王宮の書類作成補助係

春山ひろ

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17. 王族係・マルコ⑬(過去)

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⑩国王誕生日と建国記念日を祝日に!

 母は畏まって陛下に頭を下げた。

「陛下、これまで私のような平民の話を聞いて下さり、ありがとうございました」

 突然、母に頭を下げられた陛下は、思いっきりアワアワした。入りたての教師が、勤続30年の超評判のいい校長先生から頭を下げられたようなものである。

「おやめください!こちらが感謝しても感謝しきれないくらいですのに」

 頭を上げた母は陛下ににっこり。
「陛下は素晴らしい国王ですね。そんな素晴らしい陛下に、これが最後のお願いです」

 最後と言われた陛下はとたんに寂しくなった。
 次々に出される母の要求に為政者としての自信は粉々に砕け散り、1ミクロンも無くなって、まるで国王になったばかりの頃に戻ったよう。

 あの頃は何も分からず、宰相たちに聞いてばかりだった。いつから自分は周囲の意見におざなりの対応をするようになったのか?

“実るほどこうべを垂れる稲穂かな” 

 パナ●ニックの創業者・松下幸之助氏の信条は、このとき陛下は知るよしもないが、まったく同様の気持ちが沸き上がっていた。

 こうあるべきなのだと。

 できるならこの時間がずっと続いてほしい。
 この応接間を執務室にしちゃおうか。そんな非現実的な考えが頭をよぎり、ふと陛下は振り返った。
 随行の警護の騎士たちは肩を震わせ、「このまま、ずっと」と漏らしていた。同じ気持ちか。

 陛下は身を正して母を見た。

 母も陛下を見つめた。

「最後のお願いは、陛下のお誕生日と建国の日を国民の祝日にしましょう!」

 考えたこともない提案だった。

「は?え?」
「こんな素晴らしい陛下のお誕生日を国民全員で祝いましょう!その日だけは、陛下も書類から離れ、ただ『おめでとうございます!』って言われて、お祝いを受けましょうよ!そうだわ!一般参賀をして、国民全員でお祝いをするんです!建国記念日もそうしましょう!」

 言葉が出ない。言葉ではなく、陛下は滂沱の涙を流した。それは命の叫び、魂の叫びだ。
 嬉しかった。こんなに嬉しい提案をされたのは初めてだった。騎士たちも声を上げて泣いた。大人が三人、体を震わせての大泣きだ。

「あ、あり、ありがとう、ありがとう」

 この女性は母の生まれ変わりだ。母が、母が生まれ変わって私を助けてくれているんだ。間違いない!絶対そうだ!

 いや陛下、落ち着こう。王太后崩御は昨年だ!

 しかし陛下にそんな事実はもはや不要。
 この瞬間、母と陛下の関係は、母と息子になった。

 そうするとマルコは弟か。


 弟…。ふと陛下は思う。
 陛下には下に二人の弟がいた。一人は年子でダダン公爵の父、前公爵のモイ。もう一人が年の離れたマリだった。陛下とモイ前公爵はこの末子をことのほか可愛がり、仲の良い兄弟だった。

 マリ殿下は18歳で臣下に下り、オリン公爵家を興し、20歳で結婚して、翌年に嫡男が生まれ、順風満帆の人生だった。

 しかし今から15年前、オリン公爵が25歳のとき、オリアナ国の最北端に位置する半島をめぐり、その半島の対面に位置するタンザ国が半島の主権はタンザにありと主張し、紛争状態に陥ったことがあった。
 その紛争は1ヶ月後にタンザ国が和平を申し入れたため、終結するかに見えた。
 そして陛下の命を受け、オリン公爵が和平交渉の使節団代表としてタンザに出向いたのだが、それが罠だった。

 オリン公爵はタンザ王にむごい殺され方をされ、遺体で王宮に戻ったのだ。

 あの時の悔しさ、不甲斐なさ、そして泣き叫んだオリン公爵夫人の絶叫を陛下は生涯忘れない。

 その後の陛下は凄まじかった!
 軍隊を総動員し、陛下自ら先頭に立ち、タンザ国に攻め込んだのだ。
 勝敗は1日で決着したが、陛下は容赦なかった。生け捕りしたタンザ王の目の前で、王妃から王太子に王女、まだ3歳の第二王子、さらに側室、そして全ての貴族家を皆殺しにしたのだ。

 普段、「書類ばかり見てるから、目がしょぼしょぼする」と、眉間を揉む姿から全く想像できない、凄まじい闘いぶりで、周辺国に「ドイ王鬼神のごとし!」と知らしめた。当然、タンザ王も虐殺した。

 マリ、マリ、マルコ!

 そうだ!マルコは15歳!15年前に死んだマリの…生まれ変わりだ!

 マルコの母を王太后だと確信?してから、ここに至る陛下の思考の飛躍は、まさに疾風のごとくタンザに攻め込んだ時のよう。

 マリ、よくぞ戻ってきてくれた!今度こそ、そなたを守る!


 思い込み、恐るべし。
 40年以上前、日本の小中学生を巻き込んだ「口裂け女」の都市伝説を見るよう。


 以降、陛下は生涯にわたり「マルコは弟」と言い続け、事あるごとにマルコの両親を「父上、母上」と呼んだ。

 それをマルコの両親は、「(マルコの)父上、(マルコの)母上」の意味だろうと脳内変換して受け取ったので問題は起きなかった。

 ちなみに父だけは、「陛下の誕生日を祝日に」と言った母の真意に気づいていた。

 一般参賀である。

 自分の推し、マジョリカ妃殿下を見たいがために思いついたに違いない。現状の一般参賀は新年の時だけ、この1度だけなのだ。


「さすが大陸一の嫁だ。最後の最後に自分の欲求をちゃっかり満たした」

 この場でただ一人冷静な父は、そう思っていた。


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