王宮の書類作成補助係

春山ひろ

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49. 謎のオーロラ美少年とクズ侍従とクズ騎士団員…③

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 ぷりぷりしながらサオは職場に戻った。
「何が、謎のオーロラ美少年だよ。そんな子、いるわけないじゃん!」

 独り言をつぶやいたサオだが、念のために同僚の侍従に聞いてみることにした。サオには親しくしている同僚はいないが、話ができる同僚はいた。同期で入ったカリン・ドル―侍従だ。
 カリンはドル―伯爵家の三男で、サオとは正反対の性格。仕事に対する姿勢も正反対。同期の中では出世頭で既に王太子付きの侍従だ。
 侍従は伯爵家以上の身分でないと入職できない。一応、サオも伯爵家の出だが、伯爵といってもピンキリ。サオの実家、アベル伯爵家は新興で、ドル―伯爵家は名門。子育てに対する姿勢も、アベル家はサオの性格を持て余し、「侍従になれ」と王宮に息子を押し付けたようなものだが、ドル―家は王家に仕える事を誉としてカリンを送り出した。
 
 昼食から戻ったサオは侍従控室でカリンに声をかけた。
「ねえ、謎のオーロラ美少年とか、知ってる?書類作成補助係にいるらしいけど」
 珍しく声をかけられたカリンは、クラバットを直しながら、怪訝な表情。
「謎の…オーロラ美少年?」

 そのカリンの表情から、サオはそんな人物はいないと判断。やっぱりいないんだなと思って、慌てて弁解。
「あ、ごめん。変なこと聞いたよね。忘れていいよ」
「…その謎のオーロラ美少年とは、どこで知ったんだ?」
「え?いるの?」
「いると言えばいる。いないと言えばいない」
 まるでなぞなぞ。

「どういう意味?」
「それよりも、どこで知ったのか、答えてくれ」
「お昼休みに騎士団員と話していて、そいつ、いやその団員が言ってたから」
「どういう状況で?」
 まるで尋問だ。

「どういうって…。僕がOBBに出るのは、カリンだって知ってるでしょ。その騎士団員が、OBBに出るのは空しくないかって、そんな失礼な事を言ったの!なんでって聞いたら、僕よりもきれいで可愛い子が書類作成補助係にいるって。それが謎のオーロラ美少年と呼ばれる子なんだって!ほんとに失礼だよ!そんなにきれいで可愛かったら、OBBに出るでしょ!だから、そういってやったの!そしたら、その謎のオーロラ美少年とかいうのは、自分の美貌をひけらかしたりしないんだって!そんな人、いると思う?」
 サオは気づいていない。己が美しくても、それで賞賛を得ようとは思っていない人間が、まさに目の前にいることを。
 そう、カリンもその一人だ。サオに勝るとも劣らない美貌ながら、自身の情熱が美貌を磨くことだけに向くことはなく、王家に仕える侍従であることを誇りに思い、職務に情熱をもって取り組んでいるのだ。
 
 カリンは残念な子を見る目でサオを見ながら、「とにかく謎のオーロラ美少年のことは忘れることだ」と言いながら、控室を出て行った。
「はあ?結局、いるわけ?いないわけ?」
 さっきよりもっと納得ができなくなったサオは、明日にでも書類作成補助係に行こうと決意した。

 さて、サオを置き去りにしたカリンはすぐさま行動。廊下に備え付けられている時計を見た。午後1時を回った時刻だ。明後日の休日にはマルコ様が王宮にお泊りになられる。そう思うだけで、気持ちはほっこり。この時間なら、筆頭侍従長がいるのは間違いなくマルコ様のお部屋だ。

 マルコが王宮に賜った部屋は、第二王子、第三王子の住まう部屋と同じ階にあった。マルコに部屋を下賜することが決定してから、自らの部屋と同じ階にマルコの部屋を用意したいと主張した王妃VS王太子妃の静かなる闘いの末、消耗しきった哀れな王太子が出した提案、「マルコの部屋は、第二王子と第三王子と一緒の階で、お互いに手を打ってくれまいか」を、高貴なる身分のお二人がしぶしぶ受け入れた結果だった。

 カリンがマルコの部屋のドアをノックすると、「入れ」の声がかかった。「失礼します」と言ってカリンが入室すると、筆頭侍従長がベッド周辺を入念にチェック中。
「お忙しいところ申し訳ありませんが、少しお時間を頂けないでしょうか?」
 筆頭侍従長は、カリンには背を向けたまま、「明後日、マルコ様がこのお部屋にお帰りになる。その準備よりも大切なことか?」と、そっけない対応。
「そのマルコ様のことです」
 筆頭侍従長ガイ・ホールが振り向いた。
「マルコ様のこと?」
「はい。サオが謎のオーロラ美少年について、私にそう呼ばれている人物を知っているかと聞いてきました」

