと多い子爵家を覚えたら、ご褒美はなんでしゅか?」と聞いた。
 マフィンにかじりついていた俺と侍従の動きが止まる。先生は、そんな俺たちの様子を見てニヤッと笑うと、たっぷり1分ほど間を開けた。そして「次でございますか?」と、周囲を見る。
 俺たちはゴクリと喉がなった。まるで人生最大最重要結果を聞くときみたいだ。ドドドドドドドドドと音楽が聞こえ、勿体着けた先生の「次は、…カスタードケーキ!」と発表する声は、みんなの「うおおおおお」という雄叫びにかき消されたのだった。

 さんざん大声を上げた俺はマフィンを食べた後、ちょっとぐったり。いかん、俺は暗殺者だ。これしきのことで体力がなくなるとは、なんたる失態!

「マシュターのごほうびはお腹いっぱいになるけど、声がでちゃうんでしゅ。だから疲れるのは、ちょうがないでしゅ!」
 野獣化したとはいえ、天使は天使。通常運転で俺の気持ちを読んでくる。

「マヌーシュ様は次回までに伯爵家を覚えてきてください。リチャード様は、今日は子爵家です。子爵家は全部で32家。よろしいか、子爵・男爵が山場です」
 32もあるの?しかも俺は伯爵家までも覚えなければならないから、すっげー大変!

「マシュター、マヌが次回までに覚えるのは伯爵家まででいいでしゅよね?」
 野獣天使は、今度は紳士天使になって先生に聞いてくれた。野獣化しようと、天使はやっぱり天使だ!

「ええ、もちろん。マヌーシュ様は、次回は伯爵家までで結構です。リチャード様は子爵家を覚えてきてください。
 では子爵家。これを覚えるコツは、『あれ?ホレスの手は自分のズボンの中にアーロン。しかもテントがハットリー!それは卑猥じゃアリョーシカ!な~ベロンと鬘(かつら)が落ちてベロベロしてたら、ハイになってイコリンゴ!ヌバッとジャガッとベッドニア!こりゃ、モーニング、サスペンダーで止めなくてもペニ●で、オラー、ゴッドフリー!ローズとリリー、両手にフラワー、わしは両手にペニ●で、コリアナ、笑いがトーマス!』で、ございます」

 目が座った。間違いなく座ってしまった。な、なんて下品な!しかし、お上品な先生の口から出ると、韻を踏んだ詩のように聞こえるのは幻聴か。とはいえ、こんな下品な覚え方は天使の教育上よくないと思い、一言、先生に言おうとして、ふと隣の天使を見る。すると、そこに黒天使が降臨していた!
「マシュター、本領発揮、でしゅね?」
「ほほほ!リチャード様のお好みを完璧に把握したと申し上げておきましょう!」

 真っ黒天使はニヤッと笑い、「すばらしく僕のこのみでしゅ!これなら一発で覚えられましゅ、ふふふ」と、煩悩を全開にするではないか!
 それから野獣腹黒天使は、ほんとに1回で32ある子爵家を覚え、俺は抜け殻のようになった。

 天使が腹一杯でウトウトし始めたので、俺がひざ掛けをかけると、「マヌ~、もうお腹、いっぱい」とムニュムニュ言ってる。とんでもない頭脳でも体はまだ三歳児だ。


帰り支度をする先生が、そっと俺に声をかけてきた。
「私はガブリエル様とウェスティン様にも教えましたが、お二人はこのような不思議な覚え方はしておりません。リチャード様だけです。そもそも私が初めてリチャード様にお会いした時、リチャード様は、そこの床に転がっておいででした」
「はあ?」
 年寄りが苦手な俺でも、不思議と聞き入ってしまうような穏やかな声で先生は続ける。

「勉強が嫌で不貞腐れ、床に寝転がっておられたんでしょうな」
 先生は、その時を思い出しているのか、ほわっとした笑みを浮かべた。

「挨拶もなく無視です、無視。これは上の兄上様たちのようにはいかないと、その時、悟ったのです。それで咄嗟に独り言のように『私の授業は面白いと評判です。受けないと損をされますよ』と言ってしまった。主家であるグランフォルド家の御令息に、私から声をかけるわけにはいきませんからね。
 するとむっくり起き上がったリチャード様は、まるで成熟した大人のような目つきと態度で『おもちろくなかったら?』と返された。『面白い』などと咄嗟に言葉にしたものの、これといった考えのない私の本心をリチャード様は読んだのです。
 背から汗が出ましたよ。
 ガブリエル様とウェスティン様はお育ちのよい天才です。しかしリチャード様は破天荒な天才、善も悪も飲み込んで彼なりの主義主張を持っている、恐るべき天才だと思いました。
 対して私は凡人。しかしこう見えても我がスタリ―家は、代々、グランフォルド家の家庭教師をしてきた家系です。凡人ではありますが、リチャード様にない経験がある。受けてたとうじゃないかと思ったわけです。そうして思いついたのが、さっきの覚え方と、ご褒美スイーツです。
 リチャード様に教えることは、私にとってある意味、毎回、真剣勝負のようなもの。家庭教師冥利に尽きますよ。
…リチャード様の頭脳は悪魔のようでも、体はまだ三歳児。マヌーシュ様はそんな彼を支えてあげてください」

 え、えええ?俺、俺が?
「ほほほ。リチャード様は『抱っこ禁止令』を発令しましたが、マヌーシュ様だけは例外のようです。リチャード様が、口にされた発言を人によって変えるなんてこと、これまでなかったのです。どうか宜しくお願い致します」

 先生は今日初めて会った子供の俺に頭をさげた。
 俺は年寄りが苦手だ。それは、こんなふうに丁寧に俺に接してくれた年寄りが、これまでいなかったからなんだと、なんとなく気付いた。






※ちなみに子爵家は、アレス家(あれ?)、ホレス家(ホレス)、テーミス家(手)、ジブリン家(自分の)、ズニック家(ズボンの)、ナカロン家(中に)、アーロン家(アーロン)。テントス家(テント)、ハットリ―家(ハットリー)、ソレイン家(それは)、ヒワイセン(卑猥)、アリョーシカ家(アリョーシカ)、ナベロン家(な~ベロン)、ウィック家(鬘)、ベロン家(ベロベロ)してたら、ハイティン家(ハイ)、イコリゴン家(イコリゴン)、ヌバット家(ヌバッと)、ジャガット家(ジャガッと)、ベッドニア家(ベッドニア)、コリン家(こりゃ)、モーニング家(モーニング)、サスペン家(サスペンダー)、ペニン家(ペニ●)、オラン家(オラー)、ゴッドフリー家(ゴッドフリー)、ローズ家(ローズ)、リリー家(リリー)、フラワー家(フラワー)、ペニア家(ペニ●)、コリアナ家(コリアナ)、トーマス家(トーマス)、でした。
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