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58. だからこれが究極の愛だとか、そんなことは分からないけど…①
しおりを挟むマルコの兄・カイトの結婚式が無事に終わり、王都はいよいよサマーフェスティバルに向けて、異常に盛り上がる季節になった。
結婚式の翌日、カイトとマイセンは婚姻届をもって書類作成補助係にやってきた。ちょっと照れたカイトなど、お目に掛かれない絶滅危惧種と同じだ。そんな兄の様子にマルコはほっこり。
マイセンは、亡命した時から結婚までの間、ほとんどの時間を両親と400人の師匠たちと一緒に過ごしたいとカイトに言った。
両親はいい、見た目もちゃんと人間だ。しかし師匠たちはどうか。カイトはマルコ同様、師匠たちを心底敬愛しているのだ。そんな師匠たちを、ただ見た目が人外ぽいというだけで、マイセンが毛嫌いしたら、とても悲しい。だからマイセンの要望にすぐに返答できなかった。
しかし、それは杞憂だと早々に判明。他国に亡命する度胸があるマイセンだ、師匠たちとあっという間になじんでしまった。
それは師匠たちも同じだった。これまで師匠たちの愛情は、カイトとカリム、それにマルコに対して満遍なく、否応なく降り注がれていた。師匠たちにとって、この三人はいわば絶対の教主。
対してマイセンは女性でありながら「同志」の地位を手に入れたのだ。チコリ師匠を見て悲鳴を上げなかった腹の座り具合に、他の師匠たちが賞賛の声を上げたことが大きかった。
今では、いつカイトたちの子供が生まれるのか、生まれたらどうやって可愛がろうかと、師匠たちは手ぐすねを引いて待っている状態だ。
兄が婚姻届を持って来た日のことを思い出していたマルコに、「昼休みだよ」と、レオナルドが声をかけた。
サマーフェスティバルが近づくと、書類作成補助係は閑散期に入る。フェスティバル期間中は王宮勤務員にとっては夏季休暇と重なる。休みが明けると忙しくなるものの、フェスティバル前は不思議な高揚感に包まれ、どの部署もなんとなく暇になるのだ。王宮の部署が暇になると、確認書類はあまり持ち込まれないので、補助係も暇になる。だから仕事中に、余計なことを考える時間もあるわけだ。
さて、マルコとレオナルドは昼食のために、いつもの場所に向かった。ただし手ぶらだった。
王宮の裏庭のいつもの場所に行くと、昨日と同様にオリン公爵家の家令ファブが完璧な所作で待っていた。すでにテーブルはセットされ、真っ白なクロスが目に眩しい。そのテーブルの上に恭しく鎮座するのはなんちゃって生姜焼き定食だ。
「うわ!今日は生姜焼き定食だ!」
レオナルドの声がはずむ。
「しょう、しょうがやき?」
「そうだよ、マルコ!これは日本では人気のある定食なんだ!美味しそう!」
テーブルを挟んで座る二人。二人?そう二人だけだ。
レオンが所属する騎士団は、フェスティバル期間中とその前後は繁忙期だ。
なにしろ大陸で最も繁栄するオリアナ王都での一大イベント、サマーフェスティバル。オリアナ国内はもちろん、他国からの観光客も押し寄せる。人が増えると犯罪やトラブルも増加の一途。そうなると騎士団の出番となる。「密着警●24時!」並みの忙しさである。テレビ●京制作の同番組はヤラセがあったとして、今後は制作しないそうだが、こちらはヤラセなしで、とんでもない忙しさなのだ。
特にフェスティバルの前は、騎士団の幹部は連日詰め所にて、期間中の24時間体制のシフト決め、団員ペアの選定、商店街設置の騎士団詰め所(交番?)の運営方針などを決定し、それを徹底周知していくので、一般の団員よりもさらに忙殺される。例年、同じように警備をしているから、ある程度のマニュアルはあるものの、新入りの団員はこのフェスティバル警備が騎士団デビューになるので、彼らの緊張とお祭り前の高揚感が相まって、騎士団は一年で最も力の入る時期だった。
副団長であるレオンも御多分に洩れず、超忙しい。この一週間あまり、マルコはレオンの顔を見ていない。繁忙期に突入した時、レオンはマルコに会えなくなることを想定して、昼食時に家令ファブを寄こして、日本の昼食をマルコとレオナルドに提供することにした。そうすればファブからマルコの様子を聞けるし、二人にも喜ばれると…。
マルコはそのレオンの心遣いは嬉しかった。嬉しかったが、余計にレオンに会いたくなってしまった。
思い返せば、昨年だって同じだったはず。それなのに、今年の方が寂しいと思うのはどうしてなんだろう…。
ほかほかの白米に、ボンズ肉のなんちゃって生姜焼き、そしてたぶんキャベツの味噌汁はとても美味しいに違いない。違いないのに、なぜかマルコの気は晴れない。
そんなマルコにレオナルドはお父さんのような顔になった。
「マルコは副団長に会えなくて、寂しいんだね」
そういって箸を持つレオナルドには、なぜか父親の風格が漂う。
え?という顔になったのはマルコだけではない。家令ファブもそうだ。しかしすぐにファブは満面の笑み。
「マルコ様はレオン閣下にお会いできなくて、寂しいのですね」
このファブの呟きは、風に乗って瞬く間に四方八方へと飛んで行った。
「マルコ様はレオン閣下にお会いできなくて、寂しいのですね」、「マルコ様はレオン閣下にお会いできなくて、寂しいのですね」、「マルコ様はレオン閣下にお会いできなくて、寂しいのですね」、「マルコ様は…」。
いったいどういう仕組みになっているのか。これが昼夜にマルコを警備している王家の影の真骨頂なのか。レオナルドからの思わぬ指摘に「…そうなのかな」とマルコが答えて、ちょっと俯きつつ、照れ顔になって味噌汁を飲んだ頃には、なんとファブの呟きはマジョリカ妃殿下の耳に入っていた。おいおいである。早すぎるだろ!
