上 下
68 / 115
束の間

つくり話――PhiloPsychopath

しおりを挟む
「でもそれってほんとうの話? まるであの話みたいだけど。ルキアノスって人の詩を元にゲーテが書いたっていう……なんだっけ? 魔法が止められなくなるっていう」

『〝魔法使いの弟子〟でしょう? それならナノマシンが自己増殖を止められなくなるグレイ・グーって現象もあるよSFに。ついでに言えばルキアノスの詩は〝嘘を好む人たち Philopseudes〟だし。本当に。憧れの監督に嘘までついてなにやってたんだか……もう情けないの極み』

「何言ってんの。むしろ情けないというよりは。絶望の淵で愛を知り情と理性をしたたかに使い分けるようになったいろいろとち狂った神様(仮)でしょう? とっくに狂ってるんだからいまさら気にすんなよ」

『ははは、ちょっと、失礼すぎるでしょ。これだから呑気って。まあその呑気さに救われることもあるけど』

「あなたもたいがい呑気だけどね。まあでも、復讐劇は散々やったからもういいかなあ。ハムレットの二の舞はゴメンだよ」

『奇遇だね。僕ももっとスポットライト当てたい人たちが沢山いるんだよ。あの人たちに出会わなければきっと僕もあのまま深淵に呑まれてたんじゃないかなぁ。身近な愛に気づきもせずに』

「あの人たちというのは?」

『傷ついても愛を信じることをやめない優しくて勇気ある人たち』

「ああ、少ないけど確かにいるね。シェイクスピアもその人たちの存在を知ってた」

『少ないけどそんな人たちが確かにいるんだと知ったときの喜びときたら。いっそ新しく言葉をつくるというのはどう? その人たちの存在に敬意を込めてさ』

「へえ。たとえば?」

『たとえばサイコパスという言葉に何か足すとか。そもそもサイコパスを分解したらpsychoとpathでしょう。元々はギリシャ語のpsycheとpathos』

「いや知らないけど。どんな意味?」

『psycheは息。転じて心・魂・いのち・蝶』

「ん? 蝶だけ唐突すぎでしょ」

『さあそう言われても。何でもギリシャ神話に登場する美少女の名前からきてるとかなんとか。あとpathosは根本的に受身って意味が入ってるらしいから、何か自分ではどうしようもない哀愁・情念・苦痛そういったものに苦しむ様が浮かぶなあ』

「言葉の意味だけ見ればむしろ心に苦痛を抱えた可哀想な人なんだけど。まあ、同情はしないよいまさら」

『お、ついに君も情と理性を使いわけるように?』

「いや、ふつうにあんな話聞いたら同情しないけど。むしろ復讐しないだけまし」

『ははは。なんだかんだ真面目だもんね君。まあ彼らの唯一の誤算は、僕がなろうと思えばサイコパスになれるくらいには彼らの孤独な感覚がわかったということだろうね。なるつもりは欠片もないけど。幸か不幸か僕も歯車の痛みを知っているから』

「チアキのように?」

『うん。世界中がつくりもののように思えるあの感覚。あの瞬間の苦しさを僕は知ってる。花をみても何も感じる心がないというのは本来とても孤独なことだし。疑心暗鬼も常につきまとう。でもその感覚を少なからず知ってる立場としては』

「ええ。どうぞ?」

『たとえ限りなくサイコパス的要素が高かったとしても。僕にとってその人がサイコパスかどうか決めるのは生まれつきの遺伝や環境や心があるかどうかじゃない。もっと根本的なことが僕と彼らは決定的に相容れない』

「言うね神様。で、決定的に相容れないというのは?」

『手を伸ばせばすぐそこにあるはずの小さな愛を信じて受けとるか、敵意で踏みにじるか。本人に信じようとする〝意志〟があるかないか。そっちの方がよっぽど大きい。中には己の苦痛すら愛そうとする少なき人たちもいるもの』

「なるほど。それじゃあもうだいたい名前は決めたんだ?」

『うん。ついでに映画館の名前と、どのつくり話にするのかも。まあ君のことだから、大体名前は想像ついてるだろうけど』

「ははは。一応これでも元劇場総支配人だから。復讐の果て。深淵から見える景色はさぞ美しいだろうね。ところでその人それからどうしたの?」

『さあ、そこまでは。まあ心配せずともあの頃のスタッフは皆すぐ散り散りになったと風の噂で聞いたけど。でももういいんだ。昔の話だし。僕もたいがい、呑気だからね』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako
ファンタジー
異世界の田舎の孤児院でごく普通の平民の孤児の女の子として生きていたルリエラは、5歳のときに木から落ちて頭を打ち前世の記憶を見てしまった。 ルリエラの前世の彼女は日本人で、病弱でベッドから降りて自由に動き回る事すら出来ず、ただ窓の向こうの空ばかりの見ていた。そんな彼女の願いは「自由に空を飛びたい」だった。でも、魔法も超能力も無い世界ではそんな願いは叶わず、彼女は事故で転落死した。 魔法も超能力も無い世界だけど、それに似た「理術」という不思議な能力が存在する世界。専門知識が必要だけど、前世の彼女の記憶を使って、独学で「理術」を使い、空を自由に飛ぶ夢を叶えようと人知れず努力することにしたルリエラ。 ただの個人的な趣味として空を自由に飛びたいだけなのに、なぜかいろいろと問題が発生して、なかなか自由に空を飛べない主人公が空を自由に飛ぶためにいろいろがんばるお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...