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束の間

嬉や水 やすらい花や

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「仏は常にいませども 現ならぬぞあわれなる」

 袖振りながらすすり泣く女人の影は夢か現か。暁の空に消えんばかりの星たちが、透けるように白い千早の向こうで煌めいた。

「人の音せぬ暁に ほのかに夢に見えたもう」

 夜風が優しく頬を撫でて、マヌーは思わず夜空を見上げた。不意に込み上げた想いを悟られたくはなかった。
 けれども、夜風は優しく吹きつづけた。

 ぼんやり色づく東の空には茜さす紫の雲。
 だんだんと力強さを増す風に、
 たなびく君の心もそよぐよう。
 あけぼのの空を舞うのは虎か龍か、
 白い霞はいつしか桜色に染まり、
 歌う女人の影を優しく照らし出す。

「嬉しや水、鳴るは滝の水、日は照るとも、絶えずとうたり」

 こぼれ落ちた雫は春の海のように穏やかに輝き、傀儡の頬を静かに湿らせ。
 だんだんと色づき始めた世界は鮮やかさを増し、悲しみさえも溶かすよう。
 影絵の世界に光がともった。
 山はただそこにあった。

「女神よ、あなたはどうして美しいのでしょう」

 魅入られるように両手を広げ、女人の影は愛おしそうに山に話し掛ける。

「どうかこれからもずっと……ずっと――」

 そのまますすり泣くかと見えた女人の影はなにやらぐっと堪えると、大地を踏みしめ、顔を上げた。

  頬をなでるは風のささやき

  心ふるわすいのちの音色

  瞳にうつるは星のささやき

  心いざなういのちのともし火

  この眼にうつるものすべて

  うつろい散りゆくさだめなら

  私は謳おう

  よろこびの歌

「花よ、やすらえ」

 朝日に匂う桜色の雪山を愛おしそうに見つめながら、女人は遥かな未来を言祝いだ。
 
 
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