17 / 59
17. 王族係・マルコ⑬(過去)
しおりを挟む⑩国王誕生日と建国記念日を祝日に!
母は畏まって陛下に頭を下げた。
「陛下、これまで私のような平民の話を聞いて下さり、ありがとうございました」
突然、母に頭を下げられた陛下は、思いっきりアワアワした。入りたての教師が、勤続30年の超評判のいい校長先生から頭を下げられたようなものである。
「おやめください!こちらが感謝しても感謝しきれないくらいですのに」
頭を上げた母は陛下ににっこり。
「陛下は素晴らしい国王ですね。そんな素晴らしい陛下に、これが最後のお願いです」
最後と言われた陛下はとたんに寂しくなった。
次々に出される母の要求に為政者としての自信は粉々に砕け散り、1ミクロンも無くなって、まるで国王になったばかりの頃に戻ったよう。
あの頃は何も分からず、宰相たちに聞いてばかりだった。いつから自分は周囲の意見におざなりの対応をするようになったのか?
“実るほど頭を垂れる稲穂かな”
パナ●ニックの創業者・松下幸之助氏の信条は、このとき陛下は知るよしもないが、まったく同様の気持ちが沸き上がっていた。
こうあるべきなのだと。
できるならこの時間がずっと続いてほしい。
この応接間を執務室にしちゃおうか。そんな非現実的な考えが頭をよぎり、ふと陛下は振り返った。
随行の警護の騎士たちは肩を震わせ、「このまま、ずっと」と漏らしていた。同じ気持ちか。
陛下は身を正して母を見た。
母も陛下を見つめた。
「最後のお願いは、陛下のお誕生日と建国の日を国民の祝日にしましょう!」
考えたこともない提案だった。
「は?え?」
「こんな素晴らしい陛下のお誕生日を国民全員で祝いましょう!その日だけは、陛下も書類から離れ、ただ『おめでとうございます!』って言われて、お祝いを受けましょうよ!そうだわ!一般参賀をして、国民全員でお祝いをするんです!建国記念日もそうしましょう!」
言葉が出ない。言葉ではなく、陛下は滂沱の涙を流した。それは命の叫び、魂の叫びだ。
嬉しかった。こんなに嬉しい提案をされたのは初めてだった。騎士たちも声を上げて泣いた。大人が三人、体を震わせての大泣きだ。
「あ、あり、ありがとう、ありがとう」
この女性は母の生まれ変わりだ。母が、母が生まれ変わって私を助けてくれているんだ。間違いない!絶対そうだ!
いや陛下、落ち着こう。王太后崩御は昨年だ!
しかし陛下にそんな事実はもはや不要。
この瞬間、母と陛下の関係は、母と息子になった。
そうするとマルコは弟か。
弟…。ふと陛下は思う。
陛下には下に二人の弟がいた。一人は年子でダダン公爵の父、前公爵のモイ。もう一人が年の離れたマリだった。陛下とモイ前公爵はこの末子をことのほか可愛がり、仲の良い兄弟だった。
マリ殿下は18歳で臣下に下り、オリン公爵家を興し、20歳で結婚して、翌年に嫡男が生まれ、順風満帆の人生だった。
しかし今から15年前、オリン公爵が25歳のとき、オリアナ国の最北端に位置する半島をめぐり、その半島の対面に位置するタンザ国が半島の主権はタンザにありと主張し、紛争状態に陥ったことがあった。
その紛争は1ヶ月後にタンザ国が和平を申し入れたため、終結するかに見えた。
そして陛下の命を受け、オリン公爵が和平交渉の使節団代表としてタンザに出向いたのだが、それが罠だった。
オリン公爵はタンザ王にむごい殺され方をされ、遺体で王宮に戻ったのだ。
あの時の悔しさ、不甲斐なさ、そして泣き叫んだオリン公爵夫人の絶叫を陛下は生涯忘れない。
その後の陛下は凄まじかった!
軍隊を総動員し、陛下自ら先頭に立ち、タンザ国に攻め込んだのだ。
勝敗は1日で決着したが、陛下は容赦なかった。生け捕りしたタンザ王の目の前で、王妃から王太子に王女、まだ3歳の第二王子、さらに側室、そして全ての貴族家を皆殺しにしたのだ。
普段、「書類ばかり見てるから、目がしょぼしょぼする」と、眉間を揉む姿から全く想像できない、凄まじい闘いぶりで、周辺国に「ドイ王鬼神のごとし!」と知らしめた。当然、タンザ王も虐殺した。
マリ、マリ、マルコ!
そうだ!マルコは15歳!15年前に死んだマリの…生まれ変わりだ!
マルコの母を王太后だと確信?してから、ここに至る陛下の思考の飛躍は、まさに疾風のごとくタンザに攻め込んだ時のよう。
マリ、よくぞ戻ってきてくれた!今度こそ、そなたを守る!
思い込み、恐るべし。
40年以上前、日本の小中学生を巻き込んだ「口裂け女」の都市伝説を見るよう。
以降、陛下は生涯にわたり「マルコは弟」と言い続け、事あるごとにマルコの両親を「父上、母上」と呼んだ。
それをマルコの両親は、「(マルコの)父上、(マルコの)母上」の意味だろうと脳内変換して受け取ったので問題は起きなかった。
ちなみに父だけは、「陛下の誕生日を祝日に」と言った母の真意に気づいていた。
一般参賀である。
自分の推し、マジョリカ妃殿下を見たいがために思いついたに違いない。現状の一般参賀は新年の時だけ、この1度だけなのだ。
「さすが大陸一の嫁だ。最後の最後に自分の欲求をちゃっかり満たした」
この場でただ一人冷静な父は、そう思っていた。
726
お気に入りに追加
1,177
あなたにおすすめの小説
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた。
しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエルがなんだかんだあって、兄達や学園の友達etc…に溺愛される???
家庭環境複雑でハチャメチャな毎日に奮闘するノエル・クーレルの物語です。
若干のR表現の際には※をつけさせて頂きます。
現在文章の大工事中です。複数表現を改める、大きくシーンの描写を改める箇所があると思います。当時は時間が取れず以降の投稿が出来ませんでしたが、改稿が終わり次第、完結までの展開を書き始める可能性があります。長い目で見ていただけると幸いです。
2024/11/12
(第1章の改稿が完了しました。2024/11/17)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる