王宮の書類作成補助係

春山ひろ

文字の大きさ
上 下
52 / 59

52. 筆頭侍従長ガイ・ホールとレオン閣下

しおりを挟む

 騎士団の来客用の応接は、王宮の他の来客用の部屋と比較すると、かなり簡素だ。
 しかし、今はその場に不釣り合いな煌びやかな二人が対面で座る。
 
 来客用の紅茶は一応、高級品ではあるものの、入れるのはゴツくて雑な団員。ゆっくり茶葉を広げる等の芸当は無理だった。よって豚に真珠というに相応しいお粗末な薄い紅茶が、これまた簡素な茶器に注がれていた。

 しかしそんなことはお構いなく、筆頭侍従長ガイ・ホールはゆったりとソファに座る。対してレオンは、なぜ今日、ガイが自分に面談を求めたのか、理解に苦しんでいた。

 この二人は当然、面識がある。
 身分は公爵と侯爵令息。そして騎士団副団長と筆頭侍従長。そんな社会的身分はとっぱらって、二人を近づけたのはマルコだ。
 マルコの休日の常宿と化した王宮で、そのマルコに付くのは筆頭侍従長だ。マジョリカ妃殿下に呼ばれるたびに王宮でマルコとの交流を深めてきたレオンは、当然、ガイとも交流があった。

 マルコの今週の予定は、休日前の今夜から王宮に泊まり、明日は王族方に一日中、構われる日で、明後日は早朝に王宮を出発して実家に戻る予定だった。
 そして実家では、マルコの師匠たちに王妃主催の夏の晩餐会のために正装をオーダーすることになっているのだ。そのためマルコと一緒に筆頭侍従長及び王室御用達のデザイナー、フィッターと呼ばれる採寸担当、生地担当、手書きで型紙を書き起こす担当なども、マルコの実家に行く予定になっている。

 レオンにしてみれば、マルコの実家に行けるチャンス到来!のはずが、100メートル先の後ろ姿を見ただけでビビったチコリ師匠との衝撃の出会い以来、いまだに立ち直れていない彼は、同行すべきかどうか二の足を踏んでいた。
 
「今日からマルコは王宮に泊まるのだろう?」
 薄い紅茶に口をつけながら、なんとか声を縛り出したレオンである。

「はい、その予定でございます。お忙しいところ、閣下にお時間を頂きましたのは、明日と明後日のマルコ様のご予定が多少、変更になりましたので、それをお伝えしたく参りました」
 ガイは侍従長らしく、平坦な物言いで事実を告げた。
「マルコの予定が変更?」
「はい。当初は明後日のみ日帰りでマルコ様は御実家に戻られる予定でしたが、明日の朝から御実家に戻られ、明日は御実家にご宿泊になります」

 狼狽えたレオンの頭に、昔の漫画に出てくる「ガーン」という文字が落ちてきた。
「そうか。…それではこの週末はマルコには会えないのか…」

 このレオンの反応はガイにしてみれば想定の範囲内。
 ここからどうやってレオンを炊きつけ、マルコの実家に彼を行かせるか。それが今日のガイに下されたマジョリカ妃殿下の命だ。

 
「チコリ師匠の姿を拝して、すっかり自信を無くし、気落ちしてしまった閣下に、これまでと同様の作戦、つまり私が呼べば参上する作戦は通用しないと思うのよ。そこで筆頭侍従長ガイ・ホールの出番よ!ここであなたの手腕をいかんなく発揮し、閣下に自ら、マルコの実家に行くと言わせて頂戴。史上最年少で筆頭侍従となった未来の家令、ガイ・ホールのお手並みを拝見したいわ」


 ガイは無言で妃殿下より下された至上命題を反芻。ここからがガイ・ホールの腕の見せ所だ。
 ガイはくいっと眼鏡のブリッジを上げた。

「さようでございますか。週末に閣下と会えないと分かれば、マルコ様も気落ちされましょう」
 ぴくっとレオンの肩がはねた。
「いや、そうかもしれないが…。師匠たちに会えるのだから、マルコは寂しくはないだろう」
 哀愁が漂うレオンだ。

