王宮の書類作成補助係

春山ひろ

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43. 日本食の昼食会と、裏切者マゴンテ伯爵②

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 「マルコ、これが日本のデザートだよ」
 マルコ初の日本食のランチ会も、デザートに突入。
 食べきれなかった料理は、リンリンさんたちに食べさせたいと持ち帰り用に弁当箱に詰めてもらった。

 レオナルドは、器に盛った不思議なデザートをテーブルに置いた。見た目は完璧な抹茶白玉&普通の白玉に、黒蜜ときな粉をかけた和風デザートのように見える。
 日本の白玉粉はもち米が原料だが、この白玉粉は米粉で作ったスフィの自信作だ。そこに緑色のモノンという葉を乾燥させて粉にして加え、どうみても抹茶白玉を作り、モノンの粉を加えない白玉と一緒に器にもった。
 また、黒蜜に見えるのは、砂糖を焦がしたキャラメルソース、きな粉のようなものは、金貨豆を乾燥して粉状にしたものだ。

「もちもちしてる!美味しい!こんなデザート、食べたことないです!レオン副団長も食べてみてください!」
 愛しのマルコに勧められて、レオンもスプーンで抹茶白玉をすくって口へ。
「…うん、うまい!」
 レオナルドは、我がことのように嬉しそうに料理人スフィを見る。スフィは本日何度目かの感無量という表情。



 このデザートタイムの少し後の刻。
 王宮の地下牢。
 獲物のように運ばれたマゴンテは、今は猿轡をされ、両手両足を縛られて椅子に座らされていた。床に転がされていないのは、よく周りを見せるためだ。
 傷の手当もされず、ただ出血を止めるためだけに患部を乱暴に縛られたのみ。顔色は蒼白で、額から汗が滲む。
 マゴンテは一人で牢に入れられていたが、目の前の別の牢には、妻と嫡男に次男と三男、その嫁ら、そして孫たち、さらに奥方らの実家の当主まで、同様に猿轡をされ、両手両足は縛られて、こちらは床に転がっていた。

「さあ、裏切者のマゴンテ元伯爵。元というのは先ほど爵位はなくなったからだ」
 ふーふーと、鼻で呼吸するのも苦しそうなマゴンテに、陛下がよく通る声で告げる。嬉しそうな声色なのが、よけいに不気味だ。
 こんな時でも、ちゃんと爵位はく奪の申請書類だけは速攻で作成した。
 さすがは陛下、書類の申し子!

「そのほうの邸宅をしらみつぶしに調べた。確か貴族には資産開示の義務があったな、わしの記憶に間違いがなければ…」

 オリアナの貴族は、一年に一度、王宮に土地建物を含む全資産を報告する義務がある。それは、日本の国会議員と同じ理由で、貴族倫理の確立のためだ。
 もし、急激に資産が増えた場合は王宮から査察が入り、それこそベッドの下から奥方のドレスの中まで、徹底的に調べられるのだ。だからといって資産を隠したら、それはそれで一族郎党に至るまで連座で罰せられた。
 オリアナが大国でありながら、貴族による犯罪が諸外国と比べて少ないのは、この法律によるところが多く、これは法を定めた五代目ライ王を「中興の祖」と称える要素の一つとなっていた。

「元伯爵の執務室から、王宮に報告の上がっていない金塊が出てきた。…これはどういうことだ」
 そういうと陛下はマゴンテを殴打。
 陛下はタンザ国に攻め込んだ際、陣頭指揮を取ったように、実はかなりの武闘派だ。普段、書類と格闘している姿しか知らない貴族にとっては意外なことだが。

