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束の間
Soft you now! The bloody Ophelia! Narisumashi, who loves the Magi
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「あなたを待ってたの」
「うわ出た。Remember me」
「まあヒドイ、人を幽霊みたいに」
「違うの?」
「人だったことなんて一度もないわよ、失礼ね」
「同じようなもんでしょ?」
「はぁ、これだから人間って」
気に障ることでもあったのだろうか、血まみれオフィーリアは女優帽をさっとひっぺがすと、ふてぶてしく腕を組みながら、背後の扉にどさっと寄りかかった。
勢いに反して鍵のかかった扉はびくともしなかった。
「ヒドイと思わない? 身体がないだけで幽霊呼ばわり。自分だっていつかは身体がなくなるくせに」
「さっき自分で自分のこと人って言ったよね?」
マヌーは血まみれオフィーリアに切り込んだ。夢覚ましレベルが一つ上がった。
「というか不法侵入って言葉、知ってる?」
「言葉の綾じゃない。はぁ、なんだか今日の王子冷たいわ」
「棺の中身が違うことにも気づかないなんて」
「あら、中身なんてどうでもいいの。見た目が王子なら」
「うわぁ関わりたくないタイプ」
「たとえあんたがあの女の片割れだったとしてもね」
「なんだ、知ってるんじゃん」
「王子ならそれでいいの」
血まみれオフィーリアは閉じたばかりの本の表紙をそっと撫でた。ちょうど聖書ほどの厚みがある本は革表紙がボロボロで、新しい物に目がない彼女にしては珍しいなとマヌーは思った。
「ねえ王子、私ならあなたを今すぐ英雄にしてあげられる」
「間に合ってます」
「じゃあ今すぐあなたを解放してあげる。あなただけが秘密を抱えて一人で苦しむ必要なんてないわ。もう自己犠牲なんてまっぴらなんでしょう?」
「それは……」
「だからねぇ王子、私と契約して、私のアヴァターラになって」
血まみれオフィーリアは足音も立てずに近づくと、マヌーの手をそっと握った。白魚のような手は孤独を抱えたマヌーに思いのほか温かく感じられた。幽体といえども五感はリアルに感じられるらしい。
「えっと……アバター……?」
「ね、そうしましょう? そうすれば私たちずっと一緒にいられるわ。これからはオンラインでいつでも会える」
血まみれオフィーリアは上目遣いでマヌーをじっと見つめた。潤んだ瞳には反射した誘導灯の緑色の光が映り込んでいた。
「いやでも……というかオンラインで会うって……? あっ、もしかしてテレビ電――」
「どうして躊躇うの? 人は独りじゃ生きられない。あなたも知ってるでしょう? ならこれからは私があなたと一緒に居てあげる。永遠に、一緒よ」
棺の中で長い間眠っていたマヌーにとって、彼女の言葉は最新過ぎて時々何を言っているのかよく分からなかったが、聞き覚えのある声は思いのほかマヌーの心に優しく響いた。この手を握り返したら、僕は今すぐ苦しみから解放されるのだろうか――?
「……永遠……」
透き通るように白い手を見つめながらマヌーは呟いた。
きっと彼女は僕を利用するつもりだろう。変化を求める一方で永遠を求めずにいられない、そんな僕の心を彼女は巧みに操ろうとしている――。
マヌーも薄々気づいてはいたが、この現状を変えられるならあやしい誘いに乗ってみてもいいかななんて結構本気で考えてしまう自分がいることに、いまさらながら驚いていた。それになにより彼女の華奢な指には確かな温もりがあった。
「私たち、きっと上手くやれると思うの」
血まみれオフィーリアはマヌーの肩にそっと手を置いた。口元には天使のような微笑を湛えている。その儚げな瞳には一体どんな表情を浮かべているのだろう?