 マルコに絡める作戦は失敗。
 では次の手だ。

「実は、明日のマルコ様ご帰省には王妃様が、明後日には王太子妃殿下が、それぞれおしのびでマルコ様のご実家を訪問予定です」

 途端にレオンは絶句。

「ええ、閣下が絶句されるのは当然。これまで王族がおしのびで王都に出られたのは、私の記憶が正しければ、3年前、陛下がマルコ様のご入職について、ご両親と面談すべくご実家に赴かれた、これ一度きりでございます。約800年のオリアナ史を紐解きましても、王族がおしのびで平民の家に行ったという記録はございません。
 他国であれば、建国早々の頃は、記録に残っていないだけで、もしかしたら王族が城下におしのびで行かれた事例があるかもしれませんが、記録に残すことを最善の証拠とするオリアナで、記録に残っていないということはないのです」
 日本の時代劇では、現役の将軍様が、いとも簡単に城下に行くが、どうやらオリアナでは王族のおしのびなるものは存在しないらしい。

「そ、そうか。それにしても、よく陛下がお許しになったな」
「…閣下。陛下は一度、マルコ様のご実家をおしのびで訪問された身。それを陛下に進言したのは他ならぬ王妃様でしたので、よもやその事実を盾にされるとは、陛下も思っておられなかったようですが、やはり王妃様の方が一枚上手と申しますか、ご自分の立てた隣の晩御飯作戦であったにも関わらず、そんなの記憶の範疇外と言わんばかりに、王妃様は妃殿下と徒党を組んで、陛下を言葉巧みに脅迫、失礼、説得を試みになられて、陛下は屈した、失礼、お許しになられました」
 マルコの部屋を王宮のどの階にするか、この件で静かなる闘争を繰り広げた王妃と妃殿下ではあったが、元々は強固な同盟を結んでいる二人。目的が同じなら一致団結するのだ。

「…なるほど。陛下のご心中を慮ると、いたたまれないな」
「いや、そうでもないのです」
 さらっとガイは流した。

「え?」
「私は12歳で王宮に上がりました。威厳に満ちた陛下のご尊顔、慈愛に満ちた王妃様の振る舞い等を幾度も拝してまいりましたが、今回のマルコ様ご実家おしのび争奪戦では、赤裸々な王族方の姿を目撃いたしました。『そんなのずるい、ずるい』と陛下が駄々をこね、対して王妃様は『あなたはもうおしのびで一度、行ったじゃない!』と氷の表情ではねのけると、陛下は『だって、その時、マルコとは会ってないもん』という具合で」
「『会ってないもん!』だって?そんな風に陛下は仰せになったのか?」
 たまらずレオンが言葉を挟む。

「さようでございます。『会ってないもん!』という陛下に対して、王妃様は『私はおしのびでマルコの家に行ったことはないのよ!』とブチ切れました」
「そうはいうが、二人はマルコのご両親の功績を称える式典で、マルコの実家に一度は行ってるじゃないか!私こそ、一度も行ったことはないんだぞ!」
 なぜか、ここでレオンもブチ切れた。
 ガイは密かにほくそ笑む。

「さそうでございますね。言い合う陛下と王妃様の間に、今度は妃殿下が閣下と同様の反応で参戦されると、途端に王妃様は妃殿下に賛同し、『ほらね!マジョリカが可哀そうでしょ!』と、会話の前後とは無関係な言葉を発して、陛下を煙に巻き、あとはあっという間に陛下を仮死状態にされたというのが、正しい現場の状況でした」

 興奮した様子でレオンが叫ぶ。
「それで妃殿下まで行くことになったのか!それなら、私も行くぞ!私だって妃殿下と同じじゃないか!私も行く!」
 

 ここでガイはもう一度、眼鏡のブリッジを上げた。
「さようでございますね。ええ、ええ、閣下は妃殿下と同じ立場。行く権利がございます」
「だろう?」
「ええ、承りました。では私は、さっそく王宮に戻りまして、閣下もマルコ様のご実家にご同行されると報告いたします。馬車の手配等ございますので。ではこれにて失礼いたします」

 二人して立ち上がった。
「明日、王宮には何時に行けばよいのだ?」
 泰然自若なガイにしては満面の笑顔だ。
「明日、午前10時に王宮にてお待ちしております」
 最後にガイは丁寧に頭を下げた。

 ガイを見送る頃には、行く気満々になっていたレオンであった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を欲しがる男!

