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22. マルコの同僚、レオナルド田中くん②
しおりを挟むマルコの初めての登山?は、チコリ師匠の背中だった。ハイハイが出来るようになった頃だ。
ふかふかの絨毯の上にチコリ師匠が肘をついて腹ばいに寝そべり、マルコは「ばぶ」とか「あう」とか言いながら、師匠の脹脛あたりをよじ登る。そこに登るだけで時間がかかった。
周囲には双子の兄のカイトとカリム、そして他の師匠たちが握りこぶしを作って甲子園並みの大声援。
チコリ師匠の脹脛によじ登るのが、マルコの最初の大冒険だ。
そうしてやっと登って見上げた先には、はるか彼方に頂上がそびえていた。その様はチョモランマを見上げた登山家のそれ。
ちっちゃなマルコは、そこから登山だ。ゴツゴツした岩場(筋肉と骨)に、ときおり側溝(古傷)があった。師匠は肘をついているので、頂上までは急勾配!その勾配は、当時のマルコにとっては、富●急ハイランドの絶叫アトラクションのよう。
ちっちゃなマルコは、最初はまったく登りきれず、小さな爪で師匠の背中をひっかいてばかり。成長してからマルコがこの時のことを兄たちから聞いて、「師匠、痛くなかった?」と尋ねたことがあった。
師匠は「蚊に刺されたほどの痛みさえなかった」と言ってくれた。でもほんとは痛かったよねとマルコは思っている。
いや、そこは師匠の言葉を信じようか、マルコ。この怪物チコリ師匠はまったくこれっぽっちも痛くなかった。
山ガールならぬ山ベイビー?としてデビューし、悪戦苦闘しながら初めて登頂に成功して、山頂(頭部)から下を見たマルコは、盛大に涎を垂らしつつ、師匠の頭をぺちぺち叩いて勝利の舞。
師匠は満面の笑みで(迫力あり過ぎて他の師匠は目を逸らしたという)、「よくやった!マルコ!」と褒めてくれた。
チコリ師匠はマルコの成長に合わせて背中の勾配を変えてくれていた。
例えるなら登山初心者ための高尾山からはじまり、中級クラスの赤城山、上級者の穂高連峰、そして最難関のK2への道というべきか。
こうしてマルコはハイハイの頃から物事をやり遂げることの大事を学んだ。
それからもうちょっと成長して歩けるようになると、さんざん遊んだ後はチコリ師匠に抱っこかおんぶで移動。ほんとは肩車をしてもらいたかったマルコだが、師匠の首から肩にかけては、どこまで首でどこから肩なのか判別不能なデザインで、筋肉隆々、その首の太さは今のマルコの胴回りより立派だ。これでは180度開脚ができないと、首に足を回せず、肩車を断念したという悲しい?思い出もあった。
それから18年。マルコは相変わらずチコリ師匠を心の底から尊敬している。
午前8時の鐘がなり、王宮がいっせいに動き出した。
補助係の大扉が開いて、どどっと人が入って、いやこなかった。チコリ師匠が先頭に並んだ時に起きるこの現象は、係員たちが「王族の行進」と呼ぶものだ。
のっしのっしと先頭を歩くチコリ師匠を追い越して、我先に所内に入れる強者はいない。みなチコリ師匠の後についていく。そして師匠が目指す部署につき、楽々と片腕に抱える木箱をカウンターに置くと、そこからぱっと蜘蛛の子を散らしたように、後方の人々は自身の目指すカウンターに走るのだ。
いつの間にかダダン公爵がカウンターに立っていた。相変わらずのフットワークの軽さ。
「おはようございます、チコリ博士」
「おはようございます。サマーフェスティバルのテント設営と舞台設営の申請書類です」
「いつもまとめて持ってきていただき、ほんとうに助かります」
ダダン公爵は振り返り、「叔父上!レオナルド!」と声をかけた。お行儀よく公爵から声がかかるまで待っていたマルコは、カウンターにダッシュ。
「チコリ師匠!おはようございます!」
「おはよう。マルコ」
チコリ師匠はマルコの頭をクシャっと撫でる。マルコは満面の笑みだ。
その様子を笑みをたたえて見ていた公爵が、フロアにいる警備員を呼んでチコリ師匠がカウンターに置いた木箱を後方へ運ぶように指示。チコリ師匠は片腕で抱えて持ってきたが、警備員は4人がかりで後ろのテーブルに運んだ。
どんだけ力持ちなんだ、チコリ師匠!
「叔父上、レオナルド、それにガッシュとレビン!申請書類の確認を!」
呼ばれた4人は、「はい!」と返事して、後方のテーブルで各々が木箱から書類を出す。
公爵はチコリ師匠に向き直り、「確認作業が終わるまで時間がかかりますので、椅子に座ってお待ちください」
「宜しくお願いします」といって頷いたチコリ師匠は、フロアに設置された椅子に座る。目はずっとマルコを追っていた。
マルコは書類に赤ペンでチェックを入れていく。この赤インクのペンも師匠たちのアドバイスで取り入れたものだ。これまではインクといえば、黒しかなかった。
しかし、師匠の中には赤いインクを使っていた国の者がおり、それを聞いた両親がいち早く両替商で取り入れ、マルコ入職時に王宮でも使用するようになったのだ。
商店街主催のサマーフェスティバルは夏の恒例行事なので、申請する店も書類作成には慣れており、大きな間違いはない。
しかし思い込みは禁物。「だろう運転、ダメ、絶対」と気持ちは同じだ。
マルコと一緒に作業するガッシュとレビンは入職2年目でマルコと同期だ。
ガッシュは、ガッシュ・ノーザン子爵の三男で貴族。ノーザン領は肥沃な土地でオリアナの穀倉地帯。小麦の出荷量はオリアナ一を誇っている。
またレビンは、広大な葡萄畑を持つワイナリーの経営で財を成した商家の三男坊。
申請書類は、まったく同じ書類を二通作成し、一通は提出用、もう一通は申請者の控えとなる。
マルコの隣のレオナルドが呟く。
「あ~あ、複合機があれば、同じ書類を2枚も手書きしなくて済むのに!」
マルコは、目は書類から離さず「ふくごうき?」と聞いた。
「そうだよ!」
「ふくごうき」というのは初めて聞いたマルコは、「また夢、見たんだ」とレオナルドにいう。
「そ!今回は仕事編だったよ。だからこっちの不便さに、暗くなっちゃった」
「また始まったよ、レオナルドの前世語り」と、ガッシュ。
「そんなことばっかり言ってると、見落とすから集中しようか」と、レビン。
マルコのペア、レオナルドは前世?の記憶があるのだ。
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