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40. マルコ、オリン公爵邸でマリ閣下と対面す②
しおりを挟むマルコは廊下の壁を見る。
「この壁紙、湖水地方のものですね」
「分かるか!そうなんだ。父上がこの柄が好きで、湖水地方から取り寄せたんだ」
それはくすんだ深緑色で蔦の模様のデザインだ。
「僕もこのデザイン、大好きなんです!」
マルコの母の実家は湖水地方で、実家の祖父母の邸宅の壁紙も同じだった。
ちなみにこの柄は湖水地方では一般的なもので、わりとよくある壁紙だ。
しかしそんなことは、マリとマルコの好みが一緒という事実の前に雲散霧消し、マルコの一挙手一投足にいちいち泣く、後ろの三上忍の最大降雨量更新を止めることはできなかった。
レオンは「そうか。やはり好みは同じなんだな」と感慨深い様子。
マルコにはレオンの呟きは聞こえなかった。
「え?」
「いや、父上とマルコの好みが同じで嬉しいんだ」
「はい…?」
そしてマリの執務室の前に立つ二人。
「ここが父上の部屋だ」
レオン自らドアを開けた。
それは本来は、後方に控えた執事か侍従、侍女の仕事であるが、現在、三上忍は嗚咽を堪えるのに精一杯の使い物にならない状態。
執務室は大きな窓を背にした、これまた大きな机をどーんと構えた部屋だった。
「わー」
マルコにとっては初めて入る高位貴族の執務室。
とはいえ既に王宮に2度も宿泊している身だ。王宮に宿泊した平民はこれまでなく、オリアナ史上初であることはいうまでもない。
しかし本人は、全く気付いていない。
マリはほとんどの時間、この執務室で過ごしていた。
マリにも王家の血脈「書類はしっかり自分で確認すべし」が流れていたので、公爵としての領地管理や財務管理、そして王家の影の責任者としての業務と多忙を極めていたからだ。
後方に控えた三上忍たちにとっては、ここは聖域。忠誠を誓ったマリ閣下の色が最も深い場所だ。
マルコは周囲の大きな本棚に目をやりつつ、ゆっくりと机に向かう。窓からの優しい光に包まれた机は綺麗に片付けられていた。
机の上にあったのはメモ書きとペン立て、そしてメダルだった。
マルコは、そのメダルに目が釘付け。
それは肖像画の中でマリが手にしていたスカリーが描かれたメダルだ。リンとマリの左手首にあった入れ墨の絵柄でもある。
「これはあの肖像画にあったものですよね?」
「そうだ!よく気づいたな」
マルコはメダルをしばらく凝視。
「かっこいい!ほんとにかっこいいメダルですね!」
スカリーの絵柄は王家の影を示すもの。
王家の影。
けっして歴史の表舞台には上がらない、影という存在。その存在ゆえに他国や腹黒い貴族からは忌み嫌われ、見事に任務を果たしてもけっして表立ってその功績を称えられることはない、まさに影。
その影として生きると決めた身に、マリが見せた慈愛と労いが彼らの原動力だった。そのマリの心中を、まるでマルコが代弁したよう。
「マリ閣下が御帰還されたのだ!」
絞り出すようにいったリンの一言に、サファとエメも頷いた。三人は体を折り曲げてドアの外へ出ると、扉が閉まると同時に号泣。
面食らったマルコが「あ、あの、執事さんたち、大丈夫でしょうか?」といえば、「ああ、いろいろと感極まってしまったんだろう」と、レオンが答えた。
なんで?とマルコは思ったものの、それ以上レオンが答えないので、追及しないことにした。
400人の師匠たちから「命のかかった事以外は、ちっせーことに捕われるな!」という教育方針で育ったマルコらしいといえばマルコらしかった。
マルコは次に大きな書棚を見た。
様々な本が整然と並んだ様は圧巻。
そこにあった小さな額に目が留まったのは偶然だ。
それは薄汚れた小さな紙を立派な額に入れて飾ったもの。
紙についているのは、もしかして血か。
マルコの視線を追ったレオンがいう。
「それは父上の遺体、正確にいえば父上が履いていた二重底になった靴の中から出てきたんだ」
レオンが額を手に取り、マルコに手渡そうとする。
「僕が触っても?」
「もちろん」
マルコは額を手にして、それを見た。
「これ、コワール・シャターシュ語だ…」
「なんだって?マルコ、これの意味が分かるのか!?」
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