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9. 王族係・マルコ⑤(過去)
しおりを挟む王側の次の手は、陛下本人の突撃訪問、隣の晩御飯作戦だ。
しかし、さすがにアポなしで突撃は無理だろうということで、陛下到着10分前にマルコの家に勅使がきた。
前日なら間違いなく断られる。1時間前でも無理だろう。王宮からマルコ宅まで馬車で15分。つまり陛下が王宮を出た5分後に、勅使がマルコ宅に到着するよう計算しての陛下到着10分前。
「もう王宮を出ちゃったんですよ~、陛下!」
こう言われて「お帰り下さい」とはさすがに両親も言えなかった。
王妃の作戦勝ちである。
警護の騎士たちはいるものの、ほんとに陛下は一人できた。応接間でテーブルを挟んで対面する国王と両親。本来の正式な謁見とは程遠い親戚にする対応のよう。
陛下はお茶を一口飲むと、口を開く、いや開かず、おもむろに騎士から書類を受け取った。
両親に緊張が走る。何を出されてもマルコは渡さんと身構えると、陛下が手元の書類をテーブルに置いた。
「これを見て欲しい」
「手に取っても?」
「構わない」
陛下から受け取った書類を見た両親は驚いた。書類の最上段には「新規申請」と「再申請」とあり、「新規申請」に〇がついていて、「業務内容:外貨両替業務」とある。
なんと祖先が両替商を営むにあたり、王宮に申請した書類だったのだ!
何百年前の書類だ!もはや高価なアンティーク!
「これは…」
「あなた…」
両親はその後、言葉が続かない。
なぜか?
申請書類が不備だらけだったのだろう、中身はあっちもこっちも二重線の修正ばかりで、途方もなく汚い。
ある箇所など線をひっぱり、「補記」と係員が書いたと思われるところもある。顔から火が出るとはこのことだ、と両親は思った。
何をやっているんだ、ご先祖様!書類ぐらいちゃんと作れや!である。
陛下はチラッと両親を見つつ、紅茶を飲んだ。そして厳かに告げる。
「この書類の申請から受理までの時間は10日間」
父は真っ青になって「10日?10日も?」と返した。
「さよう、その間の担当者の手間たるや、言語を絶する苦労があったと聞く」
両親は絶句。
「当時は建国間もない頃で書類作成補助係という部署がない時代であった…」
次に続ける言葉の効果を上げるため、ここで陛下は口をつぐむ。
相変わらず、書類から目が離せない両親。
「あなた見て…。『補記の補記』だって」
母は涙ぐんでいた。
「ああ。訂正、訂正で、やっと正しく記入できて、補記したものの、結局、それも間違ってて…。それで補記の補記と…」
しまいに両親は大きなため息をついた。
「分かっていただけただろうか?いかに書類作成補助係が重要任務か。その方らの祖先のやらかしを持ってきたのも、追い詰めるためではない。書類作成補助係の任務の重要性を分かった欲しかったのだ。どうか王家を、いやこの国を助けてくれまいか!」
なんと陛下は頭を下げた。これには後ろに控えている騎士たちが真っ青になった。ついでに両親も青くなった。
「どうか陛下、頭をあげてください。王家がいかにうちのマルコを買って下さっているのか、よく分かりました。私とて商人のはしくれ。ここまで買って下さる相手を無下にはできません。マルコを補助係として王宮に上がらせましょう」
「分かってくれたか!」
「…はい。とはいえマルコはまだ15歳。この国の成人は16歳ですから、あと1年、待ってくださいませんか?…その1年の間に、あいだに…、家族の思い出をたくさん作って、マルコに、あの子に、ここが、ここがお前のうちなんだと…」
父は後の言葉を続けられずに号泣。まるで今生の別れのよう。警護の騎士たちまで貰い泣き。
王宮からマルコ宅まで馬車で15分の距離である。確かに補助係は宿舎住まいであるが、一生帰れないわけは当然なく、夏季休暇と冬季休暇はある。
しつこいようだが、王宮からマルコ宅まで馬車で15分。
しかし母は強かった。
しっかりと王を見つめ、「マルコを王宮の書類作成補助係に送り出すにあたり、どうしても陛下に呑んで頂きたい条件がございます」と切り出したのだ。
父の肩がぴくっと揺れる。どうやら父にも事前に伝えていなかったようだ。
陛下は母を見つめ「よかろう」と即断。大事な子息を預かるのだ、条件の一つや二つ、いくらでも呑もうと決意の表情。
母は「ありがとうございます。条件は10個です」と涙を拭きながらいった。
「じゅ」と思わず陛下。
王妃といい母といい、女性は強かだ。
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