ホールケーキを七等分!

春山ひろ

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2.王太子殿下との婚約

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 翌日、僕が実家に戻ると、両親と二人の兄が出迎えてくれました。真っ赤に充血した僕の目を見ても、誰も何もいいません。知っていたんだなと思いました。

 父上が僕を執務室に呼び、国王陛下からの手紙を見せてくれました。それは最近のものから、色あせて変色したものまであり、ずっと父上は陛下と手紙のやり取りをされていたことを知りました。
 僕に婚約者がいなかった理由も分かりました。将来、セオドア様と婚約して王太子妃として支えてほしいので、どうかそれまで誰とも婚約しないでほしいと書いてありました。
 陛下は王妃にバレないようにと、差出人は家令になっていました。文面からセオドア様への慈しみが読み取れます。
 
 水面下での両親や陛下の心遣いを無にするわけにはいきません。僕は強くならなければ…。そして何よりセオドア様をお守りしたい…。

 貴族家の家長の権力は絶対です。しかし日頃、そんな風情など全く見せない父上は、いつも「ラミィはどうする?」と聞いてくれました。聞かずに「命令」すれば済むことを、父上はいつも僕に聞いてくれた。

 だから…僕は初めて聞かれる前に言いました。

「父上、僕はセオドア様を支えたいです」
 執務机の前に座り、両手を組んでいた父上は、僕を見つめます。
「ラミィ。貴族にとって結婚とは契約で、恋愛とか運命とか、関係ないんだ。私とマリー(ははうえ)も家同士の取り決めで結婚し、愛を育み家族が増えた。これはこれでとても幸せな人生だ。
 一方、殿下とラミィは違う。お互いがお互いを望んでいる。殿下とラミィは番同士で王と王妃になる二番目の例になるだろう。一番目は今の国王陛下と前王妃様だ。番同士で国の為政者となった例は、これまでこのお二人しかいなかったんだ。世界中探してもいなかったんだよ。残念なことに前王妃様は、ご結婚後、早々に儚くなられてしまわれた。
…この国を支える貴族家の家長の意見としては失格かもしれないが、ラミィの父親としては、王太子殿下とラミィは、お互いを唯一として想い合い、末永く助け合って幸せになって欲しい。それを心から願っている。そのために私も母上も、もちろん兄たちも、出来ることは何でもするだろう。
 だからこれだけは覚えておいて。王太子妃となり、多くの者にかしずかれても、ラミィは大丈夫だろうか、辛い目に遭っていないだろうか、お腹を出して寝てないだろうかと、私も母上も、ラミィのことを心配し続けるだろう。
親というのは、心配する生き物なんだね」

 父上、お腹って…。もうほんとに父上…。
 昨日から僕はずっと泣いてばかり。でも泣くのは今日まで。
 僕は、その時の父上の顔を生涯忘れまいと誓いました。


 一週間後、僕は王都の我が家のタウンハウスに入りました。
 ここに来たのは、7歳のとき以来です。
 王都に着いた翌日、僕は王太子妃教育の家庭教師をある方にお願いするため、馬車に乗り込みます。既に手紙で知らせてあり、先方から教師を受けるか否かは、直接、僕と会って決めたいという返信を頂いていました。もし断られたら、どんなことでもして受けてもらう覚悟です。
 そう覚悟はしたものの、車窓から瀟洒で大きなタウンハウスが見えると怖くなりました。
しっかりしろ、ラミエル!
僕は自分の頬を打って気合を入れます。


「本日は、お忙しい中、お時間をとっていただき、ありがとうございます。ジェラルド・ラザフォード侯爵が末子、ラミエル・ラザフォードと申します」

 クリメイソン公爵家の現当主であり、我が国の宰相を務めておられるグリズモニ・クリメイソン公爵を前に挨拶をしました。

 僕は膝をガクガクさせながら、機械仕掛け人形のようなぎこちなさで、宰相閣下に勧められたソファに座ります。
僕を見据え「お一人で来られたか。それはいい」とおっしゃられ、閣下は紅茶に口をつけました。
 閣下は75歳とは思えないほどの金髪碧眼の美丈夫で、眼光は鋭く誤魔化しはきかないと思わせる方です。
「もし、ラミエル様が王太子殿下やご両親を伴って訪問されたら、その時点で教師の役は断った」
 背中に冷や汗が流れました。

