王宮の書類作成補助係

春山ひろ

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53. マルコのお宅拝見と師匠たちのフィッティング①

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 翌朝―。

 空は晴れ渡っていた。
 王宮の馬車寄せに10台の馬車が停まっている。先頭には王妃と女官長、それに筆頭侍従長ガイ、二台目にはレオンとマルコ、三台目以降に王室御用達のデザイナーやフィッターが乗り込んだ。目立たないように通常の王家仕様の馬車ではなく、平時の貴族用の馬車である。

 マルコはワクワクだ。

 久しぶりの実家で、大好きな人たちとの一緒の帰省である。家で両親たちが待っていてくれる。
 子供のように嬉しそうなマルコに王妃たちもにっこり。
 当然、警護は厳重だが、そこは抜かりない王家の影。三上忍さんじょうにんたちは様々な変装で同行する。

 王宮を出るとすぐ、王妃が筆頭侍従長ガイに声をかけた。何しろわずか15分でマルコ宅に到着してしまう。グズグズしているわけにはいかないのだ。

「セスピーリオ国から視察団が来るわ」
 王妃の声は馬車に乗り込む前とは打って変わり、不機嫌丸出し。
 セスピーリオ国からの視察。ガイは聞いていない。チラッと女官長を見ると、わずかに頷く。
 急遽、決まったことだとガイは悟ったものの、表情には出さなかった。

「表向きは、我が国の書類作成補助係の視察よ」
「承知いたしました」
「補助係は我が国独自のシステム。セスピーリオ国は将来導入を検討したいそうで、補助係を視察させてほしいのですって!」
 王妃は「表向き」といった。つまり裏があるのだ。
「…ほんとに導入したいのであれば、事務方トップあたりを寄こすはずよね。それがやってくるのは、セスピーリオの第五王女、17歳!」

 王妃のいう通りだ。書類作成の王女しろうとが補助係を視察したところで、その制度の利点を正確に掴めるとは思えない。

「…真の目的はお見合いです」
 女官長がいう。

 現在23歳の第二王子は、将来臣下に下られ、公爵位を賜り、宰相となられる予定で、既にミクロス侯爵家の次女との婚約が調っており、来年ロイヤルウェディングの予定だ。
 残るは21歳の第三王子。陛下のお心積もりは、第三王子を将来の王家の影総責任者とお考えになっておられる様子。第二王子同様、公爵位を賜る予定になっており、アーマイゼ侯爵家の長女とご婚約されたばかり。
 では、もしや…。

「まったく腹立たしい!そうよ、レオンよ!お目当てはレオン!」

 セスピーリオ国は、大陸間の運河の通行料が主な収入源の国だ。そして、この運河の通行料がものすごく高い!しかしだからといって運河を使用しないと、大陸をぐるりと船で周回しなければならず、約10日余計にかかってしまい、物流に大きな影響が出る。
 だがオリアナにとっては、運河はあまり重要ではない。オリアナの主たる輸出品は紙と鉄。どちらも周回ルートを通って日数がかかったとしても腐るものではない。だからオリアナでのセスピーリオ国の立ち位置は、他の諸国と変わらぬもので、無下にはできない国ではあるものの、特出して重要な国ではなかった。

 ガイは眼鏡のブリッジをあげ、「17歳といえば、既に婚約者がいるのが常ですが、いないということでしょうか?」と口にした。
「ええ、それにはリン閣下が答えてくれるわ。リン!」
 
 いったいどこから現れたのか、馬車の中に王家の影総責任者リンが座っていた。侍従の衣装である。29歳のはずが、どう見ても18歳の侍従に見える。どういう変装技術だ。

「王女はマイセン王女といい、セスピーリオ国王の末子で、王太子である長兄とは18歳、年が離れています。老いてから出来た子ということで、セスピーリオ国王は溺愛し、そのため相当に気が強く我儘に育ちました。王女を叱ることができるのは、乳母の娘で王女付き女官一人だけです」
「…一人は王女を嗜める者がいる。それだけが救いね」
「はい、王妃様。その女官のおかげでしょう、王女は手の施しようのない所までいっておりません。また婚約者については父である国王が、より良い結婚を望んだ結果です。王女自身も選民意識が強く、我儘で面食いなので、国王の意向に乗っかる形で、現在に至っています」
「その女官とやらは、今回の視察に同行しているのでしょうね?」
「はい、同行しております」
「…分かりました。…セスピーリオ国は王女が出立して10日後、早馬で我が国に急遽で申し訳ないがといいつつ、視察の受け入れを要請してきました。既に本国を出発したのだと言って。本来であれば、事前に申し入れをしてから寄こすのが筋というもの。それを無視して強行なやり方を通してきたわ。…ずいぶん、オリアナを舐めてくれるじゃない」
 王妃の声は一段と低くなった。マルコ15歳の時、マルコの両親と面談すべく、陛下到着10分前に突撃隣の晩御飯作戦を力技でねじ込んだ王妃だが、そんな自身の所業はちゃっかり棚に上げた。さすがにガイは指摘できない。それくらい王妃は怒っていたのだ。

「私の希望は、王女にレオンを会わせたくないものの、歓迎晩餐会を開きますから、会わせないというのは無理でしょう。ですが、極力二人の接触時間を短くしたい。またマルコについても、当然、会わせたくありません!しかし、こちらも補助係を視察するのだから、どうしても会ってしまうわ」
「王女視察の日は、マルコに有給を使わせるというのはどうでしょうか」
 女官長の提案をしばし熟慮した王妃だったが、「なぜその日に有給を取るのか、マルコは理由を気にするでしょう。マルコに本当のことは言えない。できるなら、マルコには一切伏せて、王女の視察団をやり過ごしたい。そう思うのだけれど…」と答えた。

「いずれにせよ、影としても最大限の警護を致します」
「そうして頂戴。とにかくマルコには王女の真の目的を悟られないように。王女の真意については、陛下からレオンにお話して下さるように進言します」
 これでこの件は、一旦終了。マルコの実家の大門が見えてきたからだ。いつの間にかリンは姿を消していた。

 マルコの家の大門は、もしかしたら王宮の大門に匹敵する大きさかもしれない。
 堅牢で巨大、さらに幅は2メートル。大門に連なる壁で囲まれた金庫のごとき邸宅。
 壁の先端は尖ったやじりのような物が突き出していて、東西南北に物見櫓ものみやぐらがある。
 王都ドイボンゴは景観の美しい都市で、都市自体が貴重な観光資源でもある。そのため東京の国立市のように条例で建物の建設には高さ制限があった。その制限ギリギリの頑強な物見櫓。しかも櫓に様々な武器類を置いたバージョンアップ仕様。
 
 王妃と女官長、ガイには二度目の訪問だが、王室御用達のデザイナーたちにとっては初めて見る、金庫のごとき邸宅。王都に点在する瀟洒な貴族の屋敷とはかけ離れた要塞のような家。
 馬車寄せで次々に降り立ったデザイナーたち全員が茫然と周囲を見回すなか、「父さん、母さん、兄さんたち!ただいま!」と、マルコの声が響いた。

 マルコの両親と双子の兄、カイトとカリムの出迎えだった。
 その後方に、黒いオーラを発した魔王軍のごとき一団が控えていた。

 ガイは、たとえフィッターが使い物にならなくなっても、自分の特殊能力を使えば、師匠たちのフィッティングは出来る。しかし、可能ならフィッターにはきちんと仕事してほしいと願っていた。
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