王宮の書類作成補助係

春山ひろ

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42. 日本食の昼食会と、裏切者マゴンテ伯爵①

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 マルコがマリの遺書を読み解いたことは、瞬く間にオリン公爵邸の全ての王家の影に共有された。

 それは影のメンバーに凄まじい力を与えることになる。その力の源の名は「忠誠」。

 誰に?

 マルコとレオンに。

 本来、影が忠誠を誓うのはオリアナ王家である。彼ら王家の影のメンバーは当然、王家に対する忠誠心はある。ただこの忠誠は影であれば必然的に持つもので、いわば人が無意識に呼吸しているのと同じレベルだ。
 しかし、このマルコとレオンに対する忠誠は、無念に散ったマリという存在によって彼らの心に焼き付いたもの、いや、影自ら率先して焼き付けたものだ。
 ぶっちゃけいうと、王家には当然尽くすよ、だけど大きな声では言わないけれど(不敬になるから)、それ以上の気持ちで二人に尽くすよということだ。

 さて、本人の全く知らないところで、王家の影から忠誠を誓われた一平民のマルコは、広々したダイニングテーブルに並んだ不思議な料理に舌鼓を打っていた。

 ところ狭しと並んだ料理の数々。
 料理人スフィの渾身の一品・たぶん和風ステーキに、同じく魂を込めた・豚汁かもしれない、炎の料理人と化して作った・かき揚げだと思うや、触感はエビとかぼちゃの天ぷら、海苔をまいたおにぎり、なんちゃってきのこの雑炊、ボンズ肉のきっとトンカツ、恐らくしゃぶしゃぶかもしれないなど、とんでもない量の品々。
 久しぶりに帰省した田舎で、親戚一同に振舞われる料理のよう。

「マルコ、これも食べてみて!」

 レオナルドは田舎の祖父母よろしく、「これも食べろ、あれも食べろ」と勧めまくり。食事の前には箸の持ち方から、汁物のすすり方まで教えたので、日本料理の実食というより、初めて日本食を食べる海外ツーリスト相手のツアコン並みの活躍だ。
 絶賛日本へのインバウンド推奨中?

 マルコは箸の使い方で悪戦苦闘したため、豚汁かもしれないはスプーンですくい、たぶん和風ステーキはコロコロサイズに切ってもらってフォークで刺して食べた。
「食べたことない味だけど、美味しい!」

 料理人スフィにとっては至福の時。

 かたや意外に箸使いが上手なのがレオンだ。
「このはし?は、とてもいい!」
 レオナルドとスフィは自分が褒められたように、顔がほころんだ。

 レオンは、レオナルドの存在がほんとうにありがたかった。

 先ほど、亡き父の遺書の内容を知ったばかり。
 裏切者マゴンテには血がたぎる。
 しかし、自身の生々しい感情をマルコに見せたくはない。
 それ以上に、「マルコの傍に」といった執事同様、唯一無二のマルコを守るのだと思う。
 ちなみにのんびり屋さんのレオンは、あまり見かけない執事(リンのことだ)だったが、きっと家令ファブが新しく雇ったのだろうくらいに思っている。ファブに全幅の信頼を置いているので、ある意味、マルコと同じで細かい事はこだわらないのだ。

 そんなレオンに、レオナルドが明るく「にほんしょく」とやらを勧めてくれたお陰で、重くなりがちな気持ちが、俄然、浮上した。まあ、レオナルドはそんな事情は知らずに、嬉しくて勧めているだけなのだが。

 レオンは今日、マルコという唯一無二の存在だけでなく、大切な友人レオナルドも手にしたわけだ。

 並んで食べるレオンとマルコの後ろには、あれやこれやと世話を焼く家令ファブがいた。

 影の総責任者リンと共にサファとエメが王宮へ行った。ということは、裏切者マゴンテの命は風前の灯火。
 マリへの忠誠は誰にも負けないと思っているファブは、可能なら自身もマゴンテ捕縛に加わりたい。昨日までのファブなら、迷わずリンたちに同行しただろう。
 しかし、いまはマリに対するのと同じくらい忠誠を誓ったマルコがいる。

 マリ閣下のお命であるマルコ様とレオン様は、私が命に代えてもお守りします!
 そう誓うファブだった。

 マルコ、知らないところでどんどん勝手に凄まじく重い忠誠が結ばれていた!

