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32. 王妃様の夏の晩餐会予算申請と地雷を踏んだカスハラ子爵令嬢④
しおりを挟む「なんて見苦しい!とても貴族とは思えない!」
その声はパーテーションの内側から発せられた。
「関係ない人は黙っててよ!」
へたりこんでも、まだ言い返せるアンである。プライドだけは高いので自分に対する中傷(この場合はほんとのことだが)には、反論できるのだ。
「すぐにモニング子爵に連絡を!宰相府にいる!」
父親に言いつけられると焦ったアンは、再び発せられたパーテーションの内側からの声に、「黙れって言ってんの!」と怒鳴ると、あろうことか仕切りを乱暴に倒してしまった!
「王妃様!」
警護の騎士が、パーテーションが倒れる前に押さえたので王妃は無事。
女官長が声を張り上げた。
「その女を取り押さえよ!王妃様に対する暴力行為です!」
今度こそ、アンは真っ青になった。愚かでも王族への暴力行為がどれほどの罪になるのかくらいの頭は持ち合わせていたようだ。
「そんな!し、知らなかった!」
また知らなかったである。
「知らなかったら、何をしても許されるのか!他人の金銭だと知らなかったから、それを使い込んでも罪にはならぬというのか!どういう理論!どういう教育を受けたのか!この犯罪者を騎士団で拘束しなさい!」
女官長の冷静な声が飛ぶ。
普段は愛息に目を細めるように、「こっちも美味しいのよ、あとこっちも」と、マルコにお菓子をくれる姿とは別人だ。
「なぜマルコの名を出したのか、徹底的に尋問しなさい!」
女官長の命に「はっ」と敬礼する騎士たちが、連続殺人犯を取り押さえるかのように、アンを拘束し連行していった。
残された執事と侍従は、「申し訳ございません」と床に頭がつくほど謝罪するも、「その方らかも話を聞きます」と女官長が命じ、執事と侍従も連行。
やっと静かになったフロアにダダン公爵の声が響き渡る。
「皆様、申し訳ございません。不埒者は撤収させました。しかるべき処罰が下るでしょう!さあ、仕事の時間です!」
あちこちから「とんでもない娘だな」という声が漏れた。
「ゾーイ様、大丈夫でしたか?」
マルコが王妃に声をかけた。
「護衛がパーテーションを押さえてくれたから、私にはあたってないわよ」
レオナルドとマルコは、ほっと詰めていた息を吐いた。
女官長の怒りは納まらない。
「それにしても、あのような者が子爵令嬢とは!マルコ、さっきの女に会ったことはあるの?」
「いいえ」
「まあ!面識さえないのに、あのように罵るとは!」
「ほんとにとんでもない事だわ」
そう王妃はいうとマルコに向き直り、「ねえ、今までこのようなことはあった?」と尋ねた。
「いえ、そもそも貴族の令嬢が補助係に来ることはありません」
「令嬢だけでなく、令息は?」
それにはレオナルドが答えた。
「貴族の場合は、家令か執事が書類を持ってくるケースがほとんどです。たまに当主ご本人が来る時がありますけど、このようなことは起きたことありません」
「そう。でも当主が来ることはあるのね」
王妃は少し考えて言った。
「女官長。小娘が引き起こした、王族に対する傷害未遂、そして文書偽造及び威力業務妨害について、徹底的に調査するよう騎士団に命じなさい。
それと、補助係に頻繁には来ないものの貴族が来所することを鑑みて、全貴族に王宮勤務者に対する過剰な要求、悪質な苦情や不当な暴言を禁止すべく、講習会を開くように陛下に進言します」
後世、この王妃の提案は、貴族にカスタマーハラスメントという意識を根付かせる画期的な対策であったと大いに評価された。
まあ、王妃としてはマルコを守るために考えたのであるが。
「ありがとうございます。ゾーイ様」
マルコは王妃から「名前で呼んでね」と懇願されてから、ものすごく恐縮しながらも恥ずかしそうな表情で王妃の名を呼ぶ。それを見るだけで王妃は昇天できた。
「でもどうして僕の名前を出したんだろう」
マルコの疑問はもっともだ。
「それは騎士団の取り調べではっきりするでしょう。いずれにせよ、あの不埒者には相応の刑罰が与えられるわ」
王妃がそっとマルコの手を取る。
「はい。今は仕事の時間ですし。書類をチェックします!」
マルコはきりっとなって、赤ペンを握った。
シャッシャッという赤ペンの音が響く。
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