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束の間
Nec Plus Ultra
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一方その頃、第3の広場で待ちぼうけをくらっていたルキアッポスは、広場の石畳の上で手持ち無沙汰にゴロゴロしながら、シェイクスピアのソネット集を読み耽っていた。
ちょうどソネット第18番に差し掛かったところで、目の端で何かが赤く煌めいた気がして、ルキアッポスはページをめくる手を止めた。
「……?」
いくら目を凝らしてみても、ただ紗幕が天から吊り下がっているばかり。たしかに赤い何かが煌めいた気がしたのだが。
不思議に思ったルキアッポスは、おもむろに紗幕の裾に手を伸ばした。
「なんだよ、これ」
想定外の事態にルキアッポスは困惑していた。それもそのはず。そもそも紗幕の裏側にこんな空間があるなんて話は聞いていなかったのだから。
「これって……」
半円形の広場には、縦に二人分はあろうかという巨大な石柱が二本、その上に白い横木を二本渡らせて立っていた。
一見大理石と木材で出来た紅白の鳥居にしか見えないが、鯛焼きの味も知らないルキアッポスにとっては、もっと何か別のものに見えたらしい。
「ヘラクレスの柱……? なんでこんなとこに」
秘密に吸い寄せられるように足を向けるルキアッポス。
よく見れば石柱には緑のマーブル模様が、そこに重なるように赤く煌めく螺旋が、天に向かって対になるように走っている。
紗幕越しに気を引いたのはこのゆらめくような赤い輝きに違いなかった。
ふわりと、香った先には二本の横木。白木の肌には赤みがかった樹脂が滲んでいる。柑橘系にも似た木々の香りは針葉樹林特有のものだろうか。
瑞々しくてほんのり甘い、優しく包み込むような香り。
ルキアッポスはおもむろに白い仮面を外すと、いにしえの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。心には真っ青な海を見守るように聳えるレバノン杉を思い描いていた。
(ほんとうは、村から頂いたどこぞの田原さんコンテストの参加賞、Amaz◯nギフト券で購入したシダーウッド・アトラスの香りであることは、役者には秘密だ)
ちょうど柱の間をくぐる瞬間、ふと、柱の内側に刻まれている文字が気になって、ルキアッポスは立ち止まった。
鏡映しになったフェニキア文字。
その文字を刻んだ役者はもう舞台の上にはいないが、その綴られた言葉に何が込められているのか、いまの彼には想像することができた。
世界の果てに立っているという二つの柱。
その柱に刻まれた警句を指でなぞりながら、ルキアッポスは静かに目を閉じた。
打ち寄せる波音
煌めく光は水面を跳ねるよう
果てしない水平線の向こうで光は溶け合い
そのまた向こうには
真っ青な空がどこまでも広がっている
「この向こうには、何もない」
世界の果てに佇んで、ルキアッポスは旅人への警告の言葉を呟いた。
覚めたばかりの榛色の瞳には、まるで死神すらも手を出せない永遠を思わせて、静かに明滅する赤と緑の螺旋が映っていた。
ちょうどソネット第18番に差し掛かったところで、目の端で何かが赤く煌めいた気がして、ルキアッポスはページをめくる手を止めた。
「……?」
いくら目を凝らしてみても、ただ紗幕が天から吊り下がっているばかり。たしかに赤い何かが煌めいた気がしたのだが。
不思議に思ったルキアッポスは、おもむろに紗幕の裾に手を伸ばした。
「なんだよ、これ」
想定外の事態にルキアッポスは困惑していた。それもそのはず。そもそも紗幕の裏側にこんな空間があるなんて話は聞いていなかったのだから。
「これって……」
半円形の広場には、縦に二人分はあろうかという巨大な石柱が二本、その上に白い横木を二本渡らせて立っていた。
一見大理石と木材で出来た紅白の鳥居にしか見えないが、鯛焼きの味も知らないルキアッポスにとっては、もっと何か別のものに見えたらしい。
「ヘラクレスの柱……? なんでこんなとこに」
秘密に吸い寄せられるように足を向けるルキアッポス。
よく見れば石柱には緑のマーブル模様が、そこに重なるように赤く煌めく螺旋が、天に向かって対になるように走っている。
紗幕越しに気を引いたのはこのゆらめくような赤い輝きに違いなかった。
ふわりと、香った先には二本の横木。白木の肌には赤みがかった樹脂が滲んでいる。柑橘系にも似た木々の香りは針葉樹林特有のものだろうか。
瑞々しくてほんのり甘い、優しく包み込むような香り。
ルキアッポスはおもむろに白い仮面を外すと、いにしえの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。心には真っ青な海を見守るように聳えるレバノン杉を思い描いていた。
(ほんとうは、村から頂いたどこぞの田原さんコンテストの参加賞、Amaz◯nギフト券で購入したシダーウッド・アトラスの香りであることは、役者には秘密だ)
ちょうど柱の間をくぐる瞬間、ふと、柱の内側に刻まれている文字が気になって、ルキアッポスは立ち止まった。
鏡映しになったフェニキア文字。
その文字を刻んだ役者はもう舞台の上にはいないが、その綴られた言葉に何が込められているのか、いまの彼には想像することができた。
世界の果てに立っているという二つの柱。
その柱に刻まれた警句を指でなぞりながら、ルキアッポスは静かに目を閉じた。
打ち寄せる波音
煌めく光は水面を跳ねるよう
果てしない水平線の向こうで光は溶け合い
そのまた向こうには
真っ青な空がどこまでも広がっている
「この向こうには、何もない」
世界の果てに佇んで、ルキアッポスは旅人への警告の言葉を呟いた。
覚めたばかりの榛色の瞳には、まるで死神すらも手を出せない永遠を思わせて、静かに明滅する赤と緑の螺旋が映っていた。
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