「これだけでも重罪だな…。だがわしが聞きたいのは、この金塊の出どころだ」
 陛下はマゴンテに近づく。また殴られるのかと目をつぶるマゴンテ。

「18年、逃げおおせたから、このまま逃げきれると思ったか」
 それは地を這うような声だった。

 18年前。マゴンテは金に目がくらんで国を裏切り、王弟オリン公爵マリ閣下の暗殺に加担した。

 18年だ。ここまでバレなかったのだから、きっと逃げおおせる。
 マゴンテはそう思っていた。

「まさか、王都に裏切者がいたとはな」
 陛下の呟きはもっともだ。灯台下暗し。50年逃亡し続け、国外にいるとみられたテロリストが、実は関東から出ていなかったという事例と同じだ。

「さあ、反逆者マゴンテ、そなたに指図したのは誰だ?」
 陛下はマゴンテの裏切りを知った時、黒幕がいると即座に判断。伯爵こもののなせる仕業ではないと。
 この時点でマゴンテは自白しようとした。だが声にならない。猿轡をされているからだ。

「ああ、答える気はないのだな」

 「ああ、答えさせる気はない」が、正しかった!
 なぜなら陛下は、縛られたマゴンテの両手の親指をあり得ない方向に曲げたのだ。ゴキュというにぶい音。唸るマゴンテ。

「殺されたマリは、もっと苦しかったろう」
 
 マゴンテの全ての指が文字通り使い物にならなくなった時、やっと猿轡が外された。



 ほぼ同時刻。
 マルコたちは公爵邸の庭園のガゼボに移っていた。
 モノンの粉を抹茶に見立てた、たぶん抹茶を嗜んでいるのだ。

 ガゼボのテーブルには、マルコとレオン、それにレオナルドとスフィが座る。当初、スフィは「自分などが同席しては」と固辞したが、「いいではないか」とレオンがいった。
 さっきからレオナルドとスフィは、日本の話で盛り上がっている。

「俺も社畜だったんだ」
「あ、もしかして会社を辞めて料理人に?」
「そうそう!」
 とても嫌そうに社畜だったとカミングアウトしたスフィの様子を見て、マルコは悲しくなった。スフィも奴隷だったんだと。こうしてスフィ前世で奴隷説がマルコの中に刻まれた。


 翌朝―。

 王都から馬車で半日、早馬なら2時間半。
 かつてはモーン国と呼ばれ、今ではモノハン地方、別名モノハン特区と言われる鉄鉱山の麓の都市モーン市。
 その領主はモーン国王の末裔で、領主邸は市の中心部にあった。
 領主の名はガン・モーン、78歳。嫡男は50歳、次男は49歳。それぞれ妻子がいて、孫は合計6人。そろそろ嫡男に代替わりしてもいい頃だが、ガン・モーンは壮健で、変わらず采配を振るっていた。

 午前5時。
 家令が領主の私室に向かう。年寄は早起きだ。ガン・モーンの起床は5時と決まっていた。
 起き抜けに熱いお茶を嗜む主人のために、トレーに紅茶セットを載せた侍女を従え、家令が主人の部屋をノックした。
 いつもなら「入れ」の声がかかるのだが、今日は沈黙。
 家令は侍女を見た。侍女も心配そうな表情。
 もう一度ノックしたものの返答なし。

「閣下、失礼いたします」

 そういって家令がドアを開けると、「ひっ」と声を上げ、侍女は持っていたトレーを落とした。


 そこには領主を筆頭に、一族郎党が重なり血を吐いて倒れていた。奥方、嫡男、そして孫まで。
 領主の傍らには遺書があり、18年前、タンザ王と共謀し、マリ閣下暗殺を指示したことと、共犯者はマゴンテ伯爵で、伯爵が毒を盛ってマリ閣下の動きを止めたこと、またそれに対する懺悔と後悔が書かれ、責任を取って自害する旨が記されていた。

 動機については遺書には詳細には書かれていなかったが、その日のうちに王家から派遣された騎士団の家宅捜査で、領主がタンザ王とやり取りしていた手紙を発見。
 そこには五代を経ながら、なおオリアナ王家に対する恨みつらみが認められていた。

 こうしてモーン王家直系の末裔は途絶えたのだった。

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