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52. 筆頭侍従長ガイ・ホールとレオン閣下
しおりを挟む騎士団の来客用の応接は、王宮の他の来客用の部屋と比較すると、かなり簡素だ。
しかし、今はその場に不釣り合いな煌びやかな二人が対面で座る。
来客用の紅茶は一応、高級品ではあるものの、入れるのはゴツくて雑な団員。ゆっくり茶葉を広げる等の芸当は無理だった。よって豚に真珠というに相応しいお粗末な薄い紅茶が、これまた簡素な茶器に注がれていた。
しかしそんなことはお構いなく、筆頭侍従長ガイ・ホールはゆったりとソファに座る。対してレオンは、なぜ今日、ガイが自分に面談を求めたのか、理解に苦しんでいた。
この二人は当然、面識がある。
身分は公爵と侯爵令息。そして騎士団副団長と筆頭侍従長。そんな社会的身分はとっぱらって、二人を近づけたのはマルコだ。
マルコの休日の常宿と化した王宮で、そのマルコに付くのは筆頭侍従長だ。マジョリカ妃殿下に呼ばれるたびに王宮でマルコとの交流を深めてきたレオンは、当然、ガイとも交流があった。
マルコの今週の予定は、休日前の今夜から王宮に泊まり、明日は王族方に一日中、構われる日で、明後日は早朝に王宮を出発して実家に戻る予定だった。
そして実家では、マルコの師匠たちに王妃主催の夏の晩餐会のために正装をオーダーすることになっているのだ。そのためマルコと一緒に筆頭侍従長及び王室御用達のデザイナー、フィッターと呼ばれる採寸担当、生地担当、手書きで型紙を書き起こす担当なども、マルコの実家に行く予定になっている。
レオンにしてみれば、マルコの実家に行けるチャンス到来!のはずが、100メートル先の後ろ姿を見ただけでビビったチコリ師匠との衝撃の出会い以来、いまだに立ち直れていない彼は、同行すべきかどうか二の足を踏んでいた。
「今日からマルコは王宮に泊まるのだろう?」
薄い紅茶に口をつけながら、なんとか声を縛り出したレオンである。
「はい、その予定でございます。お忙しいところ、閣下にお時間を頂きましたのは、明日と明後日のマルコ様のご予定が多少、変更になりましたので、それをお伝えしたく参りました」
ガイは侍従長らしく、平坦な物言いで事実を告げた。
「マルコの予定が変更?」
「はい。当初は明後日のみ日帰りでマルコ様は御実家に戻られる予定でしたが、明日の朝から御実家に戻られ、明日は御実家にご宿泊になります」
狼狽えたレオンの頭に、昔の漫画に出てくる「ガーン」という文字が落ちてきた。
「そうか。…それではこの週末はマルコには会えないのか…」
このレオンの反応はガイにしてみれば想定の範囲内。
ここからどうやってレオンを炊きつけ、マルコの実家に彼を行かせるか。それが今日のガイに下されたマジョリカ妃殿下の命だ。
「チコリ師匠の姿を拝して、すっかり自信を無くし、気落ちしてしまった閣下に、これまでと同様の作戦、つまり私が呼べば参上する作戦は通用しないと思うのよ。そこで筆頭侍従長ガイ・ホールの出番よ!ここであなたの手腕をいかんなく発揮し、閣下に自ら、マルコの実家に行くと言わせて頂戴。史上最年少で筆頭侍従となった未来の家令、ガイ・ホールのお手並みを拝見したいわ」
ガイは無言で妃殿下より下された至上命題を反芻。ここからがガイ・ホールの腕の見せ所だ。
ガイはくいっと眼鏡のブリッジを上げた。
「さようでございますか。週末に閣下と会えないと分かれば、マルコ様も気落ちされましょう」
ぴくっとレオンの肩がはねた。
「いや、そうかもしれないが…。師匠たちに会えるのだから、マルコは寂しくはないだろう」
哀愁が漂うレオンだ。
マルコに絡める作戦は失敗。
では次の手だ。
「実は、明日のマルコ様ご帰省には王妃様が、明後日には王太子妃殿下が、それぞれおしのびでマルコ様のご実家を訪問予定です」
途端にレオンは絶句。