 閣下は、もう一口紅茶を含むと、カップを持ったまま、僕を見つめます。
「私は宰相の要職を賜っている。これまで宰相が王太子妃教育に直接、関わったことはない。…なぜ、私に?」
 
 これは絶対に聞かれると思っていました。
「ぼ、わ、私は、生きた王国の歴史と政治学を身に着けたいと思ったからです。単なるコミュニケーションの潤滑油としてではなく、王太子殿下を支えられる歴史と政治を学びたいのです。それには閣下が最適だと思いました」
「…なるほど。まずラミエル様の目的、私から学びたいという目的をはっきりさせよう。目的は王太子殿下を支えるため。そして、その目的を達成するために私の手を借りたいと」
「はい」
「よろしい。では私は、ラミエル様の目的達成のための手段の一つということですな」
「はい。王太子殿下がおっしゃっていたのです。閣下は味方だと…」

 閣下はカップに目を落としました。
「私の願いは、我が国の繁栄だ。そのためにはセオドア王太子殿下に、どうしても王位を継いでもらわねばならない」

 僕は唾を飲み込みました。
 閣下はカップをテーブルに置くと、視線を僕に移しながら「引き受けよう。ラミエル様とは目的が一致している」とおっしゃったので、僕は体から力が抜けました。

「私たちには時間がない。王太子の新たな婚約者お披露目の儀があるからね。そこで、まず問う。あなたの一番の武器はなんだろうか?」

 武器?僕の武器…。取り立てて記憶力がいい訳ではなく、容姿も十人並み。そんな僕の武器。

 僕は閣下の目を見て、はっきりと「財力です」と答えました。閣下は目を見張り、この日初めて笑顔を見せました。
「よくわかっておられる。自分を知ること、これは大切なことだ。そう、あなたの一番の武器は、ご実家が我が国一番の財力を誇っていることだ。自身の欲求のみに使用する金は、概ね無駄金となることが多いが、大事な目的達成のために使用する場合は生きた金になる。大いなる武器だ」
「これまで僕は、お金を使うのは難しいと思っていました。でも今は、札束で相手を殴るくらいのことはやろうと思っています」
「金で妃殿下の地位を買ったと、裏で謗られても?」
「はい」

「私の意地悪な質問によく応えてくださった。よろしい、私も覚悟を決めて提案しましょう。もっと味方を増やさねばならなりません。強力な味方です」
 閣下の表情が生き生きしてきました。
「まず一人目はドランスバルノ公爵だ」

 ドランスバルノ公爵は前王妃の兄で、三人のお子がおられたはずです。
「公爵の三人のお子のうち、ベルバトス王国の公爵家に嫁がれたが、お相手が逝去されて戻ってこられたオメガのトーリオ様。彼にマナー教育を依頼するのです。彼を味方にできれば、おのずとドランスバルノ公爵もついてきます。彼はお相手と番っておられたから、もう他家に嫁ぐことは出来ませんから」
 オメガは、アルファと番関係になり、その番相手が亡くなると、そのオメガは他のアルファや、ベータであっても肉体関係は結べなくなるのです。体が受け付けなくなるといいます。アルファの場合は、番が亡くなっても次の相手と番うことはできませんが、肉体関係は結べるので、これはオメガだけの特徴だそうです。

「トーリオ様のマナーは完璧ですし、ベルバトス語も習得されておられるから、語学も学べます。陛下は前王妃死去により、心を閉ざされた時期があって、ドランスバルノ公爵家とは交流が途絶えてしまいました。しかし、我が子のため、ここは陛下に仲介役をしてもらいましょう」