鬼龍院美沙子
恋愛
何十年も私を狙い私に相応しい男になりプロポーズしてきた男。お互い還暦を過ぎてるのに若い頃のように燃え上がった。

笑い方を忘れたわたしが笑えるようになるまで

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃に強制的に王城に連れてこられたわたしには指定の場所で水を汲めば、その水を飲んだ者の見た目を若返らせたり、傷を癒やすことができるという不思議な力を持っていた。 大事な人を失い、悲しみに暮れながらも、その人たちの分も生きるのだと日々を過ごしていた、そんなある日のこと。性悪な騎士団長の妹であり、公爵令嬢のベルベッタ様に不思議な力が使えるようになり、逆にわたしは力が使えなくなってしまった。 それを知った王子はわたしとの婚約を解消し、ベルベッタ様と婚約。そして、相手も了承しているといって、わたしにベルベッタ様の婚約者である、隣国の王子の元に行くように命令する。 隣国の王子と過ごしていく内に、また不思議な力が使えるようになったわたしとは逆にベルベッタ様の力が失われたと報告が入る。 そこから、わたしが笑い方を思い出すための日々が始まる―― ※独特の世界観であり設定はゆるめです。 最初は胸糞展開ですが形勢逆転していきます。

捨てられ令嬢ですが、一途な隠れ美形の竜騎士さまに底なしの愛を注がれています。

扇 レンナ
恋愛
一途な隠れ美形の竜騎士さま×捨てられた令嬢――とろけるほどに甘い、共同生活 小さな頃から《女》というだけで家族に疎まれてきた子爵令嬢メリーナは、ある日婚約者の浮気現場を目撃する。 挙句、彼はメリーナよりも浮気相手を選ぶと言い、婚約破棄を宣言。 家族からも見放され、行き場を失ったメリーナを助けたのは、野暮ったい竜騎士ヴィリバルトだった。 一時的に彼と共同生活を送ることになったメリーナは、彼に底なしの愛情を与えられるように……。 隠れ美形の竜騎士さまと極上の生活始めます! *hotランキング 最高44位ありがとうございます♡ ◇掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス ◇ほかサイトさまにてコンテストに応募するために執筆している作品です。 ◇ベリーズカフェさん先行公開です。こちらには文字数が溜まり次第転載しております。

Owl's Anima

おくむらなをし
SF
◇戦闘シーン等に残酷な描写が含まれます。閲覧にはご注意ください。 高校生の沙織は、4月の始業式の日に、謎の機体の墜落に遭遇する。 そして、すべての大切な人を失う。 沙織は、地球の存亡をかけた戦いに巻き込まれていく。 ◇この物語はフィクションです。全29話、完結済み。

ダメダメ妻が優しい夫に離婚を申し出た結果、めちゃくちゃに犯される話

小野
恋愛
タイトル通りです。

誰がための香り【R18】

象の居る
恋愛
オオカミ獣人のジェイクは疫病の後遺症で嗅覚をほぼ失って以来、死んだように生きている。ある日、奴隷商の荷馬車からなんともいえない爽やかな香りがした。利かない鼻に感じる香りをどうしても手に入れたくて、人間の奴隷リディアを買い取る。獣人の国で見下される人間に入れこみ、自分の価値観と感情のあいだで葛藤するジェイクと獣人の恐ろしさを聞いて育ったリディア。2人が歩み寄り始めたころ、後遺症の研究にリディアが巻き込まれる。 初期のジェイクは自分勝手です。 人間を差別する言動がでてきます。 表紙はAKIRA33*📘(@33comic)さんです。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

最低ランクの冒険者〜胃痛案件は何度目ですぞ!?〜

恋音
ファンタジー
『目的はただ1つ、1年間でその喋り方をどうにかすること』  辺境伯令嬢である主人公はそんな手紙を持たされ実家を追放された為、冒険者にならざるを得なかった。 「人生ってクソぞーーーーーー!!!」 「嬢ちゃんうるせぇよッ!」  隣の部屋の男が相棒になるとも知らず、現状を嘆いた。  リィンという偽名を名乗った少女はへっぽこ言語を駆使し、相棒のおっさんもといライアーと共に次々襲いかかる災厄に立ち向かう。  盗賊、スタンピード、敵国のスパイ。挙句の果てに心当たりが全くないのに王族誘拐疑惑!? 世界よ、私が一体何をした!?  最低ランクと舐めてかかる敵が居れば痛い目を見る。立ちはだかる敵を薙ぎ倒し、味方から「敵に同情する」と言われながらも、でこぼこ最凶コンビは我が道を進む。 「誰かあのFランク共の脅威度を上げろッッ!」  あいつら最低ランク詐欺だ。  とは、ライバルパーティーのリーダーのお言葉だ。  ────これは嘘つき達の物語 *毎日更新中*小説家になろうと重複投稿

処理中です...