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5.第二王子アニア②
しおりを挟むその日は曇りだったのに。
いずれ太陽が出るだろうと思って、ガゼボに向かうアッシュを、王太子が見つけた。
アッシュの常にない浮かれた風情に、暇を持て余した王太子が後を付けたのは、ほんの気まぐれだ。ガゼボでアニアと話すアッシュの表情を見た王太子は、獲物を見つけた猛禽類の顔になった。
それからは早かった。その時のアッシュにあったのはアニアを守る、これだけだ。自分の一方的な思いだったと王太子に自白して、鞭を受け、体中が焼けるようになった。その時もアニアのことだけを思った。アニアへの思いがあったから、どんな仕打ちも耐えられた。
王太子は残忍な顔で「アニアは気まぐれでお前に声をかけただけだと言っていた。薄汚い同性愛者め。仮にも王族に不埒な思いを抱くなど、身の程知らずが!」と、最後にアッシュを罵った。
王太子は、アニアがただの「気まぐれ」だけで声をかけたことをアッシュが知れば、アッシュの心がボロボロになると思ったのだろう。
愚かな王太子、とアッシュは思った。アッシュの心は孤児だった時点で何度もボロボロになっていたのだ。ヒーラーという手に職をつけてから、一日一日、少しづつ心を拾って生きてきた。アッシュはそうやって生きてきた。
傷つくというのは心に余裕がある人間だ。生きるだけで精一杯の者には傷つく余裕さえない。
だからアッシュは、王太子の言葉には傷つかない。
シビリアとの国境に捨てられた時も、アニアにサウザシの抽出液を塗り込んでいて良かったと思った。そのおかげで、どんなに離れていてもアッシュはアニアの存在を感じられた。自分が獣の餌になるだろうという時まで、アッシュの心にはアニアがいた。
ただ一つ、悔いがあるとすれば、夜のアニアを知らなかったこと。
「ああ、夜のとばりの中のあなたも見たかったな」
それを最後にアッシュは意識を手放した。次に意識が浮上したのは、シビリア兵に囲まれた中で、眉間に皺を寄せるゴリュー将軍を見て冥府王と勘違いした時だ。
こうしてアッシュはウトージャのヒーラーからシビリアのそれになった。将軍の働きかけで、シビリア国軍専属ヒーラーになれると分かった時、アッシュは密かに喜んだ。シビリア軍の駐屯地は国境付近に点在しており、よりアニアの存在を感じられるからだ。
アッシュがシビリアに受け入れられた頃、戦争が始まった。
アッシュは王太子と第三王子は前線に出ることはないが、アニアは送られると予想した。この予想はあたった。戦局がシビリアに傾き、ウトージャ兵が敵前逃亡を図る最中、最悪のタイミングで、死ねと言わんばかりの状況で、アニアは最前線に送られた。
その日、アッシュはアニアの存在を強く感じた。
だから走って、走って、走った。
アニアの発するサウザシの魔力によって、迷うことなくアニアに向かって走った。
アッシュがアニアを見つけたとき、彼は死んだ兵士の中に埋もれていた。冷静さを失いかけたアッシュが、火事場のバカ力で死体の山からアニアを見つけ、近くで死んでいたシビリア兵の服を剥がしてアニアに着せた。
アッシュは気づいた。アニアの傷は深いが、致命傷はない。
なぜか。
アニアが着ていたのは王族の戦闘服ではなかったのだ。アニアを庇うように倒れている名も知らない兵士が、アニアが着るべきものを着ていた。その兵士は体中に矢を受け、事切れていた。
ああ彼が、彼が守ってくれたのだ。かつてアニアが言っていた彼を慕う者によって、アニアは守られたと知った。
「王族か?」
シビリア兵がやってきた。
「…はい」
「この紋章は間違いなくウトージャ王家のものだ!」
「第二王子です!」
とっさにアッシュは嘘をついた。
敵国王子の敗死に沸き上がる周囲のどさくさに紛れて、「このシビリア兵は重傷です。私のテントへ」といってアニアを自らのテントに運ばせた。
あれから半月。
アニアは目覚めない。アニアの手を握り、自分の額につける。
温かい。大丈夫だ。大丈夫。
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