「ええ、閣下が絶句されるのは当然。これまで王族がおしのびで王都に出られたのは、私の記憶が正しければ、3年前、陛下がマルコ様のご入職について、ご両親と面談すべくご実家に赴かれた、これ一度きりでございます。約800年のオリアナ史を紐解きましても、王族がおしのびで平民の家に行ったという記録はございません。
他国であれば、建国早々の頃は、記録に残っていないだけで、もしかしたら王族が城下におしのびで行かれた事例があるかもしれませんが、記録に残すことを最善の証拠とするオリアナで、記録に残っていないということはないのです」
日本の時代劇では、現役の将軍様が、いとも簡単に城下に行くが、どうやらオリアナでは王族のおしのびなるものは存在しないらしい。
「そ、そうか。それにしても、よく陛下がお許しになったな」
「…閣下。陛下は一度、マルコ様のご実家をおしのびで訪問された身。それを陛下に進言したのは他ならぬ王妃様でしたので、よもやその事実を盾にされるとは、陛下も思っておられなかったようですが、やはり王妃様の方が一枚上手と申しますか、ご自分の立てた隣の晩御飯作戦であったにも関わらず、そんなの記憶の範疇外と言わんばかりに、王妃様は妃殿下と徒党を組んで、陛下を言葉巧みに脅迫、失礼、説得を試みになられて、陛下は屈した、失礼、お許しになられました」
マルコの部屋を王宮のどの階にするか、この件で静かなる闘争を繰り広げた王妃と妃殿下ではあったが、元々は強固な同盟を結んでいる二人。目的が同じなら一致団結するのだ。
「…なるほど。陛下のご心中を慮ると、いたたまれないな」
「いや、そうでもないのです」
さらっとガイは流した。
「え?」
「私は12歳で王宮に上がりました。威厳に満ちた陛下のご尊顔、慈愛に満ちた王妃様の振る舞い等を幾度も拝してまいりましたが、今回のマルコ様ご実家おしのび争奪戦では、赤裸々な王族方の姿を目撃いたしました。『そんなのずるい、ずるい』と陛下が駄々をこね、対して王妃様は『あなたはもうおしのびで一度、行ったじゃない!』と氷の表情ではねのけると、陛下は『だって、その時、マルコとは会ってないもん』という具合で」
「『会ってないもん!』だって?そんな風に陛下は仰せになったのか?」
たまらずレオンが言葉を挟む。
「さようでございます。『会ってないもん!』という陛下に対して、王妃様は『私はおしのびでマルコの家に行ったことはないのよ!』とブチ切れました」
「そうはいうが、二人はマルコのご両親の功績を称える式典で、マルコの実家に一度は行ってるじゃないか!私こそ、一度も行ったことはないんだぞ!」
なぜか、ここでレオンもブチ切れた。
ガイは密かにほくそ笑む。
「さそうでございますね。言い合う陛下と王妃様の間に、今度は妃殿下が閣下と同様の反応で参戦されると、途端に王妃様は妃殿下に賛同し、『ほらね!マジョリカが可哀そうでしょ!』と、会話の前後とは無関係な言葉を発して、陛下を煙に巻き、あとはあっという間に陛下を仮死状態にされたというのが、正しい現場の状況でした」
興奮した様子でレオンが叫ぶ。
「それで妃殿下まで行くことになったのか!それなら、私も行くぞ!私だって妃殿下と同じじゃないか!私も行く!」
ここでガイはもう一度、眼鏡のブリッジを上げた。
「さようでございますね。ええ、ええ、閣下は妃殿下と同じ立場。行く権利がございます」
「だろう?」
「ええ、承りました。では私は、さっそく王宮に戻りまして、閣下もマルコ様のご実家にご同行されると報告いたします。馬車の手配等ございますので。ではこれにて失礼いたします」
二人して立ち上がった。
「明日、王宮には何時に行けばよいのだ?」
泰然自若なガイにしては満面の笑顔だ。
「明日、午前10時に王宮にてお待ちしております」
最後にガイは丁寧に頭を下げた。
ガイを見送る頃には、行く気満々になっていたレオンであった。
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