 国王陛下にお願いするとは震えそうです。

「なに、これは今日にでも私から陛下に申し上げておきます。さて、二人目の味方ですが、優秀な女官長が必要になります。将来は王太子妃付きの女官長になってもらうわけですが、今から囲っておかねばなりません。王宮を知り尽くし、貴族関係を完璧に把握している優秀な者。マリルボーン侯爵夫人・バーレット様が適任です」

 マリルボーン家は、海に面した海洋都市マバトを有し、貿易によって財を成した富裕貴族です。
「バーレット夫人はアルファで、夫(オメガ)のラムズ様は婿入りして侯爵家を継いでいます。既に夫婦は番関係にあり、嫡子も成人しているし、オメガのラミエル様の傍に夫人(アルファ)が控えても問題はありません。女官長として必要な知識と教養があり、貴族関係を知り尽くし、何より夫人がいるだけで拍が付く。これまでマリルボーン家は、王家とは一線を引いておりましたから」
「でも、どうやって口説くのですか?」
 僕が身を乗り出して質問すると、閣下は凄みのある笑みを浮かべて言ったのです。

「そこは、ラミエル様の財力が物をいう」


 三日後―。
 僕は、クリメイソン公爵からの口添えをいただき、マリルボーン侯爵家のタウンハウスを訪問しました。

 ソファにテーブル、サイドボードに至るまで、全て高価なアンティークで統一された客間で、侯爵夫人のバーレット様を前に、僕は紅茶を飲んでいます。オメガとアルファということで、当然、僕の侍従も控えています。
 バーレット様は背が高く、黒髪黒目の美しい女性でした。社交界のことを知り尽くした貴族の中の貴族。年齢は30代後半といったところでしょうか。

 音もなくカップを置いたバーレット様は、少し首を傾げながら「宰相閣下から概ねは伺っておりますが、私を将来の王太子妃様付きの女官長に、ということでしたよね?」と、おっしゃいました。
「はい」

 バーレット様は値踏みするような目では、けっして僕を見ません。なにしろ貴族の中の貴族ですから。相手に表情を読ませるなどという下品なことはされないのです。

「実は、宰相閣下だけでなく、内々に陛下からもご依頼を頂きました」
 そういってバーレット様は目線を下げます。
 僕が王太子妃になった暁には、王妃派と王太子妃派に分かれるであろうことを慮り、天秤に掛けておられる、そう感じました。
 
「もちろん、ぜひ私の教育係兼女官長になって頂きたいのですが、本日は大変珍しいタペストリーが手に入ったので、それをご覧になって頂きたいのです」
「え?」

「これは約300年前の物で、既に滅んでしまったオルガ国の貴重なタペストリーです」
 僕の侍従が二人がかりでタペストリーを広げました。

「なんて見事な藍色!」
「さすが!目の付け所が違いますね。この藍色は『オルガブルー』といって、紫貝と紫弦草で染色したもので、オルガ独特の色だそうです。もっとご覧ください」

 一歩足を踏み出そうとしたものの、そこでバーレット様は咳払いをして振り返りました。
「た、確かに私はアンティークタペストリーに目がございません。しかし、それで、だからといって」
「あ、もちろんです。ただ、もし引き受けて下さったならば、こちらのタペストリーを献上させて頂こうと思っただけで」
「え?」
「えぇ」

 バーネット様はもう一度、チラッとタペストリーをご覧になりました。
「貴族の中の貴族でも弱点はある」
そう教えてくれた宰相閣下の言葉が頭に浮かびます。
バーネット様は表情から「もっと見たい」という欲望が丸見えで、もはや貴族の中の貴族という片鱗はありません。

「こちらのタペストリーは、実は2枚組なんです」
「え?」
「え?ええ、二枚組でして。この右端に描かれている王城の一部が切れていますね。2枚目のタペストリーを並べると、初めてこの景観が完成するんです。オルガブルーも2枚目の方が多く、それは壮大な風景でございます」
「え?」
「えぇ」