 ガイはしばし思案の表情。
 ガイにとって、サオとは顔面だけ優秀なイレギュラー担当侍従で下っ端という認識。王宮にマルコが部屋を賜ったことすら知らず、当然、王宮でマルコを見かけたことすらない。下っ端には一切、知らせていないからだ。
 ちなみにマルコが王宮に宿泊する際の担当侍従は、筆頭侍従長のガイを含め、将来、オリアナ王宮を仕切るエリート先鋭部隊の10人。カリンもそのメンバーの一人だ。

「イレギュラー担当侍従など捨て置けと言いたいところだが、事はマルコ様に関してだ。そのサオの動向から目を離すな」
 そういってガイは仕事の続きに戻るべく、カリンに背を向けた。
「はい、仰せのままに。失礼いたします」
 部屋を出る間際、「カリン、クラバットが右に5ミリ、傾いている」と、ガイが指摘。すぐさまクラバットに手をかけ、左右均等になるように調整したカリンは「ありがとうございます。失礼いたします」と言って、部屋を出た。

 筆頭侍従長ガイ・ホール。
 未来の家令であり、超名門ホール侯爵家の次男だ。通常、次男は嫡男に不測の事態が発生した際の当主たりうるため、貴族は外には出さない。しかしガイは幼少時より、特出した才能があったのだ。
 ガイは言葉がうまく話せない頃から、何かにつけてテーブルを叩いたり、枕を叩く子供だった。嫡男が穏やかな性格だっただけに、両親は困惑。ガイが言葉を発せられるようになった時、叩く理由が分かった。
「ははうえ、てーぶるくろす、みぎの方が5ミリ、ながいでしゅ」
「ははうえ、ちちうえのくらばっと、ひだりの方が3ミリ、ながいでしゅ」
「ははうえ、まくらのいちがずれてましゅ。ひだりに3センチ、よせてくだしゃい」

 一事が万事こうだった。
 なんとガイ少年は物体及び空間認識において、全て正確に目視で測ることが出来たのだ!まるで、目にパワーポイント作成時に出る赤い点線が出て、そのうえ正確な測量用メジャーも付いているかのよう。

 この驚異の才能に気づいて以降、両親の困惑はさらに深くなった。なぜなら嫡男である兄も含め、侯爵家に仕える全ての使用人のメンタルがボロボロになってしまったからだ。今度こそ、ガイから指摘されないように、完璧な位置にフォークとナイフをセットしようと試みたものの、ナイフの方が0.5ミリだけ上に出ていると指摘される。全てがこうだった。
 兄及び使用人たちからすれば、よく言えば完璧な仕事を求められる環境だが、悪くいえば重箱の隅を突かれるような状況。言っているカイには悪気がないので、余計に始末に困った。それでも両親は、次男に対する愛情が無くならなかったのだからたいしたものだ。

 次男の才能をどうやって生かすか。
 両親の下した結論は王宮への出仕だった。しかし王宮に仕えるのは16歳からだ。ガイが16歳まで待つとなると、今でさえ彼らは病んでいるのに、それまで兄と使用人たちのメンタルが持たないのではないか。そこで両親は王妃に相談した。
 相談された王妃は目を見開き、「その才能を潰してはなりません!」と言ってくれた。こうしてガイ少年はわずか12歳で侍従として出仕。以来、あらゆる局面でいかんなく才能を発揮して、史上最年少の26歳で筆頭侍従長の地位に就いた。

 明後日、マルコ様はこのお部屋にお帰りになられる。きっとレオン閣下とまた一段と交流を深められるであろう。そしてその翌日には御実家に戻られて、先生方(筆頭侍従長も師匠たちを先生呼びしている)のために、王妃様主催の夏の晩餐会用の正装のフィッティングに立ち会われる。
 それを思うと自然に笑みになるガイである。

 ガイは、8年前、王都を襲った自然災害の復興に尽力した功績で、マルコの両親を称える式典がマルコ宅で開催された際、侍従として任についていた。
 その時、400人の師匠たちとも面識を持った。式典はマルコ宅だったため、師匠たちにはドレスコード?はなかった。それゆえ師匠たちは着の身着のまま、あたかも怒髪天を衝く闘争の末、やっと駆け付けたかのような服装だった。
 その時のことを思い出し、ガイの目は笑う。
 いや、通常なら笑うところではないのだが…。

 師匠たちに、「何日風呂に入っていないんですか?」と、声を掛けなかった自分を褒めたいと思っているガイだ。

 あの先生方に正装を着用させるのは至難の業。でもマルコ様が頼めば、すぐに出来そうではあるな。その前に、一緒に連れて行く王室御用達のデザイナーたちのメンタルが持てばいいが。恐怖でメジャーが持てないとか、話にならない。そのために自分も赴くわけだが。

 王宮の筆頭侍従長ガイ・ホール。
 恐らくマルコとマルコの両親、双子の兄たち以外で、400人の師匠と心の交流が出来る稀有な人物だったと、後世、そう評価されることになる。

 そして、近いうちにガイという魔物?との通訳可能な人物を得ることになって、レオンが復活することになる。
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