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50. 謎のオーロラ美少年とクズ侍従とクズ騎士団員…④
しおりを挟む翌朝――。
朝の申し送りが終わると早々に、下っ端侍従サオ・アベルは職場を抜けて、書類作成補助係に行った。手ぶらであった。まさか手ぶらで建物に入っただけで、不審者扱いされると思わなかった。同時に、こんなに警備が厳しい部署など見たこともなかった。あちこちに騎士団員が警備に張り付き、ちょっとカウンターに近づくだけで、警備の目が怖かった。ちゃんと侍従の制服を着ているにもかかわらずだ。
これではろくに観察できないと、サオは一旦、補助係の建物を出て、侍従控室に戻った。
「なんであんなに警備が厳しいわけ?こんな警備が厳重なところないよ!」
下っ端であろうと侍従ではあるので、サオは宰相府や外交院、財務院など主要部署には自由に出入りできる。だから、全く腑に落ちない。
「係員には平民だっているのにさ。公爵がいる宰相府より警備が厳しいなんて、おかしいじゃん」
そう独り言を呟き続けていたサオは、ふと控室の共有テーブルで書類を書いている後輩侍従を見つけた。薄緑色の侍従服を着ているということは、入職1年未満の者だ。
サオはさりげなくその侍従の背面から書類を覗く。「侍従服申請書」とあり、「新規申請」に〇してあった。
新人侍従は、入職1年を経過すると、正式な侍従と見なされ、薄緑色の侍従服から、アイボリーに金色の刺繍の入った豪華な侍従服へと変わる。この侍従はその申請書類を作成していたのだ。
「ねえ、これ作ったら、補助係に行く?」
いきなり背後から話しかけられて、驚いた新人侍従だが、声を掛けたのが先輩侍従だと分かると、立ち上がって「はい、これから行く予定です!」と返答。
「もう書き上がったんだったら、僕も一緒に補助係に行っていい?」
なんで?という顔はしたものの、それは一瞬で、すぐさま「私は構いませんが、サオ先輩は大丈夫なんですか?」と、サオの予定を心配。ちゃんとサオを認識しているらしい。
王宮で恐らく一番暇しているのが、イレギュラー担当侍従だ。「あー、忙しい!」と口では言いながら、適当にさぼっている。忙しいフリはお手の物。
「次の予定まで間があるから大丈夫!」
「そうですか。もう書き上げたので、これから補助係に行こうと思ってます」
「じゃ、行こう!」
サオにとって本日二度目の補助係だ。
今回は書類を手にした後輩に付き添うという体なので、警備の目も気にならない。
この日の侍従係は大混雑だった。みな一斉に新人侍従が新しい侍従服申請書類の確認にきたようだ。薄緑の侍従服を来た若者が列を作っていた。
一番後方に並んだサオと新人侍従。そこでサオはカウンター内をつぶさに観察。そこそこきれいな子はいるものの、「謎のオーロラ美少年」などという大層な異名で呼ばれるほどの美少年はいなかった(美の判定は全てサオ基準)。
「なんだ、たいしたことないじゃん」
やっぱり脳筋騎士団員の思い込みだったと、一人でサオは納得。
「は?」
「ごめん、こっちのこと。あのさ、僕、仕事を思い出したから、もう行くね」
「は?え、ええ構いません」
そういってサオが列から離れようとした時、ふと目に留まった。
パーテーションだ。
「あれ、朝、あんなのあったっけ?」
サオは何気に呟いただけだが、自分に話しかけられたと思った新人は、サオの目線の先を見た。
「あれは王族方が補助係に来所された際に仕切るパーテーションですね」
「はあ?まさか王族方がここに来るわけ?」
新人侍従からしたら、「まさか知らないわけ」である。
「ご、ご存じないですか?陛下以下、全ての王族方は補助係にご自身で書類をお持ちになっておられますよ?」
サオからしたら、驚愕の事実だ。
「あり得ないでしょ。だって宰相府に陛下が来られる予定の時だって、急遽、王太子殿下に代わったりしているんだよ!」
「そ、そういう時もあるでしょうが。とにかく陛下は必ずご自身で補助係に来所されていますよ。代理を立てられたことはないです」
なんで先輩なのに、こんな基本的な事を知らないのだと思いつつ、新人は答えた。無言のサオにお構いなく、新人は続けた。
「今朝の申し送りで、本日午前中に王太子殿下が殿下主催の狩猟大会の予算申請書類を補助係に持参されると聞きましたから、恐らく王太子殿下が来られているのではないでしょうか?」
「ほんとに?」
今初めて聞いたようなサオの反応を見て、「この先輩、やべーな」と正確に理解した新人侍従。なにしろ朝の申し送りには、日勤の侍従は全員参加するので、目の前の先輩侍従とて参加したはずだからだ。
ちなみに侍従の勤務形態は、日勤、準夜勤、夜勤となっており、病院の看護師と同じである。
「あ、あの先輩、私は大丈夫ですので、仕事に戻って頂いて結構ですが」
咄嗟に、この危ないヤツは補助係にいてはいけないと判断。彼は恐らく出世するだろう。
「…ううん。もうちょっとつき合う」
しかしサオの撤去に失敗。それでも自らがパーテーションの方向に立つことで、この危ない先輩を高貴な主から守ろうと、新人は立つ位置を変えた。
「あ、あの先輩」
「し!黙って!」
危ない先輩は、パーテーション内の会話を聞こうと、耳を澄ました模様。わずかに聞こえる声は間違いなく王太子の声だった。王太子の声は明るくて、よく通る。
「だから、マルコとレオナルドは、ぜひ狩猟大会にゲストとして参加してほしいな。公爵に確認してから決めるけど、補助係の係員は全員、招待する予定にしてるんだ」
王太子が口にした名前。マルコ?レオナルド?誰、それ?
