王宮の書類作成補助係

春山ひろ

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46. チコリ師匠VSレオン閣下の最初の攻防?

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 マリ暗殺の真相が判明してからの二週間は、オリン公爵レオン閣下にとって、感情の振れ幅の多い日々だった。
 
 父の死の真相にたどり着けたきっかけがマルコだったことで、いろんなどさくさに紛れて、何度もマルコを抱きしめられたことは、彼にとっては僥倖。
 反面、父の暗殺に加担した者らについては、腸が煮えくり返るほどだった。

 そんなレオンを慮り、従兄弟のダダン公爵メイ閣下が彼を自宅に招いての水入らずの夕食会を開いたのは、オリン公爵邸での日本食ランチ会の二週間後だった。

 手の込んだ夕食に舌鼓を打ちながら、二人の会話は自然とマルコのことになった。そこでメイが何気にマルコの師匠、チコリ師匠について触れた。
 レオンもチコリ師匠については、マルコから聞いていた。何しろマルコが敬愛しているので、マルコと話していると、何度も口に上る名前だったからだ。

「私も一度、そのチコリ師匠にご挨拶をしたいな」

 レオンは何気なく自身の願望を口にした。レオンとしては、この二週間でマルコとの距離は確実に近くなって、彼が最も懸念していた「親子禁断の愛」についても、前世よりは今世での関係が優先されるとの言質をマルコから取っていたので、ちょっと気持ちが大きくなっていたのかもしれない。

 あわよくば、この機会に「マルコとお付き合いさせてください!」くらいのことをチコリ師匠に伝えられるのではないか、そんな願望もあった。
 彼がそう思ったのは、これまでは平日はランチの時だけがマルコと触れ合える貴重な時間だったが、マルコが王宮から部屋を賜ったことで、この二週間の間の休日全て、マルコは王宮に泊まっていた。既に休日は王宮、平日は宿舎が習慣になりつつあったマルコである。そしてそのいずれの休日も、マジョリカ妃殿下に呼ばれて、マルコと過ごしたレオンだった。

 レオンにも師匠はいる。それが目の前のメイだ。従兄弟とはいえ、年が離れていること、それに父が亡くなって成人するまで、レオンはこのダダン公爵邸で過ごしたということもあり、自然とメイが家庭教師のような立ち位置になったのだ。もちろん優秀な家庭教師もついたが、貴族としての振る舞いや仕草、考え方を教えてくれたのは、メイだった。
 だからレオンは、マルコの師匠であるチコリ師匠も、メイのような方なのではないか。そう彼は想像してしまった。

 これがとんでもない勘違いなのだが、もちろんレオンは気付かない。
 そもそも人であるかも怪しいチコリ師匠と、貴族の中の貴族、高潔でありながら人柄もよく、冷静でありながら情熱もあり、正装から腕抜きまで、幅広いジャンルを完璧に着こなすメイとでは、住んでる惑星が違うくらいの差があるのだが、いかんせん、致し方はないのであるが、そんなことはレオンの想定の範囲外。

 ワインで頬を染め、太陽神を彷彿させる美貌に、ちょっとの照れも加わって色気が無駄に駄々洩れ、やや俯き加減にそう呟いたレオンは、自分の発言を聞いたメイが、ちょっと残念な子を見る目で見つめていたことに気付かなかった。

「そ、そうだな」
「チコリ師匠は、今度はいつ、補助係に来られるのでしょう」
 あ、本気なんだなとこの時、メイは思った。

「あ、明日、王都商店街のサマーフェスティバルの第2弾の舞台設営の追加申請が始まるから、恐らくチコリ師匠は朝一に補助係に来られると思う」
 メイは、かわいい子は崖から落とすタイプだった。ライオンの子育てと似ている。

「そうですか!早速、明日、補助係に行きます!」
 キラキラした目でそう答えたレオンには、やはり残念な子を見る目で自分を見つめるメイの眼差しに、気づくことはなかった。

 翌朝。
 王宮開門の午前8時よりたいぶ早い時間。

 まだチコリ師匠は並んでいないだろうと思いつつ、王宮の大門前に向かうレオンがいた。
 大門まであと100メートルの距離にきた頃。
 レオンの位置から大門までは直線で、周囲に遮るものはない。
 開門までまだだいぶ時間があるので、並ぶ人たちもいなかった。

 そこまで順調に歩みを進めていたレオンの足が止まった。

 前方100メートル。敵発見!
 レオンの身に染みついた騎士団副団長としての危機管理能力がいきなりフルスロットル。
 敵襲、敵襲の号令が頭に響く。

 その大門に立つのは古代の大魔術師マリン召喚の異世界の怪物か。身長190センチの自分が見上げるほどの大男。いや、そもそも男かどうかも分からない。魔物に男女の性別があるのか。自分より大きな人などこれまでお目にかかった事がない。よって誰であってもレオンは見上げたことがなかったのだ!
 しかも幾重にも鎧?をまとっているではないか?いや、違う!鎧じゃない!あれは筋肉だ!やたら黒いうえに、隆々と盛り上がっているので、鎧と間違えた!黒いのは、全身くまなく、何かの呪詛?が書かれているからか?
 そのうえ、これが一番恐ろしいことなのだが、この距離で敵は自分がいることを察知していると分かったことだ。
 
 気付いてる、絶対に気付いてる!

 そして、のんびり屋さんのレオン閣下であっても分かってしまった!

 あの古代の魔物?の風貌を持つ者こそ、チコリ師匠だということを。チコリ師匠の愛を一身に受けて育ったマルコ。そのマルコと、「お付き合いさせてください!」と言おうとしていた自分。浅はか、浅慮、無謀、怖いもの知らず…。


 とりあえず、今日は回れ右して帰ろう。
 もう一度、作戦を練らなければ。
 いずれにせよ、マルコとお付き合いを希望している自分は、必ずいつかどっかで近いうちかどうかは分からないが、この怪物チコリ師匠と対決?することになるのだ。


 恐るべし、チコリ師匠。闘わずして背中だけで副団長を使い物にならなくしたのだ。

 その日は終日、魂が抜けたような副団長をみかけ、団員から心配の声があがったという。

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