王宮の書類作成補助係

春山ひろ

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51. 謎のオーロラ美少年とクズ侍従とクズ騎士団員…⑤

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 オリアナ王国・王都ドイボンゴ。
 ゴンドーナ大陸一の興隆を誇る巨大都市。この時点で既に人口100万人超え。幕末の江戸は100万都市だったそうだが、それ以上の規模である。

 その巨大な王都の商店街は、オリアナ王家とは別の指示系統を持つ、いわば小国並みの権力を有していた。

 王都の中に小国がある-。
 こう評したのは後世の経済学者メニエルである。
 経済学者がこのように評したには訳があった。
 オリアナの経済を文字通り担う商店街は加盟数1万超え、加盟店全ての収入を合わせると16兆円を超えていた。これはオーストリアの国家予算とほぼ同額。
 しかも王都商店街には王国の補助金は一切使われていないのである。十分な収入があるため王国の補助金を得る必要がないと断っていたのだ。王家としては、その分、地方へ予算を配分できるわけで、こうした経緯から商店街はただでさえ王家に対して大きな影響力を有していたのに、現在、その商店街の会長はマルコの父である。国王陛下からしたら先王の生まれ変わり?ということで、いまやその影響力は計り知れない。

 つまりドイボンゴの商店街会長とは東京都知事と同等の権力と影響力を持ち、経団連会長のように国に物申し、さらに400人の師匠という、人かどうかも不詳な独自の恐るべき軍隊?をも有していたのだ。
 またマルコの父は、「国が食わしてくれないなら、わしが食わしたる!」を、有言実行してきた男だ。それを現すように、ドイボンゴには諸外国に必ずある貧民街、いわゆるスラム街がない。他国からの難民を引き受ける救生院はあるが、それとてマルコの父が私財を投入して作ったものだ。
 まさに経済学者メニエルの評は的を射ていたわけだ。

 この商店街で生まれ育った者は「両替商さんには足を向けて寝たらいかん」という不文律の掟があった。

 パコは大人しくてあまり頼りにはならない。けれどそこそこ大きな食品卸売の店の長男だ。父は商店街の副会長。当然、パコはマルコを知っている。いかにマルコの両親が王都に尽くしてきたのかも知っているし、マルコの両親だけでなく、マルコやその兄たち、そして師匠たちも知っていた。
 レオナルドもそうだ。レオナルドの父は、パコの父と同じく商店街副会長で、王都で指折りの石材卸売店。王室御用達の大店で、その仕事ぶりは有名だ。
 自分の性癖?と、マルコとレオナルドを天秤に掛けたら、迷わず後者を選ぶパコだった。

「ちょ、ちょっと聞いただけじゃない。そんな言い方って…」
 サオは驚いて、少し慌てて言った。

「ごめんね?いきなりマルコとレオナルドっていう名前を聞いて、俺、驚いちゃってさ。でも、言ったことは撤回しないよ。その名前はもう忘れた方がいい。いや、サオ以外の人が口にするには問題ないけど。サオは身の程は弁えられないし、身の丈とかも分かんないだろうし、サオがナルちゃんを卒業できるとは思えないしね。
 その名前はね、サオが口にしていい名前じゃない。もう忘れた方がいい。てか、忘れて。今すぐ忘れて。そしてOBBでまたセンターを取ることだけ考えよう。それがサオのためだよ」
「…」
「俺の言っていること、分かるよね?分かんない?」
「…言ってることは分かるけど…でも…」
「でもなんていうなら、まだ分かってないんだね。だったら、もっと分かるようにいうね。サオがマルコとレオナルドの事を忘れないのであれば、俺はファンクラブの会長、やめるよ。俺だけじゃない。ファンクラブ自体が解散だ」
「はあ?」
「あのね、サオのファンクラブの会員は、ほとんど全てが店主の息子か、従業員だからね。会長である俺が解散っていえば、もう解散。会長の一存での解散ではなく、俺が解散の理由をみんなに言ったら、間違いなく全員が解散するのを納得してくれる。うん、間違いない」
 パコは、うんうんと頷いた。

 サオは焦った。補助係で見かけた「マルコ」と「レオナルド」のことを聞いただけで、いきなりファンクラブが解散するなんて!
「ちょ、ちょっと待って!そんないきなり解散されたら、OBBでセンターなんて、取れないよ!」
「うん、そうだね。そう思うよ。だからサオが選んで!今年もセンター取りたいなら、マルコとレオナルドの事は、もう詮索しない。それだけでいいんだよ。それともセンター取れなくてもいい?もうOBBは引退する?」