「なんですって!」
妃殿下も昼食中であったが、耳打ちした侍女に扮したエメの顔を見て小さくない叫び声をあげた。その声に喜色が混じっているのは言わずもがな。
「それで、それで、その後、マルコはなんと言ったの?」
「はい。マルコ様はやや俯き加減になられまして、『そうなのかな』と」
「エメ!それは恋を自覚した瞬間だわ!」
「はい!」
興奮した妃殿下は「すぐにレオン閣下を呼んでちょうだい!この件については、どんなに閣下がお忙しかろうとも、直接、私が伝えます!」と、エメに指示。エメが「御意!」といってその場を去ると、妃殿下は妃殿下付きの女官長に声をかけ、「『オリアナの悲劇』の解読を、さらに急ぐように!」と命じた。
オリアナの悲劇―。
これは約100年以上前、王宮内の土壌調査の際に発見された古代文字が書かれた二組の石板と、その石板にまつわる出来事を総称して、かく言われている。
石板が発見された当時、石板には見たこともない象形文字が書かれていた。内容については解読不能。そのため貴重な古代の遺物ということで、王宮の奥深くで保管されてきたのだが、厳重に保管され過ぎて、いつの間にか、石板自体が忘れ去られてしまっていたのだ。
それが20年前に偶然、宝物庫で再発見されたのだが、それがたまたま年末の忙しい時期だったため、石板のうちの1枚を侍女が落として割ってしまった。割れた石板の約3分の1はほとんど粉々になって修復不可能になり、残りの部分はなんとか修復した。
貴重な古代の資料でありながら、忘れ去られていたことと、再発見された時に割ってしまったという一連の流れから、この石板はいつしか「オリアナの悲劇」と呼ばれるようになった。
こうして、やっと日の目を見た石板ではあるが、内容は相変わらず解読不能のままだった。
しかし昨年、学者たちの努力のおかげで、徐々に解読がすすみ、今年になって石板の冒頭二列の意味が判明。
そこには…
「これは究極の愛の物語である」
「はるか昔、天と地の狭間に、二人の男がいた」
なんとも意味深である。
この内容を聞いて、オリアナで一番歓喜したのは妃殿下、次がエメだ。
「古代最古のBL!」
そう叫んだ妃殿下の興奮は収まらず、象形文字解読チームの学者たちにさらなる支援を約束し、可能な限り、解読を急ぐように指示した。妃殿下の熱意が伝播したのか、学者チームは寝る間も惜しんで解読し、約1ヵ月前に1枚目の石板はほぼ解読に成功。そしてその内容を聞いた妃殿下は、OBBのメンバーに、フェスティバルでこの石板の内容に沿った劇をするように命じたのだ。
なんとそのシナリオを書いたのは、妃殿下その人である。まだ解読途中ではあるものの、一応、シナリオは完成していた。しかし石板の解読が進んだら、シナリオも改変するという、まるで予測不可能なリアリティ-番組の様相を呈していた。
しかも2枚の石板のうちの2枚目は3分の1がない。そこが恐らく物語の結末にあたる部分なのだろうが、しかし失われていた。だからシナリオのラストは、妃殿下の完全な創作だ。
題して「究極の愛の物語」。大陸最古のBL小説?のサブタイトルのついたこの劇は、サマーフェスティバルの最後に上演される、超目玉作品になっている。
それはさておき、超激務なレオンが妃殿下の召集に応じたのは、だいぶ日が暮れてからだった。
その頃には王家の影総責任者のリン以下、全ての影がマルコはレオンに会えなくて寂しいと思っていることを知っていた。
結局、当事者であるレオンが最後に知ることになったわけだが、レオンは地上から舞い上がるほどの歓喜の瞬間を味わったのだから、これは誰も責められないだろう。
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