「ありがとうございます!」
「楽しみです!」
この二人が対応している補助係の声だろうと、サオはあたりを付けた。
すると席を立つ気配の後、警護の騎士団員がパーテーションを片付け始める。王太子が建物から出るまで頭を下げ続けたのだろう、ちょうどパーテーションが片付いた時、その二人の補助係が頭を上げた。
そしてサオは悟る。二人のうちの小さい方、それが謎のオーロラ美少年の異名を持つ補助係だということを。
結局、新人侍従の書類確認までつき合ったサオは、小さい方の補助係の行動をずっと目で追い続けたが、その補助係が「マルコ」なのか「レオナルド」なのかまでは突き止められずに終わった。
だが、ほんとにいたわけだ、謎のオーロラ美少年。
控室の戻ってもしばらく放心していたサオだが、昼食時間になった時、いつもランチを食べる場所にいって、ジョンに確かめようと決意。
その日、いつもの場所にいったジョンは、いつもと違うサオの様子にすぐ気づいた。
「おまえ、目が血走ってるよ~」
「あのさ、オーロラ美少年について、知ってること、全部教えて!」
ジョンは、何を言ってんのこいつ、という反応だ。
「知るわけないだろ!謎なんだから」
「それでも僕よりは知ってるでしょ!」
「だからしらねーって。そんなに知りたきゃ、お前のファンクラブのヤツにでも聞けよ!」
その手があったか。
こんなサオにでもファンクラブはある。むしろセンターを取ったくらいなので、割と多くの会員がいるのだ。
「ありがとう!そっちに聞いてみる!」
そういうとサオはさっさといなくなった。
ジョンはというと、サオの様子から謎のオーロラ美少年の身に何もなければいいがと心配になった。
サオは昼食も食べずにいたので、午後の就業時間開始までは1時間半以上ある。これだけあれば、王宮を抜けて商店街まで行ける。昼休みの王宮は外との出入りは自由なのだ。
サオは侍従の服から平時のジャケットに着替えて、大門を抜けると、自分のファンクラブ会長のいる食品卸売の店に向かった。この店は王宮から走れば10分の距離にあった。王宮にも食品を卸しているので、王宮に近い場所にあるものの、王都の中心からは少し離れていた。
「こんにちは!」
突然、現れたサオに驚いたのは店主だ。
「パコ、いますか?」
サオは店主に息子パコの名を告げた。このパコというのがサオのファンクラブ会長である。息子といっても既に40代。そこそこ大きな店で店主は高齢。それにも関わらず息子に代替わりしていないのは、パコがあまり頼りにならないからだ。オリアナの婚期は早く、そこそこの店の跡取りなら、見合いは相当あるはずだが、いまだにパコは独身だった。
「サオちゃん!」
地味で、ややぽっちゃり、あまりパッとしない風貌。それでもファンクラブ会長なので、サオは営業スマイルだ。
「突然、どうしたの?」
突然現れた推しにパコは笑顔だ。
「いや、パコの顔を見たくなって!」
「ほんと?うれしーな。投票は順調だよ。俺自身も100枚以上、投票したし!」
父親が店主なので、投票券は十分に持っている。持ってはいるものの、パコの父は厳格なので、品物を購入しない限り、息子であっても無料で投票券を渡すなんてことはしない。投票券は商店街のフェスティバル組織委員会から購入しているので、無料で渡したら赤字になるからだ。パコは給与のほとんどを使い、投票券を入手していた。涙ぐましい努力である。
「それに、あちこちに声を掛けたし」
組織票である。これは会員ならやっていることだ。ファンクラブはこうやって推しを支えているので、「紙7」に入った者はファンクラブ会員を大事にしている。
「いつもありがとう!サオ、嬉しいよ!ところでさ、王宮の書類作成補助係にマルコとレオナルドっていう子がいるんだけど、パコは知らない?どこの家の子とかさ」
途端に、ニヤけたパコが真面目な顔になった。
パコにもこんな顔が出来るんだ、そんなことを思ったサオである。
「なんで?そんなことを聞くの?」
「なんでって、知ってるかなって思っただけで…」
サオにしたら、パコの反応に戸惑った。今までいろんなことを頼んだけど、一度だって、パコに拒絶されたことはなかった。
パコはじっとサオを見つめ、小さなため息をついた。
「あのさ、身の程を弁えるって、サオは理解できる?…出来ないか。分かんない?分かんなくても、今からそれを身に着けようか」
なんでこんなことを言われるのか、ただサオは面食らった。
「あのね、人には身の程ってあるんだよ。サオはさ、ただ綺麗な顔のおバカキャラで、井の中の蛙大海を知らずのまま、その中だけで満足して、笑っていたらいいの!みんなそんなサオに癒されているんだから!」
思いっきりデスられた。さすがにそれは気づいたサオだった。
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