 ふっと、バーネット様はお笑いになりました。目はタペストリーを見つめたままです。
「宰相閣下の入れ知恵ね」

 これで釣れないのであれば、もう正攻法でいくしかない!
「はい。どうしてもバーネット様のお力が必要です!」

 僕は頭を下げました。
「やめなさい。いずれ王族となるのであれば、簡単に頭を下げてはだめよ」
「はい…」

 バーネット様はタペストリーから目を離さず、「このような高価な物まで用意して、そこまで私を買って下さる。これは貴族にとって最高の誉ね。そうでしょう」と、おっしゃいました。

「いいですわ。教育係と女官長、引き受けましょう!」
「やったー!ありがとうございます!」

 バーネット様は苦笑しながら「その喜びようは王太子妃としては失格。でも私の前では許しましょう」といい、僕の目を見つめて初めてのアドバイスをくれました。

「ラミエル様。まず一つ目!『ありのままの君が好き』、そんな寝言は、王太子殿下と二人きりの時に、殿下からだけ言われて舞い上がってください。化粧をせず、髪もいじらず、宝飾品さえ身に着けないで人前に出るのは、裸で外を歩くようなものです!私の侍女のうち、気の利く者を明日にでもラザフォード侯爵家のタウンハウスへ向かわせます。よろしいですわね?」
「はい!」
 手をかけているのは洋服だけという、今の僕の有様を見ておっしゃって下さったのだと思います。

「二つ目!王族は社交界において『匂わせて察せさせる』生き物です!王族の言葉を聞いて、それの意味を『察する』ことが出来ないのは並みの貴族!高位貴族は間違いなく察して動きます。ですから王族は、頭を下げない!『心を痛めました』くらいで結構!それで王太子妃は謝罪しておられると察します!」
「はい!」

「三つ目!」
バーネット様は茶目っ気のある笑顔になって「…このタペストリーは頂戴できる、ということでよろしいかしら?」と言われました。
「はい!もちろんです!」
 
 こうして僕は最高の王太子妃ブレーンを手に入れたのです!

◇◇◇◇◇◇◇◇

 お忙しい宰相閣下の歴史の授業は、僕が閣下のタウンハウスに訪問する形で始めました。僕が王太子の婚約者であることは、まだ内密なので、目立たぬように家紋入りの馬車は使用せず、借り馬車で通っています。
「我がガリア王国の歴史は、ラ・フェーメル公国、ドランスバルノ公国、そしてクリメイソン公国の三つの国が、ラ・フェーメル公国のアレクシス王によって一つの国に統一されたことが始まりです。
この統一において、私の祖国であるクリメイソン公国は、いわば天秤の軸の役割を果たしました。ラ・フェーメルとドランスバルノを平等に、そして三国を平和的に統合するためです。
統治するにはバランスが重要。優れた政治家とは清濁併せ吞んで、最も国に有益な判断を下せる者をいうのです。
私は清廉潔白などと言われますが、それだけで政治家が務まるはずがない。私をかく称して讃嘆する者は、私を知らない部外者だけです。王族も同様であらねばならないのです」

◇◇◇◇◇◇◇◇

 マリルボーン侯爵夫人のバーネット様は、最初は我がタウンハウスに借り馬車で来て頂きましたが、次第に「ここで一緒に住んで朝から晩まで教えたい」とおっしゃってくださいました。
そこでバーネット様は、マリルボーンの領地に出発する体で、秘密裡に我が屋敷に引っ越しされ、今ではまるで母上のようです。厳しいながらも機知にとんだ授業で飽きることがありません。
 「ソフィア王妃の最大の弱点は何だと思われますか?キール殿下?いいえ、キール殿下は切り札であって弱点ではありません。王妃の弱点、それはセルゲイ王です。正確には国王陛下に対する愛情です。
 これは王妃を観察していればすぐに分かることですのよ。この点において、王妃は分かりやすく弱点をさらしてしまわれたわ。王妃の目線の先には、常に陛下がおられる。目線を追えば、すぐに分かります。
つまり、これは悪い例です。
 大切な方をずっと見ていたいという気持ちは、誰にでもあるでしょう。でも公式の場でやり過ぎると、自身の喉元に刃を向けてと言っているようなもの。ましてや王族なら、敵国に武器を無償供給するのと一緒ですわ。
 ですからラミエル様、ベッドの中では好きなだけ王太子殿下をご覧になって、公の式典では、常に意識は前に。貴族は目線で会話し、目線で情報を集めるということを忘れてはなりません」