彼女と目が合った瞬間、マヌーの脳裏に突然オニヤンマタケの映像が過った。
「……」
それから黒い本の表紙に浮かぶ『金枝篇』という文字が、最後に見覚えのある女性の優しげな笑顔が、立て続けに浮かんで消えた。
「…………」
白昼夢かブラックアウトか、一瞬の出来事はマヌーの心に影のように差し込み、どことなく目の前の存在に警戒感を抱かせた。
「どうしたの王子?」
血まみれオフィーリアは心配そうに覗き込んだ。
「いや……なんでもない……」
マヌーはおもむろに目を逸らした。冬虫夏草に王殺しに最後の女性は――。
「ほんとうに? 心配だわ」
「なんでもない……昔のことだよ」
意味不明な映像の羅列にマヌーは少し混乱していたが、それでも最後の女性がかつて信じた元幼なじみであることははっきりとわかった。
「まあ考え事? 傷つくわ」
「そんなんじゃないよ」
今になって思えば、既存の人脈やシステムを内側から侵食して成り代わるように居場所をつくるのは彼女なりの賢明な生き方――想像力を持たない者たちが懸命に編み出してきた生きる術――なのだろう。マヌーは過去に思いを馳せた。
「ほんと?」
「うん……。で、なんだっけ……?」
「もう王子。だからね」
血まみれオフィーリアはマヌーの首元に手を回して抱きつくと、耳元で優しく囁いた。
「あたしと契約して、あたしのアヴァターラになってよ」
「うわ出た。Remember me」
「まあヒドイ、人を幽霊みたいに」
「違うの?」
「人だったことなんて一度もないわよ、失礼ね」
「同じようなもんでしょ?」
「はぁ、これだから人間って」
気に障ることでもあったのだろうか、血まみれオフィーリアは女優帽をさっとひっぺがすと、ふてぶてしく腕を組みながら、背後の扉にどさっと寄りかかった。
勢いに反して鍵のかかった扉はびくともしなかった。
「ヒドイと思わない? 身体がないだけで幽霊呼ばわり。自分だっていつかは身体がなくなるくせに」
「さっき自分で自分のこと人って言ったよね?」
マヌーは血まみれオフィーリアに切り込んだ。夢覚ましレベルが一つ上がった。
「というか不法侵入って言葉、知ってる?」
「言葉の綾じゃない。はぁ、なんだか今日の王子冷たいわ」
「棺の中身が違うことにも気づかないなんて」
「あら、中身なんてどうでもいいの。見た目が王子なら」
「うわぁ関わりたくないタイプ」
「たとえあんたがあの女の片割れだったとしてもね」
「なんだ、知ってるんじゃん」
「王子ならそれでいいの」
血まみれオフィーリアは閉じたばかりの本の表紙をそっと撫でた。ちょうど聖書ほどの厚みがある本は革表紙がボロボロで、新しい物に目がない彼女にしては珍しいなとマヌーは思った。
「ねえ王子、私ならあなたを今すぐ英雄にしてあげられる」
「間に合ってます」
「じゃあ今すぐあなたを解放してあげる。あなただけが秘密を抱えて一人で苦しむ必要なんてないわ。もう自己犠牲なんてまっぴらなんでしょう?」
「それは……」
「だからねぇ王子、私と契約して、私のアヴァターラになって」
血まみれオフィーリアは足音も立てずに近づくと、マヌーの手をそっと握った。白魚のような手は孤独を抱えたマヌーに思いのほか温かく感じられた。幽体といえども五感はリアルに感じられるらしい。
「えっと……アバター……?」
「ね、そうしましょう? そうすれば私たちずっと一緒にいられるわ。これからはオンラインでいつでも会える」
血まみれオフィーリアは上目遣いでマヌーをじっと見つめた。潤んだ瞳には反射した誘導灯の緑色の光が映り込んでいた。
「いやでも……というかオンラインで会うって……? あっ、もしかしてテレビ電――」
「どうして躊躇うの? 人は独りじゃ生きられない。あなたも知ってるでしょう? ならこれからは私があなたと一緒に居てあげる。永遠に、一緒よ」
棺の中で長い間眠っていたマヌーにとって、彼女の言葉は最新過ぎて時々何を言っているのかよく分からなかったが、聞き覚えのある声は思いのほかマヌーの心に優しく響いた。この手を握り返したら、僕は今すぐ苦しみから解放されるのだろうか――?
「……永遠……」
透き通るように白い手を見つめながらマヌーは呟いた。
きっと彼女は僕を利用するつもりだろう。変化を求める一方で永遠を求めずにいられない、そんな僕の心を彼女は巧みに操ろうとしている――。
マヌーも薄々気づいてはいたが、この現状を変えられるならあやしい誘いに乗ってみてもいいかななんて結構本気で考えてしまう自分がいることに、いまさらながら驚いていた。それになにより彼女の華奢な指には確かな温もりがあった。
「私たち、きっと上手くやれると思うの」
血まみれオフィーリアはマヌーの肩にそっと手を置いた。口元には天使のような微笑を湛えている。その儚げな瞳には一体どんな表情を浮かべているのだろう?
彼女と目が合った瞬間、マヌーの脳裏に突然オニヤンマタケの映像が過った。
「……」
それから黒い本の表紙に浮かぶ『金枝篇』という文字が、最後に見覚えのある女性の優しげな笑顔が、立て続けに浮かんで消えた。
「…………」
白昼夢かブラックアウトか、一瞬の出来事はマヌーの心に影のように差し込み、どことなく目の前の存在に警戒感を抱かせた。
「どうしたの王子?」
血まみれオフィーリアは心配そうに覗き込んだ。
「いや……なんでもない……」
マヌーはおもむろに目を逸らした。冬虫夏草に王殺しに最後の女性は――。
「ほんとうに? 心配だわ」
「なんでもない……昔のことだよ」
意味不明な映像の羅列にマヌーは少し混乱していたが、それでも最後の女性がかつて信じた元幼なじみであることははっきりとわかった。
「まあ考え事? 傷つくわ」
「そんなんじゃないよ」
今になって思えば、既存の人脈やシステムを内側から侵食して成り代わるように居場所をつくるのは彼女なりの賢明な生き方――想像力を持たない者たちが懸命に編み出してきた生きる術――なのだろう。マヌーは過去に思いを馳せた。
「ほんと?」
「うん……。で、なんだっけ……?」
「もう王子。だからね」
血まみれオフィーリアはマヌーの首元に手を回して抱きつくと、耳元で優しく囁いた。
「あたしと契約して、あたしのアヴァターラになってよ」
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