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15. 王族係・マルコ⑪(過去)
しおりを挟む⑦王宮内巨大マーケットと各種教室のプログラムの見直し要求
母はここで初めて温くなった紅茶に口をつけた。
「陛下、この紅茶、ガボン国からの輸入品で安いのに美味しいって、王都で評判なんです」
「あ、ああ。確かに美味しいです」
母は使用人を呼んで新しい紅茶を陛下に出した。
「こっちの紅茶は、同じガボンのものですけど、味が違って、もっとフルーティなんです」
「そ、そうですか。頂きます」
なんでいきなり紅茶?と思いながらも飲む陛下。
「確かに美味しいです」
「でしょ?でも、この紅茶、王宮内マーケットには売ってませんよ」
「え?なんで?」
「あそこは古い物しか売ってません!」
これにはさすがに陛下は抵抗。
「いや、そんなことはないでしょう!賞味期限とか、ちゃんと調べているはず!」
「私が言っているのは、そこじゃなくて、王都で流行っている物がないってことです!王都の流行をリサーチせずに、安ければいいと仕入れをしているからです。
売れようが売れまいが関係なく、紅茶なら『レイピン』ばっかりじゃなくて、今は色んな紅茶が出ているんだから、そういうのを入荷しないと!
私、嫌だわ。帰省したマルコが、『こんなに美味しい紅茶、飲んだことないよ!』って、ずーっと家に引き籠っている人みたいなことを言い出したら!」
母は、補助係として息子を王宮に出した商家の奥さんから、「息子がね、王宮内のマーケットは確かに安いけど、さびれた観光地で、これ、誰が買うんだろうと思うような、箱が変色してるのに、そのまま軒先に並べているお土産屋で見かける物しか売ってないっていうのよ」との証言を得ていたのだ。
「そのマーケットは王宮勤務員と騎士団の皆さんに、わざわざ王都に行かずとも、王宮内で全て揃うようにということで作られたわけでしょ。
それなのに品揃えが古かったら、みんな飽きちゃいますよ。オリアナの王宮勤めの方々が、時代遅れの物しか知らないなんて、諸外国に知れたらどうでしょう?」
母は巧みな話術で、マーケットの品揃えの古さに、外交問題を絡めて陛下を追い詰める。
陛下はさーっと顔色を変え、とっさに「いや、それはまずいです」と呟いた。
いや、陛下、ぜんぜんまずくない。そこは外交とは関係ないから!
陛下の項垂れようを見た母は、攻めすぎはよくないと少し手を緩めた。
飴と鞭である。
母は情け容赦なく陛下に言っているが、大陸一の両替商とはいえ、平民の話をここまで聞いてくれる陛下には一目置いているのだ。
「王宮内に巨大マーケットを作った陛下のアイディアは素晴らしいです!」
陛下の肩がぴくっと動く。
「王都一の大きさの建物ですってね。それを造ったのはほんとにすごいです」
陛下は上目遣いで母を見て「ほんとですか?」と答えた。
「ほんとです。建物は出来ているんだから、あとは中身を充実されるだけ。
品揃えは王都商店街の皆さんに聞いて揃えるんですよ。そして大量に仕入れるから安くしてほしいと伝えて、仕入れも王都商店街からするんです。
そしたら商店街の売上は伸びるし、王宮は勤務者から感謝されて、いいことづくめじゃないですか!」
「なるほど!その手があったか!」
母の手管に父と随行した騎士たちは感動に打ち震えた。
「ついでに毎週休日に開いている無料教室も見直しましょう!」
ちょっと気分が浮上した陛下は「刺繍、読書、ダンス、合唱とかではだめだったでしょうか?」と、母の顔をしっかり見て答えた。
母は陛下の目に物事を前向きにとらえようとする真摯さを感じ、これははっきり言っても大丈夫と判断。
母は「陛下、おじいちゃんおばあちゃんのための教室じゃないんですよ」といって、ちらりと後ろに控える騎士たちを見た。
「例えば、『騎士団が教える誰でもできる護身術』とか。『軍事用弓矢の試し打ち教室』、『軍馬で乗馬訓練』、『騎士団が教える戦時下の非常食の作り方』、『一日騎士団体験入隊!今日からあなたも王宮騎士団!』とかね。
あるいは『侍従が教える美味しい紅茶の入れ方教室』、『侍従が教える話し方教室、今日からあなたも王宮侍従!』とか。
とにかく若い人達がやってみようかなと思うような教室にしましょうよ」
陛下と騎士たちの目が点になる。
「それなら私も受けてみたいよ」と父が相槌。
「でしょ?」
「…私も受けてみたいです」と陛下も呟いた。
この時点で母と陛下の関係は、上司と部下から、校長先生と入ったばかりの新任教師になっていた。
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