◇◇◇◇◇◇◇◇

 ドランスバルノ公爵家のトーリオ様は、青みを帯びた銀髪に、抜けるような白い肌、そしてサファイアの瞳と、まるで絵画から抜け出したような貴公子でした。それでいて鋭利な刃物を思わせる毒舌に、最初はとても緊張しました。しかし、宰相閣下が「一度、懐に入れると情が厚い」、「セオドア王太子殿下の事を弟のように気にかけている」と、教えてくれてからは緊張が取れました。
 「食事のマナーについては、初代アレクシス王の時代は、テーブルに座り、肉を手づかみで食べていたというのですから、ラ・フェーメル公国にマナーなどありませんでした。まさに野蛮人の国だったのです。
今のガリア王国の作法全般は、全てドランスバルノ公国のマナーを取り入れて進化しました。
公式行事の会食においては、王族はマナーに意識を向け過ぎる必要はありません。会食時に所作を気にするのは田舎貴族。それよりも王太子妃ともなれば、会食時の会話に重点をおきましょう」

◇◇◇◇◇◇◇◇

「ラミエル様、国の仕組みというのは、精密な機械仕掛けの時計と同じです。時計のパーツは一つ狂っても時計としての用を呈しない。国も同様。
 さて、私は宰相として政治においては、自身を精密機械の一つのパーツに過ぎないと考えています。それは宰相たる私の立場においてです。
 しかし王族、特に王太子、さらに国王ともなれば、自身も時計のパーツでありながら、その時計を遠方から眺める目を持たねばならないのです。つまり大局から見る目が必要になる。その目を養うのが重要です。大局から見て時計としての役割を全うしているかどうか、それで判断できます」

◇◇◇◇◇◇◇◇

「ラミエル様、私は今さらラミエル様に貴族年鑑を丸暗記してください、などという鬼畜の所業を要求したりはしません。ですが、これから申し上げる貴族家についてだけは、それこそ家令に至るまで覚えて頂きますわ。
 まず二つの公爵家、前王妃の御実家であるドランスバルノ公爵家と、宰相閣下のクリメイソン公爵家。
 次が四大侯爵家です。王妃の御実家、オレルアン侯爵家。私のマリルボーン侯爵家。そしてダドリー侯爵家に、フィッツランド侯爵家。
 次に伯爵家で重要なのは、ホワイトリー伯爵家だけですわ。
 王族は貴族社会の頂点です。ましてや王太子妃ともなれば、ラミエル様がお声がけをしなければ、たとえ公爵といえども話しかけることはできません。
つまり、この七つの貴族家以外については、私がいかようにでも助け舟を出せます。そうですね、合図を決めましょう。ラミエル様が右手をジャケットの第二ボタンに触れたら、私が間に入ります。
 さて重要な七つの貴族家のうち、二つの公爵家と私のマリルボーン侯爵家、そして私が懇意にしているダドリー侯爵家はお味方。そしてフィッツランド侯爵家は、かつてクリメイソン公国領でしたので、閣下が既にお声がけされています。よってこちらもお味方。
 面倒なのが、ホワイトリー伯爵家ですわ。ホワイトリー伯爵は、ラミエル様がお生まれになる前、隣のメイソン国との戦争で武功を立て、騎士からいきなり伯爵に取り立てられた貴族家ですの。ただ戦争で伯爵に助けて頂いた貴族家が多く、今だにとても人気があります。軍人のお家柄ですから、貴族的な婉曲な方法は通用しそうにありませんわ」

