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1. 王宮の書類作成補助係①
しおりを挟むゴンドーナ大陸に浩々と広がる国土。ここを統治するのはオリアナ王ドイで、初代オリアナ王から数えて十代目。初代から名を取りオリアナ王国という。
このオリアナ王国の首都ドイボンゴの王宮には、宰相府や貴族院など、王国の中枢を担う大事な部署がある。しかし、それよりもある意味、最も重要で機密性が高い部署があることは、諸外国にはあまり知られていない。
それは王宮の書類作成補助係である。こう聞いても字面的に地味なので、無人駅しかない村の小さな役場のような部署を想像するかもしれない。
ところが、この部署こそ国の行政の屋台骨といっても過言ではない。
初代オリアナ王は勤勉でまめな性格であった。王座に座り「よきに計らえ」と頷いて、ただ玉璽を押すだけの王ではなく、決済が必要な書類には全て目を通し、そのうえで可否を裁定する王だった。
当時は建国間もない頃で、国造りのための土木工事が王の決済の大半とはいえ、中には地方からの陳情書や嘆願書があったり、貴族といっても当時は貴族に成り立ての家ばかりだったが、一応貴族なので婚約婚姻は王宮に申請せねばならず、そういった書類に加え、様々な書類が王の決済を待っていた。
王はその全ての書類に目を通すわけだが、土木工事一つにしても、それぞれ書き方はバラバラ、工期が上段にあったり下段にあったり、いったいこの工事はいつ、どこで、誰が行うのか、そんな基本的な事項さえ漏れている有り様。
そのため初代国王は、書類をめくってあっちをパラパラ、こっちをパラパラ。探すだけで手間取り、睡眠不足の激務が続いて、ついに寝込んでしまった。
王は起きて仕事を片付けたいが、体が痛くて起き上がれない。そして夢を見た。書類に追いかけられる夢である。
この時点で既に王は鬱になっていたと思われる。
額に汗を流して必死で書類から逃げる王は、進退窮まって、ついに「なんでみんな書式が統一されていないんだ!」と叫んでしまう。その自分の叫び声で目覚めた王は、「これだ!」と、今度は歓喜の雄叫びを上げた。
ミシンを発明した人は夢の中で針先に糸が通った機械の夢を見て、ミシンが出来たというが、まさにそれ。とことん物事を追求するとすごい発明?が出来るという証左であろう。
こうして王は、土木工事決済用の書式、嘆願書や陳情書の書式、戸籍の死亡届、出生届など、あらゆる書類の書式を決め、この書式で提出するよう厳命したのである。
これにより王の決済はスムーズに運ぶようになった。が、問題も発生。当時は民の識字率は低く、貴族といっても成り立てで決まった書式通りに記入するのに四苦八苦。
そこでまたもや王は苦悩した。
この時点で王の鬱は再発したと思われる。
そしてまた夢を見た。自分の分身が何人も出てきて、親切丁寧に民に書類の記入方法を教えている夢である。そして王は「これだ!」と、再び雄叫びをあげたわけだ。
このようにして、初代国王の肝入りで出来たのが王宮の書類作成補助係だ。つまりこの部署は建国以来、綿々と続く由緒正しき部署なのである。
この部署が王国の屋台骨である所以は、どんなに素晴らしい事業計画も提出書類に不備があったり、添付書類が漏れていたら「はい、やり直し!」となって、「不可」の印を押されて返される。
たとえば宰相府提出の書類であっても、事前に宰相が王にお伺いを立てていたとしても、である。財布を落として親切な人が交番に届けてくれ、しかし取りに行った本人が、その日、たまたま免許証などの本人確認資料をもっていなかった場合、いくら「本人です!」といっても「渡せません!」で終わってしまう。それと同じ?である。
しかし書類作成補助係が書類作りを手伝って提出すれば、必須項目の未記入やらで「不備が散見される」的な嫌みを王に言われて突き返されることがない。
こうして書類作成補助係は、王宮の全ての部署にとって、まさに屋台骨となったのだ。
それから十代が過ぎたが、初代国王の遺伝子は確実に伝わって、ドイ王も決済が必要な書類には全て目を通す王で、書類作成補助係が重要な部署であることは変わらない。
もっとも記入の仕方を覚えた部署では、わざわざ激しく混雑する補助係にアドバイスされずとも書類は出来る。出来るものの、十代を経る中で王宮勤務員の中に完全に刷り込まれた「補助係に見せないで提出し不備で戻ってきたらどうしよう」という強迫観念から、完成書類を補助係に一度は見せるという行為が、過疎の村でなんのための行事か、もはや誰も知らないけど、風習だから毎年行う村祭りのように因習化していた。
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