 サオにとってOBBは、いわばアイデンティティだ。辞めるという選択はサオにはない。
「…もうマルコとレオナルドのことは言いません」

 パコは、この日初めて満面の笑顔になった。
「はい、よくできました!そんなサオにご褒美があるよ。なんと、使っていない倉庫を改装して『OBB劇場』を作ろうという計画があります!」

 俯き加減だったサオが顔を上げた。
「OBB劇場?」
「そう!そこで紙7かみせぶんの皆が握手会したり、歌って踊るの!これまでは、商店街から呼ばれた時だけ紙7かみせぶんとして仕事してたでしょ。これからは週末にはOBB劇場で、握手会や歌って踊ったりして、ファンのみんなと触れ合えるんだよ。もちろん紙7かみせぶんには報酬を払うよ。『会いに行ける紙7かみせぶん』をコンセプトにしたんだ!」
 すごいプロデュース力である。飴と鞭の使い分けといい、現代日本に生まれたら、パコ改め、秋●康?
 
 サオは単純なので、だんだんその気になってきた。
「握手会か~」
「うん、握手会。並んだ全員と握手することになるけど、サオたちは座ったままだから、疲れるかもしれないけど、いけると思うよ!」
「すごいね!」
「だよね~。だからさ、OBB総選挙、がんばろう!」
「うん!」
 サオは一生気づかないが、ここでパコがサオを説得しなければ、サオは「初代オリアナ・カスハラ令嬢アン」と同じ運命を辿ることになっていた。サオはパコに感謝してもしきれないくらいだ。


 さて、ほぼ同時刻。
 クズ騎士団員ジョンも運命の岐路に立っていた。

 騎士団の南所属で、「平民の星」と呼ばれるギャビン副団長の元に所属していたジョンが、なぜか北の副団長、オリン公爵レオン閣下に呼ばれていたのだ。
「所属変更ですか?」
 ジョンは驚愕の表情。対してレオンは冷静だ。

「何をそんな驚くことがある。北と南の所属変更など、かなりの頻度であるだろう」
 確かにあった。
 しかしジョンは、まさか自分がその対象になるとは思っていなかったのだ。車を運転する者が「自分は絶対に交通事故は起こさない」と、なぜか根拠なく思い込むのと同じ心理だ。


 ジョンは思う。
 ギャビン副団長は書類をろくに確認しない。それを利用して、ジョンは騎士団の支給品を闇に流して賭博の資金を得ていたわけだが、レオン副団長は「書類はしっかり自分で確認すべし」という上司だ。今まで通りにはいかないだろうと。

「発令は明日だ。今日中に北所属の宿舎へ引っ越しをすませるように。私からは以上だが、何か不満があるのか?」
「いえ、ございません!」
 ジョンは最敬礼をして、副団長の部屋から退出しようと、背を向けた。
 そんなジョンの背中にレオンが声をかけた。

「あまりギャビン副団長をなめるなよ。おまえが闇に流した支給品を全て買い取っていたのは、ギャビン副団長だ」

 ジョンの背中に冷や汗が流れた。
 それを肯定したら闇に流していたのを認めることになる。
 まさか上層部は知っていたのか、自分の悪行を…。
 是非のいずれにも反応できず、ジョンはレオンに背を向けて硬直したまま。

「飴と鞭だ。私は自分の性格上、書類はしっかり自分で確認しなければいられない。だが、四角四面で対応すればいいというものではないだろう、特に騎士団は。もっと臨機応変に臨むことで伸びる者もいる。だからあえてギャビン副団長は書類の確認については、飴を担当してくれたんだ。ただの暗愚が副団長になれるほど、騎士団は甘くないぞ!」

 ジョンは正面に向き直り、「申し訳ございませんでした」と、体を90度に曲げた。

「いくら賭博で借金を作った?それは私が肩代わりする」
「え?」
 ジョンは顔を上げた。
「お前の腕は一流だ。だから志も一流になれ!はやく借金の金額をいえ!」

 ジョンはレオンから金銭を受け取りながら泣いていた。そして二度と賭博に手を出さないと誓う。
 レオンはマルコが絡まないと、いい仕事をするのだ。


 ジョンが部屋を出るのと入れ違いに、別の騎士団員が「失礼します!副団長に面談希望の方が来ておられます!王宮の筆頭侍従長ガイ・ホール様です!」

 レオンは「え?」という顔になる。

 マルコが絡むと残念な子になるレオンに救済の手が伸びたようだ。
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