◇◇◇◇◇◇◇◇

「ラミエル様、マナーの中には夫婦揃ってのマナーというのがあります。ことにセオドア王太子殿下とラミエル様は番の関係になられる。番でなければ醸し出すことのできないオーラがあります。
 ソフィア王妃はベータで、セルゲイ王はアルファ。政略結婚ではあったものの、重要な貴族家との婚姻ということで、王は王妃をぞんざいには扱っておられません。
 しかしあくまでそれは建前で、王の御心にはずっと前王妃がおられる。それゆえソフィア王妃の恋情は常に一方通行。残酷ですが、そうであっても私情を入れず、王妃という役職を全うすべきだったのです。
恐らくですが、キール殿下をご出産以降、陛下のお渡りはないと、私は思っております。
 しかし、ラミエル様と王太子殿下は違います。公の場で、双方が離れたところで歓談せねばならない状況であっても、常に王太子殿下はラミエル様を把握できるはずです。それこそ殿下の背中に目があるのではと思われるほどに。番とはそういう関係です。
 ラミエル様と王太子は常に前を向き、物理的にお互いが見られなくても、お二人のお心はお互いの中にある。この関係は伝播します。周囲に暖かな空気、きらきらした光を落とし、その場にいる者に、もっとお二人を見ていたいという気持ちにさせる。これも重要なマナーであり、ソフィア王妃に対する大きな武器です」

◇◇◇◇◇◇◇◇

 僕が王都に出て2か月後。
 予定通り王家は、正式に僕を王太子殿下の新しい婚約者として発表しました。それからしばらくは、うちのタウンハウスにひっきりなしに様々な貴族家からお祝いの品物が届きました。その数たるや凄まじいもので、プレゼントで既に二部屋が埋まりました!

 バーネット様とトーリオ様が、手際よく返礼の優先順位をつけてくれ、その手紙を出すため、僕はずっと机にかじりつきです。
 そんな中で、二日に一度はセオドア様が我が家に来て下さいます。それが僕に力をくれます。

 今は二人だけで午後のお茶会です。
 日差しのよい中庭のテーブルで、王都で一番美味しいというスウィーツを食べながら、僕は目の前のセオドア様を堪能しています。
「嬉しそうだね、ラミィ」
「はい!とっても嬉しいです。美味しいスウィーツ、素敵なセオドア様!これで午後の手紙書きも頑張れます!」

 セオドア様が手を伸ばし、まるで小鳥がついばむように優しく髪を撫ででくれました。
「陛下が、王妃に新しい婚約者はラザフォード侯爵家の末子だと伝えた時のことを、内緒で教えてくれた。王妃は『新興侯爵家ふぜいの末子では王太子妃は務まらない』と、反対したそうだよ、最初はね。だけど陛下が、常になくはっきりと言って下さったそうだ。『新興ふぜいというが、新興にすらなれない伯爵家の令息を婚約者に推挙したそなたが、何を言うか!それも先方有責で破談になった。セオドアの婚約については、そなたには何もいう資格はない!』と。王妃は顔色が変わったって。
王妃(てき)は、とうとう、ラミィの存在を認識してしまった」
「セオドア様。明日には、両親が到着しますし、僕は大丈夫です!」

 心配そうなセオドア様。
 だいじょうぶです、セオドア様。
 セオドア様が闘ってきた日々に比べたら、どうってことないです。
 強い味方もいるし。

 でも僕は、言葉にすると照れてしまうので、そっと彼の手を握る。
 からめた指から熱が伝わり、それが全身に広がって、僕は自然に笑えるんだ。
 つながっているのは僕の体のほんの一部なのに、まるで包まれるように温かい。

 政略結婚が当たり前の貴族社会で、
 国王陛下と前王妃は奇跡のような番だったという。

 セオドア様、セオドア様、セオドア様!
僕たちもそうなりたい!

 セオドア様が僕を求めてくれる。
 だから僕は、セオドア様のために僕自身を貶めないように努力するんだ。

 王太子の婚約者のお披露目の儀まで、あと十日。


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