 
 さて、ほぼ同時刻―。

 そんな盛り上がりを見せるオリン公爵邸から、だいぶ離れた王都の南の森。
 ここは貴族専用の狩場だ。
 貴族専用というのは、貴族が狩りを嗜むための狩場という意味で、早朝に森に入り、何頭もの狩猟犬を放って、野生動物を狩るという本来の狩りとはだいぶ違う狩場である。

 この狩場では、予め捕獲し、薬で大人しくしておいたシカに似たギイという草食動物を森に放し(放すというより置いておく)、とうが立った、あまり吠えない小さなおじいちゃん狩猟犬1匹も放して、弱ったギイを弓矢で仕留めるという、なんだかなという狩猟を行う場所だ。あくまでお貴族様が狩りをやったんだよ、というための狩場である。

 この狩場はマゴンテ伯爵が所有している。
 マゴンテ伯爵がこの狩場を運営しているのは、狩りというおもてなしで、様々な貴族に取り入ってきたからだ。東京オリンピック招致を狙った大会組織委員会のよう。

 しかし伯爵は、今日は自分のために狩場に足を運んでいた。伯爵の腰ぎんちゃくである子爵と男爵を従え、王妃主催の夏の晩餐会で「大きなギイを仕留めましてな」という話題作りのためにやってきたのだ。

 腰ぎんちゃくの子爵と男爵は、さきほどまで伯爵の傍を離れず、伯爵が動きもしないギイに矢を放ち、それが外れても「俊敏なギイですから、次こそは!」とか、動かないギイのお尻にしょぼい矢が刺さると、「お見事!素晴らしい腕前でございます!伯爵!」と、歯が浮く世辞をいっていたのだが、伯爵が馬を降りて、テントのワインを取りに行き、一口飲んであたりを見た時には、二人の姿は消えていた。

 いつの間にか、おじいちゃん狩猟犬も消えていた。
 昼間なのに恐ろしいほどの静寂。
 
「おい!」
 伯爵は子爵と男爵がいたあたりに声を掛けた。
 その声は森の静寂に飲み込まれただけ…。

 舌打ちした伯爵が二杯目のワインに手を伸ばすべく振り向くと、ほんの先ほどまでいた給仕の侍従も消えていた。

「おい!どういうことだ!わしに自分でワインを注げというのか!」
 ただ静寂のみ。

 もう一度、伯爵が舌打ちすると、その音が消える前に足に激痛が走る。
 見ると右太腿に矢が刺さっているではないか!
 なんで?
 がっくりと右膝をつく伯爵。

「お、おい!誰か!不埒者がおる!おい!」
 その声が終わる瞬間、今度は左の太腿にグシャという音がした。

 矢だった。

 両太腿を矢で貫かれた伯爵は、両膝をついたものの、矢が邪魔で手がつけない。
 肥えた腹が揺れた。

「だ、誰か、ふ、不埒者、不埒者が」
 どくどくと血が流れるのが分かる。見る間に狩猟用ズボンが赤黒く染まっていった。

 その矢は大型の獣に使う矢で、通常の矢よりやじりは太く、頑丈だ。この矢で貫かれた大型のギイが息絶えた様子を見たことのある伯爵は、顔面蒼白。
 
 ビュと、また音がした。

 右腕にも矢が刺さった。右腕の付け根だった。ぐらっと体が揺れ、前のめりになる伯爵。しかしここで倒れたら両太腿に刺さったままの矢が、さらに肉を引き裂く。獣のような唸り声をあげた伯爵の元に、土を踏む足音が近づいた。一人ではない。何人も何人も…。

「貴様ら、わ、わしを誰だと…」
 そう声を上げた伯爵の左腕に、また矢が刺さった。

 聞くに堪えない悲鳴を上げた伯爵は、今度こそ両手をついてしまう。矢が両太腿と両腕の肉を裂いた。血が土にしみ込み、意識が飛びそうになる。

 次は冷水の洗礼。
 血と水まみれになった伯爵が、それでもなんとか頭をあげ、「わしを」と言いかけたが、続かず、口を震わせて「へ、陛下」と言った。


「マゴンテ、そなたの地獄はこれからだ」

 国王陛下だった。

 それからマゴンテ伯爵は、仕留めたギイを運ぶ方法と同じように運ばれた。つまり両手両足を縛り、そこに太い木を通してぶら下がるように、である。

 陛下はマゴンテを人として扱う気はないのだ。


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